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第16話 不機嫌な練習会

『練習会』というものに誘われた。


「うちの店の主催で、ヨーヨーの練習会をやってるんだけど、来週の日曜日に浅葱ちゃんも来てみない?」


 ショップに立ち寄った際に、明楽店長にそう言ってフライヤーを渡された。フライヤーなんて言っても、A4のコピー用紙に印刷しただけの手作りチラシだけど。


 そこには日時と場所が書かれていて、近所の小学校の教室を借りるみたいだ。


「初心者から上級者まで、それこそ全国レベルの選手とか、たまにプロのパフォーマーとして活躍してる人も遊びに来たりするのよ。刺激にもなるし、情報交換や交流の場としてもオススメよ」


 へえ、お店主体でこんなイベントまでやってるんだ。面白そうではあるなあ。


「ツバサも来るんですか?」


 ふと、訊ねてみる。明楽店長はニヤっ、と笑うと私の肩をつんつん突いてきた。


「それはあなたに掛かってるわよお。あの子、高校に入ってから全然来なくなったのよね。まったく、思春期の娘を持つと、お母さん寂しいわ……」


 よよよ、と泣くフリの明楽店長は放っておくとして、私もどうせならツバサも一緒がいいな。


 よし、今度誘ってみよう。



「……てなことを紹介されたんだけどさ。ツバサ、行かない?」


 自宅の部屋で、ストリングの交換をしながらツバサと通話する。

 最近、こうやってビデオ通話しながら、家でもツバサと喋りながら練習することが多い。分からないところがあったらカメラ越しに教えてもらえるし、やっぱり誰かと一緒だとモチベが上がる気がする。一人で黙々とやるのも良いけどね。


 あと、私が交換するタイミングでツバサにもストリングを換えさせるため、でもある。明楽店長から託された、ツバサにメンテナンスを習慣づけさせる役目は着々と実行されていた。


『あー、練習会か』


 カメラ越しに聞くツバサの声はやっぱり乗り気じゃなさそうだった。ストリングを引っ張って伸ばしながら、私はもう一押ししてみる。


「なんか、明楽店長は来てほしそうだったよ」


『あの人はホラ、親戚のおばちゃんみたいなものだから。お節介焼きなの』


 おばちゃんは止めてあげな? 多分まだ二十代だろ、明楽店長。


「……よし、出来た」


 新しいストリングを取り付けたヨーヨーを持って立ち上がる。試しに何度か投げてみて、ストリングの長さと感触を確かめた。うん、いい感じ。

 ちなみに、さっきストリングを伸ばしてたのは、初期伸びを取るため。こうしておけば、使っていくうちに伸びて感触が変わることがないんだそうだ。


『まあ、キズナちゃんは行ってみる価値あるかもね』


 ツバサが、適当なコンボを手遊びで決めながら、こっちを見て言う。彼女の方は、とっくにストリング交換を終えていて、新品の感触に慣らしているところだ。手元を見ずにカメラ目線なのは、トリックの感覚を体に染み込ませるためなんだとか。


『ルーピングは、私だと教えられることも限られてるし、やっぱり感覚的なコツが大事な分野だから。誰か上手い人を捕まえて直接教わった方が良いかも』


「上手い人、ねえ」


 私からしたら、ツバサも十分上手いんだけどね。まあでも、確かに彼女の一番の得意分野ではないのは確かみたいだし、一理あるのかな。


『そうそう、大事なこと』


 言いながら、キレイな〈キャンディ・レイン〉をこなすツバサ。ヨーヨーがツバサの両手の間で軽快にあっちへ飛び、こっちへ飛び。


『私も一緒に行くから、参加してみようよ。そしたら、誰か良い人を紹介するし』


 良い人を紹介って、その言い方の方がよっぽど世話焼きおばちゃんになってるって。


「まあ、そういうなら」


『じゃあ、決定ね! 来週の日曜日、集合は駅前ね』


 ウキウキした声がスマホのスピーカーから聞こえる。ピン、とストリングを弾くような音と共に、画面の中で綺麗に〈バインド〉が決まる。ヨーヨーをキャッチしたツバサはニコニコ嬉しそうに笑っていた。


『楽しみだなあ!』


* * * *


 楽しみに、私もしてたんだけどなあ。


 初参加した練習会の会場で、私は内心、深いため息を吐いていた。


「ねえ、ちょっと浅葱ちゃん。あれ何があったの」


 眉根を寄せた明楽店長が、部屋の隅を指さしながら私にこそこそ耳打ちする。

 そこには、黒いオーラを発しながら黙々と一人でヨーヨーを振り続けるツバサの背中が。


「ああ、あれですか……」


「なんか、かつて見たこと無いくらいに不機嫌なんだけど」


「あ、ですよね。俺、挨拶したけど無視されましたよ」


 相槌を打ちながら寄ってきたのは、『スロウ・ダウン渋谷店』の依田さん。二十代半ばくらいの人の良さそうなお兄さんで、この間の全国大会では受付にいたから顔見知りになっていた。


「嫌われたのかなあ……全国大会のときは普通だったのになあ」


「まあまあ、思春期の娘はフクザツだから。っていうかあんた嫌われるほど仲良くないでしょ」


「痛いところ突くなあ。こんな小さな頃から知ってるんだけどなあ」


「『知り合いのお兄さん』なんてそんなもんよ。それより浅葱ちゃん、何か知ってる? なんであんなに闇のフォース背負ってんの、あの子」


 依田さんの肩を叩き励ましながら明楽店長に訊ねられる。


 はあ。本当に、何でこうなったんだろう。


 私は肩を落として、「実は……」と切り出す。


〈続く〉

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