全部纏まっているとはね
距離的にはたいしたことは無い。豪勢な絵画が飾られた道を数分進むだけだ。
しかし同じ絵を何度か見ているな。迷っている様子ではないようだがね。
姫様は当たり前だが、フェンケにもその権限があるのだろう。俺は長年の勘で狂わされた方向感覚を調整しているが、彼女にはそういった様子が無い。
まあ姫様に何かあったら誰かを呼びに行かなければいけない立場だしな。
「それで、ここで良いのか?」
「はい」
目の前にあるのはご立派な扉。
金銀のレリーフで飾られた、太陽に槍を掲げた騎士。その上下には討伐された竜やヒュドラなどの魔物が並ぶ。この国の紋章だ。
姫様の部屋や他の扉には無かった。まあ間違いはあるまい。
ただ何というかね、随分と気配を隠さない連中だ。
「それじゃあ行こうか。向こうはお待ちかねの様だしな」
「分かりました」
「大丈夫、準備は出来ています。いつでもガーンとやってやりますよ」
お前が一番心配なんだけどな。
扉を開けると、目の前には2つの玉座。
王と王妃、或いは王子が座るのだろうが、謁見の間と違って段差がないのでこちらと高さが同じ。そして間隔も狭い。
部屋自体が狭いのだからまあ当たり前か。
そして謁見の間には無い、椅子とこちらを隔てる長いテーブル。
ただ晩餐会に使われるような縦長ではない。
横長で、素材は大理石って所か。
これはこちら側と向こうを区切る壁でもあるし、普段はここに地図やら珍しい品やらを並べて沢山の事を話したのだろうな。
当然、家族との会話でも使われただろうさ。たとえどれだけシビアな態度を取ろうとも、根は子煩悩と聞いているからな。
ただ今のその玉座には、2人の男が座っている。
1人は40歳くらいか。老けているというほどではないが、齢を感じさせる力の抜けた座り方。
中途半端に長い白い髪とそれなりに豊かな白い髭。
肌は白く少し病的だが、黄色い瞳だけは力強い威圧を放っている。
見たところ身長は少し高いな。182センチって所か。
いかにも高貴な貴族様という感じの、見事な刺繡が施されたクリムゾンのロングコート。
ジャケットは要所々々に更紗の模様が入ったグレーの縦縞のジャケット。
ズボンは流行りの黒と茶のストライプか。見た瞬間、庶民でない事が分かるね。
それに傍らに置かれている宝石付きのワンド。
まあお貴族様がよく持っているが、これはただのお飾りでもあるまい。
レベルは162。相当なものだが当然だ。あのレベル屋を使っていたからな。
名前は知らなかったが、あそこで見かけた以上、間違いは無かろう。
こいつがかつて降伏し――親方を騙して王都をこんな状態にし、今はベルタース王国に舞い戻った男。ジョナス・クーリンド・マルカシア・サリボドール侯爵なのだろうな。
たとえ違っても、その時はまた別の首を探せばいいさ。
「二人とも、すぐにそこから離れなさい!」
今まで聞いた事も無いような、姫様の強い言葉が部屋に響く。
そう、2つの玉座の片方にはもう一人が座っている。
青のジャケットに紺のベスト。
下に着ているのは仕立てこそ良いが、貴族用というより庶民用の白いシャツ。
茶色いズボンも仕立てはいいがこちらも庶民用だ。
全体的に見れば、裕福な商人という感じだな。服だけであればの話ではあるけれど。
切れ長の鋭い目。殺意を帯びていながらも、何処か余裕を思わせる黒い瞳。
それが額にもあり3つの目は全て繋がっている。
そのせいで、真ん中の目はまるで笑っているようだ。
もっとも、眉は2つしかないがね。
ただ右側の口角も吊り上がり、表情が本当にあるのかは知らんが不気味に微笑んでいるように見える。
瞳と同じ黒く、そして長い髪。耳があるべき部分からは、まるで短い鹿の角のような物が生えている。
それに服で見えないが肩に2つの小さな突起物。8本の長い指。
ただそれ以外は頭が一つに手足は一対。こいつが話に聞いた人型の魔物か。
何体いるかは聞いていないから、その内の1体と呼ぶのが正しいのかもしれないがね。
放たれる空気はただただ不気味。
決してすぐに飛び掛かってくるような、猛獣のような雰囲気ではない。
だが侮る事はない。人型の魔物――魔物でありながら、ポップしたりはしない独立した存在。
それに驚異的な知性と戦闘力。空想の中にしか存在しない魔王と違って、こいつらは歴史の中で何度も登場し、そのたびに大規模災害ともいえるような災厄を引き起こす。
ここで会うとは思わなかったが、どちらにしても対処の必要はあったわけだし。
さて、手間が省けたと喜んで良いものかどうか。
しかし変だな。
レベルは107……相当なものだとは思うが、こんなものか?
そりゃまあレベルが全てじゃないってのは、レベル屋をやっていれば嫌というほど身についている。
なんだか嫌な気分だよ。
それとあまり見たくはないが、その魔物の足元に全裸で――そして首を鎖で繋がれたまま犬のようなポーズで休んでいる男。
目が死んでいるし、こちらの様子を気にしている動きはない。
歳は20を少し超えている程度。背は俺より数センチ高いか。
姫様と同じ金髪だが、虚ろに鈍い瞳の色はエメラルドグリーン。妾の血かね。
クランツ・イングリア・クラックシェイム。この国の第2王子だ。
ただ手足は本当に犬のようで毛も生えている。
とてもじゃないが、国民には見せられないだろうな。
「もう一度だけ言います。直ちにそこから離れなさい」
姫様の凛とし声が響く――だが、
「まあまあ、その様に急かす事もございますまい。それに今わたくしがここに掛けるのはある意味当然の事。ここはこの都市の主が座る椅子でございますれば」
少し動揺が見られるな。俺たちの接近を察知できなかったとは思わないが、何か予定と違ったかな?
それとも単なるボンクラか? まあ、無いとは思うがね。
案外、姫様の場違いな衣装やフェンケのメイド服が問題なのかもしれないが。
「こんな魔物だらけで対処も出来ない都市の主ねえ。えっと、侯爵さんだったかい? あんた現実が見えてないのかい?」
「……護衛かね? 君のような下世話な者に発言を許した覚えは無い。身分を弁えよ。今はこの都市の主が、元主の娘と話しているのだよ」
本気で言っているとしたら、こいつは俺の事を知らないのか?
いや、あれだけ宣伝されたんだ。クラム・サージェス・ルーベスノア伯爵という人物は知っているだろう。
ただこいつの頭の中には、それが姫様と一緒にいるという発想がないのか。
しかしまあ……姫様がメイドとただの護衛を連れて単身乗り込んでくるというのもおかしな話だと思うけどねえ。
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