第25話 夜空の月に誓って
早めに始めたおかげで、無事にステージが始まる前に用意は終わり、明良店長に一言かけて、私達は高倉選手の方を観に行った。
ステージ自体は、木製の幅広な台の後ろに衝立てを並べただけの様な、簡単なものだったけど、パフォーマンスが始まればたちまち立ち見のギャラリーが二重三重に取り巻き始め、盛況になった。
間近で見た高倉選手のパフォーマンスは、実に見やすくて、ヨーヨーが初見なお客さんにも分かりやすい心配りと、それでいて驚きやユーモアが散りばめられた、楽しいショーだった。
「どう、そこそこの出来になんとか落ち着いたんじゃないかしら」
集まったギャラリーの後ろから背伸びしながら観ていると、サラさんが近くに来て話しかけてきた。
「あの人に任せると、すぐに難しいトリックばっかりのカッコつけたステージにしたがるんだけど、もっと初見さんにも楽しんでもらえる様にしたくてね。で、結局ああいう感じに落とし所が出来るわけ」
確かに、大会で見るような細かくて難しい技ではなくて、大きくて見栄えがするトリックを中心に、意外性や格好良さのある技が多く構成されているみたいだ。スピードも、一つ一つのトリックに観客がちゃんとリアクションが取れるような間を取ったりして、工夫されている。高倉選手の表情や身振り手振りも、はっきりと分かりやすく、注目させたいところに観客の目をうまく誘導しているのがよく分かる。
「ただのチャラついた人じゃ無かったんだなあ」
「浅葱ちゃんは全国大会の決勝も見てるでしょうが」
ぽろっと口からこぼれた感想はサラさんにツッコまれた。けど、大会のときはツバサの予選敗退のことで頭がいっぱいだったから、正直ちゃんと集中して見られて無いんだよね。
「ま、こうやって拍手や笑顔を貰ってるのを見ると、付き合ってやってる甲斐もあるかな、って感じね」
「え、付き合ってるんですか?」
「は?」
真顔のサラさんと、一瞬無言で向き合う。みるみる間にその顔が赤くなって、
「ば、違うわよ!! そういう意味じゃなくて! ああもう、バカ言ってんじゃないわよ! なんで、誰があんなメガネザルなんかと! 大体、あの人従兄よ!? ありえないって!」
「ま〜たまた、最近じゃ4親等離れてりゃそんなに世間もうるさく言わないらしいですよ?」
「そういう問題じゃなくって!!」
真っ赤に照れちゃって、この人も可愛いなあ。
高倉選手のステージパフォーマンスは、通りがかった人の足を止め続けて結構な人だかりを集めつつも、無事に盛況のまま終わった。拍手に包まれるなか、お礼とともにお客さんをお店のブースへと誘導する宣伝も欠かしていない。サラさんもステージに登って『スロウ・ダウン』の看板を掲げている。
「おっと、そろそろ私達も戻った方がいいね」
「うん」
二人して急いで戻った頃には、高倉選手のステージを観たお客さんがどんどん増え始めていた。それからしばらくは、お店のオペレーションを手伝って、てんやわんやの忙しさだった。
ピークを過ぎ、だんだんと日も傾き始めてきた頃、東京から交代スタッフの援軍が到着した。
客足も落ち着いてきたこともあり、簡単な引継ぎだけしたら、私とツバサの手伝いバイトはそこで終了ということになった。
「そういえば、バイト代は出るんですか」
「おお、忘れるところだった。ほい、これ」
「……なんですか、これ」
「ウチの店のクーポン券。替えのストリングでもベアリングでも、安くしときまっせ」
にやり、と笑う明楽店長のメガネはやっぱり光っていた。
「……ありがたく受け取っておきます」
「嘘々。ちゃんとバイト代あるから受け取っていきなさい」
「店長ならやりかねないって思われてるよ」
帰りは、交代で東京に戻る数人のスタッフの人たちと一緒に車に乗せてもらい、都内からはツバサと二人で電車で帰宅した。
「じゃあね」
「うん、また明日」
私の住む川向こうへ向かう橋の袂で、別れの挨拶をする。
「キズナちゃんのステージプラン、聞かせてもらうの楽しみにしてるから!」
「まっかせなさい! 文化祭は私らのもんよ!」
「はは、それは絶対に言いすぎ」
笑いあって、今度こそ本当に、じゃあね、と互いに別れを告げる。
この二日間の疲れがどっと押し寄せてくるように、ペダルを漕ぐ足が重かった。
だけど、どこか心地いい、充足感に満ちた気分。
もう真っ暗になっている街の明かりを浴び、クロスバイクを漕ぎながら、夜空に浮かぶ月を見上げる。ペダルを踏む度に、夜風が首筋を抜けて、髪をさわさわと揺らしながら流れていく。ずっと心の底に溜まっていたドロドロと重い澱が、風にさらわれて消えていくようで気持ちいい。
明日も、明後日も、ずっとまだまだツバサと一緒にいたい。ヨーヨーがしたい。
そう、心から思えている自分がいる。ほんのついこの間まで、ヨーヨーなんておもちゃとしか思ってなかったのに。競技の世界なんてまったく知らなかったのに。
でも、不思議と違和感は無くて、なんだか初めからこうなることが決まってでもいたかのように、私は自信と期待に満ちている。
「悪くない、悪くないぞぉ」
歌う様に呟きながら、車のいない交差点を横切る。
そういえば、あの日と同じ、今日も金曜日だった。
あの日、ツバサと出会ってから、どれだけ変わることが出来たんだろう。
どん底みたいだった私の心が、いつの間にかこんなにも弾んでいて、未来に向けてわくわくと期待に満ちている。
絶対に、成功させたい。文化祭の二人で作り上げるステージも、その後のジュニア大会も。
全部、最高の思い出にしてやる。全部全部、私とツバサの、最高の青春の思い出にしてやる。
誰も見る人がいない夜道で、私はひとり拳を月に突き上げて、そう誓った。
〈続く〉
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