神知に魔略か
そしてまずは冷え切った体を温めるために風呂に入ったのだが――、
「それでですね、先程の話なのですが」
「え、ええ」
「2人だけですので敬語は不要ですよ」
「いやまあ、じゃあ、そうしよう……」
しくじった。フェンケというストッパーがいないとこうなるんだった。ここのメイドじゃ止められん。
今、同じ湯船の中に姫様が入っている。しかも狭い。密着している。ふむ、こういう時は素数を数えると聞いたことがあるな。
一応は追い出そうとしたのだが、立場もレベルも姫様の方が上と来ている。結局押し切られてしまった。
「ヘイベス兄さまが来たのには驚きましたが、何かしらの手は打っているとは思っていました」
「レベル屋の支度だな。それは俺も考えていた。ただ心配はしていなかったよ。こちらには支度する時間も余裕も資材も資金も何にもないが、それでもやらせようとしていたんだ。戻ってくれば準備は完了しているとは思ったが……ヘイベスってのはどんな奴なんだ。それと後ろにいた2人の事も何やら知っている様だったが」
「相変わらず鋭いですね。特に用が無ければいないと考えるのが通例なのですが」
「制度の事は知らないが、気になったのはそこだな。坑道で1人倒したのに、姫様はあの2人を気にしていないそぶりだった。しかし知らない特務隊だったら少しは警戒するだろう。あそこで仕掛ける事は無いにしても、気を抜く訳にはいかない。つまりは顔見知り。かつ、それなりに信を置いているって訳だ」
「なるほど、勉強になります」
少し熱くなって来たのか、風呂から出て浴槽の縁に座る。いやいやいやいや。
たかだか湯の音なんぞをこんなに気にしたのは初めてだ。
「それであの2人ですが、1人が“神知”クエント・ハース・ノンダニア。もう1人が”魔略” エナ・ファンケス・ミネストダイエですね」
俺でも知っている奴だな。
女性とは思わなかったが、両方共に異名通りであり、それだけではないだけの戦闘逸話も残っている。
しかしあれほどに小さいとはな。だが少なくとも俺が最初の任務の頃には異名が知られていた。当然だが、見た目通りの歳ではないか。
しかしそうか、第4王子付きか。ならヘイベス王子自体は見た目通りの凡庸な……いや、そんな考えは愚かだ。
レベル200超えているのにそこから2上げる。それが凡人なわけがない。
だけどそれはあのレベルの微妙な差が分かる人間だけだ。
そう考えると、あえてあの2人を連れているのも策略か。
知らない人間にとっては普通の王子様と護衛。レベルも考えれば、正面から敵対しようとは思わないだろう。
搦手で敵対できるほどの資産や権力を持っていれば、“神知”と”魔略”を知っていて当然。なら彼の逸話は2人によるものに映るだろう。
ふむ……あれは蜘蛛みたいな性格な男と見るね。自らを餌にして相手を見定め、場合によっては処分するのだろうな。
どうもこのところ、蜘蛛と縁があるものだ。本人には言えんが。
「まあレベル屋は俺が専業だからこっちでやるが、他の設備はあの王子がやるんだろうな」
「さすがに十分に状況を理解しておるようだのう」
「ふふゅひゅ、まあ説明するまでもあるまい。その程度の事、気が付かない様では話にもならぬ」
「とか言いながら堂々と浴室に入って来るな!」
入って来たのは“神知”と”魔略”。しかも当たり前のように全裸だ。
良かった、お子様ボディで。危うく限界突破するところだった。
いや良くは無いけど今は突っ込むより少しでも情報が欲しい。
わざわざ来てくれたのだから、当面は付き合おう。
「というか、そもそも2人でいっぱいだ。大体、なぜ平気で入って来るんだよ!」
「あら、あたしら王族は、家族皆で入りますよ。もちろん全員が揃う事はまずないですが」
そうなのか? まあ偉い人間のする事はよく分からん。
まあ庶民では温度変化の魔法は使えないからな。安い銭湯は混浴も普通ではある。
ただ高級になる程に男女は別になるものだからな。王家もそうだと思っていたよ。
「そんな訳で、我等王室特務隊も供をする事も多いのじゃ」
「まあ気にする事も無かろう。それより、女体が気になるなら存分に堪能するがよいわ」
いや、無いわ。
妙な口調というかどっちもそうなのだが、銀髪と黒髪の二人組。
銀髪の方が“神知”クエント・ハース・ノンダニア。
身長は142センチって所か。
丸みのある、肩にギリギリかからない銀色のショートカット。顔は身長にぴったり合っている童顔。まあこれで老け顔だったら、ちと怖い。
体系も一般的なお子様だな。つやつやの肌には傷一つ無く綺麗なものだ。それに細い。
なんか『のじゃ』とか変な口調だが、アレはどこかの方言か?
異名の由来も聞いてはいるが、ここは先入観など無しで考えよう。
どうせ全てがオープンなど有り得ない。愚かな先入観は身を亡ぼすだけだ。
敵対する事はないだろうしそう祈りたいが、世の中どうなるかなど分かりはしない。
「ククク、我らの裸体に釘付けの様ではないか。クエントよ、こ奴なかなか良い趣味をしているのではないか?」
悪いがそんな趣味はねえ。
こっちの尊大なのが”魔略” エナ・ファンケス・ミネストダイエ。
尻が隠れるほどに長い髪は、黒と紺と紫が合わさった様な、なんとも不思議な色合いだ。基本的に黒と言えなくもないほど濃い。
前髪も長く顔もかなりの部分が隠れているが、こいつも身長相応に童顔だな。
ただかすかに黄色い瞳が見えたが、俺はすぐに視線を逸らした。
あれは本能がそうさせたのか、とにかく危険な気配を感じ取ったからだ。
王室特務隊なのだから、2人ともにユニークスキル持ちだ。敵対はせずともそれ以外は何でもやりそうだからな。
因みにこちらも体つきは変わらん。身長は2ミリほどこちらが高いが、誤差だな、誤差。
ただ一つ違うのは、右胸の上に魔女の刻印がある。
魔法、聖教魔法、精霊術――魔法にも色々とあるが、あれは呪術を使う者だ。
珍しくて普通の人間がお目にかかる事はないが、俺は呪術とは色々と縁があってね。ただ概ね禁呪と及ばれる範疇だ。関わりたくないな。
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