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果ての楽園  作者: RainbowWhale
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忌ミ子旅立ち編②

丘での美しく悲しい別れの後、2人は旅立った。


ノルンはいつもイリアを気遣い旅を続けた。弱りきった体で自ら歩みを続けるのは難しく、抱かれたまましばらくすると休息と食事を取る。その繰り返しで、歩みは非常にゆっくりなものだった。

夜は日が沈み始める前には寝床を確保し、食物をする。日が沈みきる頃には眠りにつく。イリアの小さな体には抱かれたままの旅路でも疲労は溜まり、瞼を重くさせた。

しばらくすると、少しづつイリアの体は血色を取り戻し、食事の内容も重湯のような粥から段々と形を持ちはじめ、量自体も当初の倍近くになっていた。

ノルンは朝と寝る前にはイリアには少し難しい話を噛み砕いて聞かせてくれた。

世界の始まりから神々の時代の話しを苦い顔で聞き、歩みの途中途中では木々や草花、生き物の話しを聞いた。

食前には感謝祈りを欠かさず、日の出と日の入りにも感謝を捧げた。

自分で食器を持てる様になると作法も教えられたが、イリアは全く気にする様子はなく思うように食事をする。ノルンがそれを咎めることも無く柔らかな目で見つめているのだった。


「よく食べるようになった、良い事だ」


ノルンは髭を蓄えた口元を緩やかに綻ばせた。


「もうすぐ村がある、その前に髪を染めなければならないな」


赤い髪は目立つ、ノルンの白髪も森には栄えるがイリアの赤毛はそれだけでは無い。人里に降りる前には何とかしなければならない問題だった。ローブを深く被っていても安全ではないのだから。ノルンが傍に居ても、厄介事に巻き込まれないに越したことは無かった。


「そうだな、ラッカロの実で染めれば茶色に近くはなるか…」


2人の会話はいつも一方通行だ。話しを聞かせる時も、祈りの時も、イリアはほとんど言葉を発しない。ノルンもその事は理解しているし無理に返答を求めることは無い。表情や仕草から思っている事や言いたい事を察している。

林道を少し外れると川があった。

川辺まで降りるとノルンはラッカロの実を集めるとすり潰し、イリアの髪に塗っていく。綺麗な赤毛はみるみるうちに焦げ茶色に染まっていく。

川の水は冷たく頭を流すと、ひゃっ、と小さな声が漏れ出てくる。

流し終わると水面に映る自分の髪が赤から焦げ茶色になっている事にイリアは素直に驚いた。


旅が始まり幾度の朝日を見たのかも分からないが、幼いイリアの日常が自ずと定着していったある日、林道の先に村が見えた。


この辺りでは名前の無い村に様々な理由を抱えた人々が寄り集まって生活いていることは決して珍しいことでは無かった。この村も同じような物だ。

村の入り口には短剣を携えた男が1人。


「すまないが、村で少し休ませてもらうことは出来ないだろうか?」


男は怪訝そうな表情をしたが、冒険者や旅人が村に立ち寄ることはよくある事だった。幼子を抱きかかえるノルンを詮索することは無く男は村に招き入れてくれた。


「悪いが長居をするのは辞めてくれ」


そう言って泊まることの出来る家まで男は案内してくれた。

長居を嫌がるのは冒険者や旅人を警戒しているだけの理由ではなく、冬が近づくこの時期に金を貰っても余所者に食糧を分ける余裕はあまり無い。こう言った小さな村は自分たちの力だけで食糧を確保する他、行商人から買い付けたり、近くの街まで買い出しに行ったりと非常に金と労力を要するのだ。


「大変な時期にすまない」


「村長には伝えておく。ここはメリダさんの家だ、あまり迷惑をかけないでくれよ」


男はそういうと目の前の民家の戸を叩いた。

戸が開かれると中からふくよかなそれなりの年齢婦人が顔を覗かせた。柔らかな表情の人だとイリアは思ったが咄嗟にフードを掴み深く潜り込んだ。


「どうしたんだい?」


「旅人を泊めてやって欲しいん…」


男が言いかけたところでメリダは何かに気づいたようにハッと表情を強ばらせると家から飛び出しローブに潜り込むイリアを奪い取る様に抱きしめた。


「なんて可哀想な子!アンタこの子の父親かい!!」


フードを掴む為にローブから覗かせたやせ細り骨ばった腕と手をメリダは見逃さなかった。一気に怒鳴るとノルンを睨みつけた。


「いゃ…、その子は旅の途中でたまたま出会った子で…」


メリダに睨まれたじろぐノルンはオドオドと口にした。

腕の中で震える幼子とノルンを何度か行ったり来たりさせると、何かに納得したようにため息をついた。とにかく入りな。そう言って招き入れられた家の中はやんわりと暖かく、懐かしい匂いがする。

案内の男に礼を言うとノルンがついて入ってきた。


「坊やはここに座っているんだよ、すぐに暖かいお風呂を準備するからね」


「荷物は適当に置いてもらって構わないからね」


「お世話になります」


随分と声色の違うメリダはノルンに見向きもせず家の奥で支度を始めた。

手伝います、とノルンも奥へ姿を消した。


「アンタ、あの子は訳ありかい?」


「立ち寄った村の教会に倒れていたのを保護しました」


「親は?」


「もう…」


「そうかい…。余程酷い目にあったんだろうね。あんなに震えて可哀想に」


重たくため息を1つつくと、風呂の準備をノルンに任せメリダはイリアの元に戻って行った。その後は暖かいスープを少し飲んだあとメリダがイリアをお風呂に入れてくれた。

メリダはよく気の回る優しい人だった。一言も喋らないイリアに嫌な顔ひとつせずに接してくれていたし、1つ1つの接し方や言葉遣いから労りの気持ちが伝わってきた。

記憶は朧気だが、母親の生きていた頃はこんな事もあったのかもしれない。そんなことを思わせるメリダはきっと特別な存在ではなく誰しもが持ち合わせ、接してきた母親という物なのだろう。

心も体も満たされ解れた緊張が深い深い眠りを連れてやってくるのにさほどの時間もかからず、年相応の時間になると重たい瞼が光を遮り眠りについた。


ベッドに横たわる小さな体を眺め、汚れを落としサラサラになった焦げ茶色の髪にスルりとノルンの大きな手が掻き分けた。


「アンタ、ノルンとか言ったね」


振り向くと、湯気の立つマグカップを持ったメリダが立っていた。


「メリダさん、ありがとうございました」


「わたしゃ良いさ。今は独りだしね。それよりアンタ、何者だい?」


ダイニングでテーブルを挟んで座る2人の雰囲気はさながら尋問じみていた。

さして歳も変わらないであろう、皺もあり柔らかな物腰や事柄を俯瞰し探りを入れて、状況を正しく把握しようとする正に出来た大人だ。


「私自身はただの旅人です。あの子は…」


「忌み子だね」


アンタのことはどうでもいい。まるでそう言いたいかのように素早く言葉を遮るメリダの表情は変わらない。それでもノルンの眼光は幾分か鋭くなったと思う。


「その言葉をイリアに向けないで頂きたい」


ノルンの低い声がさらに低く鋭い刃物の様に唇をきる。

眼前のメリダはたじろぐ楊子もなく表情1つ変えずマグカップから湯気を立てるミルクを口に含んだ。


「あの怯え方、目の色、染められた髪、忌み子でなくて何だって言うんだい?」


「おやめいただきたい!イリアが、あの子の母親がどんな状態で…」


「忌み子は忌み子だろ?神々の時代が終わり混沌から抜け出し大帝の時代、全ての種族を支えてきた悪神の伝説。その結果があの子、世界から疎まれ世界を支えてきた忌み子と言う存在さ。その事実を否定してひた隠しにする事でアンタ自身が忌み子だと言う事を認めているんだよ」


「…っ」


「可哀想だと思うし同情もするがね、私にとっちゃどうでもいい話しさ。忌み子だろうが何だろうが、あの子が逆境の中で自らの意志で立って歩けるようになってくれればね」


「それがどれ程に難しい事か…」


「分かっているつもりさ、私だって伊達に歳はとっちゃいないよ。アンタがあの子を忌み子としてでは無く一人の子どもとして、1人で立って歩けるように育てる覚悟があるのかどうか、それが知りたいのさ」


「アンタは拾っただけだ責任を背負う必要も無い、私が引き取っても良いとさえ思ってるよ」


奥歯をグッと噛み締める事しか出来ず、言葉が出ない。メリダの言っていることは概ね正しい。忌み子の伝承は邪神を悪とする事で世界の崩壊を防ぎ、今に至るまでの繁栄を支えてきた。淘汰される存在がある事は残る種族にとってまとまりを生み、優劣を付け自分は優であると思い、そして全てを何かのせいにして生きていける。

そもそも、神々に善悪は存在しない。神々の行いは常に善でも悪でもない。その次元で物事を考えては居ないからだ。そんな存在を善伸悪神と振り分けるのは人々のエゴでしかない。ならばイリアとは何なのか、その答えは1つしかない。


「子どもでも忌み子…」


ノルンは頭を抱えた。イリアを忌み子として恐れていた訳でも特別視していた訳でもない。ただ、忌み子と言う存在として認識し守り隠そうとしていた。その幼い子どもが如何に自分自身の人生を生きていくかではなく、如何に隠れ生きていけるのか、ノルン自身が無意識にそう思っていたのだった。邪神の伝説の姿に酷似する赤眼と赤毛をもつ一人の子どもとしてイリアを認識し背負う宿命を鑑みた時、為すべきことと為せることは少ない。

ノルンは手を差し伸べた。その先をどうするのか、それは大きな問題だった。


「アンタがすべき事が理解出来たのなら、二つに一つだと思うがね」


分かったならもう寝な。そう言ってメリダは自室に戻って行った。


ロウソクの灯りが揺らめき、大きすぎるベッドで少しゴワついた毛布に包まるイリアを薄らと照らす。ゆっくりとベッドに歩み寄る。寝返りをうち、はだける毛布からあらわになる小さな手。ノルンは膝をつき小さな手を見つめ握りしめた。

メリダは決して悪意がある訳ではなく、正しく認識し決断するように促しただけ。お前はこの子をどうするのか、どうしたいのか。出会ってからそう長くは共にしていない、情の移ってしまう前の今だからこそ突きつけられ、悩み考えられる現実。

ただ、子どもを連れて旅をしながら育てるのとは違う。いずれ庇護下から離れるであろうイリアと共に生きるとは難しく壁も強固な物となる。その先の先を見据えた時に、今何をするべきなのか。イリアを抱き上げ、イリアの母親を埋葬した時に覚悟していた決意がゆらりゆらりと揺らいでいく。

深く考えないでいた現実を突きつけられる辺りメリダから見ればノルンもまだまだ若輩者と言う事だった。


答えを見出すのに夜は短い。ノルンが決意したのは窓から陽光が射し入る頃になってからだった。




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