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4 卒業記念舞踏会のパートナー

廊下にでかでかと貼り出された成績表を前に私は溜め息を溢していた。


「さすがは私のアレク殿下でございますね!」


媚を過分に含んで嫌らしく褒めたのは私の横に立つマール。


「学年首位を取られたのに浮かない顔ですね?」


首を捻るマールは私に次ぐ2番。

そして3番にミラの名前があった。


「レディアント王国の王族とその側近が上位を占めなければならないものを他国の人間に首席だけでなく次席まで譲るようではこの国も危ないな、と懸念するよ」


「それは確かに!」


乾いた笑いを漏らしたマールの横にミラがそっと寄ってきた。


「おめでとうございます、アレク殿下」


「ミラか、貴女も頑張ったようだな」


恋しい声にすかさず反応して私は憂い顔を崩した。きっと情けないほどに蕩けてしまっているだろう、と思うと羞恥に頬が染まる。


「わたくしは時間がございますから」


マハロ殿下からの拒絶が日々酷くなるばかりで、とうとうミラは王太子妃教育まで中止の憂き目にあっていた。そのおかげで私との時間が多くなり、ともに勉強しているうちに今回のテストでは大きく飛躍したのだ。


相変わらずバーナリー男爵令嬢の奇行は続いているが、私の存在がミラの平穏な時間を守っているので、嫌がらせをしているという根も葉もない噂は消えつつあったが、代わりにマハロ殿下から私に乗り換えたのでは、という有難い憶測が飛び交うようになっていた。

それならそれで構わない、と私は思っていた。

ミラを連れてアヌシーズ神皇国に帰り、公爵位を父からもぎ取ってやろうと考えているくらいだ。


「まぁ、これで私も華々しく皇国に凱旋帰国が叶う」


僅かに胸を張って自慢すれば、ミラは小さく微笑んで宜しかったですね、と褒めてくれた。

ほんわりと私の胸が熱く滾る。


ミラと友人になってからすでに一年が過ぎようとしていた。

その間、彼女に掛けられた嫌疑は数多くあれど、すべて私の証言により事なきを得てきた。


今ではお互いに相思相愛の友ではあるが、彼女の心は変わることなくマハロ殿下にあった。

マールにはそれが口惜しくてならないらしく、私を焚き付けてはミラを奪うように囁くが、彼女の気持ちが私に向かない限りは動くつもりは毛頭なかった。


「マハロ殿下は…?」


躊躇いがちに呟くミラの視線は成績表の真ん中ほどにあったが、私はその視線を指で差すことでマハロ殿下の名前まで誘導した。


「まぁ…!」


彼女が呆れた声を上げるのも仕方がない。

常に上位にあったはずのレディアント王国の王太子の名は下から数えた方が早い位置にあったのだから。


しかも足並みを揃えるように彼の側近たちの名前までマハロ殿下に付き従っている。

もちろんバーナリー男爵令嬢も、だ。


「正直、レディアント王国の先を不安視する」


低く呟けば、ミラも深く頷いた。


そこへゾロゾロと見目麗しい男を従えたバーナリー男爵令嬢がやってきた。そして自分の名前を指差して、ひょこんと一度可愛らしく跳ねた。


「マハロ様ぁ、見てください!私、頑張りましたぁ!」


マールがその台詞に力が抜けたように膝を折った。その大袈裟な仕草に私の口がふわりと弛んだ。


「偉いな、キャロル!」


マハロ殿下がバーナリー男爵令嬢の頭を愛おしげに撫でて褒めれば、周囲を固めた側近たちからも賛辞が雨霰と降ってきた。


「己の成績を鑑みよ…」


ほとんど唇を動かさずに囁いたマールの言葉に私は堪えきれずにプッと吹き出してしまった。私の隣では困った様子のミラが頬を緩めて私を見上げていた。

私が洩らした笑いを嘲笑と捉えたマハロ殿下が険しく眉間に皺を寄せた。


「これはこれはアレクサンドル殿下」


ちらりと首位に書かれた私の名を確認すると、彼は薄く口を歪めた。


「多くの時間を図書館で費やせば、さすがの首位でございますか」


「留学に来たのだから学ぶことこそ本来の目的。最後のテストで有終の美を飾れたことは喜ばしいと思っているよ」


万年首席の私が言えば相当な嫌味だ。

苛立ちを隠すためなのか、マハロ殿下はふいに顔を背けた。


「マハロ様はぁ、すごいですぅ!私よりもたくさん順位が上ですもん!」


マハロ殿下の袖をきゅっと掴んだバーナリー男爵令嬢が口を尖らせて私に目配せをした。媚を含んだ翡翠の瞳が気味悪くキラリと光る。


「アレクサンドル殿下には負けるよ」


バーナリー男爵令嬢の腰を抱き寄せたマハロ殿下が顔を蕩けさせて彼女の耳元に口をやった。負けるとかの次元を越えてますけど…と不満も露にマールが口のなかで文句を溢したので、私は一応はジロリと視線を向けて無駄口を閉ざすように無言で促した。


嫌らしくもバーナリー男爵令嬢を首にぶら下げたマハロ殿下は鋭くミラを睨み付けると、


「私はいかに優秀といえど人の気持ちを忘れた女性とは踊れない」


と唐突に宣言した。

あまりにも突然すぎて、言われたミラだけでなく私までが唖然としてしまった。


「だから私はミラをエスコートして卒業記念舞踏会には行かない」


「マハロ様はぁ、私をエスコートしてくださるんですぅ」


「は?」


私の口から呆れて空気が漏れた。

すぐ後ろに立つマールの手が肩に置かれるのがわかって、殺気を駄々漏れさせていたことに気付く。


「ミラは独りで参加するといい」


冷たく言い捨てたマハロ殿下の言葉に私は一歩足を前に出していた。私の背後でマールが小さくガッツポーズを決めたのが気配でわかって秘かに恥ずかしくなるが、表面上はにこやかにマハロ殿下に笑い掛ける。


「ではマハロ殿下、私がフレジエ侯爵令嬢をエスコートしてもいいだろうか?」


突如の予想外だったらしい申し出にマハロ殿下は瞠目した。その間抜け面が可笑しくて私はふわりと笑みを深くした。


「な、ミラ、を?!」


「殿下がそこのバーナリー男爵令嬢をパートナーとするならフレジエ侯爵令嬢はフリーだろう?ならば私がエスコートすることに問題はないはずだ。もっとも婚約者である殿下の許可さえあれば、だが」


遠巻きに生徒が集まりはじめていた。

ここで言質を取れば、私がミラをエスコートしていっても悪意ある噂は立ちにくい。

周囲のざわめきなど気にする様子もない私に焦れたようにマハロ殿下が頷いた。


「アレクサンドル殿下が望むのであれば、私に否やはございません」


「それはよかった!ではさっそくフレジエ侯爵令嬢に申し込むとしよう」


私は破顔して、横に立つミラの手を取って跪いた。


「ミラーシェ⋅フレジエ侯爵令嬢、卒業記念舞踏会のパートナーに私を選んではくれないか?」


頬を紅潮させたミラの視線がマハロ殿下に注がれたあと、諦めたようにひとつ吐息を溢してから小さく頷いた。


「宜しくお願い致します、アレクサンドル殿下」


私は彼女の手を離さないまま立ち上がると、大きく微笑んだ。


「ではドレスを贈らせてほしい。着てくれるだろうか?」


「光栄にございます」


躊躇いがちに囁くミラを抱き寄せたいのを必死で我慢して、私は彼女の手を引いてその場を去った。

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