5階 電脳功夫達人ライトニングサンダー(1)
ーー『独白』っちゅうモンは主人公と、精々悪の親玉に齎される特権や。
さぁて、何から話そかな。
......物語を読もうて時に、人は何処から読むやろか?大抵はいっちゃん最初っからやろなぁ。
けど、稀に結末から読んだるで〜なんて捻くれ坊主もおる訳や。
そういうんは『ネタバレ』なんて表白されて、忌避されがちな訳やけど...。
敢えてボクの目の前で哀れに震える、捨てられた仔犬みたいな少年の最期をネタバレさせて貰うと、彼は、ボクらの世界をみぃんな壊してデリートして、自分も一緒に消えてまうんや。
どう?びっくりしたやろ?
いやまあそこは追々にさせてもろて、今はボクの眇眇な身の上噺を此度の枕に据えると致しましょ。
永い旅路ももう直ぐ終い、最期まであんじょう宜しゅうお頼み申します。
『生まれは嵯峨の奥の奥、きざはし登った隱れ里。幼少の砌より市井の扶けと成らんべく陰陽五行を修めて参りました、ナチュラルボーンのスーパーヒーロー陰陽師☆化野とはボクの事。』
センスの欠片もあらへん、これがボクの口上やった。
そう、“やった”や。
ボクが主人公で大活躍する筈やった世界は完成する前におじゃんになってしもたんよ。
急にそれまで洒脱に生きて来とった世界がボロボロに崩れて、残ったんはボクと、相棒君とヒロインちゃんだけになってもうた。
真っ暗闇に放り出されて、崩れた世界の残骸を俯瞰して見て、初めてボクらは自分が何者やったんかを理解した。
ボクらと同じ境遇の子ぉらが寄り集まってできた塵溜めで暮らす様になっても、ボクらは3人いっつも一緒やった。けったいなエレベーターに乗るまでは〜やけど。
何の気無しに乗って、降りた先は霧烟る黒い森やった。
お手手繋いで歩き回って、やっと辿り着いた村は神父が犯す殺人の7日間を延々と繰り返して。
そんな中、相棒君がエレベーターを見つけた。
臆病で小狡くてでも愛嬌のある鼠男やった彼は、事もあろうにヒロインちゃんを連れて2人だけで乗って逃げよった。
そん時のボクの顔はさぞ滑稽やったやろなぁ。
何せ一緒に戦うてきた掛替えない仲間に裏切られてしもたんやから。
でも、あの子ぉらもきっと怖かった筈やから、憎みきる事は出来んかった。
ただただ、独りになるんが恐しゅうてかなわんかった。
置いていかれたボクは、住めば都て自分を宥め賺して名前も棄てて村長に成り代わって、拭えへん異物感に苛まれながら顕れる保証も無いエレベーターを虎視眈々と待ち続けとったっちゅう訳や。
長々と偉うすんまへん。
御静聴どうもおおきにさんでした。
......ちゅうんをライ君にも懇切丁寧に話したった訳やけど、ちゃんと聴こえとったんかどうなんか。
ボクの花のかんばせをブン殴ってからはずっとブツブツ言うてフラフラそこらを徘徊しとる。
ショックが大きかったんやろなぁ。1mmくらいはボクのせいやし、ちょこっと責任感じてまうわ。
ーー
ここに来て、一体どれくらい経った?
エレベーターを降りて先、狂人は妄言を延々と垂れ流し付き纏ってくる。
鼻っ柱に一発くれてやったら静かにはなったが。
イカレ野郎に構ってる暇は無い。
俺がすべき事は、いや、現状それしかできる事が浮かばないとも言うが、エレベーターを探し出しもう一度リィ達3人の居るあの村へ辿り着く事だ。
酔っ払いの小競り合いを避けて夜市通りを水路の方へ。
人通りの減った裏路地は吐瀉物と生ゴミと饅頭を蒸す匂いが混ざり合って、胃が迫り上がる様だ。
遠くの方で一際大きな怒号が上がった。
矢庭に、器用に人波を縫って現れたのは俺とそう年の変わらない少年。
裾に稲妻の刺繍を施した紺色の長袍を纏い、自身を追う柄の悪いチンピラ達を挑発しながら駆け抜ける。
「へっ!ボンクラ共が!」
すれ違う刹那、ふと少年と視線が合った。
俺と同じ青い瞳。相手も俺を見て目を剥くも、直ぐ様片眉を顰めて腰を落とした。
「観念しなボウズ!袋の鼠よォ!!」
如何にも小物、と言う風体の太った親爺が背後にチンピラをずらりと従えて少年を囲む。
「雑ァ魚が!束になろうと所詮モブはモブなんだよ!」
少年が一際低く背を屈めたと思った瞬間チンピラの1人が宙を舞った。
周りと見比べると随分華奢に見える彼は、不遜な笑みを湛えながら鮮やかに次々敵を蹴散らして行く。
死屍累々と伸された手下を前にワナワナと震える
デブ親爺の顔面をついでとばかりに踏みつけて大きく跳んだ少年は、括った茶髪を尻尾の様に靡かせて水路の暗がりに溶けて行った。
「......ま!待ちやがれっ!!」
一瞬の出来事に呆気に取られていたが、直ぐ様俺も水路の柵に脚を掛け飛び降りた。
少年の容姿や声は、他人の空似で片付けるにはあまりに俺にそっくりだったのだ。
捨て置ける問題じゃ無い。
少し行った橋の下、影の端から少年の脚が覗くのが見えた。
此方を向いてまるで待ち受けていた様だ。
尤もバシャバシャ水音を立てながら追っていたのだから俺の存在は丸分かりだったろうが。
「...お前」
「お前、青幇の手のもんか?」
俺が口を開くより先に向こうが無愛想な声色で尋ねる。
「ちげーよ、俺は...」
雲間から月灯りが差し、俺たち2人の姿をぼんやりと水面に浮かばせた。
改めて見るとやはり、少年と俺の顔は複写した様によく似ている。
「俺は、何だよ。青幇じゃねーなら何処のもんだ?新手か?」
「...人に、尋ねる時は先ず自分から名乗れよ。」
「アァ?絡んで来たのはそっちだろーが!...はぁ〜〜...まあ、いい。俺はライですハジメマシテ。...お前、大方俺を油断させる為に変装?整形?でもした刺客だろ?困るんだよな〜そー言うの。」
気づいた時には距離を詰められ、懐に潜り込まれていた。寸での所で拳を躱す。
「モブの割に良い勘してんじゃん。...け、どっ!」
「う、っぐ......!!」
退け反って空いた腹に膝を叩き込まれた。
息が詰まり胃液が込み上げる。そのまま足元を払われて、今度こそ頬に拳を貰った。
盛大に水飛沫を上げ無様に倒れ込む。
「二度とその面見せるな。気持ち悪い。」
吐き捨てる様にそう言うと、俺と同じ名前を名乗った少年は踵を返し去って行ったのだった。
「やぁっと見つけたぁ!......もう、置いて行かんでや.........って臭!ライ君キミ、ドブみたいな臭いすんで。」
そりゃあ、ついさっきまでドブ川に頭から浸かってたんだからドブの臭いもするだろう。
成す術無く一方的に叩きのめされてセンチメンタルになっているのだ、余り刺激しないで欲しい。
「とりあえず...ご休憩できる所に入ろか。」
イヒテはニヤリと笑い、成金趣味で金ピカの財布を摘んで振った。
「性格だけじゃなくて手癖まで悪いとはな。」
「酷いわぁ。これでもいっちゃん悪人っぽそうなおじさんからもろて来たんよ?」
全身ズブ濡れの俺は当然普通のホテルに拒否され、ドヤの様な宿場にすら拒否され、唯一入れたのは所々切れたネオンがギラギラ光る所謂ラブホテルだった。
お湯になったり水になったり不安定なシャワーでも、浴びていると自然と気持ちの整理もついてくる。
俺は、あの少年と対峙した事で此処に来てから感じていた妙な懐かしさの正体を思い出しつつあった。
風呂場を出ると、一体いつの間に調達して来たのかテーブル一杯に積み上げた饅頭をイヒテが1つ投げて寄越す。
「いらね。腹減ってないし。」
「まぁまぁそう言わんと。親愛の印やて。今夜は1つのベッドで夜を過ごすんやさかい、仲良うしようや。」
「お前、ホント気持ち悪い。...お前は床で寝ろよな!」
話したいのは饅頭の事でもベッドの事でも無い。
...これは、開けてはいけないパンドラの匣だと脳の奥で警鐘が響く。
口に出して、あまつさえ肯定でもされようものなら、もう二度とこれまでの俺では居られないと。
それでも、目を背けるな歩みを止めるなと奮い立たせる様な言葉が何処かから沸いて出てくる。
「イヒテ...お前の言ってた事、やっと分かった。ここはゲームとして作られた世界で、俺は...俺たちは、人間じゃない、ただのデータの塊......そうなんだな?」
嘘だ、と言って欲しかった。