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パートナードール  作者: SFX
2/14

十八歳の誕生日

 月歴一〇〇年。

 ネイトは十八歳の誕生日を迎えた。

 栗毛でくせっ毛で茶色のドングリまなこを持つ、童顔でチビのソバカスのある少年は自室のベッドに座り緊張している。


「今日は、ついに僕のパートナードールがやってくるのか……」


 不安と期待をもって、自室の扉が開くのを待っている。

 ネイトの部屋は、現代日本でいうところの1DKである。

 四帖程のダイニングキッチンと、五帖程の洋室、三点ユニットのバス、トイレ、洗面所。

 部屋の広さは五帖だが、窓はなく天井に換気扇とエアコンと空気清浄機を兼ね備えた空調設備がある。

 部屋の壁の一面にはパネルと磁石の様にひっつく32インチのモニターが設置されており、位置はパネル内であれば自在に移動できるし、机につける事もできるが、部屋から出すことは厳禁。

 そのモニターを通して、政府や学校から連絡を受けることもある。

 勿論、公共放送やテレビ番組を観ることもできるし、パソコンのディスプレイでありインターネットも可能でビデオチャットもできる。

 玄関とは正反対に位置する奥の壁には窪みが設けられ、そこが二段ベッドになっており、一人暮らしなので、一段目をソファーとして使い、上段をベッドして使っていた。

 小型冷蔵庫、レンジ、洋服ダンスは部屋と一体化した備え付けのものが用意されているが洗濯機はない、洗濯には共用の物を使う。

 キッチンは電気コンロと小さなシンクがついたものだが、シンクには生ごみを細かく粉砕するディスポーザーと、シンクに溜めた水を振動させ洗浄する超音波機能がついている。

 また、蛇口から出る水は電気温水器によって、お湯にするだけではなく、ウルトラファインバブル、つまり直径1マイクロメートル未満の泡(肉眼で見えない)を発生させることができ、極小の泡による洗浄が可能。浄水しアルカリイオン水も作れる。

 ちなみに洗剤による洗浄は、殆ど行われない。理由は薬剤の処理が面倒だから。

 壁は現代より遥かに優れ、遮音を吸音を適切に組み合わせた完成度の高い防音仕様となっている。

 クロスは張っておらず、薄い緑色で光沢のある生分解性プラスチックのパネルが張られていた。

 この生分解性プラスチックとは文字通り特定のバクテリアで分解が可能。そして、月で生産されているものは高い断熱性と耐久性を持ち、素材としても申し分ない。

 床もフローリングではなく、薄い緑色をした生分解性プラスチックの床で、現代感覚でいえば空母などの船室の床を彷彿させた。

 しかし、固く冷たい床ではなく、クッション性に優れ床暖房機能もあり暖かい。

 そのため、部屋の中で飛び跳ねてもテレビの音量を最大にしても、近所迷惑にはならないし、壁紙が破けて大家に請求されるという事もなかった。

 従って、ありふれたアパートのような一室ではあるが、現代社会よりもずっと快適に使えるし、住宅設備が充実している。

 基本的に月民は十五歳になるとハイスクールに通う、親元を離れ、自室を支給され一人暮らしを始めるのだ。

 誰一人、例外なく同じ間取りであり、部屋を個人で所有することはできず、あくまで国家から借りている扱いになる。

 ドキドキしながら待っていると、ガチャガチャと金属と金属の触れ合う音が聞こえてきた。

 部屋の扉は電子ロックではなく、現代日本と同様のアナログの金属鍵を使っている。

 勿論、技術的に電子ロックにすることは造作もないことだが、電力は限られているので、無駄なところはとことん省くというのが月政府の方針だ。

 また、システムにエラーが発生して、部屋の中に人が閉じ込められてしまうという事態を防ぐ意味もある。

 ガチャリ……

 玄関の扉が開き二十代前半くらいの女性が入ってきた。

 部屋鍵を持っている以上、パートナードールで間違いないだろう。

 ネイトのパートナードールは、平均的な身長より少しだけ高くやや細身、整った顔立ちに切れ長の二重、瞳の色はブルーだが、カラーコンタクトを入れているのか、やや緑がかっている。

 色白の肌に、腰まで届くウェーブのかかった鮮やかな紅い髪と真紅の口紅をつけている。

 ウエストは細く、胸は大きめ(F程度)で、露出度は高くないが、胸元がパックリ割れた谷間の見える白い服を着ていた。

 黒っぽいミニスカートのような短パンを履き、見える太ももは下半分程度。

 妖しさを感じさせると同時に、上品な印象もあり、十八歳には刺激の強すぎる女性といえた。

 色気を感じさせる見た目に反する点は、女性には似合わない大きめのショルダーバッグを持っているところ。

 着替えなどが入っているのだろうか?


「初めましてネイト様。私は貴方のパートナードールです」


 パートナードールは目を合わせて微笑を浮かべると、礼儀正しくお辞儀をした。

 これは、日本式のお辞儀ではなく、忠誠を誓うという意味で頭を下げている。


「は、初めまして……」


 ネイトは頬を赤く緊張しながら、改めてパートナードールと自身を称した女性を見た。

 月民は十八歳になると、例外なくこのパートナードールを支給される。

 月政府は月民が一人暮らしを始める十五歳の時から、その生活データを収集していく。

 そしてその収集したデータから、その相手の理想的な見た目を持つアンドロイドを制作し支給するのだ。

 生活データを収集される事を拒む権利も一応あるのだが、それをしてもパートナードールの外観クオリティが下がるだけなので、その選択をする者はまずいないし、その選択をした者達は口を揃えてこういう。


『悪い事言わないからやめとけ!』


 月民は基本的にそのパートナードールと生涯をともにすることになるからだ。

 ドールの大半はその人物の異性になることが多いが、同性愛者の場合は、同性になることが多い。都市伝説というか噂の域を出ないが、ネクロフィリアのドールは死人の様な血色をしているとか……尚、何かと非難されがちではあるが、小児性愛者のパートナードールは子供の姿をしていたりする。

 つまり、このパートナードールはネイトにとって性的な意味も含めた理想のパートナーの姿をしているといえる。

 ネイトはここまでの美人を望んでいたのかと、綺麗すぎるパートナードールを見て、少し罪悪感の様なものを感じてしまう。

 よく友人達には、外見で人を判断してはいけないみたいな事を偉そうに主張していたからだ。

 しかし、月の国家はある意味、人間のそういう醜さも受け入れた上で社会を構築している。

 パートナードールを理想の外見に仕立てるのもその一環だ。

 月では恋愛に罰則はないが原則禁止とされているし、結婚という制度も廃止された。

 成り立ちからして、月民は知性的な人間が多く、基本、つまらんいざこざは起こさないが、そこに異性や結婚が絡んでくると、どうでもいいいざこざが多々起きた。

 しかし、些細ないざこざであっても、密閉空間のシェルターの様な都市で暮らす月民にとっては死活問題といえる。

 人間の間でトラブルが起こり、事故でも起きれば、損失は甚大である。

 離婚、不倫、DV、認知など、月政府は常々起こる、男女問題に手を焼いていた。

 月の人的労働力は限らているし、人口の上限も決まっている。

 つまり、裁判官や弁護士、興信所などで働く人員という労働力は極力減らして、別に回したいし、国民総研究者みたいなものなので、月民の過半数はやりたい研究を持っていたりする。

 しかし、法や罰則だけでは、好きなものは好き、許せないものは許せないという、男女の感情はどうしようもないこともわかっていた。

 その〝落としどころ〟として生まれたのがパートナードール制度である。

 結婚というものを無くし、人同士の恋愛も一応禁止、その代わり、人工的ではあるが理想のパートナーを月民全員に支給するというもの。

 この制度に対して不満を訴える月民も多かったが、いざ試験的に導入されると様々な社会問題が緩和され正式な制度となり、現在では認める者が八〇%を常に超えている。

 パートナードールは対となる人間を完全に補佐する存在で性の対象でもある。

 ドールと性交を行えば、その精子や卵子がドールに採取・保存され、精子バンクや卵子バンクに送られる。

 子育ては月民の義務であり、二十五歳から四十五歳の間に必ず一人育てなくてはならない、子育ての決心と準備が整ったら、国に連絡を入れる。すると、保管庫の卵子と精子が体外受精され、補助的生殖技術《試験管ベビー》によって赤ん坊が送られてくる仕組みだ。

 この時、卵子と精子は他人のものが使われる。つまり、自分の子供と血のつながりを持つことができない。

 ただし、人間が女性の場合は望めば自身による妊娠は可能となっている。

 子を授かった月民はドールと共に親としてその子を育てる。

 二人育てたい人がいれば、子育てを免除してもらうことも可能。

 この制度により、完璧に近い人口管理を可能にし、特定の一族が徒党を組み、その長みたいな人間が特定の地域に対して強い政治的影響力を持つことを難しくした。

 現在では姓も廃止されており、一人暮らしが始まると二度と親とは会わない人間も多数いる。一部の人間が義兄弟といって、姓を自称する事はあるが、自称の域を出ない。

 月では、環境を完璧に近い形で管理しなくてはならない、人口がいたずらに増えたり減ったりしたら社会は崩壊し全員が死ぬからだ。

 従ってパートナードールは文句がでないよう、それぞれの人間に心の欲求に合わせた理想相手として設計されるのだ。それが、例え万人から理解されない姿であったとしても。


 パートナードールはあくまで人形であり人権は無く、例え幼女の姿をしていても性行為に罰則はない。逆に成人の男女であっても、生身の人間同士の性交は特例を除いて違法行為であり罰則もある。

 いたずらに人口を増やしてはいけないからだ。

 このことは、今現在でも地球社会と比較して、議論の対象にはなっている。

 しかし、小児性愛者ペドフィリアのような、世間的には侮蔑の対象であっても、理想のドールを提供することは、結果的に性犯罪や自殺者を減らすと考える人が多数なのだ。

 ちなみにパートナードールに人権こそないが、暴力を振るう(物理的に破壊する)ことは法で禁止されているし、もし人間がパートナードールを故意に破壊した場合は、二度と支給されることはなく一人で生きていくことを余儀なくされる。

 パートナードールを支給しないということは、何よりも重い罰則といえた。

 何故なら、最終的に人は老化と共に動けなくなっていき、老化しないパートナードールは専属の介護師でもあるからだ。

 そして、あるじの死を看取ると、機能を停止するようにできている。

 月政府の統計データによると、パートナードールに感謝して死んでいく人間の方が多い。


「お名前はどうされますか?」


 いきなり現れた美人を目の前にもじもじしていると、パートナードールが気を使ったかのように率先して口を開いた。


「な…名前?」

「はい、私にはまだ名前がありません。基本的に名前をつける権限はあるじであるネイト様に委ねられています。

 もちろん、その権利を私に譲渡する――

 つまり私に名乗らせる事もできますが、いかが致しましょう?」

「え~っと……」


 考え込んでしまった。

 どうせなら可愛い名前をつけてやりたいけど、特に思いつかない、名前がないのは可哀そうな気がするから、それなら名乗らせたい。

 しかし、名乗らせて自分的に可愛くない名前がついたらそれはそれで――

 考えが堂々巡りしてしまう。


「クスッ……名前の件は一旦保留としましょう。


 それに、仮に今ここでつけても改名することもできますし――

 それほど気になさらなくてもよいのでは?」


「そ…そうですね……


 じゃあ、え~っと、とりあえずあだ名ということで……」

 しばらくネイトの沈黙は続き、必死にいい名前をつけようと思考を巡らしていた。

 ふと記憶が蘇ってくる。

 音楽の授業で聞かされた『G線上のアリア』という楽曲を思い出し――

 そして、友人に『アリアって誰?』と質問したら『人の名前じゃねーよっ!』とバカにされたことを思い出した。


「アリア……アリアさんでどうですか?」


 ドールは基本呼び捨てだが、緊張し思わずさん付けで呼んでしまう。


「何故ゆえ?」


 するとスっと目を細め、ネイトの心を見透かすように真意を聞いてくる。

 まるで適当に思いついたネーミングに不快感を露わにしているようだ。


「えっ!? いや……」


 ドールが言い返したり不快感を示したりするとは思っておらず、その反応にまず驚く。

 十五歳になると、学校でパートナードール制度というものについて本格的に習いだすし、ドールはあるじに対して基本的には逆らわないと習っていた。

 ちなみに逆らう時は、犯罪を強要するような場合である。

 戸惑っていると、ドールの紅い唇が笑みの形に変わった。


「クスっ……ほんの冗談です。


 わかりました。では私の事はひとまずアリアとお呼びください」


「パートナードールって冗談を言うんですね……」


 あっけにとられながら呟いた。

 冗談を言ったという事実よりも、まるでからかわれた事が衝撃でもあった。

 なんというか、ロボットはもっとあるじに対し従順なモノだと勝手に想像していたからだ。


「ええ……

 私達パートナードールでもそれくらいの事ならできますよ」

「でも、なんのために?」

「気づきませんか?」

 少し考えた後、自身の緊張がほぐれている事を実感した。

「まさか……

 緊張している僕に気を使ってくれたんですか?」

「ふふっ……そういうことになりますね」


 アリアは微笑を浮かべた。

 その表情にただただ見惚れてしまう。対象の理想を反映して制作されるため、当たり前なのはわかっているが、それでも美しいと感じた。

 学校でした、友人達との議論を思い出す――

 月民には議論好きが多い。

 十五歳になってから、習い始めるパートナードールについても随分と議論した。

 生物のありかたや、人類の歴史を考えれば人形が伴侶というのはありえない。

 自分の両親の片方がドールだったことを、ハイスクールで教わるまで知らなかったせいか、ネイトの主張は一貫して否定的だった。

 『人形を生涯のパートナーにするなんて……』というもので、またパートナーを外見で選ぶというのも間違っているという主張だった。

 今現在においても、その自身の主張が間違っているとは思わない。思わないが――

 いざ、こうしてアンドロイドとはいえ、コミュニケーション能力がある美女を目の前にすると、戸惑いを覚える。

 旧社会に生きていて、美女と生涯を共にできる男なんて果たして何人いるのだろうか?

 本人としても自分と釣り合うくらいの年相応の女の子が来ると思っていた。

 不相応でもちょっと可愛かったらいいな程度に考えていた。

 しかし、鏡に並んで立てば、自己嫌悪に陥るくらいの釣り合わないのが来てしまっている。

 建前では綺麗ごとを主張し、しかし本音では絶世の美女を求めている。そんな自分の醜さに少し打ちのめされていた。


「ネイト様――」


 気づけばアリアが再び目を細め、こちらの心を見透かすような視線を向けていた。


「な…何……?」

「そこまで自己嫌悪に陥る必要はないかと――」


 そう言ってネイトの目を見つめながら、一歩前へ詰め寄った。

 ネイトの身長は一五三センチでアリアの身長は一六五センチ、さらにヒールの高いブーツを履いている。

 身長差もあって、その圧力に思わず後ずさる。


「べ…別に自己嫌悪じゃ……」


 魅力的な女性に接近されたことがなかったネイトは、後退する他なかったが、部屋は狭くすぐ壁にぶつかってしまう。


「ネイト様――」


 人差し指で、口をそっと塞ぐ――


「人は自分が考え構築した理論や信条と、実際に求めている心の欲求が乖離していることなどはよくあることなのです。

 いやむしろ、心の欲求のままに動いてしまえば、他人に迷惑をかける――

 つまり社会を乱してしまう結果に陥るから、あえて本音とは反する事を信条にして自分や社会を律しているといえませんか?

 それが悪い事でしょうか?」


 人差し指を離し、ゆっくりと下がった。


「い…いや……そう思わないです」


 言葉に慰められたのか、気は少しだけ楽になったが、それでもまだ、モヤモヤしていると――


「それで、今日はどうされますか?」


 気を紛らわすためなのか、唐突に話題を変えてくる。


「ん? 今日?」

「はい、今日のご予定です」


 部屋の壁に掛けられた時計に目をやった。

 時刻は十二時十分程、パートナードールは正午に届いたので、あれから十分くらい過ぎたということになる。

 ちなみにドールが届く日は学校を休んでも良い、理由は『どうせ、お前らしたくてしたくて仕方がねーんだろ? 気を利かせてやんよ』という事である。

 開発者達は、自分たちの創るドールに絶対の自信があった。それは女性ドールが玄関を開けたら、二分で童貞を捨てさせるつもりで設計していることを意味する。旧社会を悩ませた少子高齢化もばっちり予防。

 ネイトは特に予定を立てていなかった。というよりも予定を立てて休日を過ごすことはまずない。

 休みの日は、友人達と食堂で議論したり、家でゲームをしたりして時間を適当に潰す事が多い。

 しかし、今日は自分だけが休んでいる日なので、友人はいない。

 一人暮らしなので、休日は部屋でごろごろしていることも多いが、いざ、美女がいるとなると、そのままごろごろというのも気が引けた。


「そ…そうですね、では、昼だし食事に行きますか……」


 食事は基本、食堂に行くか自分で作るかの二択。


「それは私も行くのですか?」

「え? そっか、パートナードールに食事は不要ですよね……」

「ええ、勿論、食事ができないわけではありませんし、一緒に食べるというコミュニケーションを望む方もいらっしゃいますが」


 ドールと一緒に食事をすることに対し、食材の無駄という考えがある。

 しかし、同時に自分だけが食べる事に抵抗を感じる人もいる。

 そして、ネイトはアリアを部屋に置いて、自分だけが食堂にいくのもいかがなものかとも思っていた。


「では、僕が食堂に案内しますよ」


 勿論、パートナードールはどこにどんな施設があるか、人以上に知っている。

 ドールは常に最新のナビゲーション機能がインストールされているからだ。

 当然、それくらいは理解している、それでもそう言ったのは、どんな反応をするかに興味があったから。


「一人で行くのではなく、私を連れていくのですか?」

「え? 嫌なんですか?」


 少し困ったような表情と視線を逸らした後――


「いえ、嫌ではありません。

 しかし、パートナードールを他人に見せるという事を理解されてからというか、せめて心の準備はした方がよいかと」


 神妙な面持ちで、受け答えをしてくる。

 想像の斜め上を行き、ネイトとしては面食らうばかりだ。


「理解? 心の準備? どうしてです?」


 反抗的とまでは言わないが、想像と違うドールの反応に戸惑いを隠せない。


「では、ネイト様は自分より早く誕生日を迎えたご友人のパートナードールを見たことがありますか?」


「え?」


 しばらく考えた後――


「いや、見たことないですね……考えてみると誕生日すら知らない奴が多いけど……」

「そうでしょう?」


 友人で誕生日を知っているのは仲のいい二人だけである。

 一人は、自分よりも早く、もう一人は自分よりも遅い。


「そういやカナタの奴、パートナードールの話を僕にしてこないな……」


 ボソリと呟いた……

 以前、どんなのが来たのか聞いた事はあるが、適当にはぐらかされた事を思い出す。

 つまり友人のカナタは、ドールをあまり見せたくなかったという事が、今になってわかる。

 そう考えると、急に友人にはどんなドールがきたのか気になってきた。


「ネイト様……

 ご友人のドールが気になるのはわかりますが、詮索は進めませんよ?

 それに、話がそれていませんか? 元々は私を食堂に連れていくかいかないかの話です」

「そういえば、そうでしたね……」


 改めて、何故、ドールを食堂に連れていくことに対して疑問を投げてくるかを考える。

 自己評価では絶世の美女であり、服の着こなしも良い。

 ベッドに腰をかけ俯き、思考に集中しているが、ふいに顔を上げてアリアを再確認した。

 視線の合ったアリアは微笑を作る。

 改めて、綺麗さと愛想の良さも感じ、他人に見せびらかしたいというしょうもない欲求が沸き起こってくるが、それに対しての不安が拭えない。


「アリアさんが、そうやって僕に疑問を投げてくるってことは、考え無しで僕が皆にアリアさんを見せびらかしたりしようもんなら、それは僕にとって災いが起こるってことですよね?」


「はい、断言はしませんし、災いというほど大袈裟なものでもありませんが、心は傷つくかと……」


 思わせぶりな態度に、ドールは皆こうなのか? それともアリアがそうなのか? と疑問が過る。

 そんな疑問を持ちながらも改めて、思考を巡らし、実際に食堂に連れていった事を脳内シミュレートしていた。

 食堂は主に二種類ある。

 料理を注文するタイプの食堂と、ビュッフェ形式の食堂。ネイトがよく利用するのは、注文するタイプの食堂で、この食堂の常連達とはちょっとした顔見知り――

 あのおっちゃん達は、どんな反応をするのだろうか?

 ニヤニヤしながら『いいヨメさん貰ったね~』みたいな反応をするのだろうか?

 いや、しかし……思い出してみると、あのおっちゃんらもドールを連れている人は少なかった。

 連れている人もいたけど、そのドールは質素だったと思う。

 ネイトはハッとすると、改めてアリアを見た。


「どうされました?」

「ご…ごめん……」


 断りを入れてから、ベッドから立ち上がり、一歩近づいて、頭からつま先までまじまじと見る。

 本当に、外見は人間と全く変わらない。

 ゴクリ……胸元を見て唾を飲み込んだ。

 脳殺……そんな言葉が頭を過る。

 改めて、おっちゃん達の反応をシミュレートする。

『お主は、こういう女がシュミか~っ!』

『今日の夜はお楽しみだな……』

 まず間違いなく弄られる……

 赤面するほど、恥ずかしい思いをするであろうことを悟った。

 そして、おっちゃん達に、品定めをするかのようにアリアを見られるのも不快なものを感じるだろう。

 そんな事を、もしされれば苛立ちを覚えるであろうことも理解できた。


「やっぱり、食堂へは一人で行きます」

「ですよね……しかし良いのですか?」

「……まだ何か?」


 先ほどから続いている思わせぶりな返しに少しだけイラっとする。


「私が来たのですよ?

 私に作らせるという選択肢もあると思いますが、いかがでしょう?」


 微笑を浮かべながら何処か得意げに喋った。


「え? 作ってくれるんですかっ!?」

「ふふっ……私はパートナードールですよ? ネイト様を徹底補佐するためにここにきました。

 私は調理師であり、栄養管理師でもあるのです」

「な…なるほど……」


 学校で習った事を思い出す。パートナードールは基本なんでもできると――

 地球各国の調理技術、無数のレシピ、最先端の栄養学が詰め込まれ、機械ならではの速く正確な動きは、あらゆる職人の技を再現する。

 あるじの味覚とアレルギーを分析し、それに合わせた味付けをするため、パートナードールの手料理はとても評判が良く安全。

 その結果、月民の健康状態は過去にあった地球のどの国よりも良く、肥満している者はまずいないと月政府は豪語する程だ。

 欠点をあげるとすれば、パートナードールは誰も作ったことのない料理を作ることはできず、創作料理には向かない。


「ネイト様は料理をされるのですか?」


 部屋にはキッチンが用意されているので、自炊も可能ではあるが、基本的に料理はできない。


「いや、しませんけど……」

「もしよろしかったら、教えることもできますよ?」

「あっいや……とりあえず、今日は作ってください」


 パートナードールから料理を習い、ある程度できるようになれば、ドールと一緒に作る事もできる。

 あるじが創作料理を行えば、それを覚えさせることも可能なので、料理が趣味になる人間も多数いる。


「かしこまりました」


 アリアは持ち込んだバッグからエプロン、三角巾、食材を取り出すと、調理にとりかかった。

 エプロンに身を包む姿はよいものだったが、同時に少しぞっとする。

 この部屋に食材は置いていない。料理をしないからだ。

 だから、食材を持ってここにきているのだろう。

 既に、こういう結果になることが最初からわかっていたかと思うと、少し恐怖を感じたのだ。

 しかし、それ以上に、これから送るアンドロイドとの生活に対してドキドキしていた。

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