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パートナードール  作者: SFX
9/14

無人兵器

 西暦二三〇五年九月十六日十二時。

 ネイトは超高層ビルの建つ街にたどり着いた。

 テントは前日に設置した場所のまま、一日分の固形食糧と飲み水を持ってバギーで移動。

 テントの設置場所は、現在は荒野と化しているが、以前は農地でもあった。

 つまり、食用の植物が得られる可能性が高いし、現に食用サボテンの群生地も見つけている。

 拠点にするなら、人のいなくなった町よりもそういう場所の方が望ましいと判断した。

 街の広さはネイトには知る由もないが、東京都二三区よりも一回り小さい程度の表面積を持つ。

 この辺りでは、もっとも栄えた都市。民間宇宙港を持つ会社の本社もある。

 建っているビル群はどれもボロボロで倒壊しているものも多数あった。

 今のところ、人影は見られない。

 街の中心地にある超高層のビルを目指して進むが、奥に行けば奥に行くほど、ひび割れた道路が多くなり、バギーで進むのが難しくなってくる。

 何度も迂回を要求され、アリアはこれ以上の走行は厳しいと見てバギーを止めた。

 「ここからは歩いて探査を行います。

 現状、わかった事は、見ての通り人の気配は全くないということですね」

 アリアの視界に写らなくても、高感度の聴覚や嗅覚によって人を探しているが、その反応はない。

 とはいえ、この広い街の何処かには、避難所のようなところがあって、わずかだが人が生きているかもしれない。

 バギーの帆を張り充電に入る。

「では、周囲を見てきますね」

「その……」

 僕は何をすれば? と言いたくなったが、なんか情けない。

「……ここで何を調べるつもりなの? ロケット発射台があるところはここじゃないよな?」

 ロケット発射台は事故を考えれば当然危険なので街の中にはない。

 宇宙港はこの町より少し離れたところにポツンとしていた。

「調べるというよりは、生きている人類を探そうかと思います。

 この街の中心には、宇宙事業家がその資本と技術力を見せつけるために建てた超高層ビルがあります。

 その高さは一キロを超えギネスを更新、この街のシンボルタワーとなりました。

 建物自体が上空を向いた、巨大なレールガンの構造をしておりまして、燃料を使わないロケットを打ち上げる計画だったとか……」

「……そんな事をして大丈夫なのか? 事故が起きたら大惨事のような……」

「そうですね。

 それが理由かはわかりませんが、月では、その建物が実際にロケットを打ち上げて大気圏を突破したのは確認されておりません。

 話を戻しますと、要するに目立つ建物なわけですね、なので、もし地球人類が生きていたら、目印になりやすい場所に集まる事が予想されます」

「なるほど……」

「ふふっ……ネイト様はここで休んでいてください、果報は寝て待てとも言いますよ」

「ふん……」

 アリアは一笑したが、それを受けたネイトはぷいっとそっぽを向いた。アリアはひび割れた道路の上を歩いていく。

 ネイトの視界から消えると、人が変わったかのように走り出した。

 ドールは基本、人の前では人間離れした動きを取らないようにしているし、あるじの前では特にそれが顕著となる。

 *設計者の意向*として、人外感を見せつけるのをよしとせず、緊急時以外は親近感を感じて欲しいからだ。

 アリアの身体能力は、当然だが人間のアスリートと同等かそれを凌駕する。

 細身の女性の腕をしているが腕相撲を行えば、アームレスリングの歴代最強クラスの選手に勝つことができる。

 ただし、勝てるといっても、歴代最強よりもやや強い程度に調整されているため、絶対ではない。

 そして、走りに関していえば、切りがよいので一〇〇メートルを一〇秒で走るように調整されており、時速三六キロで走行できる。ただし、安定して長距離を走る場合は、四二・一九五キロを二時間で走ることを基準としていた。

 勿論、時速三六キロで二時間走る事自体は可能だが、体への負担が大きいから推奨はされない。

 アリアはパルクールやボルダリングの技能をインストールし、地割れや瓦礫に阻まれることなく進んでいった。

 優れた視覚と聴覚による地形の分析は、安全地帯を常に見極める。

 つまり、踏んだら陥没する地面などは全てお見通し。当然、こんな危険な場所に動きにくいネイトを連れていくという選択肢はなかった。

 至るところにある地割れや瓦礫をアクロバティックな動きで進んでいく。道なりではなく、直線に進むことができ、人間や車じゃ考えられないようなショートカットを可能にしていた。 

 しかし、このアリアも万能ではなく、人間と違って『想像』や『気づき』がない。

 この街は、何故か中心地に進めば進むほど、損壊が激しくなっている。

 時間経過によって全体的にではなく、不自然な街の壊れ方、人間なら何処かで違和感を感じ取っただろう。

 ネイトと別れてから、二時間程経過、アリアは目的地である超高層ビルの前まできた。

 ビルにあった、窓ガラスは全て割れており、ビル自体は高さ六〇〇メートルあたりから崩れ落ちている。

 それでも高く目立つことには変わりないが――

 ここまで来ても人の息遣いなどは感じない、生存者はいないとみるべきだろう。

 ドールの耳は高性能の集音機でもあり、感度を上げれば、十キロ以上離れていても、日常会話を聞き取る事ができるし、超音波も超低周音波も聴きとれる。目を瞑ったってコウモリの様に、立体的に状況を把握できた。

 また、肌も高感度の触覚で、風が肌に触れるだけで、危険を感知するし、足の裏は地面に伝わる振動も分析できる。

 流石に、ネイトの心音を聴きとれない距離まで離れてしまっているが、それでもネイトが例えば車から降りて地面を踏めばその振動を感知できた。五〇キロはその範囲内である。

「~~~~~~」

 人前ではやらない行為だが、アリアは口を大きく開けて超音波の叫びをあげた。

 崩れたビルを音で分析する。ドールの声帯は、超音波を発する事も可能。

 この超音波を利用すれば、医療の超音波測定も可能ではある。基本的にはやらないが。

 超音波も超低周音波も発する事ができるドールだが、アリアの場合、男のような声を発する事はできないし、声優レベルで声を変える事はできても、基本的に一人分の声しかもたない。

 声帯はドールの外見同様、個別で違いのある部分であり、人の『生理的声域』に合わせて設計されている。

 つまり、声として出せる範囲は、最高音と最低音は一律五オクターブ(エッジボイス、ホイッスルボイス含まず)に設定されているが、人が聴き取る事ができない、超高音と超低音に関してはこの限りではない。

 なお、超音波を発するのは人外感を出すので、何かしらの緊急時か、人前ではやれないという制約がつく。

「~~~~~~」

 やはり、人の生体反応はない、しかし、アリアは建物の中に入っていく。

 それは、この町に着た時から、ずっと感じていたが、この建物の中では*何か*が稼働しているからだ。

 それが何なのかはわからない。アリアのデータにも月のデータベースにもその音は存在しないから。

 人は未知の存在に対して警戒する。しかし、感情を持たないアリアは警戒しない。

 そして、あるじの危険に関しては最善を尽くす、つまり、ネイトから離れ自分だけが先行したのはそれ故。

 近づけば近づくほど、疑問を感じたり想像したりするものだが、ドールであるアリアにはそれがない。

 つまり、万能に見えるドールだが、初見には弱いという弱点を持つ。 

 宇宙港を所持していた会社の建物で未だ可動しているものがあるならば調べないわけにはいかない。

 音を発する何かは一階でビルの中心位の位置にあった。半球状で、色は黒く、緑のランプがピカピカしている。

 視認しても、それに類似するデータがない以上、何なのかわからないし、想像もしなかった。

 ただし、それが建物や街に比べて比較的新しいものであるという事はわかる。

 つまり、建物にあったものではなく、誰かが設置したもの。

 手に取って、調べようとさらに近づいたその時――

 ランプが赤に変わり、超音波を放った。

 人には聞こえないが、まるでアラームが鳴っているようである。

 アリアには相変わらず、何なのかわからないが、今まで聞こえなかった音が至るところから鳴っている事を感知した。迷うことなく、探査を打ち切りネイトの元へと戻った。

 *

 ネイトはバギーの上で退屈していた。

 アリアから渡された固形食糧があるが、防護服を着ている場合、この固形物を防護服専用の投入口に入れ、中で水と混ぜ合わせ泥状にしてから、ノズルによって口に運ばれる。

 味も食感も最悪なので、栄養補給はしていなかった。

 戻ってくれば怒られそうな気もするが。

 アリアがいなくなってから既に三時間が経過しているわけだが、流石に、ひび割れた道路やいつ倒壊してもおかしくない建物ばかりだと、動き回るのは気が引ける。

 単純に怖いし、ゴーストタウンを見回しても人がいそうには思えない。

 アリアと無線で話す事もできるが、恥ずかしさが邪魔をする。

 そんな時、遠くで人影らしきものを見る。

 その人影は、こちらを確認すると怯えるようにして、路地へ入って行った。

 まさか生存者っ!? そんな思いが頭を過る。

 もし、生存者なら大発見だし、月には帰れずとも地球で生活できるかもしれない、ネイトは車を降り、その人影が消えた路地へと向かった。

 あれは確かに人影だった、距離が離れていたし灰色のフード付きマントのようなものを羽織っていたので、はっきりとはわからないが、二足歩行していたのは間違いない。

 路地を曲がり奥へと入っていく、路地は道幅狭くクランクとT字路があり、想像していたよりも複雑で入り組んでいた。

 人影はもう見えない、T字路をどっちに曲がったかわからなければ探しようがない。

 しかし、せっかく見つけた生存者を諦めるわけにもいかない、勘を頼りに捜索を行う。

 そのさなか、別の疑問が過った。

 あの人影はアリアと出会わなかったのだろうか? と……

 アリアの五感はハイスペックである。

 それによる知覚範囲は五キロは超えているだろう、そんなアリアが見落とすだろうか?

 流石に生存者を見つければ、いったん自分の元に戻ってきそうな気もする。

 打合せとかをしたわけじゃないので、そう処理しない可能性も否定できないが。

 とはいえ、せっかく見つけた生存者らしき人影を追わないのも、勿体ない。

 ネイトは闇雲に路地を進む。狭い十字路を通過すると、目の左端に人影があった。

 慌てて引き返して、その十字路を曲がると、見間違いではなく人影はいて、相手は背を向けて走っており、クランクを曲がり消える。ネイトは後を追った。

 曲がった先は行き止まりになっていて、奥で人影が怯えるようにしてうずくまっている。

「はあっ……はあっ……」

 走り回ったから息を切らしている。

 しかし、絶滅したと思われた地球人がいたのだから、それ以上に興奮が大きい。

 改めて見ると、人影はマントの様なボロを羽織っていた。フードではなく頭にボロ布を巻いており、インドを彷彿させる。

 髪は金髪で青い瞳。年齢は十二歳くらいだろうか? まだ子供だった。

 怯えた眼差しでネイトを見ている。

「……誰なの?」

 少年がか弱い声で言葉を発した。しかし、ネイトに英語はわからない。

 ネイトは困ってしまった。アリアと合流したいがアリアが今どこにいるかもわからない。

 せっかく見つけた生存者と離れるのも嫌だったため、手を振りながらジェスチャーで怖くないよ~っ! とやりながら歩を進めた。

 近づかれたのが怖かったのか、少年は顔を伏せて泣き出した。

 慌てて駆け寄ると、少年が不意に顔を上げた。

 よくわからないが、ネイトの全身に悪寒が走る。

 少年が笑っていたからだ。それも普通の笑いではない、人間ではあり得ない程に口角が吊り上がり、目の形もスマイルマークの様に綺麗に弧を描いている。

 これは、相手を怯えさせるためだけの悪意のある笑い。

 ただただ不気味だった。おぞましかった。相手が人間じゃない事に気づくのには時間がかかった。

 少年の姿をしたアンドロイドは懐に手を突っ込み、*何か*を取り出す。初めて見るものだったが、それと似た物はよく地球映画で見ていた。

 実物は拝んだことがない、月でその実物を生産すれば罪に問われるからだ。

 筒状の武器『銃』である。その銃口はネイトの脳天をとらえていた。

 パアン……静かなゴーストタウンで銃声が鳴り響く……

 弾丸は防護服のヘルメット部のシールドを貫きこめかみを掠めた。

 銃で狙撃されるなど、生まれて初めての事で腰がぬける。

 弾丸が当たらなかったのは理由がある。アリアが少年の手を掴み狙いをずらしたからだ。

「アリアっ!」

 思わずその名を叫ぶ。

 アリアはその少年の手を掴んだまま合気道の要領で投げ、地面に叩きつける。

 手は離さずに相手をうつ伏せにすると、そのまま逆関節を決めて腕をへし折った。

 骨が折れるような音は鳴らない、感触としても金属が曲がったという感じだ。

 相手が人間であれば、激痛を感じて戦闘不能だろう。

 しかし、その少年は痛みを感じない、右手を折られうつ伏せに制圧されても、強引に起き上がろうとしている。

 もっとも、アリアの方が力は上のようだが。

 アリアは素早く手を放して頭部を掴むと首を三六〇度回転させた。

 ねじ切られる形で、中のコードでも断線したのか、少年のアンドロイド頭部以外が動かなくなる。

「申し訳ございません。ネイト様、どうやら罠に嵌ってしまったようです」

「わ…罠?」

「街の中央にあるビルに入ったのですが、そこにあったスイッチらしきものを反応させてしまいました。

 その結果、この町中に仕掛けられていた、無人兵器が一斉に動き始めたようです。

 稼働した無人兵器はスイッチを中心に円を描くようにして配置されています。

 つまり包囲網を敷かれていますね」

 アリアは腰を抜かしたネイトに手を差し出して起き上がらせる。

 ネイトは自分の身に何が起きているのか実感が湧かない。

「ここは危険です。急いでバギーのところまで戻り、街を脱出しましょう」

「う…うん……」

 アリアがネイトの手を連れてバギーに戻ろうとした時――

「置いていかないで……」

 少年のアンドロイドの口が英語で語りかけてきた。

 言葉を知らなくても聞いているだけで悲しい気持ちになってくるような声音。

 何も知らない人なら、つい助けてあげたくなるだろう。

 ネイトは、その人の善意につけ込んだ罠が何よりも恐ろしかった。

 アリアは手を放しアンドロイドの所まで戻ると、その頭部を踏みつけ潰す。

「いっ!」

 少年の姿をしているため、なかなかショッキングな絵面ではある。とはいえ、アリアを責めるわけにもいかない。

 その時、ぶ~ん……と、羽音が聞こえてきた。

 月にも蠅はいるので羽音というのは気持ちの良いものではない。ネイトの肩の当たりに、カナブンの様な昆虫が止まる。

 その瞬間、アリアが無表情でネイトに近づき、その虫を掴み取った。

「え? なにっ!?」

 ネイトは分けがわからない。傍から見るとアリアが奇行を行っているようにも見えなくもない。

 ぶ~ん……と今度は複数の羽音が聞こえてくる。

 同じ虫が複数ネイトに接近してくる。

 アリアはその全てを素手で掴み取り、それを握り潰していった。

「ネイト様、これは虫ではありません。虫に擬態した小型のドローンです」

 プロペラではなく羽で飛ぶという月にはない技術。

「そ…そうなんだ……」

 アリアは握りつぶした時に出た液体を、味を調べるようにひと舐めした。

 舌の形をした高感度のセンサーが即座に成分を分析する。

「アジトキシン……カリブドトキシン……スキラトキシン……やはり毒ですね……

毒針がありそれで人を殺すようです。

 ネイト様、急ぎますよっ!」

 ネイトの手を掴んで走り出す。

 しかし、ネイトは遅い。アリアはお姫様抱っこに切り替えると全速力でバギーに向かって走った。

 大通りに出て、バギーを視認するが、行く手には複数の人影がある。

 先程の少年と同じ型のアンドロイド。

 全員同じ顔と同じ格好をしているので、それだけでおぞましい。 

 一斉に懐から銃を抜く。

 アリアは身を翻して、路地にネイトを置いた。

「少しここでお待ちください、直ぐに片付けてまいります」

 力強い声でネイトを安心させると、再び大通りに向かっていく。アリアは横に飛んで、狙いを絞らせない。

 ネイトは気になってしまい、顔を少しだけだして戦場を見た。

 少年のアンドロイドの数は全部で六体でまばらにいて、それぞれが銃を持っている。

 銃の性能はよくわからないが、拳銃の類で機関銃のように連射できる代物ではないらしい。 

 アリアは正面から突っ込むのではなく、斜めに進み、回りこむようにして近づく。

 どうやら、少年アンドロイドの性能は今一つで、アリアの動きを予測して撃つということはできないらしい。

 つまり、常に動いて銃の軌道に入らないようにすればまず当たらなかった。

 そして、格闘性能のようなものもないらしくアリアは距離を詰めると手を取り柔道の要領で、一体をぶん投げ一体にぶつける。その際に銃を奪い、その銃を使って別の一体を撃った。

 相手も撃ってくるが、相手がアリアに銃口を向ける時、アリアは既にその位置にいない。

 相手の銃口、つまり弾丸の飛ぶ角度を全て分析し、絶対に当たらない位置に常に移動している。

 その動きは、弾丸よりも速く動けるわけがないのに。まるで弾丸を避けているように見えた。

 臨機応変に動くアリアは、一〇分も経たない内に相手を殲滅した。

 凄いっ! ……ネイトはまるでアクション映画を見ているようだった。

 紅い髪を靡かせて戦うアリアの姿に恐怖を忘れ見惚れてしまう。

 ここまでの計算をこなしておきながら、アリアにはまだ余裕があった。何故ならドールの戦闘は三段階に設計されており、先程の戦闘は初期段階といえ、ネイトを基準に、映画や漫画のように映える動きをしていた。

 初期段階の観せる動きでは演技にリソースを使うため、リソースが足りなくなると、ギアが一段上がり、無駄な動作をなくして、職人やアスリートの様に洗練された動きを行う。また、人としての動きは維持される。

 それでもリソースが足りず、あるじを脅威から守れないと予測すると、右目と左目で別々の物を見たり、関節を人の限界以上に曲げたりと、人間では不可能な動きをしてでもあるじを守ろうとする最終段階に入る。人間離れしたその動作は、あるじにトラウマを植え付けかねないため、極限まで追い詰められないとやらない。

 アリアがネイトの位置まで駆けてくる。

 その表情は微笑を浮かべ、ネイトはそれを見て安堵するが、一瞬にして無表情に変わった。 表情に使っていた筋肉が一瞬にして脱力したかのような動き。

 ネイトがその気味の悪い表情変化に疑問を感じるよりも早く、バギーが爆破された。

「……えっ!?」

 アリアはネイトを抱きしめるようにして伏せ、爆風による破片からガード。 

 ネイトは爆風が収まると、身を起こし炎と煙を上げるバギーを見る。

 対戦車ロケット弾のようなものを撃ち込まれたようだ。

 バギーが破壊されたという事は、その中に積んである固形食糧や飲み水を失った事を意味する。

 火柱の奥には、大型で二足歩行の無人兵器がバズーカの様なものを手にしていた。

 色は軍事を彷彿させる緑で、重機を人型にしたようなデザイン。チューブやらコードがむき出しになっている。

「大丈夫ですネイト様、私がいます」

 新手の敵に怯えるよりも先にアリアの力強い声がネイトの心に響く。振り向くとアリアの表情は戻っている。

 素早い所作で再びお姫様抱っこをすると路地を戻るかたちで駆け出した。

「ア…アリア……」

「ネイト様、まずはこの街を脱出します」

「一体何が起きているの?」

「わかりません。ただ、人間を目の敵にしている無人兵器達を作動させてしまったとしか……

 この町はまるでアリジゴクですね……

 中央のスイッチを作動させたら、無人兵器に包囲されてしまう」

 ネイトを抱えたまま走り続ける。

 無人で生き物すら見かけなかった街の空には、打って変わって複数のドローンが飛んでいる。

 おそらく、獲物を探しているのだろう。

 あれから、ちょくちょく無人兵器と出くわした。

 アリアは無人兵器との戦闘が避けられないと判断すると、ネイトを降ろして即座に片付けて戻ってくる。ネイトが想像していたよりも遥かに高性能で強かった。

 厄介なのは、虫型の小型ドローンだ、このドローンはネイトばかりを狙う。

「だ…大丈夫?」

 思わず心配してしまうが、本当に不安なのは自分の身だった。

「ええ……大丈夫ですよ」

 アリアは微笑を浮かべて言葉を返す。その笑顔を見ていると心が落ち着いた。

 今は適当な鉄筋コンクリート造の建物に身を隠している。この建物の一階はもと店舗だったのか、広いスペースがあった。

 周囲は棚などのガラクタが散乱している。アリアは高度な五感機能から、周囲のアンドロイドの位置を把握しているようだ。

 何故隠れるのかは疑問だが、それが最適解なのだろう。

「わかっていることを教えて」

「そうですね。最初に遭遇した子供に擬態したタイプと人型重機の無人兵器は、私達同様、視覚で感知しているようです。つまり、見つからなければ、彼らは私達を追うことができません。

 虫型の方は呼吸か匂いでしょう。防護服のシールドが割れてから、動きが明らかに変わりました。

 また、私にはまったく寄り付きませんから」

 つまり、人間の吐く息を分析して獲物を見つけている。

「なるほど……ここから出られそう?」

「この町の脱出に関しては何とかなるかと……

 ただし、相手方が何処まで私達を追ってくるかはわかりませんが」

 例えここから出られるとして、バギーを失った今、どうにもならないのではないだろうか。

 そんな不安に包まれていると、アリアが手を掴んで歩き始め瓦礫に身を隠し、人差し指を口に当てた。

 静かにっ! の意なのは理解できる。

「っ……」

 何かがこちらに向かっているという事なのだろう。

 不安が大きくなってくる。

 映画でよく聞いた、バイクのエンジン音が聞こえてきた。おそらくガソリン車、月にはないので少し感動する。

 建物にバイクに跨った人型無人兵器がウイリーをしながら入ってきた。

 その姿は、えらくメタリックというか、ガタイのいい金属マネキンといった感じ。

 金属の装甲で全身を包み強そうではある。

 アメリカン・コミックのアイアンマンを廉価に作ったような感じ、右手にはゴツくて銃身の長い銃を持っている。

 ネイトにはそれが機関銃なのか散弾銃なのかわからないが、ヤバそうなのは実感した。

 素早く、アリアが相手の前に姿を現す。

 ちょっとっ!? と言いたくなる。銃を持つ目の前に立つなんて自殺行為、そう思った時。

 相手が銃口を向けるよりもはやく、アリアも少年擬態機兵から奪った銃を向ける。

 アリアの放った弾丸は、相手の銃口が自身に向く瞬間をとらえ、正確に撃ち抜いた。

 ネイトは、アリアの計算性能の高さを実感する。引き金の上の当たりが爆発し、相手の持つヤバそうな銃は大破した。

 だが、相手の銃を持っていた手はどうという事はない、見た目通り、頑丈な作りのようである。

 アリアは続けざまに弾丸を相手の顔面に向けて撃つが、装甲は貫けず、弾かれてしまう。

 相手はバイクから降りることなくアクセルを回し轢き殺そうと突っ込んできた。

 一方アリアは避けることなく前進。

 無茶なっ! と思うが、ドールは最適解を選択している筈。

 アリアは跳躍し前方宙返りをしながら相手の頭部に手を伸ばし相手を引き倒すようにしてバイクから落車させる。

 バイクは派手に壁に突っ込み炎上したが、アイアンマンの方はおそらくノーダメージ、とにかく頑丈に作られているようだ。

 アイアンマンは起き上がるとアリアに向かって走り掴みかかろうとする。

 アリアは、すでにその性能を見切ったのか、難なくかわし掴ませない。アイアンマンの挙動は、初期の頃の2Dアクションゲームのようで、単純な動きしかできないようだ。

 標的に向かって走り、掴むもしくは殴るのような行動しかしてこない。しかし、頑丈さ故、攻撃の手立てがなかった。

 また、装甲の厚い金属でその重量や頑丈さだけで十分凶器といえる。軽く小突かれただけで、人であれば頭蓋が陥没するだろう。

 単純な力であれば、アリアを凌駕している。

 アリアは、人間に寄せる設計のため、同じ体格をした人間とほぼ同じの重量しかないし、そこまで頑丈ではないので、殴り合うような戦いはできない。勿論、ボクシングやムエタイといった技能をインストールすることはできるが、鉄の塊に肘を入れても、肘が砕けるだけだろう。

「アリア」

 心配しその名を叫ぶ。

 アリアはその声を聞いて、微笑を浮かべた。

「心配要りませんネイト様、この機体と私とでは性能が違います」

 アリアは既に、アイアンマンを破壊するだけの力をどうやって得るかの計算を終えている。

「ネイト様! 私が戻るまでその場を動かないでくださいねっ!」

 ネイトに釘を刺すように叫ぶと、身を翻して広い部屋を出て階段に向かう。その後を追っていくアイアンマン。

 ネイトは怖くてその場から逃げ出したかったが、アリアの言葉を信じて待つしかなかった。

 七階分の階段を上りきり屋上に出る。

 空を旋回しているドローンが多数いるので、銃の射程圏内にいる機体は即座に撃ち落とした。

 しばらくしてアイアンマンが屋上に現れる。アリアは二十センチ程の高さのパラペットに立って待ち受けていた。

 パラペットとは外壁と屋根の境界にある転落防止の立ち上がり部分のこと。

 アイアンマンは何も考えず突進してくる。

 それをヒラリとかわしアイアンマンの背中を強く蹴飛ばした。

 勢いと重量のあるアイアンマンは止まれず、パラペットに躓き頭から下に落ちていった。

 屋上に落下防止用のフェンス等がないことや、瓦礫や崩落に阻まれることなく階段を上って屋上まで行けることは、放った超音波と、その反響を3Dイメージ化することでわかっていた。

 重ければ重いほど、落ちた衝撃は大きくなる。頑丈に作られたアイアンマンは、その装甲の厚さ故、重量も凄まじく落下の衝撃でぐしゃりと潰れ機能を停止した。

 蹴った時点から、相手の落下を確認することなく、ネイトの元へと引き返す。一方ネイトはアイアンマン落下の轟音を聞いて震えあがっていた。

 隅で蹲り頭を抱え込む。怖くて怖くて、涙が出てくる。

 戦争時の空爆に怯える気持ちとはこういうものなのだろうか?

「ネイト様……」

 アリアの声が聞こえた。とても優しい声だった。

 顔を上げてアリアのその姿を確認する。いつものように微笑を浮かべていた。

「う…うあああ……」

 安心によって涙腺が崩壊し、アリアに抱き着いた。

 恥ずかしいとか、ドールに生理的嫌悪感を感じるとか言っていられない程、精神が追い詰められている。

 アリアはしがみついて泣くネイトを抱きしめ、よしよしと背中を撫でる。

「大丈夫ですよ。何があっても私がお守りしますから」

 この言葉に何の根拠もない。ただ落ち着かせるためだけに言っている。

 ドールは月でも大規模な火災が起きた時、あるじをまずは落ち着かせてから避難に入る。

 アリアは顔を逸らさせないようにネイトの頭部を掴み、その目をじっと見つめた。

「落ち着きましたか?」

 優しい声をかけられながら見つめられていると、自然と心が落ち着いていった。

「う…うん……」

 急に恥ずかしさが蘇ってくる。

「行きますよ? 新手がここに向かっていますから」

 屋上に出た時、即座に破壊したとはいえ、偵察用のドローンに見つかっている。

 アリアに手を引かれて、外に出ると無人兵器の姿はなく、ホッとした。

「周辺にはいないのがわかっているの?」

「ええ……半径一キロはほぼ感知できています

 今のところ、あまり速い機体はいないようですね。

 移動に関しては先のバイクに乗った機体が速いですが、車輪だと地割れや瓦礫に行く手を阻まれるのは向こうも同じですから、しばらくは遭遇しないでしょう」

 ほぼ感知できるのは半径一キロ圏内だが、地面に足をつけ、それなりの重量を持っている機体は五〇キロ離れていても感知できる。

「今の奴って、他にもいるの?」

「現在、感知できているのは二十三機程、一キロ圏内に十機程いて、それぞれがこちらに向かってきております」

「そんなに……」

「恐れないでください。私がなんとかしますから」

 向こうの感知方法は、カメラによる視覚と偵察をしているドローンからの情報のみのようである。

 その偵察機もカメラで感知しているので、物陰に隠れながら、撃ち落としていけば、敵から正確な位置を把握されずに移動ができるだろう。

 しかし……

「ごほっ……ごほっ……」

 フルフェイスのシールドが破壊され、地球の大気を直接吸っている。ネイトは現在喘息の発作を起こし始めていた。

 アリアはネイトをおんぶして進む。街に入ってから、食事もろくに取れていない。ネイトの精神も体力も限界に近づいていた。

「もういいよ……どうせ、街から出れても装備なしじゃ……」

「少しでも長く生きてくださいね、そのために私はいます」

 ネガティブな発言に答えながらも足を進める。

 時々、敵から奪った銃を抜いては、偵察ドローンを撃ち落とす。

「どこにいくつもりなの?」

「ノパルの群生地でしょうか、しばらくはそれでなんとかなる筈です」

「うげっ……」

 食用サボテン、栄養価はバッチリらしいが、ネバネバした食感でネイトの口には合わない。

「ふふっ……好き嫌いはよくありませんよ」

 本来であれば、嫌いな食材でも美味しく調理して食べさせることもできるが、調味料すらない状況では致し方ない。

 再び、偵察機を撃ち落とした時、アリアの所持している銃の弾が切れた。

「……ネイト様、武器を調達してきます」

「武器って……」

「敵から奪います。しばしの間ここで待っていてください」

「ちょっとっ! そんな危険な事わざわざしなくてもっ!」

「武器を持たずに、逃げる方が長期的に見て危険ですね。

 銃がないと偵察機を撃ち落とせません、それでは敵を撒くことは不可能でしょう

 できれば、バイクも奪いたいところですが……」

「本当にできるのっ?」

 できるできないよりも、本音はアリアに傍にいて欲しくて仕方がない。

 当然、その感情はアリアには読み取られている。

「ネイト様……三体のファミコンが、スパコンに勝てると思いますか?」

「その例えはよくわからないけど……」

「失礼、要するに心配ご無用です」

 アリアはネイトをおいてその場を離れた。

 地面を伝わる振動を触覚で分析し、聴覚でドローンのプロペラ音を感知。

 これだけで大小五〇〇機近い無人兵器がいる事がわかる。

 しかし、その事実に不安も怯えもない。

 まず狙うのは少年擬態機兵、動きは人間の少年と左程変わらず、銃を所持している。

 こちらに向かってきていて、周囲にできるだけ仲間がいない孤立しているものをターゲットに選定。

 アリアは考えないので、何故、無人兵器達が武器を所持する形をとって、自身に内蔵しないかに対して疑問は持たない。

 今まで確認された個体が全て銃を所持していたため、高確率で銃を所持しているものと判断。

 向かってくる足音と地形を分析し、移動経路を予測、通過するであろう曲がり角に身を隠して待ち構えた。

 アリアは少年擬態機兵が銃を抜くよりも早く首をねじり切る。早速一丁の銃を奪うと、同じ要領で二体目を撃破。

 ニ丁の銃を手に入れると、一旦ネイトの元へと戻った。

「ネイト様……」

 ネイトがほっとした顔でアリアを迎える。

「これを――」

 奪った銃の銃身の方をもってネイトに差し出した。

「えっ!?」

「護身用です。気休めですが無いよりはマシかと」

「いやいいよ……銃なんて撃った事ないし……」

「それよりも左手で持っているのは……」

「これですか?」

 アリアは、少年擬態機兵の首を持ち上げた。生首の目とネイトの目が合う、まだ動いていた。

「うわあっ!」

「申し訳ございません。以後気を付けます」

 即座に顔を反転させネイトに見せない用にする。

「なんでそんなもん持っているの?」

「ああ、私の任務は地球の探査でもありますから、もう少し腰を据えてこの機体を解析しようかと――

 この量産型の頭部に何処まで情報があるかわかりませんが……

 分かれば分かっただけ、ネイト様の生存率も上がるかもしれませんし……」

「なるほど……」

「ネイト様、一つだけ先に申し上げておきますが……

 もし、この無人兵器達を操っている人間がいた場合、私はそれが子供であっても即座に殺します」

 冷たく淡々とした口調、ネイトの血の気が一瞬にしてひいた。

「私にとって最優先するべき命はネイト様であり、次に月民、地球人はその次に当たります。

 しかし、ネイト様に殺意を向けてくる相手はこの限りではありません。全力で排除します。

 私は人を殺してもPTSDに陥ることはありませんので……」

 心が無いから、当然心的外傷もない。

 しかし、ネイトは正当防衛といえど、アリアが地球人虐殺をしているところなど見たくなかった。

「……と言いたいところですが。

 それをやってしまうと、ネイト様がPTSDを発症してしまいますね。

 わかりました、相手が人間であれば殺しはしません。腕の一本や二本くらいは折るかもしれませんが……」

「ごめんね……足を引っ張って……」

「ふふっ……何を仰いますやら、私はネイト様のドールですよ。

 その存在意義はネイト様の未来のためにあるのです。

 好きなようにお使いください」

 情けない気持ちでいっぱいだが、同時にもっと自分がしっかりしなければという思いも強くなる。

「……移動しますよ?

 しばらくは大丈夫ですが、追っ手は今もこちらへ向かっております」

「……ねえ? 次の追っ手がくるまでまだ時間があるなら、その機体のところまで案内してくれる?」

「勿論、それは構いませんが……」

 アリアに連れられその地点まで行くと、首のもげた機兵がうつ伏せに倒れている。

「これですね。この機体がどうかしましたか?」

「いや、調べるなら頭部だけを調べてもってことで……」

 ネイトは服を掴んで機体を仰向けにした。

 マントで隠しているがショルダーホルスターを付け、脇に銃を携帯していたようだ。

「アリア、これをつけてみたら?」

 ショルダーホルスターを外して、アリアに渡す。

「そうですね……」

 ニ丁手に入れた銃のうち、一つをショルダーホルスターで携帯した。

「似合いますか?」

 気を紛らわすためなのか、銃を構えたポーズを決め、からかってくる。

「う…うん……なんかアクション映画の主人公みたい」

「誉め言葉として受け取っておきますね。

 それで、ネイト様の調べたい事というのは?」

「いや、特にコレっていうのは無いんだけど。

 とりあえず、服でも脱がしてみようかなって……」

「服をですか?」

 訝し気な表情をしてくる。

「別に別に変態的な事がしたいわけじゃないよっ!?

 ただ、何か他にも所持しているものとか、わかることがあるんじゃないかって……」

「わかりました。

 私はネイト様の安全性を考えて行動しておりましたが、これからは安全性を保ちつつ、無人機兵の調査も並行して行うようにいたします」

 アリアは少年擬態機兵の服をナイフで割いていく。

 剥がして気づいた事は、肌があるのは、両手や顔などの露出部だけで、服で隠れている部分に肌はなく、あからさまに作り物の体をしていた。

 よって、顔だけカワイイ少年の姿で、機械の体というおぞましい外見をしている。

 所持品は予備のマガジンしか持っていなかった。

「……気づかなかったの?」

 予備のマガジンを見て、ふと疑問が沸く。

 銃を手に入れるなら、それに合わせて予備のマガジンも一緒に奪うのがベストである。

 アリアは、様々な五感で相手をスキャンしている。予備のマガジンを持っている事くらい気づきそうなものだが。

「申し訳ございません。見落としました」

 申し訳なさそうに頭を下げる。

 初めて見る表情だ。

「……どういうこと?」

「この銃は、私のデータや月のデータベースには存在しない銃です。

 銃とわかるのは、相手が銃口を向けてきたとき、データベースの銃と類似する点がいくつもあったからです。

 しかし、服に包まれたマガジンとなってくると……」

 ドールに好奇心はない、任務の都合上、武器を奪うという選択肢があっただけで相手を調べるという行動にはつながらなかった。

 また、銃から予備の弾丸など*連想*することも難しい。

 つまり、人間なら簡単に連想できるかもしれないが、ドールにとっては情報が少なすぎてマガジンの所持を確認するまでには至らなかった。

 ネイトは万能に見えるドールの欠点を少し実感する。

「敵の位置は?」

「後一〇分は大丈夫ですね……

 しかし、じっとしてると状況は悪くなります」

「バイクに乗っている奴は?」 

「瓦礫や地割れに阻まれて、停滞している感じですね。

 しかし、障害物の少ない荒野に出たら中々やっかいな存在になるかと」

「奪えそう?」

「バイクをですか? 五分五分といったところでしょうか、相手を引きずり降ろすのは問題ないかと思いますが、その後が問題です」

 前回の様に無人となって何処かに突っ込んで大破することは考えられる。

「……失礼」

 アリアが、上空に向かって二発弾丸を放つ、偵察機二機を見事に撃ち落とした。

「百発百中だね……」

「ええ……高性能の目を持ったアンドロイドですから。

 しかし、この銃では標的の装甲は貫けません」

 改めて銃を確認する。

 それはひと昔前の火薬式で人が殺せれば問題ないといった感じの銃だった。

 月では、生産されてないが拳銃サイズの大きさで、電磁力により弾を放つ銃を作る技術はある。

 それを考えると時代遅れな印象を持つ。

「標的は、今大通りを進行中です。先回りしましょう」

 ネイトとアリアは、大通りに出た。

 この辺りは、地割れも瓦礫も少なく、バイクで走行するには都合がいい。

 道は、微妙にカーブを描いているので、一キロ先は見えなかった。

「では、ネイト様、相手も近づいてきましたのでそこの建物に隠れていてください」

 ネイトは大通りに立ち並ぶ鉄筋コンクリート造の建物に隠れる。 

 アリアは手ぶらで通りの中央に立った。

 エンジン音と共にバイクに乗った機兵が進行してくる、アリアを確認するなり速度を上げる。

 バイク機兵はアリアとの距離が一〇〇メートルを確認するなり銃身の長い銃を構え放った。

 小さい弾が放射状に広がる。

 片手で撃ってくることからして、この銃はセミオート式の散弾銃のようだ。

 しかし、アリアは軌道を予測しているのか動かない。

 弾は当たらなかった。バイクで走行、片手で銃身の長い銃を持ち、尚且つ、あまり精密な動きができない無人兵器となれば、当然の結果かもしれない。 

 アリアはバイクによる体当たりを、紙一重に身を翻すようにしてかわす。

 相手は前輪を軸に後輪を半回転させる。

 つまり、最短でアリアの方を向き直ろうとしているわけだが、アリアは体を翻すと同時にしゃがみ、陸上選手の様にクラウチングスタートを切っていた。

 アリアは時速三六キロ、相手は一八〇度回転しているが勢いがまだ残っており、減速している状態だ。

 相手が再び加速するよりも、銃口を向けるよりも早く、アリアは相手に飛び掛かる、レスリングのタックルのようにして掴むべきは足ではなく首。

 相手の首を軸に体を回転させ、背後を取った。

 右手はハンドル、左手は銃を握っているので、引き剥がすことができない。

 アリアは左手だけだが、スリーパーホールドの様に腕を相手の首に絡めたまま、右手を伸ばしてバイクのスイッチを切った。

 このバイクは、キーを差し込み回す事でエンジンをかけるのではなく、鍵穴とキーが一体化しているようだ。エンジンを切られバイクが停止、落車する。

 アリアはなんとかして、散弾銃も奪いたい。

 緊急時ということで、AED機能を利用して相手の左手に電気を流す。

 相手の握力が解放され銃を落とした。しかし、手が空いたことで、今度はアリアの腕を掴もうとしてくる。

 握力がいかほどかはわからないが、握り潰せるだけはあると過程するのが妥当。

 アリアは絡めた腕を離してかわすと、素早く散弾銃を拾ってぶっ放す。

 相手の顔面に命中し、その衝撃は巨体を大の字に押し倒した。だが頑丈な頭部で大きな跡はついても破壊には至っていない。

 起き上がるよりも早く、バイクを起こしてエンジンをかけ、ネイトの元へと向う。

「ネイト様っ! 早く乗ってください」

 乗れと言われても、バイクの二人乗りなど、今までしたことがない。

 それにそのバイクはまたがるスペースはあっても後部座席はついていなかった。

 ネイトがまごついていると――

「私の髪を掴んででも乗ってくださいっ! 大丈夫、痛みなんかありませんからっ!」

 嫌とは言わせないような強い口調で言う。

 ネイトは泣きそうになりながら美しい紅い髪を掴んでバイクに乗った。

 女性の髪を掴むという行為に罪悪感を感じてしまう。当然手には抜けた髪が何本も絡んでいた。

「しっかりつかまってくださいね」

 アクセルを回し、バイクをスタートさせる。

 足が遅いので、持ち主であるバイク機兵に追い付かれることはない。しかし、バイク機兵との戦いは、新手が追い付くには十分な時間を与えてしまっていた。

 大型機兵が到着し、その手にしたロケットランチャーを構える。

 アリアは体を捻り後ろを見た状態で走行し、一キロ程離れたところにいる相手を視認。

 超音波を放ち、視覚、聴覚を高め、そして情報処理速度を最大にする。

 ロケットの弾道を予測し、自身の弾道をも予測。

 放たれたロケット弾の信管を撃ち抜き爆発させる。

 全ては一瞬の出来事であり、空中爆発と互いの引き金を引く動作が同時に行われたように見える。

 しかし、一秒を兆を超えるコマ数で処理しているアリアには全てがスローモーションで見えていた。

 大型機兵は弾を一発しか持っておらず歩行速度も遅いため、脅威にはならない。

「ぐあぁっ!」

 だが空中で爆発させたとはいえ、ロケット弾の破片は高速で飛び散り、ネイトに被弾した。

 熱い金属の破片が体に刺さる。

 直ぐに応急処置した方がよいのは言うまでもないが、ここでバイクを止めるのは自殺行為。

 アリアは走り続けるしかなかった。

「ネイト様、大丈夫です。私を離さないでください。

 必ず助かりますから」

 優しく語り掛ける。ネイトは痛みを堪えながら、必死にしがみつく。

 アリアの背中は暖かかった。

 街を脱出し荒野を走るが、尚も一五〇キロ以上の高速で飛行するドローンが追ってくる。

 それも全て撃ち落とす。

 ネイトは疲労困憊で、急激な眠気に襲われる。意識が朦朧としてきていた――

 *

 西暦二三〇五年九月十七日。

「はっ!」

 ネイトが目を覚ますと、そこはテントの中だった。

 大きく鋭利な破片が刺さったのは、左肩と首の間の位置で、すでに縫合されている。

 右足のふくらはぎにも破片が刺さっていたが既に処置されていた。

 背中に防護服の生命維持装置があり、ダメージは軽減されていたが、生命維持装置は全く使い物にならなくなった。

 防護服は丈夫で断熱性に優れた素材だっため、重症ではなく少し安心する。

 体を少しだけ、起こし周囲を見回すと、アリアが片足を立てて座り眠っていた。

 この時、初めてドールの寝顔を見たような気がする。ドールは基本、あるじより早起きで遅く寝るからだ。

 人間との違いは呼吸をしていないところ、人は寝ていても呼吸をしているので、生きているのがわかるが、アリアは呼吸をしていないので、死んでいるように見えた。

「アリアっ!」

 ネイトの声に反応し、スリープ状態が解かれる。

「ああ……申し訳ございません。

 ふふっ……私とした事が寝てしまいましたね」

 ネイトは気づかなかったが、これは非常事態である。

 というのも、アリアは街での戦闘時、五感の感度を高めた状態で長時間可動していた。

 ロケット弾を撃ち抜いた時に至っては、処理速度をクロックアップしている。

 五感で集められる情報量を膨大に増やし、それを一瞬で処理すればするほど、内部にかかる負荷は大きくなる。

 車で言えばエンジンをオーバーヒートさせたようなもの。ネイトは知る由もないが、意識を失ってからもアリアは働きっぱなしだった。

 気を失う直前にアリアはバイクを止め、ネイトが落車しないように地面に寝かせた。

 防護服を脱がし、その長い袖を利用して、おんぶ紐がわりにネイトと自分を縛って走行を再開。テントまで辿り着くと、破片を抜き、消毒、止血、縫合を行う。

 その間にも追っ手の接近を感知すると、テントから町に向かって四キロ程進んだ地点で敵を迎撃。

 追っ手はバイク機兵と偵察機ドローンのみで、偵察機は即狙撃、バイク機兵は遠方からバイクのタイヤと銃の破壊にとどめた。

「テントまで戻れたみたいだね……でもここは安全なの?」

「安全ではなかったら、流石に眠ったりしませんよ?」

 ネイトを心配させないための言葉であり、実態は深刻なエラーによる強制終了に近かった。演出として寝る場合は人の様に呼吸の動作はするが、先程のアリアは完全停止していた。

「そっか……」

「それよりも、食事と水を飲んでください」

 固形食糧とペットボトルに入った水を渡される。

「……というよりも、私がセンタービルの調査に向かった後から何も食べていませんね? 三時間もの間、何をしていたのですか?」

「いや~、防護服着た状態で固形食糧食べたくなくて……今思うと凄い勿体なかったね……」

 バギーが大破したことを思い出し気分が暗くなる。

「命があればこそですよ」

「……命か」

 バギーと防護服を失い負傷までした今、どこまで活動できるだろうか?

 あの時、脳天を撃ち抜かれていた方が、楽だったのでは? そんな自虐的な事を考える。

 首を横に振り、固形食糧を頬張った。サボテンよりマシだが、あまり美味しくない。

 その時、アリアが遠くを見るかのような視線をあらぬ方向に送った。

「ネイト様、少し周辺を調査してきます」

 何かを感知したようだ。

 正直、追手がきたとしか思えない。さらなる不安が襲うと、ネイトを見て微笑を浮かべる。

「大丈夫ですよ。むしろ朗報の可能性もあります」

「朗報?」

「空元気をさせたくありませんので、今日はもう寝てください。

 歯はちゃんと磨いてくださいね? 虫歯になると悲惨ですよ?」

 子供をあやすように言い歯ブラシを渡すと、アリアはテントから出ていってしまう。

 その背中を見て気づいたが、アリアの美しい紅い髪はボロボロになっていた。

 ネイトが髪を掴んでバイクに乗った事もあるし、爆破したロケット弾の爆風を浴びた事もある。

「アリア……」

 胸に痛みを感じながらその名を呟いた。

 *

 西暦二三〇五年九月十八日。

 左肩の傷とふくらはぎの傷に痛みを感じて目を覚ました。

「おはようございますネイト様――」

 アリアは飯盒に入れて火をかけて熱したノパルを差し出してきた。

「食べなきゃダメ?」

「当然ですっ!」

 威圧するような声、昨日は死を感じさせる恐怖もあったせいか、こんなやり取りに何処か癒される。

 ネイトは抵抗せずに口に運んだ。

 やっぱり、不味い……

 アリアは小悪魔の様な笑顔を見せながら、フォークで刺した次なる食材を差し出す。

 カナブンだ。同じ節足動物のエビやカニは平気なのに昆虫は何故かおぞましい。

「うげっ!」

「私としても固形食糧さえ焼失しなければ、ネイト様にこのようなものを食べさせたくはないんですけどねえ……」

 明後日の方向を見ながら白々しく言い放つ。

 皮肉を交えたからかい、普段なら声を荒げて怒るところだが、この状況ではなんかそれが余計に滑稽で、笑いがこみ上げる。

「くくっ……」

 アリアはこの様な状況下でも、ネイトの感情を読み取り、少しでもそれが良い方向に進むように処理しているのだろう。

「わかったよ」

 ネイトは素直にカナブンを食べた、あまりおいしくはなかったが……

「それで? 昨日、言っていた朗報ってなに?」

「そうですね、追っ手はおそらくもう来ないということでしょうか」

「……本当に?」

 素直に信じられないが、それが本当だったらかなり嬉しい。

「何故、そう予測できるのか確認しに行きますか?」

「え~と……そりゃここで寝てても退屈だから行きたいけど。

 ふくらはぎとか痛いし……傷が開いたりしたら嫌だなって……」

「ではやめますか? バイクで移動しますので、往復で一五分もかからないとは予測されますが」

「バイクって……」

 勿論、それは敵から奪ったバイクの事だろうが、それよりも気になるのは――

「勿論、また私にしがみついていただきますっ!」

 アリアは何処か勝ち誇ったように言った。

「……いいの?」

「おや? 珍しいですね、いつもなら頬を赤くして恥ずかしがるのに」

「いや、アリアがいいなら、僕はそれで……」

 アリアはネイトを背負うと、バイクに跨りエンジンをかける。

 向かった先は、テントから左程離れていなかった。

 あのバイク機兵がうつ伏せで倒れている。

「これは、街にいた……アリアがやったの?」

「いえ、私はこの機体の銃とバイクのタイヤを撃ち抜いただけです」

「……どういう事?」

「要するにエネルギー切れですね。この機体は装甲の厚さ故、重量が大きく電力の消耗も激しいようです。

 私がバイクは破壊した地点から二キロ程で動けなくなりました。

 バイクで移動していたのは歩行の遅さも理由でしょうが、燃費の悪さもあったのですね」

「そうなんだ……」

「地響きを感知する限りだと、ここに向かっている機体もありません。

 例えば向かっているとしても、歩行移動している機体はエネルギーが尽きるでしょう。

 エネルギーを供給してくれる補給所みたいなところも無いようですし……」

「それって、つまり……」

「ええ……追撃を振り切ったと見てよいでしょう」

 胸をなでおろす。今後どうやって食いつないでいくかの問題はあれど、射殺されなくなったのは嬉しい。

「ねえ……ふと思ったけど、アリアのエネルギーは?」

「ああ……実はもうそろそろ尽きますね、私も……」

「えっ!?」

「冗談ですよ。私は空に月があれば補給できます」

「そうなのっ!?」

「ええ……表の大都市ブルースは、地球観測所が有名ですが、送電設備もそろっていますからね。

 ワイヤレス送電で充電できますよ?

 空に雲があると色々と問題もありますが、この辺りは年間三四〇日は晴れますからね。

 降雨のある地方も水の確保という点では魅力ではありますが、私の力が存分に発揮できるこの地方を選びました」

 アリアは月を視認し、送電設備に電波を送ると、送電設備がマイクロ波を返して充電できる。

「そうだったんだ……」

「……しかし謎は残りますね」

 あの無人機兵は一体何だったのか?

「……やっぱり戦争の類?」

「私からは何とも、想像することはできませんので……

 ただ、戦争というよりは、人間を対象にした罠という方が近いかと」

「なんで?」

「戦争の定義というものは時代によって変化しますし難しいのですが、概ね、国家と国家の戦いであり、軍事力を用いて政治目的を達成しようとする行為ですよね?」

「まあ、そうだけど……」

「あの無人兵器達が、それに当て嵌りますか?」

「う~ん……少なくてもあいつらに政治的意図とかはなさそうだよね……」

「まあ、無人兵器を仕掛けていった人間はいるでしょうが……」

「あの無人兵器を操っている人間なんているの?」

「無人兵器が自生すると?」

「いや、AIが暴走したとかさ……」

「クスッ……」

 失笑を漏らす。これは当然にネイトの気に障った。

「あり得ないとは申しませんが……可能性は低いですね……」

「じゃあ逆に聞くけど、高い可能性って?」

「先程申しあげたように、地球の何処かにあの無人兵器を仕掛けた人達がいるということです」

「……何のために?」 

「さあ? 想像するのはネイト様の役目ですよ?」

「だから、僕の想像では、AIが暴走して、人間を敵と見なしたんじゃないかな」

「ネイト様……それは*想像*ではなく、ネイト様の*願望*です」

「僕が、こんなディストピアを望んでるって言いたいの?」

「そうではありません。

 でもネイト様お好きですよね? ターミネーターが……」

「……うん」

 返す言葉がなかった。

 この世がディトピアになって欲しいなんてのは微塵も思ってないが、ターミネーターの世界観に一種の憧れがあるのも事実。

「申し訳ございませんね……T-800みたいになれなくて……」

「いやいいよ。筋肉ムキムキのおっさんと同じテントで過ごすとか普通に嫌だし……」

「クスッ……」

「……仕掛けた人間がいるとして、他の生存者を殺しているってこと?」

「そうなりますね」

「う~ん……それでも戦争ではないんだよね?」

「戦争でないとは申しません。

 戦争っぽくないという事ですね、相手が武装していない一般市民なら、あの無人兵器は脅威な存在ですが、訓練された軍隊が相手なら、敵ではないと思いますよ?」

「それは、確かに……」

 単純な動きしかできないし、エネルギー切れは一日以内に起こしてしまう。装備品も旧時代のものばかり。

「話が逸れましたね。

 要するにですね、AIが暴走して人を滅ぼす可能性よりも、暴走した人間がめちゃくちゃな命令をAIに課す方が可能性は高くないですか? ということです」

「……そうなるか」

「ネイト様……ここで話していても答えは出ません。

 街の調査を続行しますか? それとも危険と判断して街の調査は回避しますか?」

「え? ここにきて僕にふるの?」

「いつも言ってますよね? ドールを導くのは人の役目だと。

 ネイト様は、私に地球探査の任務を与え、私はそれを遂行しました。

 私は今までネイト様の生存を第一に地球探査を行ってきたわけですが、無人兵器の存在など予測できなかった事がある以上、計画は変更した方がよろしいかと」

「……そっか。当初の計画がどういったものか知らないけど……」

「それは丸投げするからですよ」

 苦笑いするアリア、ネイトは丸投げしたことを改めて反省した。

「変更するっつってもな……」

 無人兵器達の存在が気になると言えば気になる。

 しかし、せっかく拾った命を無駄にするのもどうかと思う。

「あの無人兵器たちって残らず機能停止したの?」

「おそらく……全部確認できたわけではありませんが。

 今のところ、私の感知できる範囲内にはいないですね。

 私を中心に人の重さ以上あれば半径五〇キロ以内の地面を伝わる振動は感知できます」

「……てことは動いていても五〇キロ内に入った時点で察知できるってことだよね?」

「はい、勿論ドローンタイプは振動で感知できませんが、空を飛びまわって入れば視界に入りますし――」

 視界に入れば、二〇〇キロ離れていても視認できる。地球は丸いので、飛行物体に限られるが。具体的に言えば、二〇〇キロ離れた富士山の山頂に人を立たせれば、それが確認できるということ。

「じゃ行ってみよっか?」

「そうですね……

 ですが、その前にネイト様の傷がもっと癒えてからにしましょうか。

 その間は、飲み水の確保と食料の確保に努めます」

「そうだね……」

 アリアはベースキャンプに戻るとネイトの傷口に貼ったガーゼなどを取り替えていく。

「ホント……なんでもできるよね……

 でも、技術だけあっても医療物資が尽きれば……」

「ほぼ尽きてますね……

 バギーにもある程度積んでましたし、今回の負傷で……」

「……そう」

 気分が沈む、分かっていたことではあるが――

 傷が癒えるまでの間は、アリアのサバイバル講座が始まった。

 飲み水の確保、ペットボトルに入った水はそう遠くない内に尽きるし、防護服が破損して使い物にならなくなった以上、汗や尿の再利用もできない。

 雨の降らない地方なので、川に行き水を汲みそれをどうにかするしかなかった。

 まずバケツに汲んだら泥水を放置し沈殿するのを持つ、その後、コップで掬った水を濾過装置に入れる。

 濾過装置を通過した水をアリアは飲み、安全かどうかを確認する。

「飲めますね……」

 一口飲んだ後、ニコッと笑ってみせるが、ネイトとしては、泥水の汚い川の水など飲みたくなかった。

 さらに言えば、その川で魚というか目立った生き物を確認していない、ヤバイ物質でも混じり込んでいるのではないかという不安が拭えない。

「ネイト様、勿論蒸留させた水を確保することもできますが、さすがに時間がかかりますよ?」

「わかってるよ……」

 勿論、濾過装置には寿命があるため、現地で調達できもので作った自作の濾過装置や煮沸消毒などを駆使し、あり合わせで飲み水を確保する方法も習う。

 木がないので、サボテンの皮などを乾燥させた植物を燃料として使うことも覚えた。

 あの手この手を駆使し、なんとか自給自足の目途を立てつつ、抜糸も終わった。

 *

 西暦二三〇五年九月二十日。

「アリア、もう十分に動けるようになったと思うけどどうかな?」

「そうですね……問題ないと思います。

 それにしても……」

 アリアがネイトの頭からつま先までを見下ろす。

「な…なに? その目は……」

 品定めのような目で見られたことがなかったので少し緊張する。

「逞しくなられましたね。ここに来たときと比べると別人のようです」

 いつものように微笑を浮かべる。作り笑いだとしても素直に嬉しかった。

 六倍の重力は過酷だったが、それ故、体脂肪が落ち筋肉が目立ってきた。

 あれから何度か風邪をひいたがそれも全て治った。

 サバイバルの知識と技能がつき、それを誇らしくも思う。

 月とは正反対ともいえる原始的な生活ができたからといって、科学的な進歩になりえないのはわかっている。

 それでも、何かを達成したような気分になり自分で自分を誉めたくなった。

「ふふっ……胸を張っていいんですよ?

 ネイト様がここでこうしていることで、人類はその先に進んでいるのですから」

 アリアを通して、その映像を始めネイトの活動は月に送られている。

 謎の無人兵器の存在は、月を良くも悪くも熱狂させている。

 それは、退屈な社会に大きな刺激を与えたといっていい、ネイトの地球活動の中継番組は視聴率をハ〇%を超えているからだ。

 無人兵器に関しては、素人からオタクまで様々な憶測や推測、妄想が飛び交いSNSを賑わしている。

 送られてくる映像はアリアの視界で、アリア自身は映っていないが、アリアは月が制作したアンドロイドであり、どんな姿をしているのかに関しては当然データが残っている。

 送られてきた画像データから地形データを起こして3DCG化し、そこにCGのアリアを合成した客観的な映像を作る事も可能。月の3DCGの技術はもはや肉眼では、実写と区別がつかない。

 再現された3DCGで、演出家がカットワークやカメラワークを駆使し効果音をつければ、それはもはや映画のようだった。

 月では、映画好きがこぞって映像化に励み、僕の考えた最高の映画を、現代でいうユーチューブのような動画投稿SNSにアップしている。

 アリアはその特徴的な美しい紅い髪が、より注目と人気を集める結果となった。

 逆にいうと、ネイトにはそれなりにアンチも沸いている。決断が遅かったりうじうじしているところが見受けられ、一部の人間をイライラさせていた。

 アリアから今現在の月の状況を聞かされ、胸が熱くなる。勿論、アンチが沢山いるという事実に関しては伏せられているが。

「ネイト様……私をここまで導いてくださり、ありがとうございます」 

 ここに来たときに比べれば、風呂に入れないので、肌は薄汚れて来ているし、髪もかなり痛んでいる。

 それでも髪が風に靡き、夕日に照らされたアリアはとても綺麗に見えた。

 思わず、その唇を奪いたくなる。

 その感情を読み取ったかのように、目を閉じた。

 しかし、それでもネイトは一歩踏み出すことはなかった。所詮は*よくできた人形*と自分に言い聞かせる――

「ふふっ……残念です」

「だから、からかわないでよ……」

 そんな心境を読み取っても、微塵も傷つかない。何故なら*人形*だから――


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