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4階 シュヴァルツヴァルトの悪魔(1)





「ほな、下ろすで〜。せーの...」


砂利敷きの教会の前に六角形の木箱をゆっくり下ろす。


反対側を支えていた青年が地面のガタつきを確認すると、人好きのする笑顔を俺に向けた。


「ふぅ。オッケ〜オッケ〜。...いやぁ、ホンマにありがとうなぁ。」


「いや、宿と飯の礼だし、俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。」


「せやかて君も死体運びなんて気分のええもんとちゃうやろし。申し訳無いなぁとは思いつつも...村は、まぁ、見ての通り人手不足やから、堪忍な。」


青年、イヒテは長身を屈めワカメの様な癖毛を掻いた。


そう、俺たちが運んでいた木箱は棺桶だ。




ーー

ショッピングセンターを後にした俺たちが降り立ったのは、霧深い森の中だった。


鬱蒼と茂る針葉樹で昼なお暗く、漂う霧が方向感覚を惑わせる。


どうにかこうにか手探りで歩き回るとやがて小さな村に辿り着いた。

簡素な石垣で森と区切られた村には三角屋根の木組みの家が並び、まるでメルヘンチックな御伽噺のようだ。


通りかかった頭巾の老女に声をかけると、村長の家に通された。


「森で迷わはったとか。お気の毒になぁ。ボクは村長やらしてもろてますイヒテ言います。どうぞ、よろしゅうな。...しっかし、あんさんらえらい時に来てしまいましたなぁ。」


村長と言うには若すぎる、下手をすると十代にも見える糸目で長身痩躯の男だ。

柔和な物腰が逆にどこか胡散臭い。


「麓まで送って差し上げたい所ですけども、霧の所為か馬がみぃんなおかしなってもうて。歩いて行くんは危険やさかい、しばらくウチに泊まっていかはったらええですわ。何のお構いもでけへんけど...丁度お昼時やし話の続きは食堂でしましょか。」


イヒテが俺たちを促して応接室を出ようとすると、慌てた様子の婦人が飛び込んで来た。




婦人が言うには、昨日から姿が見えなかった金貸の主人が書斎で倒れているのが見えたが厳重な鍵がかかっていて入れない、との話だった。


件の家の周りには数人の人集りができており、ひそひそと囁き合っている。


「これで3日連続よ...やっぱり神父様の言う通り...。」


「いやしかし死んで当然の男じゃろうて。」


どうやら相当恨まれていたらしい。


イヒテに続き鍵穴から書斎の中を覗くと、確かに恰幅の良い男が床に臥しているのが見えた。


外から裏手に周り窓から確認すると、鍵穴からは見えない位置に使用人だろう少女が倒れている事がわかり慌てて開けようとするも、この窓もまたショッピングセンターの出入り口の様に取手も鍵も無いはめ殺しだったのだ。


仕方なく蹴破り侵入したが、主人も使用人も既に事切れていた。


机の下にキラリと光る物を見つけ取り上げると、金でできた宝箱だった。

辺りに散らばる宝石と主人の苦悶の表情を見るに、死の間際の凄惨な状況がありありと浮かんでくる。


「お客人にこないなモン見せてしもて、えろうすんませんなぁ。」


「いや...それより、3日連続ってどう言う事なんだ?」


「あぁ、聞こえてしもたんやね。...立話で済むモンでもあらへんから、行きましょか。お連れの子ぉらも待ってはるやろし。」




ーー初めは3日前の出来事だったと。


霧が一段と濃く立ち込める暮れの事。


村の娼婦が何かに怯えるように叫び周り、朝方見つけた時には胸に抱いた息子共々道端で息絶えていたらしい。


2日前には酒場の肥えた店主と獲物を卸しに来ていた猟師が。

店主は見慣れた筈の猟犬に何故か怯え、猟銃で犬を撃ち殺すと厨房に逃げこんだ。


猟師も追って厨房に踏み込んだが、それっきり。中を覗くと、二人共死んでいた。

その時も外は深く霧が立っていた。


そして、霧は昨晩も。


村外れの教会に住む神父はこの二夜の出来事を村の言い伝えである“悪魔の息”伝説だと主張し、信心深い者達はすっかり怯えきっているのだとイヒテは語った。


それが、ここまでの経緯だ。




足元には今運んできた物を含めて6つの棺が並んでいる。

宿泊の礼として申し出た仕事として、つい先程見つかった金貸の主人と丁稚奉公の使用人の遺体を村外れの教会まで運ぶのを手伝ったのだ。


「言い伝え、ね...。こんなに一気に死んだんじゃ恐れて当然かもな。...の割に村の人は他人事っぽかったし、アンタもあんまり信じて無さそうだけど。」


「言い伝えを恐れるんは後ろ暗い所があるっちゅう事の証明になってまうからね。悪魔は堕落した人間を連れて行くんよ。...それに、無闇やたらと怖がっとったら余計な混乱の元になる。」


「その通りだがね、村長、人々は悔い改めねばならんのだよ。...おや、そちらは?」


教会から質素なカソックを纏った老人が現れた。


「神父様。旅のお方です。森で迷わはってんウチに泊まっていかはるんです。」


「左様かね。旅のお方、悪い事は言わんから早めに村を発ちなさい。“悪魔の選定日”を迎え村の者は怯えている。余所者をもてなしている頃おいでは無いのだよ。」


神父の態度に一言物申してやろうかと口を開いたが、イヒテが先んじて前に出た。


「怯えさせとるんは誰ですのん。......神父様、昨日亡くならはった2人を連れて来てます。弔いを。」


「君にも色々と言いたい事は有るがね...ああ、オーティス、強欲の罪を持つ者、煉獄の山を登り贖いなさい。心優しきハンナ、穢れ無き魂で道行を照らし給え。然らば天の国は開かれん...。見なさい旅のお方、彼等の顔を。」


神父は棺の蓋を1つ1つ開けて行く。


外傷こそ無いものの、どの遺体も死化粧では隠しきれない苦悶の表情を浮かべている。


「...私は中で彼等の道行を祈ろう。直に暮れだ。早く村へ帰りなさい。」


そう言い残すと、教会の扉は再び閉ざされた。


「...気ぃ悪くせんといて下さいね。神父様は徳の高い立派なお人やけど、もうお年ですさかい、偏屈なんです。ボクはあんまり怖がらせるような事言わんでて何度も言うてるんですけどね。」


イヒテがこっそりと耳打ちし、開いたままだった蓋を閉めていく。


「なあ、この人達って死因は?」


迷信や言い伝えには経験から来る教訓なんかが含まれていたりする。

悪魔だ選定だと仰々しいが、実際は何か伝染性の病気だったりしたら厄介だ。


「お医者様が言わはるには皆んな心臓発作やて...詳しい事は都会で解剖してみん事には分からんらしいわ。気の毒になぁ。さてと...ボクはまだ墓穴掘ったりせなあかんのですけど、ライ君1人で村まで戻れます?」


「あー、いや、手伝うよ。」


「ほんまに?助かるわぁ。」




墓地は教会の裏手にあった。


湿った土を掘るのは1人でやるには重労働だろう。


「いやぁほんま有難いわ。亡くなったんは家族もおらん人らばっかりやし、罪人やから言うて皆んな係りたがらへんしで...だぁれも墓穴掘ったらへんねん。せやから埋葬もしてあげられへんまま教会前にずっと...。」


「大変だな。」


イヒテは手を止めず応える。


「まぁ、村長やからね。亡くなった人らも罪人っちゅう程悪い事はしてへんのやし。......7つの大罪って分かるやろか?」


「あの、嫉妬とか怠惰とかってやつだろ?」


「そうそう。『百年に一度、黒い森から“悪魔の息”吹きて7人の大罪人を選定す。悪魔は罪人と浄罪の道案内を煉獄山へと誘う』...ちゅうんが言い伝えやねんけどな、罪人の烙印押すんは人の“法”や無くて姿形も見えへん“悪魔”やねん。子供食べさせてく為に体売ったり、ただ食べるんが好きで肥えてもうてたりが神の罪やて...そんなんボクは納得できひんよ。」


「...あんたは、神様ってやつを信じて無いのか?」


ざくり、と盛り上げた土にスコップを挿すとイヒテは振り返った。逆光で表情は良く見えない。


「さ、そろそろ霧も出てきたし、戻ろか。」






村に戻ると、リィが勢いよくじゃれついてきた。


「おにいちゃんおかえりなさい!」


「ただいま。ちゃんと大人しくしてたか?」


「うん!エルおねえちゃんたちがあそんでくれたよ!」


後からエルと、食堂で手伝いをしていたディーも姿を現す。


「フフ、元気の良えお嬢ちゃんやね。かいらしなぁ。君らみんなはご家族なん?」


「いや、単なる成り行きでね。...ん?あっちの方、なんか騒がしくないか?




「......選定の日も今宵で4日目だ。悔い改め祈りなさい。されば赦されん。」


「ああ、神父様。」


霧で見通しが悪いが、神父の周りを取り囲んだ村人達が膝を着き額の前で手を組んでいるようだ。


彼等は口々に祈りの言葉を呟き、中には涙を流す者も居る。


「いい加減にしやがれよ!メソメソとこっちまで気分が悪くならァ!!」


突如、柄の悪そうな男が神父に食ってかかった。

祈っていた男の1人がそれを制する。


「カジミア、やめないか!君はどうしてそう怒りっぽいんだい。もう少し忍耐というものを学ぶべきだよ。」


「あぁ⁉︎スカした面しやがって、祈りなんて何の役にも立ちゃしねェんだよ!すっこんでろ!!」


カジミアと呼ばれた男は制した男を殴り飛ばし、段々と濃くなって行く霧の中に2人縺れ合って消えた。


霧はすっかり辺りを覆い尽くし2人の姿は見えず、取っ組み合う声だけが響く。


「ぐぅ...ッ⁉︎うううううう!!」

「うがあぁぁぁ...!」


踠き苦しむ様な声が2つ上がり、ぱったりと音が止んだ。


霧は次第に流れて消え、後に残ったのは2人の男の死体だった。


「ああ...憤怒の罪人が選ばれた。皆よ、祈りなさい。哀れな魂が無事に天の国へ至らん事を。」


凍りついていた村人達が一斉に伏し祈り始める。


「選定はあと3日。明日は嫉妬の罪人がこの世を去るだろう。...皆よ、自らの罪を雪ぎなさい。清らかで有りなさい。眼を閉じて、神に感謝なさい。」


神父は慈愛の表情で彼等の中心に立ち、静かに教え諭していた。

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