噂のヘイベス王子か
途中でアイツの遺体が無い事は気が付いていたが、普通に魔物に喰われたのだろう……と思いたい。
普通ならそれしかないしな。ただ相手が相手だ。
人間の蘇生など不可能という事くらい誰でも知っているが、俺がいたスカーラリア家は変な実験を色々としていた。
俺もまたその内の一つだが、死体を使った実験もいくつかあった事くらいは知っている。
嫌な予感はするが、今はそんな事を考えても仕方がないな。
急斜面を急いで下って行くと、眼前に広がるのは緑の森。
たった2泊3日の旅をしただけなのに、ものすごく懐かしく感じる。
それ程、あちらの世界は異質だった。
更にその先、魔国の更に先にある異界を目指す連中なんてのは、絶対に頭がおかしいのだろうな。
俺はそんな下らない事よりも、平和が一番だ。
この後は多少ペースを落としつつも、夕刻前には村に到着した――が、
「なんかさ、来た時よりも門が手前に無いか?」
「それは全く気が付きませんでした。そうなんですか? まあ……高さとかの違いは分かりますが」
この村に来た時は、ちょっとした防衛をするための壁という感じ。
俺にとっては、無いも同じだったな。
ところが今現在目の前にあるのは、高さは10メートルをゆうに超え、強固な石垣。更に上にある曲輪はもちろん、壁の途中に窓というにはあまりにも細い穴が並んでいる。
あれはクロスボウで外敵を攻撃するためのものだな。
どういうペースでこんなものを作ったんだ?
そんな俺たちが門――つーか、これまた城門並みに随分と立派になった場所まで行くと、上からラッパの音が吹き鳴らされる。
同時に――、
「クラム・サージェス・ルーベスノア子爵のご帰還である!」
ラッパで吹き鳴らされる、聞いた事も無い曲。なんだか妙に勇ましい。
俺の記憶が確かなら、城主が城に戻ると領主のテーマを鳴らすのが通例だ。
領主の帰還を領民に知らせるためらしいが……なら今のが俺の曲かよ。ヤメロ!
つーか、姫様がいるんだから普通の国家で良いだろうが。それとも一般には極秘なのだろうか?
「開門!」
「開門!」
閂が外され、鎖が巻き上げられる音がする。
いやマジで待てよお前ら。いつどうやってこんなものを作ったんだ⁉
重症のフェンケを抱えていなければ、後は姫様に任せて逃げたい気分だぞ。
こういうのは苦手というか、そもそも考えた事も無かったのでな。
だがそんな考えも虚しく門は開く。
ただフェンケを治療したいから、こうでなければ困るのも事実。仕方ないので村に入ろうとすると、色々な意味で驚きの光景が広がっていた。
どう見ても拡張された防壁。更に大量の人間が新たな都市を建築中だ。
既に見た事も無い塔が何本も立っている。なんだこれは。時でも超えたような感じだ。
そして俺たちの目の前には、2人の小柄な王室特務隊を連れた、一人の青年が立っていた。
特務隊は両方とも140センチちょいか。性別はおそらく女。微妙に体格が違うから双子とかではないな。
どちらが主人かは一目瞭然だ。
特務隊の2人は一歩下がった位置に位置しているし、なにより目の前の男の立派な衣装は荘厳すぎる。
青を基調としたスーツタイプのスリーピースにグリーンのハーフマント。
そして左胸には王家の紋章――正しくはこいつの紋章が刺繍されているのだから身分は今更だな。
見た目は少し小太り。あまりギラついた感じではないが、凡庸とも言い難い。
さりとて眼光からして天才系にも見えないか。
王家の4男としてそれなりに武術は習っているだろうが、肉付きからしてあまり身に付いてはいないだろう。
ただ手には剣タコがある。修練自体は続けているのは確実だ。
それだけに、相当才能が無いな、こいつ。
何というか、自分の見立てが恐ろしくなるな。
「やあやあ、初めましてだね、ルーベスノア子爵。それに久々だね、セネニア」
そう言って近づいて来るが、足取りからしてやはり武闘派ではないな。
身長は俺と変わらない。177センチって所か。
それに全く危機感が無い。護衛を信用し来ているのか、そもそも緊張感が無いのか……。
「おっと、そちらは怪我人を連れているのだったね。既に医療魔術師の施設は作ってある。大切な場所だからね。衛兵! こちらの怪我人を至急医療院へ!」
「了解いたしました!」
ふむ……指示を受けて、衛兵の一人が手に持っていた槍を置いてフェンケを担いでいった。
大男があいつを小脇に抱えて走る姿はシュールだが、もう気を失っているから後で文句を言われる事はないだろう。
それよりも『連れているの“だったね“』か。いつから……というか、何処から知っているのやら。
それに衛兵が武器を置いて行くのは相当な事態だ。
片手が開いているのだから持ったままでも走れるだろうに、それでも速度を優先したか。
マーカシア・ラインブルゼン王国の4男、ヘイベス・ライラスト・クラックシェイム。
今は17歳か。
初めましてというが、俺はお前を知っているよ。
次男、3男と違い、長男と同じく正妻の子。
異名などは無く、多くの凡庸な人間は彼を平凡な人間だという。
しかしごく一部の人間は、彼が4男であることを喜び、或いは悲しみ、また或いは土の下に埋まっている。
最初に見せたというか今もそうだが、このフレンドリーかつゆるみきった笑顔の裏には真実の顔が潜んでいる。
この王族が油断ならない所以だな。皆こんな感じだよ。
ただ事前に情報が無ければ、俺もまたこいつを凡庸な人間であると評したままだっただろう。
実際に、客観的に見たこいつの評価は世間と同じだ。
改めて思う。無知とは恐ろしいね。
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