トラブルなんてものはつきものだよ
そんな訳で、森を抜けてひたすら走る。
当然まだ深夜。だが止まってなどいられない。
ランタンでオレンジ色に照らされた、石器のようなギザギザの大地が高速で過ぎていく。
俺は暗視のスキルがあるが、2人がいるしな。明かりは消せない。
そんな俺たちの背後から気配がする。それも遠い。なのにそれが分かる程に強力な。
運が良かった。ここまではだが、本当に運が良かった。
遠いとはいえ、今までよりかなり近い。おそらく姫様のレベルを本気で脅威と見たのだろう。
あのスケルトンで足止めをしている間に、厄介な連中で包囲でもするつもりだったか?
まあ分かるよ。世界に点在する異界への穴。多くの勇者が挑んでは、その命を散らせていった人類最強が赴く墓場。
しかし、マーカシア・ラインブルゼン王国は、なんと北に在った異界の穴の一つを攻略してしまった。
やったのは現在の国王、”英雄賢王”の異名を持つイグリナス・ストマルト・クラックシェイム。
言ってしまえばレベル屋様々なのだが、それは置いておこう。
とにかくレベル200を超えた王は、親衛隊や王室特務隊を伴って北の異界に挑戦した。
残念ながら伝説にある様な魔王とやらはいなかったが、とにかく異界の穴を一つ封じてしまったわけだ。
魔物がそれをどう思っているかは知らん。連中の思考など、人間の俺には分かるはずもない。
そもそも興味すらなかった。
だがそれも、この背後から伝わって来る強大な気配が雄弁に語っている。
“魔物は高レベルの人間を危険であると認識している”
どう考えても厄介だ。古来よりその認識はあっただろうが、このところの人間はレベルが凄まじい。関わっていた俺が言うのもなんだが。
とにかく、もしかしたら姫様を連れて来たのは失態だったかもしれない。
いや、遅かれ早かれか。
いずれ、あの村にもレベル屋が出来る。
しかもジャン! このカーススパイダーだよ。
「クラム様、今更とは思いますが、その蜘蛛はレベル屋さんで使えるのですか?」
「それどころじゃないですよ、セネニア姫様。後ろからなんだかすごい気配が」
「今の様子なら追い付かれませんよ。それよりフェンケは走る事に集中して。あたしと違って転んだらおしまいですよ」
「は、はい」
「それでクラム様、その蜘蛛は本当に使えるのですか? もし背後からの気配を感じて取り敢えず持って帰るのでしたら――」
「でしたら?」
「あたしがここで引きつけます。クラム様は本来の目的を遂げてください」
「せ、セネニア姫様――きゃあ」
言わんこっちゃない。
大きな突起に躓いたフェンケを、倒れる前に捕まえる。登りで良かった。
しかし――、
「これはダメだな」
右足がパックリ割れてかなりの血が出ている。半分くらいまでやっちまったか。
金属の底も見事に裂けているな。普通ならこうはならないが、こいつもこいつで普通の人間じゃ到達出来ないレベルだ。それが災いしたか。
当然のようにつまずいた石も粉々になっている。しかしこれはまずいな。
「申し訳……ございません」
「詫びはまた今度な。姫様、蜘蛛を持っていてくれ」
「わ、分かりました」
少し我慢しろよ。
「……は、はい?」
ソックスを破り、足の裂け目を口に含む。
フェンケは悲鳴にならない声を出そうとするが、ここは我慢してもらうしかない。
なにせこの危険で鋭い破片が大量に肉に食い込んでいる。
今はそれなりに痛みも麻痺しているだろうが、もうすぐ死を願うほどの激痛に見舞われる。
それどころか、これを放置しておくとさすがに危ない。
そんな訳で、思い切り吸う。
さすがに相当な痛みだろう。フェンケはもう真っ赤になって、息をするのも大変そうだ。
こちらも口に含んだ大量の石や骨の破片と血を吐き出し、更に吸う。
嫌だろうが、ここは我慢してもらうしかない。こいつの将来の為だからな。
終わったら俺の防寒着を切って止血したが、当分は歩くのも無理か。
「それじゃあ行くぞ」
万が一カーススパイダーが暴れても姫様なら問題ない。
けどレベルが高いとはいえ、身長差があるフェンケを担いでこの斜面を登るのは無茶だ。
こけたらフェンケが死ぬ。
そんなわけで、蜘蛛は姫様。フェンケは俺が背負うしかなかろう。
本人は自責の念のせいか、何一つ言わなかった。
ただ、俺の背に顔をうずめて声を殺して泣いていた。
「それでさっきの話ですが――」
「ああ、心配いらない。そいつで目的は達成だ。確かにまあ逃げているんだが、手ぶらで逃げ帰っているわけじゃないんで安心してくれ」
「それは安心しました。それで、これ何匹でレベル60まで上げられるんです?」
「6匹だな」
「それは凄いですね⁉」
「だろう、大戦果だ。本当なら魔国の最深部まで行かなきゃならないかと覚悟していたんだからな。もう今さら魔国の深淵まで踏み込んで、ここまで殺気を飛ばして来る連中とやり合う必要はない。というか、願い下げだね」
「ふふ、そうですね」
「……やっぱり、思っていた通りの人でした……今だから……言えます。初めて……会った時から……感謝して……いたんです」
「そういうのは縁起が悪いからやめろ」
「いえ……今の……うちに……伝えないと。私を……サージェス家の……貴方の……」
「あ、それはダメ。当分、クラムにはあたしの婚約者という事になってもらうから。フェンケは愛人ね」
「ひ、姫様あー」
まだまだ元気じゃねーか。
「というか、何でそんな話になるんだよ!」
「それは無事に戻ってからですね。あたしの勘が当たっていれば、帰ったら驚きますよ」
姫様はこんな状態でも楽しそうだな。
それに最初に会った頃が嘘のようにたくましくなった。
まあ、片鱗はガキの頃からあったがね。
この後は完全に慎重とは無縁。
坑道に入っても速度を落とさず、とりあえず視界に入ったものは片っ端から倒していった。
人間よ、いたらスマン……と思うが、こんな所いる人間なんて碌なもんじゃない。
冒険者とかが紛れ込んでいたら悪かったと思うが、こっちは極秘とは言え国からの命令だ。
運が無かったと諦めてくれ。
などと考えている間に、坑道は踏破完了。ある意味当たり前だが人間はいなかったな。
今の時期に魔国に行こうなんて人間がいたら逆に怖いわ。
行きに通っただけに、道は全部把握している。迷わないってのは楽でいいね。
途中で出会った魔物は屠るか無視。ただ集まって来るのか、倒しただけでも行きの3倍はいたぞ。
別にこいつらには仲間意識とかは無い。蜘蛛を持っていたところで気にもしない。
だがここで一番レベルが高いのはこいつ。
当然、坑道中の魔物に俺たちを倒せと命令を出していたのだろう。
しかしさらばだ魔国。
また行く事は永遠に無い……と言いたいが、ババアの命令がどこまで本気なのやら。
ただそんな事よりも、坑道を出た時にはすっかり明るくなっていた。
ミッションコンプリート。
さて、帰還だ。
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