もうすっかり慣れたな
一通りの訓練が終わったら、風呂で汗を流してから夕食となる。
考えてみればフェンケも炎系の呪文を使ったという事は、基礎である温度変化の呪文も覚えただろう……が、風呂の支度は相変わらずメイド長のカイナが継続している。
まあ今更になって配属を変えても仕方ないだろう。
フェンケは姫様直属のメイドという立場自体は変わっていないが、今は護衛も兼ねているしな。
それよりもだ――、
「やっぱり鍛錬の後の湯は格別ですね」
「そうですね、セネニア様。私も生き返ります」
「それにしても、今日は見事でした。クラム様相手にあそこまでやりあえるとは」
「それに関しては正直まだまだです。こちらに合わせてくれているからやりあえていますが、実力差は比較にならないかと」
「ふふ、それでも貴方の成長は嬉しいですよ、フェンケ」
「光栄でございます」
なんで姫様の暴走を止めるべきフェンケまでが俺と一緒の湯船に入って来るんだ!
退院したらちゃんと諫めると思ったが、極々普通に入ってくるようになってしまった。
どういう心境の変化だとも思うが、本人に言わせると『もっとも無防備な状態だからこそ共にいるべきです』だそうだ。
それに『もし浴室で襲われたら、殿方に肌を晒す事になります! それは許されません!』とも言っていたが、俺が殿方という事を忘れていないか?
「それにしても、クラム様の傷も大した事が無くて良かったです」
「ちょっとうまく行きすぎて心配してしまいましたが、浅くて逆に良かったです」
「もっと呪文のスキルを上げないとな。あのくらいなら鋼の鎧には通じないし、筋肉を絞めれば細かい破片は肉までは通らないぞ」
「私もまだまだですね」
「本業じゃないんだ。ゆっくり上げて行けばいい」
「いえ!」
サブンという水音と共に、勢いよく立ち上がる。拳を握りしめて。
「今の本業はセネニア様の護衛と言っても過言ではありません! もっと修練を重ね、いつかはクラム様を倒せるまでに成長してして見せます!」
そんなもの見せられても困る。
それ以前に、羞恥心を思い出せ。
◆ ◆ ◆
こうして入浴が終わったら、大抵やる事は2つ。
1つはそれぞれの書類の整理。
昼間のぬるい手紙とは違う。厳選された書類だな。
ただ俺の場合、レベル屋関係と領地の決算書類にサインをする程度。
なにせこの街の管理は、実質第4王子のヘイベスが行っている。
まあ実際の実務は“神知”のクエントと”魔略”のエナだけどな。
領主の決済が必要な物や、本当に目を通す必要のある重要な書類はそちらから回されるわけだ。
ヘイベス王子だが、なぜかは知らないが俺に――というか、俺の生き方に興味があるそうだ。
だけどそれは話半分で良いだろう。あの男の興味は、俺も含めた今の状況だ。
首都は魔物により陥落し、今まで膠着状態にあった周辺の3か国からは反撃を受けている。
まだ有利だが、膠着状態になった要因は兵士の絶対数と補給線によるものだ。
ここを解消できなければ、たとえ戦況が有利でもそこから先に進める事が出来ない。
どんなに勝ち進んでも、維持できなければ膠着状態に逆戻りって訳だ。不毛な話だねえ。
しかも有利な理由はレベル屋によるものだが、最大級であった王都のレベル屋――以前に俺が働いていたブラントン商会は王都とともに消滅した。
追放された身としては気にする事でもないが、それでも古巣の行く末は気になるものだ。
ただそこが無くなった以上、レベル上げに関してはこちらの負担が大きい。
しかも他国も本格的にレベル屋の運営に力を入れている。今や国力を象徴する一つだと言えるだろう。
今となっては、王室の先見の明には恐れ入るよ。
俺を犯罪者として処分しようとすればいつでも出来た。
しかししなかった結果、いつの間にやらあんなに小さく、しかも背後に魔国があるこんな辺境の村がこの国を支えているのだからな。
もっとも、そのせいか更なる拡張を連日要求されている。
当然新しい魔物が必要になるのでレベル60にした冒険者を偵察に送り込んではいるが、芳しくはない状態だ。
そりゃまあ、簡単なら誰も苦労はしないよなあ。
さてもう一つやる事と言えば、
「そろそろ会合の時間ですね」
夕食も終わり書類の整理中。本来ならこれが終われば寝る時間。というか、村ならとっくに全員寝ている頃だ。
しかし町は夜でも完全には寝ない。特に臨時とは言え王都ともなると、深夜になってもまだまだ活動する。
今はそうだな……10時ごろか。確かに来訪の時間だな。
「姫様は書類が終わったら寝てしまって構わないぞ」
「そうもいきません。彼らも彼らで、時間を作ってこんな遠くまで来ているのですから」
まあそうなんだけどね。
ここは代理の王都だが、事実上の政治の場は当然ながら国王がいる場所だ。
次点で第1王子がいる所か。
だからここは政治と縁がないかというとそうでもない。
皆興味があるんだよ。ここを収める領主と、ここにいる王族にね。
だから各地方から、代官だの大手の商人だの地方領主だのが訪ねて来る。
手紙だけで済ませろって言いたいね。全部暖炉行きだが。
本気で面倒くさいが、むげに断るわけにもいかないんだよな。
ただヘイベス王子は多忙を理由に込み入った話の席には出席しない。
こちらもこちらで、本来ならダンスパーティーでも催して貴族らしくド派手な歓迎でもするところなのかもしれないが、しっかりと姫様に止められた。
今は各地で戦っているのだから、仮の首都とはいえそのような事にうつつを抜かしている状況じゃないそうだ。
俺が知る限り、隣国のベルタース王国は戦争そっちのけでダンスパーティーを開催していた。
戦況が有利だとアピールしたかったのは分かる。
ただ結局は国土の3割を失い首都まで陥落したのから、同じ轍を踏む必要は無いよな。
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