本当はどうでも良いはずなのだが
こうして慌ただしく日々は過ぎ、着々と仮の首都であるルーベスノア村……じゃない、町は拡張を続け、それに伴い人の流入も激しくなってきた。
もはや登録できない人間は整備しきれていない下水にも入れなくなり、多くは壁沿いにバラックを作って生活するありさまだ。
王都なら景観の関係で一掃されるが、ここはまだまだ危険でね。
悪いが、ああいった小銭で簡単に命を売る人間は必要なんだよ。諸刃の剣だとしてもね。
基本的な書類は全て他にやってもらっているが、それでも全体を把握しておくのは大事なお仕事。
だからこちらの判断が必要な書類はしっかりと回って来る。今は執務室で、姫様と検討中だ。
当然フェンケも控えているが、その分、メイドたちには休ませた。
なにせもう夜も遅い。今日もさっきまで地方貴族のご挨拶だの商人の売り込みだのに付き合わされて散々だった。早く寝てえ。
「状況はあまり良くないな」
「そうなのですか?」
おっと、口に出してしまった。最近迂闊だな。平和すぎて気が緩んでいるのか?
姫様に関しては適度な緊張感を保ってはいるつもりだったが、実際にここまで気が緩んでいる状態は記憶にある限り初めてのことだ。
使命との矛盾で少し奇妙な感覚だな。これは何という感情だったか……。
「元々は姫様の安全を考えてここに決まったのだけどね」
「そうなのですか? あまり安全とは言えない場所ですが」
「まあ立地上は確かに。隣は魔国だしねえ」
とは言っておくが、実際にここを選んだのが誰かは分からない。
王室特務隊の誰かと考えたいところだが、連中がそこまで政治的な事に関与するかねえ。
なんとなく、レベル屋まで含めて別の誰かの思惑を感じる。
国王――いや、それならもっとまともな護衛を付ける。しかしババアの様な、王子や王女の直属から外れた特務隊を動かせる人物など……あり得るとしたら王妃か。
まあ判らない事を予測しても仕方がない。むしろ邪魔だ。
「とりあえずは、こんな所まで来る人間なんて裏がある事が確定でね。色々な意味で素性は分かりやすかった。そういった意味での安全ではあったけど、当然レベル屋を作るとね」
「あれは大変でしたね。あたしは初めての冒険でドキドキでしたが」
今でこそ楽しそうだけど、当時はかなり緊張していたな。
「まあその後の件に関しては姫様もご存知の通り、いよいよレベル屋が開店。これに関してはヘイベス王子や“神知”、“魔略”が来た事が大きかった。あの協力がなければ作るなんて不可能な話だ」
「でも勝算はあったのでしょう?」
「他力本願で曖昧な勝算さ。どんな魔物を捕まえたとしても、自分で作っていたら建築がポップ速度に間に合う訳がない。何かするとは思っていましたって程度だよ」
「確かにそうですね」
「それに最初から決まっていたのだろうが、彼らのおかげでこの町に入って来る人間の素性は把握出来たし、危険な人間のリストアップも簡単だった。ただ今は、少々持て余し気味かな」
「確かに、臨時とはいえ王都になったのは問題でしたね。あの辺りから、町の入り口はいつも長蛇の列だと聞きます」
「仕事がある場所に人は集まるものなのは何処も同じ。さっさと森を切り開いて拡張したいところだけど、実際そう簡単な話じゃ無いのがね。むやみやたらと開墾すればいいって訳じゃない。川や伐採の影響を考えないといけないし、壁でたむろっている連中もタダ働きをしに来たわけじゃない。働かせるにはまず給金。しかし本国の混乱で予定よりも実入りが少ない。どうしても戦費が優先だしな。それに流入が激しくなれば、今以上に人間の把握は難しくなる」
「難しいですね」
「それとこれまでは防衛を考えずに広げれば良かったのだけど、このまま拡張するとなれば外周は中途半端な円形にしなければならなくなる。内周は最初に作っただけあってそれなりに守れるが、新たな外周は防御には期待できないね。でも巨大な要塞型は難しいんだよ。時間もかかるし、中途半端に作ると逆に攻略の隙を作ってしまう」
「……つまりは、いざとなったら新規に追加された土地の人間は――」
「それは姫様が気にする事じゃないよ。それぞれが自分の意思と覚悟で来たのだから。まあ、いざとなれば警備を固めつつ、今ある内周まで引っ込めますよ。ただ話を戻すと、流入が増えるほどにどんな人間が入り込んだか分からなくなってくる。外の作業を多めにすれば、それは当然加速する。警備は厳重にしているが、それでも秘密裏に入り込む人間は後を絶たん。まあ分かった人間は処罰しているけどね、問題は分からないほどの連中の方だ。これまで以上に護衛に関しては厳重にしなけない状況だなぁ」
すると姫様はパンと手を叩くと、
「それではもう一度、魔物の国へ行くのはどうですか? また少人数になれますし。ついでにレベル屋で使える新しい魔物も探せば、これからの為にもなります。新しい魔物も見つけないといけないのでしょう?」
「セネニア様、それは却下です」
今まで沈黙していたが、さすがにこれはフェンケも認めないか。当然、俺も認めない。
「もう向こうには、姫様の事は覚えられたに違いありません」
「俺も同意見だな。俺やフェンケは、まあそれなりに強い人間という程度。レベル屋で育てた人間の中に混ざれば自由に動くのはたやすい。けれど、姫様のレベルはそうはいかない。よほど高レベルの気配隠蔽スキルでもない限り、間違いなくすぐに魔物の迎撃が来るでしょうね。前回いきなり仕掛けてこなかったのは、どこまで侵入するかを見定めたかった。それと、より深く誘い込みたかったからだと想像できる――が、次はこうはいかないな」
「うーん、それでは手詰まりですか。何か現状を変えるきっかけが欲しかったのですが」
そりゃまあね。
今のままだと膠着状態が続く。
そうなれば、たとえ最終的に勝ったとしても国はボロボロだ。
周辺国はもっとボロボロだろうが、その背後には無傷な国がいる。
一方でこちらは現首都が陥落。臨時のここは背後に魔国を抱えている危険な状態だ。何が起こるか分かったものではない。
正直この国に義理は無い。今の爵位だの生活だのは確かに良いものなのだろうが、俺には不要なものだ。たった今没収されても気にはしない。
“先輩がた”の様に邪推をする者もいるかもしれないが、おそらくババアは俺がそういった人間ではない事を見抜いている。
それに何といえばいいかね。姫様やフェンケ、ヘイベス王子に“神知”と“魔略”、カイナ、ロッテ、ミニスのメイドたちやこの町の人間――そういった連中を見捨てて何処かへ行くという選択肢も無い。
まあこれもババアに見透かされているんだけどな。
しかしなんだろうね、この感情は。
生きるためには不要な気もするが、捨てようとしても内側から湧いて出る。
おそらく俺が死ぬ寸前まで、この気持ちはもう変わらないような気がするな。
続きに興味を持って頂けましたら、是非ブックマークをお願いします。
評価はいつでも変えられますので、今の段階の感じを入れて頂けると嬉しいです。
↓↓↓
☆ ☆ ☆ ☆ ☆→★ ★ ★ ★ ★






