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6 卒業記念舞踏会の惨劇 (後半)

「このような残虐なことが為せる女など私はごめんだ!」


ヒステリックに叫ぶマハロ殿下に縋り付くバーナリー男爵令嬢の口が醜く歪んだ。

エスコートしている私を頼ることもなく凛と背筋を伸ばすミラの腰を抱き寄せようとして手を伸ばしたが、それを察したのか、ミラは一歩前に出て、私の手を避けた。


「ミラーシェ⋅フレジエ侯爵令嬢!貴女との婚約は破棄する!」


そして大仰に腕を振ってミラを指差すと、マハロ殿下は鋭く命を下した。


「国王陛下毒殺の疑いでフレジエ侯爵令嬢を捕えよ!」


会場が一気に騒然とし、庇う私から近衛兵がミラを乱暴に奪った。マールが眼を吊り上げて私を護る体勢に入ったが、私は彼を押し退けて床に押し潰されたミラを助けようと近衛兵に掴みかかる。


「アレクサンドル殿下!手出しは無用!これはアヌシーズ神皇国のレディアント王国内政干渉にあたるが、宜しいのですか?!」


マハロ殿下の言葉に近衛兵に後ろ手に縛られたミラが私に目配せをした。

手を出すな、と。

意思強く輝く彼女の瞳が私を押し留め、微かに唇が弧を描く。


「わたくしにはなんのことだか、まったく理解できません」


凛々しくも顎を傲然と上げてミラはマハロ殿下を見据えた。その眼に憎しみなどなく、やはり彼に対する深い愛情を感じさせた。思わず私は歯噛みした。


こんなことになるなら私が彼女を手折ればよかったのだ、とマールの甘言にのらなかった己を恨んだ。


事の発端は卒業記念舞踏会の開会の挨拶だった。


私はアヌシーズ神皇国の皇子としてミラをエスコートしてレディアント王族の誰よりも後に会場に足を踏み入れた。

私の贈ったドレスは見立て通りにミラを美しく飾り立て、誰もがその麗しさに感嘆の吐息を洩らしていた。会場には卒業生だけでなく、その家族までが(つど)っていたので大変な賑わいをみせていた。

国王夫妻までもがミラの優美な気品に魅せられて、己の息子の隣に縋るミラと比べれば貧相な令嬢に落胆したようだった。


私は気分が良かった。

高揚していた。

私の瞳の色である蒼に髪色の銀糸で刺繍を施したドレスを纏った高貴なミラを自慢したくて仕方なかった。


彼女はマハロ殿下のものではなく、アヌシーズ神皇国の皇子アレクサンドルのものなのだと無意識のうちに無言で叫んでいたのかもしれない。


ミラのさすがの美しさにマハロ殿下は眼を瞪ったが、すぐに憎々しげに睨むと、ワイングラスを持って高く掲げた。


「今宵はレディアント王立高等学院の最終学年である私の卒業も兼ねているので、特別なワインを用意した」


よくあの成績で卒業できましたよね、と小声で囁くマールが顔だけはにこやかにグラスを私とミラに手渡してきた。そして微かに口を歪めて毒味済みです、と呟いた。


「みな、楽しんで貰いたい!」


マハロ殿下の言葉に呼応して、生徒たちから歓喜の声がそこここで上がる。


「我が父でもあるレディアントの誇る国王陛下からお言葉を賜ろう!」


それを切っ掛けに国王陛下がグラスを持って一歩前に出てきた。

さすがの威厳を放って胸を張ると、国王陛下は静かだが、よく通る声で挨拶をした。


「それぞれが努力した結果、こうして卒業の善き日を迎えられたと思う。私から最大の祝意を贈る。素晴らしい夜に乾杯!」


国王陛下は品のある仕草でグラスを呷ると、それに追従するように一斉に会場のものたちもワインを飲み干した。


「実に旨い!」


誰かがそう声を上げたとき、国王陛下が呻きとともに崩折れた。手にしていたグラスが落ちて派手な音を響かせて砕け散る。

王妃が喉の奥でヒッと悲鳴を上げて夫に駆け寄るが、愕然とした表情をすぐに浮かべたことから、国王陛下の命が尽きたのだと察せられた。


あまりにも早すぎる死に私は違和感を覚えた。


するとマハロ殿下の眼前にひとりの騎士が走ってきて、真っ直ぐにミラを指差して言ったのだ。


「フレジエ侯爵令嬢が陛下のグラスに毒を入れたのを私は見ました!」


会場が耳に痛いほど静まり返った。

静寂が及ぼす圧力に私は負けじとミラを背後に庇うと、騎士を睨み付けた。

視線だけで射殺せますよ、とマールに注意される睨みに確実な殺気を練り込めてやる。


「フレジエ侯爵令嬢は侯爵家から今の今まで私とともにあった。毒を入れるときなどない!」


「いえ!フレジエ侯爵令嬢付きの侍女が入れたのです!」


そこへ彼女の侍女が縛られた状態で引っ張り出された。床に乱暴に転がされた侍女は虚ろな瞳を壇上にいるマハロ殿下に向けていた。


「そこのもの!詳しく説明せよ!」


「わたくしはミラーシェお嬢様の侍女でございます。本日、お嬢様から小瓶を渡され、陛下のグラスに塗るように申し付けられました。ワインがさらに美味しくなるのだと、特別な香辛料なのだと言われ、わたくしは疑問も持つことなく言われた通りに塗りました」


「なにを言っているの?!モネ!」


驚愕に声を荒げたミラの様子から確かに彼女の侍女なのだと私は確信した。


「なぜ陛下を弑した?!」


マハロ殿下が憎しみをたっぷりと込めた視線をミラに飛ばした。私は彼女を庇うために一歩前に進む。


「フレジエ侯爵令嬢ではない!」


「しかし証人がありますよ、アレクサンドル殿下」


にやりと笑むマハロ殿下の態度に私はすでに物語が作られていたのだと、このときはじめて理解した。


助けようにも手立てがない。


そして罪のないミラは婚約破棄された挙げ句に国王陛下殺害容疑で囚われの身とならざるを得なかった。


「必ず助ける!」


そう彼女の背中に声を掛けたが、ミラは振り向きもせずに堂々とした態度で連行されていった。


そして雪狼月14日14時28分、私がこの人生ではじめて愛したミラーシェ⋅フレジエ侯爵令嬢は身分を剥奪された上で、濡れ衣を着せられたフレジエ侯爵夫妻と並んで首を落とされたのだった。




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