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臆病者シリーズ

臆病な私は愛する貴方に別れを告げる

作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)




 ※※ 男性視点 ※※



「婚約を解消するってどういうことだ!

私とは結婚しないということか?」


取り継ぎの侍女を押しやり私は婚約者の部屋へ飛び込んだ。


窓辺に佇んでいた婚約者は静かに、だがはっきりと言う。


「その通りです」


小さく控えめだがよく通るその声は五年前、婚約者と出会ってからずっと私が好きなものだ。


だが紡がれた言葉に私は狼狽えた。


「何故だ!……どうして?結婚式まであとひと月だ。

お互い楽しみにしていたはずだろう?なのに何故そんな。

……何かあったのか?理由を教えてくれ」


「昨日はどちらへ?」


「昨日……?昨日は…………」


背中に冷たいものを感じる。

婚約者は悲しそうに微笑んだ。


「隠さないで結構ですよ。知っています。

……彼女と会っていた。そうですよね?」


「……それは………そうだが。だが彼女とは何もない!

ただ、彼女が最後に思い出をくれと言うから。

その願いさえ叶えてくれたらもう私にまとわりつかないし君に酷いことは言わないと言うから。

会っただけだ。

会ってお茶を飲んだだけ。ただ、それだけなんだ」


「私には仕事だと言われましたね」


「……すまない。だが君が知れば傷つくと思って。

良かれと思って、君には告げなかったんだ。

だが本当に。彼女の屋敷でお茶を飲んだだけ。侍女も一緒だった。

二人きりになってもいない。

君に顔向けできないようなことは何一つしてはいない」


必死に弁解をする。

だが婚約者の言葉は信じられないものだった。


「お茶を飲んだ。それで十分です。婚約は解消し、別れましょう」


何を言われたのかわからなかった。


「――なんだって?」


「私はもう貴方と一生を共にする自信がないのです。

結婚は白紙にしてください」


「お茶を飲んだ。本当に、ただそれだけなんだよ?」


目の前には愛しい私の婚約者の女性。

だが私は……何か別のものを見ているような気がした。


頭を左右に振る。


「何故だ。何故そんなことを言う。

確かに《仕事だ》と嘘をついたのは悪かった。

だが君を思ってしたことだ。

……私を信じてはくれないのか?彼女との仲を疑うのか?」


「いいえ。貴方と彼女との仲を疑っているわけでもありません。

ですが私はもう貴方を信じ続ける自信がないのです」


彼女はゆっくり目を伏せた。


「たとえ私のためを思ってのことでも貴方は私に嘘をついた。

貴方の言葉を信じていた私には、どう言い繕われてもただの裏切り行為です」


「君を思ってしたんだ。私の気持ちは考えてくれないのか?」


「一度、裏切られたのです。

私はもう貴方を信じきることはできない。貴方を疑います」


「君を愛しているんだ」


「……愛を囁かれても………疑っている私がいます。

嘘ではないか。きっと嘘だ、また嘘をつかれたのだ、と。

それではどちらも不幸です。

今、ここでお別れした方がお互いのためですわ」


「たったひとつの。小さな嘘だ。しかも君を思ってついた嘘。なのに。

そんな……。君は……私を愛してはいないのか?」


「愛していますよ。だからです。

私の心は脆いのです。

愛する人を疑い続ければいつか心が壊れてしまう。

貴方を憎むようになるかもしれません。そうなる前にお別れを」


「何を言っているのかわかっているのか?

私との婚約を解消するなんて。君はこれからどうするつもりだ」


「何の間違いか、隣国から結婚の申し込みがきておりました。

ふふ。おかしいですよね。ひと月後、結婚する予定だった私にです。

お父様がお断りすると言われておりましたが。

――お会いしてみようと思います。

いいお話ですもの。

この国にいれば貴方をどこかでお見かけするでしょう。

隣国ならばもう貴方を見ずに済む。辛い思いをせずに済みますから」


「私はどうなる!私は君を愛して、君と結婚すると決めたのに」


「申し訳ありません。私のことはお忘れください」


愕然とした。


「君は………本当に……それでいいのか………?」


「はい。一度裏切られた方を信じる努力をするより、

初めて会う方を信じてみる方が明るい希望が持てますから」


「―――」


「ひどく傷つきたくないのです。

何度もお伝えしたでしょう?――私、とても臆病なのです」


私は婚約者の部屋を飛び出した。



 ※※※ 女性視点 ※※※



愛する方に自ら永遠の別れを告げるだなんて私は何をしているのでしょう。


涙が止まりません。

貴方が遠くなるごとに心が軋みます。


今すぐ貴方を呼び止め追いかけて貴方の腕の中に戻りたい。


ですが私は―――戻りません。

そう決めたのです。



彼女のことは何度も貴方にお願いしました。


彼女に期待を抱かせる態度を取らないで欲しいと。


でも貴方はいつも曖昧に笑うだけ。


そして最後は

「うるさいな。君が堂々としてれば済む話じゃないか」



昨日のことも何度も聞きました。


本当に仕事なのですかと。

……昨日は貴方のご親戚方との顔合わせの日でしたから。

一人での参加は心細かったのです。


でも貴方は「一人で平気だろう」と笑いました。


そして最後は

「君の顔合わせだ。私には関係ない」



それだけで。

ただそれだけで、脆い私の心は既に軋みはじめています。


ごめんなさい、貴方。


臆病な私は一生、貴方の言葉を聞く勇気がないのです。



氷のように冷えてしまった愛よりも

まだ見ぬ人を思う心の方が温かいのです―――




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