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恋するキューピッド

作者: 上白 巌

自身初めての執筆です。もともとは漫画で描こうと思っていたものを、小説化したため、上手く文章ができていないところがあるかもしれません。至らぬところも多々あると思いますが、一読していただけたら幸いです。


以下主要人物


九薔薇くばら かなと

 高校三年生。両親を幼い頃亡くし、おばあちゃんに面倒を見てもらっていた。


東雲しののめ もも

 高校三年生。中学の頃同じクラスの女子達からイジメを受けていた。その時ある人に助けてもらい、ずっとその人のことを探している。


九薔薇くばら 五月紗めいさ

 叶の娘。


須藤すとう あかね

 叶と桃が通う高校のアイドル的存在。


•ばあちゃん

 両親の代わりに叶を育てる。叶が高校に入ってからは、叶に面倒を見てもらっている。

 残暑の青空の下で僕は独り、依頼を遂行していた。


 「さてと、今回の標的は…」

 「須藤茜、推定152cmの42kg、カップのサイズはEってところか。」


屋上のアスファルトは日光を反射し、僕の身体を貫く。その一方で、ライフルスコープに映る彼女は僕の心を貫いた。


 「うん!好きだ!」


こうして僕は、また誰かに恋をする。


 依頼遂行から数日後、校内では須藤茜の話で溢れかえっていた。どうやら須藤茜と、五十嵐という男が付き合うことになったらしいのだ。須藤茜はこの学校のアイドル的な存在であったため、机に俯く者、相合傘に彼女の名前を書いて不敵な笑みを浮かべる者など、男子生徒は皆、それぞれの方法で絶望していた。

 しかしそんな中、今回の騒動に疑問を抱く者たちもいた。

  

  「でもなんで五十嵐の奴告白を受け入れたんだ?あいつ女に興味無いって言ってたのによ」

  「それが、この前女子達の噂話をたまたま聞いちまったんだけどよ、どうやら【キューピッド】ってやつが裏で手を引いてるらしいんだよ!」

  「キューピッド?」

  「なんでもキューピッドが好きになった女は必ず、その人自身が好きな人と結ばれるって話らしい」

  「なんだそれ、そんな夢みたいな話あるわけないだろ」


現実である。その【キューピッド】と噂される者こそ、僕、九薔薇叶なのだ。

 

 それは遡ること一週間前、僕の下に一通のDMが届いた。

 

 「DM失礼します。キューピッドさんであってますか?2年2組の須藤茜です!確認したいんですけど例の話本当ですか?」

 「えぇ、本当です。ご依頼ですか?」

 「よかった!はい!私のことを好きになって欲しいです!」

 「了解しました。ではこちらのURLの指示に従って下さい。」


 僕は今までにも、同じ様に依頼を受けているが、そのいずれも失敗したことはない。そして今回も無事に依頼は達成され、彼女は恋人を手に入れることができた。

 僕が自身の力の存在に気がついたのは中学校三年生の頃。僕は以前から何度も女性に恋をしていたが、僕が好きになった女性は全員、彼女ら自身が好きな人と結ばれていったのだ。その頃はまだ半信半疑だったが中三の頃、試しに恋、と言うより好きという感情を作ったと言う方が適当だが、それをしてみても、やはり結果は変わらなかった。つまり、僕が好きになった女性の恋は必ず実ってしまうのだ。これが【キューピッド】と名乗っている所以である。


 須藤茜の話で持ちきりだった校内もようやく落ち着いた頃、またも僕の下にDMが届いた。 

 

 「初めまして!東雲桃です!よろしくね!君に連絡したのはまぁ、そういうことなんだけどね?デートしてみない?その方が私のこと好きになりやすいでしょ?」


 【キューピッド】への依頼の通知だった。僕は正直困惑した。今までデートをしようと言う女性は一人だっていなかったからだ。そのためマニュアルにも、こういう場合の対象法は存在しない。


 「悪いけど直接会うことはできないんだ。それにわざわざ会わなくたって僕は君を好きになれる。」

 

これで見逃してくれという望みも虚しく、彼女は全く手強かった。


 「でも会ったほうが早く好きになれるでしょ?それにね」

   

   

  

 「できるだけ早く告白したいの!だからお願い!お金なら払えるから!」


お金の問題ではない。それに何だ、その妙な間は。そう思った。だが彼女の強い思いが伝わっていないわけでもなかったため、渋々彼女と会う約束をした。


 彼が決めた駅にひと足早く着いた私は、今か今かと心躍らせていた。私はこの日まで、必死に彼の情報を集めていた。しかし出てくるのはすべて同じ、


 「キューピッドが好きになった女性は必ず、その人自身が好きな人と結ばれる」


ただこれ一つだけだった。彼がどんな顔で、どんな髪型で、どんな性格で。気になり過ぎて昨夜はほとんど眠れなかった。おまけに今日どこに行くのかすらも聞かされていない。デートプランは彼がすべて決めると言う条件付きで、今回のデートは実現しているのだが、行き先くらいは教えてほしいものだ。そう不満を考えているうちに彼が来た。

 

 「桃であってる?」


 これが彼の声を初めて聞いたときだった。太くて低くて、男の子って感じの声。背も私よりずっと大きくて、チャラさを極めた格好だった。


 「はい!東雲桃です!」


 これが彼女の声を初めて聞いたときだった。柔らかくて明るくて、女の子って感じの声。僕よりもずっと小さくて、元気が溢れ出ていた。


 軽く挨拶を交わした後、私は早速本題へと入った。


 「今日どこ行くの?」

 「ばあちゃんち」


良く聞こえなかった。聞きたくなかった。だって、意味がわからなかったから。普通初めて顔を合わせた人間とその人のおばあちゃんの家には行かない。行くという人もいるかも知れないが、普通ではない。だが彼の様子を見るに、彼に変なことを言っている自覚は無いらしい。頭を抱える私をよそに、彼は改札へと歩き出した。私も仕方なく彼の背を追う。


 あっちに着いたときには朝日が真上に昇っていた。もうすぐ秋も終わるというのに、今日はとても暑い。私はバッグから日傘を取り出し、彼にも入るか聞こうとしたが、彼はなんとも涼し気な顔をしていた。その顔に私も少し冷やされて、もっと重要なことを思い出した。


 「そう言えば君、名前なんて言うの?」

 「あ?キューピッドでいい」

 「だめ!私だけ本名教えて君は教えないなんて不公平!」

 「それはそっちが勝手に…っておいおい、なんで泣きそうなんだよ!わかったわかった。九薔薇叶だ。これでいいか?」


私の特技である泣き芸が見事に刺さり、彼の名前を聞き出すことに成功した。そしてこれが何時間ぶりかの会話だった。


 駅から叶のおばあさんの家まではそう遠くなかった。あばあさんの家は瓦屋根の一軒家で、黒を基調とした造りだった。おばあさんはこの家に一人で住んでいるらしく、叶が頻繁に様子を見に来ているらしい。門を開け玄関に向かう叶を追いかけようとした時、ふと表札に目をやるとそこに九薔薇の文字は無かった。


 玄関には二足の靴だけがあり、どちらも綺麗に並べられていた。私も叶の靴の隣にそっと揃えて並べた。廊下を少し進んだ所に一枚の写真が飾られていた。それには、まだ幼い叶と彼の両親と思われる男性と女性が写っていた。しばらくその写真を眺めていると、奥の部屋から私を呼ぶ声がした。 


 部屋に入ると、叶は昼食の用意をしていて、側にあるテーブルには彼のおばあさんが座っていた。おばあさんは私に気がつくと、私の顔をじっと眺め、なにかに安心したかのように微笑んだ。


 「悪いばあちゃん。ちょっとウンコしてくる。」

 「ゆっくり出してけ」


おばあさんと二人きり。沈黙。聞こえるのはテレビに流れる旅番組と微かな叶の踏ん張る声だけ。何か話すべきなのか。先に口を開いたのはおばあさんの方だった。


 「あんた叶のこと好いとるんやろ?見てればわかるさ。」


私はようやくあの時の笑みの意味を理解した。


 「あはは、おばあさんには全てお見通しなんですね。」

 「こう見えても90年も生きとるんや。そのくらいはわかるさ。」

 「あの子は幼いうちに両親を亡くしてね。祖母の私があの子を引き取ったんだが、ショックからか昔はよく隅っこで一人でいたもんだ。今ではあんなチャラチャラした感じだが、実際のところ弱い自分を隠しているだけなのさ。」

 「あんたには、本当のあの子と向きあって欲しい。」


私は本当の叶がどんな人なのかまだ知らない。でも私が知っている彼は、弱い人に手を差し伸べられる人だ。


 私は以前から叶の存在を知っていた。中学校三年生の頃、私はクラスの連絡グループで他の女の子達からいじめを受けていた。自分ではどうすることもできなかった私は、ただただ我慢することしか出なかった。そんな時、キューピッドと名乗る人が彼女達から私を庇ってくれたのだが、それが結局誰なのか分からぬまま卒業を迎えてしまった。それ以来私は、その人のことばかりを考えるようになっていた。

 

 そんなある日、私は「キューピッドに好かれた女子は必ず自身の好きな人と結ばれる」という噂を耳にしたのだ。私はすぐに連絡手段を入手し、その人と会う約束をした。そこに来たのが叶だったというわけなのだ。


 私の知るキューピッドが、本当に叶であるのなら、私は彼に伝えなければならない。


 「お待たせばあちゃん、もうすぐ出来上がるからな。」

 「叶。聞きたいことがあるんだけど。」

 「なんだ?」

 「叶は中三のとき、虐められてた女の子を助けたことがある?」


心音が大きくなる。テレビの音も沸騰する味噌汁の音もさっきまで聞こえていたのに、何も聞こえない。私は必死に叶の声に耳を澄ます。


 「助けられたかはわからない。僕はただ彼女に道を作っただけ。その道を彼女が進めたかは僕は知らない。」

 「でもなんでそのこと桃が知ってん…なんで、泣いてるんだ?」

 「進めたよ?叶が作ったその道は、私に希望をくれたよ…」

 「やっぱりあれが、本当の叶だったんだね。ありがとう。叶。私はあなたが好きです!」


 涙を流しながら愛を叫ぶ彼女の顔は僕には眩しくて、そして、とても暖かかった。なぜなら僕は今、彼女に希望を与えられているからだ。僕は【キューピッド】として、人に希望を与えてきた。それは自分のように絶望する人を見たくなかったからだ。しかし与えた希望が返ってくることは無かった。僕は、僕の心は満たされぬまま、一生を終える。そうずっと思っていたのだ。だが彼女の愛の一言が僕の心を溢れかえらせた。


 「もう一度、聞かせて欲しい。」

 「何度だって言ってあげる。私は九薔薇叶が大好きです!」

 「…十分だよ。十分だ。ありがとう、、」

 「桃。君は僕の心を希望で満たしてくれた。でもこれからも、僕の心を満たし続けて欲しい。だから、」

 「僕と付き合って下さい。」

 「もちろん!あ、私の心も満たしてもらいますよ?」

 「あぁ、そのつもりだよ。」






 あれから6年の時が経った頃、それは突然に起こった。

 

 「おい、手術の準備を急げ!」

 「桃!桃!」

 「旦那さん!離れて下さい!」

 「桃ぉぉ!!」


 彼女と僕は4年前に結婚し、同じ年に子供を授かった。子供ができてからは、仕事と子育てとの両立が難しく、彼女とはよく喧嘩もしたが、それでも尚、互いの愛は留まることを知らなかった。今日だって桃の24歳の誕生日を家族三人でお祝いしていた。だが、途中から彼女が頭痛を訴え、そして倒れた。


 「パパ?」

 「五月紗…なんで、こんな」

 「いい子いい子。大丈夫だよパパ。めいが守ってあげるからね。」


そう言うと娘は僕を優しく抱きしめた。その手はとても柔らかく暖かかった。


 五月紗は彼女が名付けた。産まれた月と柔軟な性格に育って欲しいという願いから考えたついたらしい。娘は彼女の願い通りに育っていた。


 どのくらい経っただろうか。薄暗い病院の廊下には娘と僕の二人、そして僕らが座るベンチだけ。娘は僕の膝の上で眠っている。手術中のランプはまだ光ったままだった。


 ランプが消えた。男が出てくる。その男は西条と名乗り、妻の様態を説明し始めた。  


 「医師の西条です。桃さんは、脳動静脈奇形という先天性の病気でした。この病気は一部の血管がうまく作られず動脈と静脈が直接繋がってしまうというものです。これは実際に血管が破裂しないことには発見することが難しく、今回も破裂してからの手術となりました。」

 「それで!桃は今どういう状態なんだ!」


怒鳴ってしまった。自分の無力さに腹が立っていたのだ。身体が熱くなる。手が震える。僕の怒号で娘が目覚めた。目覚めた娘は、僕の震える手を優しく握った。落ち着いた僕に、医師が話を続ける。


 「我々は今回桃さんの命を救う手術をしました。要するに出血を止める手術です。手術は成功しましたが、目を覚ます様子はありません。」

 「これから我々はもう一度手術をします。今から行うのは出血によって圧迫された脳を修復する手術です。この手術の結果で今後の桃さんへの対応が変わってきます。我々も桃さんも全力で戦います。では。」


そう言うと医師は急いで手術室に戻っていった。また、二人きりになってしまった。疲れた。娘の暖かさに、僕は眠りに誘われた。


 気がつくと僕は、桃と初めて出逢ったあの駅にいた。辺りを見渡すと遠くの方に、歩く彼女の背が見えた。名前を呼ぶが聞こえていないらしい。急いで彼女を追いかけようとした。しかしいくら走っても、彼女はどんどん遠ざかって行く。僕は察した。もう二度と、彼女の声を聞くことは、彼女の笑顔を見ることは出来ないのだと……


 目が覚めると目の前に医師が立っていた。


 「旦那さん」

 「はい、分かってます。もう、彼女はいないんですよね?」

 「すいません、脳の損傷が想定よりも大きく…いえ、我々の力不足です!」

 「西条さん。顔を上げて下さい。あなた方のせいだなんて全く思っていません。」

 「ですが!」

 「これが彼女の、桃の運命だったんだと思います。ここまでが桃の人生だったんです。きっと、きっと。それに私達にはまだ守るべき宝があります。この子が私達の希望なんです。だから、だから…前を向いて生きていきます。」


 僕は涙を流さなかった。彼女ならきっと、笑ってと言うから。それに僕がしっかりしないと、娘が困る。僕らの希望を絶やすわけには行かない。

彼女が最後僕に会いに来たのは、たぶんそういうことだろう。


 「ママは?」

 「ママはね、少し遠いところに行ったんだ。だけどね、パパやめいが困ったとき、辛いときに必ず帰ってくる。だから心配しなくていいよ。ただめいは、笑って大きくなってくれればいい。それだけでママとパパは幸せだよ。」

 「パパ?にっ」

 「うん、それでいい。」


娘の笑顔は彼女そっくりで、彼女と同じく、僕の心を満たし続ける。



 あれから15年。彼女が亡くなった直後こそ大変だったが、それは時間が解決してくれた。娘もすっかり大きくなり、仕事で忙しい僕の代わりに家の事をやってくれている。あれはいいお嫁さんになると僕は確信している。まぁしかし、五月紗は一人娘だ。そう簡単に嫁にやるつもりはない。

 それにしても今日は朝から会議続きで本当に疲れた。家に帰ったら五月紗が食事を用意して待っているだろう。早く会いたい。


 「ただいま」

 「あ、おかえり父さん!」

 「(あ、おかえりあなた!)」


 最近たまに、五月紗と彼女が重なる。もし一緒に暮らせていたらこうなんだろうとか、そんな理想を僕が描いているからだろうか。それとも彼女が僕らを励ましに帰ってきてくれているのか。それは僕にはわからない。

 だから…


「(おかえり、桃。)」


そう一言、心の中で彼女に告げている。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。何か改善すべき箇所あればアドバイスしていただけると嬉しいです。


 ちなみに、五月紗の特技は泣き芸です。

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