是非とも持って帰らないとな
影だけだが、そのシルエットが木の一部などではない事はよく分かる。微かに動いているし。
「やはりな」
それは完全に無音の存在。
だがもし危機回避が無ければ、間違いなく命を絶たれていただろう。
「居る所には居るものだ」
木の根元から上部まで、一面に張り巡らされた鋼よりも固い透明な糸。
それはしなやかで、何より髪の毛よりも細い。僅かな風でも音一つ立てはしない。
普通の森なら、葉が切れる音の一つもするだろうが、この木は全て魔物。自然に葉が落ちる事はない。
一言でいおう。これは蜘蛛の巣だ。大きな違いとしては、これは粘着させ絡み取る糸ではない。いわば見えない刃の集合体。
それも1匹や2匹じゃない。この周囲一面。最低でも100匹以上。それが広大な刃物の巣を作っている。
「厄介だが、こいつは良い」
カーススパイダー。別名呪詛の怨面。
背中にある模様が狂気に歪んだ顔のように見えるからと、その特殊な能力のせいでついた名称と聞いている。
まあ、由来なんぞどうでも良い。
大切なのは、こいつらは比較的高レベルのくせに多彩な特殊能力でレベルボーナスまでもが段違いって事だな。
知恵があるだの魔法やブレス、飛行なんてのはボーナスもあるが厄介すぎる。汎用性の高い能力は邪魔なんだよ。
だがそういった特殊能力も、一芸に特化してしまえば美味しいボーナスになる。
プリズムポイズンワームなんかがそうだな。そしてこいつも同系統だったりする。
こいつのレベルは実に40。この辺りでは下手なドラゴンよりも高レベル。
それだけ希少モンスターだし、普通に出会ったら最悪の相手だ。
まず昼間でも見えず、なまじっかの名剣より鋭く鋼さえ切り裂く糸による巣。
前を歩いていた重装甲の戦士が、突然バラバラになったという話もある。
更に巣に生物が触れたらアウト。戦闘モードに突入する。
恐ろしいのはその呪詛だ。その名前の由来でもある。
本体自体は大抵の武器で倒せる。というか弱い。脆い。レベル10の戦士でも倒せるくらいだ。
その代り、戦闘に入ると発動する背面の顔から発せられる呪詛攻撃が超強力。効果範囲はおよそ20メートル。そして本体が死んでも、かかってしまったら呪詛は消えない。
効果はおよそ1日で確実に訪れる死。
抵抗するには単純なレベルであれば100超え。この時点で普通の人間は命を諦めよう。
対呪詛の呪文は使い手のスキルによるが、相手と同レベルならスキル8程。目的のレベル60でもスキル6は欲しい。
ただそれでも抵抗できない事もある。そうなったらおしまいだな。くらってからの解除は難しい。1日あれば確実に死に至る。
しかも1匹が戦闘モードに入れば周囲の全てが戦闘モードに入る。
2匹から呪われれば半日、3匹なら更に半分。6匹もいれば、逃げる間もなくおしまいだ。
皮膚と骨以外の全てが腐り、実に奇妙な死体が出来上がる。
ただ巣の糸に触れなければ大人しい。怨面は見ただけでも呪われてしまうが、幸い糸には触れていない。蜘蛛共もいる事は分かるが、微かなシルエットしか見えないな。
ある意味迂闊に火を使ったのは危なかったが、少しで良かった。
さてと……これで目標は見つけた。
捕まえてしまえば持ち帰るのも楽だ。
最大のネックは、どうやって捕まえるかだよな。
矛盾している事を考えている様だが、実際に巣さえ何とかしてしまえば楽なんだ。
さっきはスケルトンを操っている奴を探していたのと、姫様たちを気にしていた。
だからじっと息を潜めているカーススパイダーに気がつかなかったが、いる事さえ理解してしまえば気配探知のスキルで何とかなる。
そんな訳で、急ぎ3か所へと向かう。
元々たるいだけの作業だろうが、姫様はそろそろ飽きている頃だ。
向かっているのは1ライン。それをこっちに向ける。
ただ単純にやってもダメだ。司令塔次第って所か。
先ずはスケルトンを操っている奴を攻撃する。
だけど倒しちゃいけない。致命傷ではないが刺さる程度で良いな。
暗闇に投げると確かに手ごたえと逃げる音がする。
同時に木から降りる。さて、どうする?
……という賭けではあったのだが、思ったよりも単純だった。
スケルトンの群れは、いともたやすくこちらへと進行方向を変えた。
倒す自信があるのか、消耗を狙ったか。まあ単に攻撃本能だけかもしれん。
何はともあれ、こっちはもう今後の展望を考えている。悪いが緊張感の欠片も無い。
危険を感じるとしたらここから先だが、大体の気配から巣の範囲は分かっている。仮にミスっても今なら危機回避が発動するから大丈夫だろう。
なんて油断すると危機回避して別の巣に飛び込む危険があるな。
ちょっと獲物が良すぎて思考が緩くなってしまったか。気を付けないと。
巣が近くなった時点で木の上へと移動する。だがスケルトンは付いて来る。
ここまでは連中に合わせてゆっくり進んでいたが、ここからが賭けだ。
全速で進んで巣の塊を迂回する。気配は掴んだ。最初に回避した位置から、巣の範囲も予想は出来る。
あとは……。
カランカランと骨や切断された武器や鎧、盾が落ちる音がする。やはり予想通り、真っ直ぐこちらに来たか。
予想通りに動いてくれたが、やはりこのスケルトンを操る魔物も相当なものだな。
火に集まったのはともかく、気配を消した俺を正確に狙ってくるのは見事なものだ。
これはもう、生命とかというものを感知しているのだろう。
「だがもういいか」
骨や金属が切れる音。落下する音と時間差。今の俺の頭には、連中の巣の形がハッキリと映し出されている。死なない事が幸いして、多少切られても動いてくれるのは助かるな。
そして呪詛の声だが、こちらは死者には反応しない。だが巣が何かを切る度に、びくびくと反応している。これで位置と大きさも把握した。
もう十分だ。これ以上、死者への冒涜に付き合う意味はないだろう。
俺が言っても、どれほど説得力があるのかは疑問だけどな。
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