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殺戮魔人の冒険譚 ~仇探しのついでに仕事を始めた結果、周囲から一目置かれるようになっていました~  作者: シノヤン
パート5:追憶と対峙

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第96話 お世話

 自分達を見逃して欲しいと懇願する女性の兵士を前に、ムラセ達は戸惑っていた。このまま見逃す事も出来るが行く当てはあるのだろうか。それに追われているのであれば、既に手を回されている可能性も十分に考えられた。逃げ切る事も勿論だが、この妊婦を護衛するという点でも彼女一人では心許ない状況である。


 放っておくべきかどうか悩んでいた時、何か決意した様にムラセは顔を上げる。そして無線機を取り出して連絡を始めた。


「ムラセちゃん。どうしたの ? 」

「セドリックさん、今から車を出す事って出来ますか ? 二人います…いや、三人かも」

「エンジン掛かってるからいつでも行けるぜ」

「分かりました」


 ムラセはセドリックと通信を終えると、そのまま妊婦に近づいていく。そして優しく彼女を抱きかかえた。


「急に何してんの ?」


 リリスは驚きながら言った。


「私が連れて行きます。お腹の状態を確認するにしても、ひとまずはどこかに隠れないと」


 足音が近づいている事に焦りつつ、ムラセは提案をしてから来た道を戻ろうとする。そんな彼女の前に立ちはだかって、冷静になるべきだと判断したリリスが肩に手を置いて彼女を制止した。


「アジトに連れて行くの ? 余計な火種増やしちゃったら、またベクターにどやされるよ ?」


 冗談を言ってるかの様にリリスは振舞うが、余計な問題を持ち込んで事態が悪化する事になれば、今後の活動にも影響が出てくるだろうと懸念していた。そもそも名前すら知らない相手のために骨を折る必要も無い。むしろ放っておいた方が良かった。


「でも見捨てて良い理由にはならない」


 それでもムラセは頑なに譲ろうとせず、抱きかかえている妊婦の体をしっかりと抑えている。これといって異性との積極的な交流などムラセにはあるはずも無く、ましてやその果てに子供を身籠るといった事態に遭遇する事も無く生きて来た。しかし父親がおらず、病床に伏している中でも自分に接してくれた母の事を彼女は今も覚えている。出産をする時には大変だったと笑い話のように語ってくれた母だったが、自分を産んだ事を後悔した事は一度も無いと囁き、頭を撫でてくれた。


 そして今、目の前にいる自分と同い年に見える女性も腹の中に新しい命を宿している。その姿を既にいなくなった母と重ね合わせ、ムラセはいてもたってもいられなくなっていた。女性の容態からして見逃すだけじゃ足りない。落ち着いて休息を取れる場所を必要としている。ここで見捨てる事によって彼女は悔いを残したくなかった。いつでも母に胸を張っていられるように振舞いたかったのである。


「…そっか」


 リリスは少し考え込み、何を言っても無駄だと感じたらしい。一言だけ発して首を鳴らした。


「じゃあ行きなよ。後は私が何とかするからさ。情報集めも兼ねて色々話聞いてやりな。それに必要でしょ ? 追手の足止め」

「お、おい…」


 苦笑いと共にムラセを送り出そうとするだけでなく、妊婦たちを追っているであろう追跡者達を引き受けるつもりなのか準備運動をする。予定にない事情で人手を減らすなど、勝手な真似をしないでほしかったアメリアは思わず詰め寄ろうとする。しかし文句でもあるのかと言いたげな様子でリリスは一睨みし、彼女に強烈な殺気を放った。


「ありがとうございます」

「お礼言う暇あるなら早く動いて~。追手に見つかったら大変」


 背を向けたままムラセから礼の言葉を受け取ったリリスは、照れくささを隠すために彼女を急かす。そのまま女性の兵士と来た道を戻って行くムラセの足音を聞きながら、やれやれと彼女は溜息をついた。


「お節介焼きな所、ホントにそっくりだよ…ファウストさん」


 リリスは小さく呟いた。そのまま何事も無かったかのように残る仲間達の方へ顔を向ける。


「すこ~し挨拶して来るから、お茶でもしてて」


 そのまま全員の近くを素通りし、懐中電灯の灯りすら届かない下水道の奥深くへとリリスは進んで行く。他の面子と比較した場合ではあるが、彼女の危険性を十分理解していたジョージは引き留める事もせず、これから彼女と遭遇するのであろう敵方に心底同情していた。




 ――――一方、無事に下水道から抜け出たムラセ達は、セドリックが待機している車へと乗り込む。妊婦を慎重にエスコートしてから合図を送ると、セドリックもそれに応じて車を動かし始めた。


「これからどうする ?」


 壁で分け隔てられている運転席の方からセドリックが尋ねた。


「ひとまずアジトに戻ってください」

「つまりホテルの方か…分かった。なるべく急ぐが、行きと同じで二十分って所だな」

「構わないです」


 目的地と所要時間について話し合った後、ムラセは申し訳なさそうに座っている女性の兵士と、隣で苦しそうにしている妊婦の方を見た。静かにガスマスクを取って自分もまた半魔である事を見せつけると、二人揃って目を丸くする。


「あ、有難いけど…見逃してくれるだけで良かったのに」


 困惑しつつも女性の兵士が口を開いた。


「お腹の事もありますし、こんな状況じゃ遠くに逃げるのも難しいですよ。ひとまずは休みましょう。えっと、友達もいますけど…私からちゃんと事情は説明します」


 ムラセは妊婦の身を案じながら今後の予定について二人に伝える。仲間達もいると言い切りたかった所だが、仲間という単語を堂々と公言する気恥ずかしさが勝ってしまい、思わず友達と言ってしまった。


「ありがとう…本当に。あんな場所、もう戻りたくない」


 少し落ち着いたのか、妊婦もムラセに礼を言った。頷きながら彼女を見守るムラセだが、やはり気になるのは事の発端についてである。


「不躾で悪いんですけど…どこから来たんです ? 後、戻りたくないっていうのは ? 」

「私達が来た道を辿れば分かる…イカれた実験場があるのよ。私はそこの警備だったけど、晴れて裏切り者の脱走兵…彼女は被害者」


 こんな状況では信用するしかないと判断したのか、女性の兵士はかいつまんで説明をする。妊婦は俯いたまま黙って体を震わせている。決して寒さによるものではない。彼女の脳裏には人として生きる権利を剥奪された残酷な日々の光景が焼き付いており、その記憶は決した安らぐ事の無い恐怖を呼び起こしていた。




 ――――時を同じくして、ベクターとザガンは実験場が存在するという地下へ進むためにケーブルカーへと乗り込み、暗いトンネルを進んでいた。


「…なあ」


 向かい合った座席に座っていたベクターは、目の前で膝を組んでいるザガンへ話しかけた。


「何だ急に」


 話しかけないでほしかったのか、ザガンは冷たく反応する。


「あのコウジロウとかいうジジイ、普段は何の仕事をしてる ? 金やら物資やら…とても一人で調達できるもんじゃないだろ」

「はあ…元々は学者だったそうだ。それも多くの企業や組織が取り合いをする程度には優秀な。そこで手に入れた人脈や資源を使って財団を作り、極秘に行っている兵器開発の利権を元手にハイドリートを掌握している」

「優秀なキャリアを持つ資産家が悪の親玉ね…今時、アニメでも早々お目にかかれないステレオタイプだな」


 面倒くさがる割に説明してくれたザガンだったが、ベクターは軽口を叩いてから背伸びをする。情報収集をしたかったわけでなく、ただ単に退屈を紛らわせたかっただけらしい。


「それ以上の事を知りたければ直接聞け。私はそこまで知っているわけでも無い…それに知ろうとも思わん」

「おいおい、大事なお仲間じゃないのかよ。相互理解は基本だろ」

「利害が一致しているから動いているに過ぎん。それも奴ではなく、奴の上にいるベルゼブブとだ」


 ザガンが話を切り上げようとするが、自分の身内の話題だというのに随分な言い草だと感じたベクターが突っかかる。しかし、ザガンはコウジロウの事などどうでも良さげだった。


「つくづく人望無いのな。あの爺さん」


 嘲笑に近い形でベクターは呆れながら言った。


「他人を利用し、使い捨てようとする者は必ず他人から同じ様に扱われる」

「おやおや、何だか深い事言っちゃって」

「今に分かる。お前も普段から気を付けておいた方が良い…もうすぐ着くぞ」


 ザガンも思う所があるのか皮肉めいた言葉を漏らす。そうしている内にケーブルカーが音を立てて停まると二人して外へと出て行った。出迎えてくれた兵士を始め、周囲は何やら慌ただしい。頼むから面倒事だけは起こさないでくれとベクターは仲間達に祈り、実験場へと続く巨大なシャッターの前へザガンと並び立った。

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