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パートナードール  作者: SFX
13/14

壊れた人形

 西暦二三〇五年十月四日。

「ごほっ……ごほっ……」

 咳が止まらない……

 体が重い……頭が痛い……お腹が空いているのに吐き気もする。

 動く気力もない、仰向けに倒れたままネイトはいよいよか……と思った。

 頼みの綱であるアリアも異常をきたし、遂に歩けなくなっていた。

 六倍の重力という負荷に耐えきれなくなり、足の負担が限界を超えたのである。

 まだ、会話はできるが、何かを食べられる物を調達してくるという事はもはやできない。

 二人は、今、共に仰向けになって天を仰いでいる。

「……餓死って、辛そうだね」

「辛いと思いますよ」

 ネイトは、まだ、体が動く内に死を選べばよかったと思った。

「後、何時間この苦痛に耐えれば良い?」

「そうですね……それを答える前に、重大なお報せがあります」

「お報せ?」

「まもなく、私は機能を停止します……

 それは、ネイト様の死よりも遥かに早いです。最後までお供できなかったことに対しお詫び申し上げます」

 その発言に言葉を失う。

 アリアは、月の最先端の技術が使われたいわば万能ロボットである。

 自分よりも先に、死ぬ、壊れるということを全く想像できていなかった。

 素直に考えれば、地球に着いてからというもの、本来の用途からかけ離れ、無茶な行動を取り続けており、何処かで耐えれなくなってもおかしくはない。

 月でも三ヶ月に一回はメンテナンスをしていたのだから。

「……そんな、嘘だろ?」

 思わず、機能を停止する前に、自分を殺してくれと言いそうになるが、なんとか堪える。

 それを言ったら自分はもはや人間でもなんでもない気がした。

「ネイト様……これから言うことを良く聞いてくださいね?」

 アリアは体を起こし、ネイトの両目をじっと見つめる。

「な…なに?」

「ネイト様は死にません。

 救助が来ます。私の機能が停止した後、ここを離れないでくださいね?

 私が発信機みたいなものですので、救助船はここを目指して向かっています」

「救助だって? そんなワケあるかっ!」

 ネイトは地球に行くとき、何があっても、救助は来ない、片道切符ということを月政府から何度も説明され、誓約書にサインをし、地球に飛び立つ前日に自筆で念書まで書かされた。

「ネイト様が地球に向かった後、月ではご両親やカナタ様やマリー様を始め、救助に行くべきだという主張が世論を産み、論争を巻き起こしました。

 そして、ネイト様が地球に降り立ち、私を通して画像が月に届き、無人兵器に襲われると、世論が完全に救助に傾き、救助案が可決されました」

「ちょっと待て、君はそれを知っていたのか?」

「知っていましたし、それを予測しておりましたし、そうなるよう働きかけておりました」

「……なんだって?」

「ネイト様が『地球に行きたい』と言ったあの日。あの言葉は、半分本音で半分は私に対する嫌がらせだったのですね?」

「……うん。ごめん。地球探査なんて絶対に国が認めるわけないから、断られると思ってた。そしたら役立たずって言ってやろうかなって……」

 改めて自身の身勝手さを実感する。

「私は、政府から承認を得る事は可能と予測しました。

 そして、ネイト様が努力をすれば、宇宙飛行士としての及第点に達する事も予測できました。だから、実現に向けて奔走しました」

「正直、怖かったよ……片道切符の地球探査に何が何でも送ろうとするのが……

 人間だったら何処かで躊躇すると思うんだよね……

 あの時、君が僕を絶対コロスマンに見えた。僕が素直にごめんなさいすれば、地球に行かずにはすんだんだろうけど、アリアに一度言ったことを取り消すのがカッコ悪くてさ……

 国王陛下から書簡を貰っているし、周囲を巻き込んでいるし、引っ込みつかなくなっちゃった」

 勿論この一連の流れも、偶然ではなく、ネイトを逃げさせないためのアリアの布石。

「申し訳ございません。

 ですが、私は片道切符になっても、地球で探査を続けていれば、必ず救助案、もしくは、救援物資の輸送案が可決されることを予測しておりました」

「どうしてそんな事が予測できるの?」

「ご両親がネイト様を愛しているからです。

 ネイト様が危機的状況に陥れば必ず行動を起こします。

 親にとっては、政府の書類にサインしたかしてないかなんて関係ありません。

これが、人間とドールの一般家庭であれば、こうなるとは限りません。育てた子はドールにとってあるじではありませんし、血の繋がらない子に愛情を持てない人は多数いらっしゃいますから……

 ご両親の署名運動などは、人同士の夫婦ということもあって、多くの注目を集めました。

 子を想う親の気持ちの強さを再認識させ、社会に再び変革をもたらすかもしれません」

「ドール制度が廃止になるってこと?」

「どうでしょう? そうなるかならないかはわかりませんが、一つ言えるのは、これでまた人類は一つ賢くなれるということではないでしょうか……

 そして、救助案を言い出し、その実現に向けて行動するのは、カナタ様にマリー様、救助しようとなっても、具体的には? という話になります。

 そして、それは二人だけではどうにもなりません。組織の力が必要です。大学の先生方や学生達の協力が……

 つまり、ネイト様を心から心配し愛する人達です。

 ですが、それを言っても、ネイト様はそれをかたくなに否定することや、両親に借りは作りたくないとゴネだす事が予測されました」

 ネイトは両親や友人達へとっていた態度を恥じた。

「もう一つの理由がありまして、あの時の地球は、人類の故郷といえど、もはや未踏の領域で何があるか予測できません。私も、あの悪質な無人兵器達は全く予測がつきませんでした。絶対に帰れるという約束はできなかったからですね」

 ドールは基本的にできない約束はしない。約束をしたら必ず守る。果たせなければ、ドール全体の批判に繋がり信用問題が発生するから。

「それをこうして話すって事は、助かる確信というか、僕の生存を約束ができるっていうこと?」

「いえ……

 まだ五分五分といったところでしょうか……

 お話したのは、私がもう停止するからです。

 そして、これから、その生存確率を七〇%にします」

 そう言って、顎に手をかけ不意に口づけをした。

 ネイトの喉に液体が流れ込んでくる。

 それは水だった。

「私達の肌は、人間同等のみずみずしさを表現するため、水分を含んでおります。

 もう、私には必要ありませんから、それを送らせていただきました。

 大丈夫、濾過された綺麗な水です」

 アリアの美しかった顔は水分を失い、さらに醜くなった。

「見ないでください。

 見ると、きっとトラウマになります……」

 顔を背け髪で隠し、ネイトに見せないようにする。

 何か言いたかったが何も言えなかった、心がなく、淡々と自分を生かそうしてくるアンドロイドにどう声をかけたらいいのかわからない。

 そんな中でもアリアは次の行動に入っている。

 顔を伏せたまま服に手を入れ、何やらごそごそした後――

「これを……」

 デパートで拾った缶詰を差し出した。

「本当は地球の御土産として、持って帰りたかったのですが。

 これだけあれば先程水分を補給したので、後、一日は余裕で持つでしょう」

「アリア……」

「ですのでネイト様……

 自分が後どれくらい生きられるのか? なんて考えなくていいんですよ?

 きっと、助かりますから……」

「ごめん……」

「謝るのではなく、生きると約束してくださいますか?」

 肯定以外許さないような強い口調。

 アリアは元々、地球探査への支援はしても、ネイトの自分勝手な行動に協力するつもりはない。

「うん……」

 小さい声で返事する。

 アリアはネイトの心理状態を読み取ると、まるで安心したかのように次のフェーズに入る。

「ふふっ……では、最後に歌いましょうか?」

「えっ? ここにきて歌?」

「ネイト様は、直ぐ、ネガティブな妄想を始めてしまいますからね。

 今この時も、自身の行いを恥じているご様子……歌でも聞いていた方が気が紛れませんか?

 顔は見れたもんじゃなくなりましたが、声はまだ健在です」

「そうだね……この状況で歌うってことは相当自信があるのかな?」

「私に自信という感情はありません。

 ですが、パートナードールには地球で生まれたあらゆる歌や曲のデータが詰め込まれ、科学者様達や評論家様達が歌い手のノウハウを分析し論理化、それをソフトエンジニア様達がコード化し組み込んでいます。私はただ人類の努力の積み重ねの上を走るだけ。

 ですので、きっと上手いと思いますよ?」

 あの時、舞踏会の前夜祭で、手を取らなかった事を後悔する。

 そんな事を考えていると、歌い始めた。

 透き通るような綺麗な声――

 歌詞はなく、音声でメロディーをなぞるだけのスキャット。

 それは聞いているだけで、何処か癒されるような曲だった。

「……いい曲だね、それにとても心地いい」

「ええ……

 人類が数百年もの間、残してきた曲ですから……

 そして私の……」

 ネイトはアリアが自分の元に着てからの事を回想する。

「……マリーが言ってたんだけどさ――」

「『真実は人の数だけある』って言葉を小説に置き換えててさ……

 作品の解釈は読み手の数だけあるって……

 つまり、作品を自分でどう解釈するかが大事なんだって……」

 アリアは黙って聞いている。

「……君自身に心があるとか、ないとかはきっと重要じゃない。

 僕が君をどう思うかが……」

 もう少し早く気づけばよかった……と、そんなやるせない想いを感じ言葉に詰まる。

「素敵ですね……

 その考え方……とっても素敵で……す……」

 それが、アリア最後の言葉となった。

 動かなくなったアリアを見て呆然とする。

 そして、深い悲しみに包まれた。

 *

 アリアが機能停止して八時間後、大型の宇宙船が本当にやってくる。

 宇宙船はネイトが地球にきたものよりも二回りも大きい、逆噴射で高度二万メートルの上空をホバリングしている。

 その高さから、荷物を落とすと同時に一人の人影が飛び降りた。

 スカイダイビングで一気に降下していくが、手にはワイヤーケーブルを握っている。

 そのケーブルはカーボンナノチューブでできており、宇宙エレベーターの素材になると言われている。実現は程遠いが、月民はその夢を諦めてはいない。

 人影は地上が近くなるとケーブルを手から離しパラシュートを開く。

 地上到達まで一〇分もかからなかった。

 荷物の方にも自立誘導装置がついており、地上が近くなったところでパラシュートを開く。

 ネイトを中心として一〇〇メートル圏内に落下。

「ネイト様~っ!」

 ネイトは聞き覚えのある声に顔を上げた。

 降下してきた人影は、カナタのドール・エリカだった。

「……エリカ?」

「話は後です。一刻を争いますので」

 エリカは投下された荷物を開け、一着の防護服を引っ張りだす。

 手際よくネイトに着せると。一緒に持って降りたワイヤーを巻き付け始めた。

 防護服にはところどころ、ワイヤーを通す輪がつけられている。

「ア…アリアを……」

 ネイトは動かなくなったアリアに手を伸ばそうとする。

「わかってますよ」

 エリカはそういうとワイヤーを今度はアリアに巻き付け始める。

 アリアはネイト違って直に縛るような感じだ。それがとても痛々しく、見ているだけで辛かった。

 玉掛けが終わると、エリカはワイヤーを自身にも巻き付け、身に着けているパラシュート用のベルトに先端をドッキングさせた。

 それが合図になったのか、ワイヤーが引っ張られ始める。

 もし途中で切れたら一貫の終わりだろう。

「このワイヤー、大丈夫なの?」

 防護服を着ている状態で風を切る音も凄いが、エリカには聞こえるようだ。

「さあ~? ぶっつけ本番ですからね~。でも、宇宙エレベーターに使う素材だという事なので大丈夫なんじゃないですか? 月の技術を信じましょう」

 ワイヤーが凄いスピードで巻き取られていく。中盤の早い時で時速一〇〇キロを超えていた。

 宇宙船に近づくにつれ当然減速していくが、二〇分程で、宇宙船の中に入り船底を閉める。

 エリカはケーブルとのドッキングを解除し、アリアとネイトをケーブルから解いた。

 宇宙船の内部は縦の二層構造になっている。

 天井にある穴が開き、上層にいるセバスチャンが顔を見せ手を差し伸べる。

 エリカはネイトを担ぐとセバスチャンに渡した。

 ネイトがふらふらしながら上層に入ると、中には重力でへばっているカナタとマリーがいた。二人は地球の風景を楽しむ余裕はなく苦しそうだ。

 ネイトも疲れ切っており、再会の挨拶を交わす余裕もない。

 カナタは苦しみながらも、宇宙船に搭載されたカメラから地球の映像を眺めていた。

 宇宙船のコンピューターが『何か』を感知し、その対象にカメラを向ける。

 二足歩行の砲台が砲塔をこちらに向けて佇んでいた。

 カナタは知る由もないが、ネイトを狙撃した機体よりも、さらに大きい。

「ダッカー?」

 思わずゲームに出てくる二足歩行砲台の名前を口ずさむ。

 撃ってくることはなかったが、用が済んだらとっとと帰れと言っているようだった。

「搬入終わりっ♪」

 エリカが壊れたアリアを引っ張りあげ、上層に持ち込む。

 その言葉が合図だったのか、上層と下層を繋ぐ穴が塞がった。

「下層モジュール分離」

 セバスチャンが宇宙船を操作し、不要になった下層モジュールを軽量化のため切り離す。その中にはネイトを吊り上げるのに使った膨大な巻き取られたワイヤーも入っていた。宇宙船の大きさはこのワイヤーのせいでもある。

 上層モジュールの燃料が点火され、ジェット噴射を行い、宇宙船は再び大気圏へと突入した。

 宇宙船が、宇宙空間に出て、月との距離が残り半分といったところで、ダッカーが弾を放った。

 電磁加速砲レールガンによって発射された弾は大気圏を突破し、月の地表まで届く、回収された弾にメッセージのようなものは入っていなかったが、月政府は地球からの警告として受け取った。

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