第5話 バインドヨーヨー
「え、いいの?」
ヨーヨーを受け取って、誘われるがまま立ち上がる。実はちょっと、やってみたくなっていたんだよね。
「まずこうやって、フィンガーホールを作って指にヨーヨーをつけてね」
「うえっ!?」
と、油断してたら九凪さんがぴたりと体をくっつけてきた。急な接触にドギマギしてしまい、九凪さんに「どうしたの?」って逆に怪訝にされてしまった。ヨーヨーのことになると距離感も全然変わってくるのかこの子。
手を取って、丁寧にヨーヨーの付け方を教えてくれる。紐をくるりと穴に通して作った輪っかに、私の指を通す。私の手に、九凪さんの小さな指が触れている。さっきは自分から握手したくせに、なんか変にドキドキしてしまう。いや、普通に友達だったりしても、こんな風に手に触れられることなんてなかなか無いって。緊張しちゃうわ。九凪さんはヨーヨーに夢中だから全然平気そうだけど。
私が無駄に焦っている間に、ヨーヨーは無事に右手の中指に取り付いて、九凪さんは離れていった。残念。
「それじゃ、最初はこう持って、こう」
投げ方を教えてもらう。言われたとおりに軽くスナップをつけて投げ下ろすと、巻いていた紐が伸びて、ヨーヨーが手の下で回り始める。
「引っ張ってみて、上に」
「うん……あれ?」
言われるままに引っ張り上げてみたけど、ヨーヨーは戻ってこなかった。
「バインドヨーヨーっていうの」
九凪さんは、初め自己紹介をしたときとは打って変わって、落ち着いた声で語る。
「こういうヨーヨーは、たくさんトリックのコンボをつなげるために、引っ張っても戻ってこないようになっているんだ。その御蔭で長時間回っていられるんだけど、戻すときには、〈バインド〉っていうトリックが必要なの」
九凪さんがヨーヨーごと手を持ち上げ、反対の手の指も使ってくるりと紐をヨーヨーに引っ掛け、くん、と引っ張る。すると、キン、という金属音とともにヨーヨーが手の中に戻っていった。
「これが、〈バインド〉。これだけでも、出来ると楽しいよ」
「バインド……うん、やってみる。教えて!」
何度かやってみたら、〈バインド〉はすぐに出来るようになった。引っ張っても戻ってこなかったヨーヨーが簡単に帰ってくるようになって、なんだか確かに面白い。
それから、いくつか簡単なトリックを九凪さんに教えてもらった。最初に九凪さんに見せてもらったのに比べたらごく簡単なものばかりだったけど、それでも自分でやってみると楽しくて、暗くて手元が見えづらくなるまで、私達は公園でヨーヨーをしていた。
気が付けば、公園の常夜灯に明かりが点いていた。辺りはすっかり夜になっていて、公園には他にもう誰もいないようだった。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「うん……」
ヨーヨーを手に持ったまま、ベンチに隣り合って座る私たち。
「ねえ、いつもあの教室で練習してるの?」
「うん。今はだいたい毎日一、二時間くらいやってるかな」
「また今度、見に行ってもいい?っていうか、私もちょっとやりたいかも」
「本当?」
九凪さんの顔が明るい。嬉しそうな表情を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
九凪さんは、ピンクのプラスチックヨーヨーと、レモンイエローの丸いルーピングヨーヨー(クルクル回し投げるやつ)をひとつずつ私の手に押し付けて、
「練習は、いつでも来て。それと、これは、浅葱さんにあげる」
「え、でも……」
「いいの、同じのがまだ家にもあるし」
さすがに躊躇ったけど、強引に九凪さんに握らされて、私は二つのヨーヨーを受け取ってしまった。
「それじゃ、とりあえず、借りておくことにするわ」
私がそう返すと、九凪さんは鼻息荒く、
「借りパクで大丈夫だから」
と親指を立てるから、思わず笑っちゃった。
「じゃ、また月曜日」
「うん。また来週」
そう言って、私たちは反対方向に自転車を向けると、公園をそれぞれ後にした。
といっても、九凪さんは振り返る度にずっとこっちに手を振っていたけど。どこまでいっても可愛らしい子だ。
「九凪ツバサちゃん、か……」
新しい友達が出来た。
ちょっと不思議な子かもしれない。でも、ちっちゃくて可愛らしくて、まっすぐで、ひとつのことに熱中できる、きっと素敵な子だ。
「ふふ、悪くない金曜日じゃんか」
放課後に校舎を徘徊していたときとはまるで別人のような楽しい気分で、私は月が川面に揺れるのを横目にクロスバイクを家へと漕いだ。
〈続く〉
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