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Episode04/3.異能力者(中)

「さあ」葉月さんは自分の目の前に人差し指を立てる。「杉井さんも人差し指を立てて?」

「こうですか?」


 自分の目の前に真似をして人差し指だけ伸ばして立てた。


「そしたら、自分の鼻と私の人差し指を、杉井さんの伸ばした人差し指で交互に触って。できるかぎり早くね? ほら、やってみて」

「えっと……」


 自分の鼻に人差し指を当てたあと、葉月さんの人差し指に触れ、再び自分の鼻を触り、葉月さんの指に触れるーーそれを可能なかぎり素早く繰り返す。


「次は、私の人差し指を、顔を動かさないまま視線だけで追って見て。左右上下前後に動かすから」

「わかりました」


 葉月さんは自身の人差し指を立てたまま、自身の顔の前からゆっくり左側に移動させていき、今度は右側にスライドさせていく。

 それを僕は、顔を動かさずに視線だけで追いかける。


 下や上にも動かし、僕に向かって近づけたり、自分の方に戻したりする葉月さんの指を、ただただジッと目だけを動かして追いかける。

 これには何の意味があるんだろう?


「うん、認識に異常なし。じゃあ次は、私が今から言葉を口にするから、それにつづけて、杉井さんが私の言葉に繋がる文章になるような事を、頭に思い浮かんだまま咄嗟に言ってね。私が言い終えたら、杉井さんが言葉を続けて補完する。そしたら、私がまたなにか言うから、再びそれに繋げる。これを繰り返すだけだから。直感で答えるのよ、わかった?」

「あ、はい。よくわかりませんが、とりあえずやってみます」


「じゃ早速。自分のお家はーー」

「ーー家庭的?」

「父親はーー」

「ーーおちゃらけてて明るい」

「母親はーー」

「ーーやさしいけど、過保護気味」

「命というのはーー」

「ーー大切なもの?」


 咄嗟に思い付いた言葉を葉月さんの言葉に繋げ、ひたすら述べていく。

 なにやら隣の女性が慌ただしいかと思えば、どうやら僕の言った内容を全て記入しているようだ。


「人生はーー」

「ーー大変だし辛いけど、楽しいこともある」


「はい、ありがとう。うん、大丈夫そうね」

「は、はぁ、ありがとうございます」


 理解が追い付かず、とりあえず礼だけ口にしてしまう。


「あんまり深く考えないでいいのよ。異能力者になったのが発端で、神経がおかしくなるひとがいたり、精神に異変が見られたりする人もいるってだけだから。杉井さんには神経にも人格にも異常は見受けられないし、今のところは心身共に異変は見当たらないから安心して」


 どうやら、認識がおかしくなっていないか。精神が病んでいないか。人格に異常がないか。

 ーー等を今の一連の流れで確かめたらしい。


「これで異能力検査は終了よ。少しのあいだここで待機しててね」


 隣の女性らしき人がなにかを紙に書き終えたのか、検査室から外に出ていった。

 ちょうどいい、気になることがひとつだけあったのだ。


「すみません、あの、訊いてもいいですか?」

「うん、なに?」

「じゃあ……その、葉月さんが着ている制服って、川崎市立の風守(かざもり)高等学校のものですよね? 違いますか?」


 白衣のせいで気づくのに時間がかかったが、途中から葉月さんの着ている制服が自分の通っている高校の女子の制服(もの)だということがわかった。

 つまり、葉月さんも風守高校の生徒?


「え、そうだけど」

「あっ、自分も同じ高校に通っていますーーってだけなんだけど……まさかうちの学校に、異能力者に関わる仕事をしているひとがいるとは思ってなくて」


「え、なら、もしかしたら……」葉月さんはなにかを考える仕草をすると口を開いた。「私は二年の葉月瑠璃よ。一応、正式に『異霊体視認証明書』を持っているし、第2級異能力特殊捜査官なの。ただ学生だから準職員扱いでアルバイトの様なものね……学業もあるし。でも、こっちの仕事も大切。異霊体視認証明書を持つ職員ーー2級特捜の数は少ないし、1級なんてひとつの県に一人か二人くらいしかいないのよ。わかる?」

「は、はぁ……」


 よくわからなかったけど、とりあえず異霊体を視認できるひとが稀少だということは理解した。

 だから平日なのに駆り出されているのかも……。


「ちなみに、私によく似た妹も同じ学校に通っているんだけど、ここで働いてはいないわ」

「はあ、なるほど……」


 今まで知らなかっただけで、こんな身近に異能力に関する仕事をしている人がいたんだなぁ。


 異能力者になるまえは都市伝説に近い話だと思っていたのに。

 実際になってみると、同じ学校の同学年に通う生徒が異能力者保護団体に従事していたのを早速知ることになるとは……。


「杉井さんは何年生なの?」

「僕? 僕も葉月さんと同じ二年生です」

「なんだ、タメじゃない。これからは貴女のこと杉井って呼び捨てにしていい? その代わり、私のことも呼び捨てでいいから。ね?」


「あ、うん、わかった。とりあえず、僕はこのあとなにをすればいいの?」

「たった今、メインの異能力検査が終わったから、別階で異能力者情報をデータベースに上げて、それが終わったら書類のコピーを持って指紋をとったり細々したことをしたりするだけよ。最後に『異能力者保護団体申請完了証明書』っていう硬いカードを渡されるから、それで終わりね」

「つまり、これが検査のメインだったんだ?」


 なんだかよくわからないまま検査が終わってしまったせいで、他に本番となる検査があるんじゃないかと無用な心配をしていたみたいだ。

 葉月にそう言われてホッとした。


「でも、まさか同じ高校、しかも同学年の生徒を診ることになるなんて、私もちょっと驚いた。ねえ、そんな格好になっちゃって学校生活大変よね?」

「ま、まあ……でも、多分大丈夫じゃないかな?」


 たとえ大変だとしても、望みどおりの女にーーそれも美少女になれたんだ。

 喜びはすれど、悲しむことはないと思う。


「大変だろうし、なにか困った事があれば、いつでも二年B組に来ていいわよ。といっても学校にいない日もあるけどね。きょうみたいに」

「B組ってことは」僕はA組だし。「隣のクラスだったんだ?」


「そうなるのかな? まあでも、私は昼休みに妹の教室に行くから、教室に居ないこともあるのよ。とはいえ、見かけたときは気楽に声かけてみて。なんでも相談に乗ってあげるわよ、特別に」

「ありがとう。なんだか心強いよ」


 異能力の知識がふんだんな人が同じ学校に通っていると思うと、どこか心細かった気持ちも少し楽になる。


「データベースへの登録が完了しました。指紋登録の部屋の準備も済みました」


 中に入ってきた先ほどの女性が葉月に伝える。


「ありがとうございます。それじゃ杉井、また学校で」

「うん。葉月さん、いや、葉月。また」


 葉月に見送られながら、異能力検査室から今しがた入ってきた女性と共に立ち去った。





(12.)

 その後、顔写真を撮影したり、指紋を機械に登録したりしたあと暫く一階で待機することになった。


 やがて、異能力者保護団体側の用事が全て済んだらしく『異能力者保護団体申請修了証明書』という、保険証みたくサイフに入るサイズの硬い顔写真付きのカードを渡された。


 検査自体は直ぐに終わったものの、待機時間は長く感じた。


 本日の予定は終了。


 ほかにも細々とした用紙を一緒に渡された。

 内容は異能力者に纏わる法律などの事が書かれた資料の様であり、いちいち読む気にはなれなかった。


 明日はついに、この姿になってから初の登校。


 女の子になるのは願ったり叶ったりだけど、どういう扱いを周りから受けることになるのかは想像できず、気になって緊張してしまう。


 ……まあ、なんとかなるか。


 いざというときに頼れる人物ーー葉月とも知り合いになれたんだし、友達の宮下(みやした)は異能力者だからって態度を変えるような男じゃない。


 どうにかなる筈。


 僕は同じことをぐるぐると考えながら、自宅への帰路についた。

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