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1階 平成電脳エレベーター


1階 平成電脳エレベーター




19××年、季節は冬、AM9:00。


雷光太郎16歳こと俺は繁華街の裏通りを何の目的があるでもなくブラついていた。

チャームポイントの尻尾髪を揺らし、安っぽいスニーカーも高らかに。


因みに『らいこう/たろう』でも『かみなり/こうたろう』でもなく、『らい/こうたろう』だ。バイト先の同僚にはライと呼ばれている...というのは只の余談で。


コンビニの夜勤明けのこの時間、いつもなら出勤中のサラリーマンなんかを横目に行きつけの牛丼屋で並盛を一杯と洒落込む所だったが、今日に限っては何だか腹が空いていなかった。


「寒......」


煤けた雑居ビルの合間を吹き荒ぶ風に道端のゴミが巻き上げられ、どんより重苦しいグレースケールの空へ飛んで行く。


すれ違う人々は表情さえロクに見えず、心情的にも冷え込みそうな街の様子に俺は着込んだ黒いパーカーの襟を寄せた。


「冬だな〜......」


歩道の端に目を遣ると、所々白くなっているのが見えた。踏むとパリパリとピリつくような耳障りな音がする。


それほど歩いていたつもりは無かったが気付けば大分遠くまで来てしまっていたらしい。見慣れない風景に顔を上げてぐるりと辺りを見回すと、朝だというのに煌々とネオンを光らせる店が目に入った。


ゲ繝シムセンタ繝シか。

ヒマだし、たまには遊ぶのも悪くないか。


格闘ゲームのポスターが貼られた自動ドアをくぐると、多種多様な電子音の洪水に叩きつけられた。


会話1つ聞こえて来なかった雑踏とのギャップにまるで異世界にでも迷い込んでしまったようだ。


「あ、これかわいい」


クレーンゲームの筐体に猫のキャラクターが描かれた大きなクッションが転がっているのを見つけて、思わず独り言をこぼしてしまった。


ちょっと恥ずかしい...と辺りを伺ったが、杞憂だったらしい。

店内は様々なゲームのけたたましいBGMに埋め尽くされていて呟き程度じゃ誰の耳にも届かないだろう。というかそもそもの話、客なんてほとんど居なかった。




1階の雑多なクレーンゲームコーナーをぐるりと一周すると、奥まった所にエレベーターがあった。

入り口にあったのと同じ格闘ゲームのポスターがグレーの両開きのドアに貼られている。


「2階、テレビゲーム...3階メダルゲーム...」


△のボタンを押し、フロアガイドを眺めながらエレベーターの到着を待っていると、いつの間にか後ろに2人、同じようにエレベーターを待つ客が並んでいた。


俺のすぐ後ろには青い短髪に眼鏡をかけたサラリーマンの男。平日朝からスーツでゲーセンとは、何とも堂々としたサボりだ。


その後ろにはサラリーマンに遮られて良く見えなかったが大学生くらいの、これと言って特徴の無い女。


知らない奴と乗り合わせるのって、何だかちょっと落ち着かないよなぁ...なんて考えている内にエレベーターが到着してしまった。


緩慢な動作で両開きのドアが開く。


「..........」


外扉から予想できていた事ではあるが、中はかなり狭かった。大人が4人も乗ればさぞ楽しいおしくらまんじゅうができるだろう。


もう既に寄り道したのを後悔し始めているが、ここまで来て乗らないのも不自然というもので。俺はエレベーターの中へ歩を進めた。


一歩踏み込んだ途端、ツンとした煙草の匂いが鼻を刺す。エレベーター全体に染み込んでいるのだろう、グレーだった筈の内装は褪せて黄ばみ、ボタンはヤニでベタついている。


触りたくはなかったが、必然的に操作板の前に立ってしまい仕方なく開ボタンを押し続けた。


後ろの2人が乗り込み、閉ボタンを押そうとしたその時、こんな場末のゲーセンにはおよそ似つかわしくない声が聞こえてきた。


「まってぇ!のりまーす!」


閉まりかけのドアに滑り込むようにして乗り込んできたのは、半袖の浅葱のワンピースを着た5つか6つ程の痩せた少女だった。

全速力で走ってきたのだろう、セミロングの黒髪を振り乱し肩を上下させて激しく息をしている。


ドアが完全に閉まりきる頃に2階のボタンを押し、下座に立ってしまった者の宿命として乗り合わせた3人に行き先を訊いた。


「何階?」


「アッ......3階で、お願いします...」


これは俺の真後ろに立ったサラリーマンだ。見た目は女にモテそうな所謂“イケメン”って奴だろうに、斜め下を向きながらモゴモゴ喋るんじゃあ台無しだ。


「............」


女子大生は何も言わない。


折角訊いてやったのに。ちらりと斜め後ろに居る女の方を向くと、聞いているのかいないのか無表情で棒立ちになっている様子が不気味さを感じさせる。

それ以外は顔立ちも服装もこれといって特筆する所の無い、印象の薄い女だ。


「おとうさんのところ!」


最後に、息を整え終えた少女が声をあげた。


「お父さん?...あ、お前もしかして迷子かなんかか?」


それなら店員にでも預けてやった方が良いだろう。


「うん...ずっとさがしてる」


こんな幼い子供をほっぽらかしてゲームで遊んでいるなんて、酷い父親も居たもんだ。


「うーん...お前のお父さんが何階にいるのかなんて俺にはわかんねーしなぁ...。とりあえず2階でお兄ちゃんと一緒に降りて店員に...。...あれ?」


思案する内に、俺は違和感を覚えて操作板に目を遣った。


乗ってる時間が長すぎる。

高々1階から2階に移動するだけなのに、まだ着かないのか?


2階と3階のボタンはライトが点灯していて、確かに押されているのがわかる。

モーター音と体の感覚から止まっている訳でも無さそうだ。


後ろの大人2人を見遣ると、サラリーマンの方は同じく違和感をを感じているのだろう怪訝そうな表情をしている。女子大生は相も変わらず無表情。

こわい。


「何だよ故障か...?」


全く冗談じゃない。

こんな狭っ苦しくてヤニ臭いエレベーターに閉じ込められるなんて真っ平ごめんだ。


こういう時の為にエレベーターには外部と連絡を取る非常ボタンがある...はずなのに。無い。どこを見回しても無い。


あるのは開閉と1階から6階、屋上のボタンだけ。


「なあ、なんか、おかしくねーか?」


「エッ、アッ、そうですねぇ...。」


サラリーマンに声をかけてみたが、あまり当てになりそうもない。とりあえず目の前のボタンを闇雲に押してみていると、突然エレベーターが大きく揺れた。


「きゃぁ!」


少女が小さな悲鳴を上げ、俺の足に縋りつく。少女の背を支えながら辺りの様子を伺うと、どうやらエレベーターは停止しているようだ。


電光掲示板が2階を示し、ドアがゆっくりと開く。


全く、えらい目に遭った。いかにも古そうなエレベーターだしこういう不具合もあるんだろうな。

帰りは絶対階段を使おう。


嘆息しつつエレベーターの外に視線をむけた。

だが、視界に飛び込んできた光景は俺の期待したものとは全く違っていた。



砂埃の巻き上がる舗装もされていない道路。


崩れた黄土色の土壁の向こうには炎が燻り、轟々と黒煙が立ち登る。

血と硝煙の入り交じった生温かい風がエレベーターの中まで吹き込んできて、俺の頬に纏わりつく。



そこはまさしく戦場だった。

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