こいつが来て良かったことが一度もねえ
ただこのままでは、姫様の懸念通りになるだろう。
何か一手、状況を有利にする手段が必要なのは確実だな。
しかしそれが何かと言われると、俺には思いつきもしない。
結局のところ、俺には知識というものが根本的に足りないのだ。
生きるための知恵はあっても、書物に書かれている様な先人の知恵というものはほとんど持ち合わせちゃいない。
精々レベル屋で役に立つような魔物知識だな。
「取り敢えずは、明日にでもヘイベス王子に会いに行くとするよ。何か良い助言を貰えるかもしれない」
なにせ“神知”と“魔略”が付いているのだ。
当然万能でない事は知っているが、それでも今のグダグダ状態を打開するには期待するしかない。
そんな事を考えていると、勢いよくノックの音が鳴り、返事もしないうちに衛兵が扉を開けて入って来た。
まあ俺にとっては“なぜ”その状況になったかを知りたいのだが、一応は立場というものがある。
「無礼だぞ! ここをどこだと思っているか!」
まあ執務室ではあるが、その点も気にもしていないんだよなあ。
権威だの礼儀だのにも興味はない。それらしく言ってはみたが、とっとと理由を話せと言いたい。
ここまでの経緯は分かっている。こいつは半分寝ながら壁にもたれかかっていたが、突然ゆっくりとこちらに向かい始めた。恐怖、怯え、震え……様子から相手の実力は分かりやすいが、いますぐ殺されるといった恐怖は無かった。そして部屋の近くまで来ると、まるで救いを求めるかのように大慌てで飛び込んできたわけだ。そして今に至る……全く――、
「た、大変申し訳ご、ご、ご、ございません! あの、その……」
うぜえ。だからそんな事はどうでも良いんだよ。
理由を――と考えた所で背筋が凍り付いた。
くそめ、やっぱりか。気配を消してきやがったな、ババア。
「ちょっとしたサプライズだ。気に入ってくれたかな」
こういう事をするのはお前以外にいないだろうさ、”絶壊不滅”のケニー・タヴォルド・アセッシェン。
こちらの返事など聞かず、衛兵を押しのけて酒瓶片手にズカズカと入って来やがったよ。
しかも白にオレンジライン、顔の下しか見えない重厚かつ荘厳ないつものご立派な装備だ。
マジで似合わねえぞ。
それに羽虫ほどの気配も無かったのに、部屋に入ると同時にいきなり存在感を出しやがって。
敵意が無くても、商売柄こういった感覚には反応しちまうんだよ。
「ふむ、良い顔だ。気配を消してきた甲斐があるというものだ」
「いらっしゃい、“絶懐不滅”。今日はまた随分といきなりですね」
平然と挨拶する姫様と、静かに一礼するフェンケ。こいつらにとってはちょっとした出来事なのだろうが」
「外での会話も、外門が開く音すらしなかったぞ。どうやって入り込んだ」
まあ衛兵の配置を考えれば聞くまでも無いがね。
「なに、先ずは搭の屋上から入ってな。そこからこちらを目指したのだが、まさかあんな狭い螺旋階段に兵を配備しているとは思わなかったぞ。見事な警戒だ。まあ、声を出す間もなく言う事を聞いてもらって、快く案内してもらった訳だが」
だが――じゃねえよ。かわいそうに、すっかり怯えているじゃないか。
どんな脅迫をしたか一目瞭然だぞ。
こんな素人が相手なのだから、もう少しいたわってやれよ。
ただ悪いが、こちらも姫様の命が最優先だ。
当然屋上からの侵入も想定していたからな。こいつの仕事は無惨に殺されて、搭の階段を転げ落ちる事で派手な金属音を立てる警報器でしかない。
そういった意味では、俺もまた人道を説く資格なんぞないがね。
「それで本日はどのようなご用件で? すみませんが、今はご存知の通り毎日が忙しすぎまして、これ以上は何かする余裕はありませんよ」
「政務も軍務もヘイベス王子がやっているが」
「それはあちらがやりたいというからどうぞという状態ですねえ。別に乗っ取られたって構いはしないんですよ。こちらの目的は、あくまで姫様の護衛とレベル屋の安定経営ですので。さすがに王子がその邪魔をするとは思えませんしね」
「相変わらず、欲のない男だ」
「そんな訳で、こちらはその2つに加え、一応は領主として来賓の接待やこうして決算書類の整理と忙しい日々を送っているんですよ。それで、そちらはこんな所で飲んでいる暇はあるんですか?」
机の上に座って、持ち込んだ酒をラッパ飲みしてやがる。実にいいご身分だと思うが、現実は絶対にろくでもない話を持ってきたに決まっている。
「君の……いや、伯爵と呼ぶべきかな?」
「気持ち悪い。今まで通りで」
「そういうと思ったよ。まあ君の働きには陛下も大変感謝している。未だに嫁を取らない点は心配しておられたが、どうせ結婚しても姫に手を出さない保証は無いでしょうと進言したら、顔を真っ赤にしていたよ。はっはっはっはっは!」
「そりゃ笑いごとか!」
「笑いごとで済ますだけの成果があればいい。世の中というものは、実に単純だ。ましてや幸いな事に、今の国王は賢人と呼ぶにふさわしいからな。自分を噛むかもしれないだの、怪我や老いで働けないなどという理由で猟犬を殺しはすまい。ようは期待以上の答えを示し認めさせればいい。そうするほどに、君の地位は盤石なものとなる」
「つまりは立派な飼い犬になれって事じゃないんですかねえ。自由は何処へ消えたよ」
「フム、君にとって自由とは何か、答えは出たか?」
「……いや」
そういえば最近は忙しくて考えた事もなかったな。
「なら問題はあるまい。自分で鎖を断ち切れるようになるまでは、精々犬のまねごとをしていれば良い」
「ナンバー4がそれで良いのかよ」
「全員承知済みだ。それではそろそろ本題に入ろう。レベル屋は何日開けられる?」
「残り1匹まで使うとして……2日……限界で3日だな。今のスタッフは俺無しで全てを動かせるほどに育っていない。無駄を出せるほどの余裕もないだろう」
「いい答えだ。期待通りだよ。ここで全く動けないなどとつまらない返事をするようでは失望するところだった」
上機嫌なババアを見て、俺はどうやら答えを間違えたらしいと実感したね。
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