3話
店長は案の定だった。俺を見るなり置いていった俺の荷物を全て投げつけ、クビだと叫んだ。
αを誘惑するΩだとか、節操のないやつだとか、いつかはやると思っただとか好き放題暴言をはいた。
平謝りしながらあの時のαの女を探したが見当たらなかった。店長が去ると、クマの獣人であり後輩が側にきた。
「災難でしたね」
「え?」
「ユームさん、Ωに襲われたショックとかで病欠してますよ」
ユーム。あの女はそんな名前だったのか。おそらく店長のお気に入りの女の子だったのだろう。
「そうなんだ」
「ちなみに獣人はみんな気づいてますよ。ユームさんが襲ったって」
驚いたように顔をみると、後輩は呆れたように店長をみた。
「αのフェロモンのあとにΩのヒートの気配ですよ?俺はβですけどおかしいって気づきますよ。まああの店長は気づいても辞めさせたでしょうけど」
まあ俺ももうすぐやめるんで、とへらりと言いのけた後輩は店長に呼ばれると俺に頭を下げて走った。
荷物を抱えて家に帰りつく。テレビをつければ自分の父親が映っている。
俺もαだったら…と思うが、それを言うと母親に申し訳なくなる。俺がΩだと知った時、誰よりも悲しんだのは母親だった。自分がした苦労をさせてしまうのが申し訳なかったのだと大学に受かった俺にいった。
それでも母親は苦労した時に得た知識を全て俺に教えてくれた。だから俺もこの第3の性を苦痛とは思わないようにしていた。
それに母親の場合は自分の両親は第3の性をもたない人間だったが、親戚に異種族の家族がいたため第3の性をうけていた。母親は誰も教えてくれる人がおらず、Ωに向き合った人だった。
「それに比べたら俺は全然いい方」
テレビの父親が笑うこともせず淡々とインタビューに答える。
『ローシャさんは運命の番と結婚したとの事で、とても注目を浴びていらっしゃいましたが、奥様とは最近会われましたか?』
『それを答える必要がありますか?』
インタビュー会場が静まり返る。秘書の男が慌てたように割り込んでインタビューを打ち切る。
自分の父親ながら呆れた。父親は独占欲が強く、母親への質問はタブーとされていた。業界でも暗黙の了解ともなっているが、きっとインタビュアーは新人だったのだろう。
母親のヒート時などは子供であろうと、近づくことを許さない。父親と母親の部屋は防音設備をされているほどだった。
その時スマホが震えた。
「ロア」
『お兄ちゃん?お父さんがでてるテレビみた?』
妹からだった。呆れたような声が向こうからした。
「みた。あのインタビュアー新人かな?」
『かも。しかもお父さん帰って来れてないから余計ピリついてたよね』
3ヶ月に1回のヒートに合わせて帰ってくるが、外交を主にしている父親は中々帰って来れない。だからこそ母親に関する質問はタブーなのだが。
「毎日電話はしてるんだろ?」
『当たり前でしょ。私たちのことも大事にしてくれてるのは分かるけど、お母さんと2時間話して、切る前に私たちのことちょっと聞いたら終わるんだから!』
「いつも通りだな」
『お母さんはロアたちの事を信じてるからよ、っていうけど絶対そんなことない』
俺が笑うと、ロアも笑う。すると少し遠くから母親の声がした。
『お母さんに変わるね』
「うん」
母親とロアが少し話したあと、もしもしと母親がいう。
『昨日の夜電話繋がらなかったけど、何かあったの?』
「いや!バイト終わって寝てただけ」
『ほんとに?バイト先の店長さん偏見激しい人なんでしょ?無理はしちゃだめよ』
新しい店長がやばい人だということは伝えていた。もし何かあった時のために、と思ったからだった。もうクビになってしまったが。
「なにかあったらちゃんと言うからさ」
ほんと少し他愛のない話をして、電話をきった。昨日の電話の内容は今日のテレビに父親が出ることを知らせるための電話だったらしい。
テレビに出ているから父親からの愛が大きく見えるが、母親もなかなかだった。
スマホで大学の講義予定を見ながら、菓子折りを買って、あの屋敷にいく計画を立てる。
2日後ならば、講義は午後からなので、午前に菓子折りを買いに行って、授業のあとに行けば迷惑にならないだろうか。そもそも連絡先もしらないので突然行くのは失礼だろうか、など頭を悩ませる。
しかし連絡先をしらないので連絡のしようもない。結局最初に立てた予定通りに行動をすることにした。
いざ森の前にいくと、どの道順で森を下ったのかなど覚えてなかった。あの時は獣道があったが、そんな道も全く見えない。そもそもこの森の広さも分からない。犬や狼科ならたどり着けたかもしれないが、自分は蛇科。せめてあの時でかい男が視界に入ればとは思うが、そんな幸運はなかった。
「これって遭難?」
森の中だからなのか周りがやけに暗く感じる。風に揺れる木々の音も不気味に思えてきた。
暗くなると気温も下がり、体の動きが緩慢になってくる。鞄からカイロを取り出し、温める準備をする。
一旦木の根に座り、息を整える。自分が通った道すら分からないほどの同じ景色にため息をつく。携帯見れば時間は18時すぎ。電波は受診しているようだが、遭難したと電話するわけにもいかない。マップを開いても、森が続くばかりで屋敷らしきものは載っていない。
少しずつ暖かくなるカイロを握り立ち上がる。
「最悪倒ればもう1回いける」
「それは困ります」
急に聞こえた声にビックリして大きな声がでる。
振り返れば無表情な女性が立っていた。
「この前の…」
「アオンです。今回はどのような要件でこちらへいらしたのでしょうか」
アオンさんの後ろから俺を森の外まで案内した男がでてくる。
「アオンさん、主人が帰る前に戻らないと」
「分かっていますが、この森で死なれても困ります」
「あ、いや!お礼がしたくて!この前助けて貰えたので!」
その言葉にアオンさんは首を傾げた。俺は荷物から綺麗に包まれたお菓子の箱を取り出す。
「これ!ありがとうございました!屋敷の主人にも挨拶とかしたいなと思って、あえて2日後に!遅くなってすいません!」
焦って思いついた言葉を次々と言えば、大きな男が俺を担いだ。
「申し訳ないが、時間が無い。話は後で聞く。急ぐので口は閉じていろ」
口を閉じて頷けば、お菓子の箱をアオンさんに私、アオンさんと俺を担いで走り出した。
屋敷までの道は案外単純で、しばらくすれば見覚えのある獣道が見えた。どうしてたどり着けないのか疑問に思えるほどだったが、何かしら仕組みがあるのだろう。そのまま以前のような客間まで連れていかれ、少し乱雑に落とされる。
「とりあえずここにいてくれ、アオンさん」
「お菓子はこちらに置いておきます。それでは」
2人はバタバタとでていく。いや、お菓子は貴女に渡したかったんだが…という言葉を発する前に扉はしめられ、床に座ったままの俺は周りを見渡す。
あの時と変わってない部屋。さすがに部屋を動き回るのも失礼だろうから、部屋に備え付けられている椅子に座って迎えを待つことにした。