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7 救出のための帰国

ミラの嗜虐的な処刑を見たくはなかったが、それでも私は彼女の最期をしっかりと見届けたかった。だからマールに無理を言ってこっそりと民衆に隠れて見送ったのだが、今ではそれすらも失敗だっと歯噛みする。


憤激に身を焼きながら私は大股にレディアント城に向かっていた。


「殿下!どこへ?!」


ミラの最期に立ち会ったら、その足で故国に帰ると宣言していた私が真逆に足を運んだことに怪訝そうにマールは追い掛けてきた。


「王妃に会う」


「身体だけ馬鹿女令嬢に?!」


マールの言葉に私はくしゃりと顔を歪めた。


ミラを捕えた卒業記念舞踏会は狩猟月の末日に行われた。それからおよそひと月半もの間、ミラは牢獄に囚われていた。何度も面会を申し込んだが、内政干渉を盾にされて私は一度も愛しいミラに会わせては貰えなかった。

父にも姉にも頼んだが、やはり内政干渉の一点張り、馬鹿の一つ覚えを翳して大国アヌシーズ神皇国からの書状をマハロ殿下は投げ捨てたという。


そして国王陛下亡きあと、王妃を無理矢理に引退させてマハロ殿下が即位した。

それにともないバーナリー男爵令嬢が正妃としてレディアント王国の王妃となった。


いまやマハロ陛下のいいなりに動くご都合主義王国が出来上がりつつあった。それだけに民衆の不満も募り、穏やかな治世をひいてきた前国王陛下を弑したとされるミラに憎しみが向かったのだ。


彼女が捕えられると同時にフレジエ侯爵卿までもが贈賄疑惑と横領疑惑によって捕えられた。


民からの税をくすね、私腹を肥やし、財務大臣の座を得るために必要箇所に大金をばら蒔いた、という馬鹿馬鹿しいが反論するには難しい罪を捏造されたのだ。


私が救おうとフレジエ侯爵家の書類を調べようとしたときには怒り狂った民衆によって屋敷が焼き払われていた。

という話だったが、実際は近衛騎士団が証拠隠滅のために焼いたのではないか、と私は疑っている。


とにかくすべてのことに手早く根回しがされていて、まったく打つ手がなくなっていた。

そうなればアヌシーズ神皇国に戻って対策を練らなければならないと覚悟したが、その前に王妃にだけは会って話をしたいと思っていたのだ。


「前王妃だ」


それだけを告げると私は引き止めるマールを引き摺るようにして城へと向かったのだが、その直後、弔いの鐘が厳かに王都中に鳴り響いた。


「なんだ?」


立ち止まり、訝しげに周囲を窺った私の耳に信じられない現実が聞こえてきた。


「アガサ·レディアント前王妃様ご崩御!」


あまりの無力感に私の意識が暗転した。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ゆったりとした揺れに誘われて私はゆっくりと眼を開けた。固い寝台に薄いブランケット。見覚えのない木目の天井が眼に入って私は視線だけを周囲に這わせた。


「起きられましたか?」


静かに聞いてきたのはマール。

質素な服に、薄汚れたマントを羽織っていた。


「ここ、は…?」


軽い頭痛に眉を顰めながら私は少しずつ身を起こした。


「迎えの船が待てなかったので、その辺の船をチャーターしました。いつもよりは格段に劣りますが、これで勘弁してください。とにかく帰りますよ」


淡々と告げるマールの口調に僅かながら怒りを感じ取った。怒りと、戸惑い、そして憐憫。


「私は…?」


「アガサ王妃の崩御の報せを聞いて倒れられたのです。そのあと暴動が起きましたから、あの国にいては御身が危ないと判断しました。すでに早船を出して帰国する旨は伝えてありますから、もう数日もすればアヌシーズ神皇国の船と合流できるでしょう」


「大伯父は…?」


レディアント王国に残してきてしまった大伯父の身を案じた。暴動が起きたなら、近いうちに民衆にによる反乱も起きるかもしれない。

その前に大伯父を故国に連れ戻さなければ、と鈍い頭で考えた。


「手紙は託しましたが、お会いできておりません。無事であればと願いますがあの人ですからね、下手したらレディアント王国乗っ取り画策しますよ」


乾いた笑いを洩らしながらマールは言って、私の傍に焼いただけの魚となにが入っているのか不明なスープを置いた。


「食べられますか?」


「あぁ、食べないわけにもいくまい」


スープ椀を手に取り、こくりと直接口を付けて一口飲んだ。見た目に反してコクのある液体が染み渡るように胃に落ちていくのがわかる。


「確かに大伯父ならマハロを打ち倒してくれそうだ」


私の果たせなかった復讐を大伯父ならやるだろう、そう思った刹那、私の眼からボロボロと滂沱の涙が流れ出た。


あぁ、やっと泣けたのだ。


それから私はマールにしがみついて、ひたすら喪ったものの大きさを嘆き続けた。


「泣くだけ泣いてください。そうすればきっと新たな道が見えてきます」


私の背中を優しく撫でながら言うマールの言葉は真実だった。



私はミラを救うために新たな扉を開けることになる。

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