第93話 ワケが分からない
「危険は少ないって言っても、案外待つだけの仕事って辛いんだよな」
ホテルの最上階、フロウが貸し切っているスイートルームでは暇を持て余していたタルマン達がウノをやっていた。現場で仕事をする際に味わえるスリルや緊迫感を少しだけ羨ましがりながら、タルマンはドロー2を置く。
「まあ、こんだけおればウチにとっては心強いわ」
彼らの様子を見ていたフロウは煙草を吹かしながら外の様子を見つめ、人手が多い事に内心安堵しながら言い返す。
「それにしても、おたくの大黒柱は面白い事を考えるな。協力してやる見返りとして、『シライシ・コウジロウが持っているデータの奪取と破壊。さらに盗んだデータを改竄し、ウチの会社が関与していた情報のみを抹消する』…それ以外の情報も全部くれてやるとは、太っ腹だ」
ダニエルは仕方なくカードを二枚引き、ベクターがルキナに対して述べた提案について切り出した。
「何度聞かされても分からん。全部消して終わりで済むものを…なぜわざわざ残す必要がある ?」
ダニエルがカードを引いた後にイフリートがドロー4をさらに置きながら不思議そうにする。想定の範囲内だったのか、リーラは何食わぬ顔で四枚のカードを引いていた。
「全部消すのはもったいないから。でしょ ?」
「ああそうだ。途中で手を引いたとはいえ、奴らの研究成果はウチにとっても興味があるらしい。この際だから連中のデータを全部だめにし、その上で頂いちまおうってわけだ」
少し頭を休めたいのか、背もたれに寄りかかったリーラが答えるとダニエルも同意する。そしてシアルド・インダストリーズの上層部が何をを考えているのかを彼らへ説明した。
「でも盗んじまうだけなら情報を弄る必要無いだろ ? 何でそんな面倒な事を」
「流出を恐れて念のため…と言いたいんだが、まあ企業による足の引っ張り合いってやつだな。どうやら事が終わり次第、あちこちに弄った情報の一部を垂れ込んで他のライバル企業にヘイトを向けさせるつもりらしい…相手方にとっては事実である以上、火消しや釈明に奔走する事になる。 その隙に事態の収束を図るのと、健全な運営を行うという名目でシアルド・インダストリーズがこのシェルターの実権を握るって算段だ。ウチが関わった証拠が消されて無くなってしまう以上、他の奴らは手出しも追及も出来やしないだろう」
タルマンが新たな疑問を口にするが、ダニエルは長々と今後行っていくつもりのプランについて解説する。正直、これだけベラベラと情報を喋ってしまうのは如何なものだろうという負い目も僅かにあったが、わざわざ組ませるような相手ならばそう簡単に口外はしないと判断したのである。さらに今回の扱いの悪さに対する不満と、それによる反抗心も加勢したのか、喋っていくにつれて後悔は消え失せていく。
「せやかて、他の企業が不利になる様な情報持ってる可能性は無いんか ? 」
黙って聞いていたフロウは振り返って専用の椅子に向かい、その近くで寝そべっているファイ達を撫でてから問いかける。
「ウチの隊長が話していたが、計画に関する全ての情報はコウジロウお抱えの財団が実験場で管理している筈だ。トップシークレットって事で他に協力している企業の名前すら教えてもらえなかったらしい。状況証拠はまだしも、物的な根拠を探すのは恐らく難しいだろう。もっとも、”あいつだって論法”なんかした所で馬鹿にされて終わるさ。 それ言い出した時点で自白するようなもんだからな」
言い終えたダニエルは勝ち誇ったように最後のカードを置いて立ち上がる。そして、念のために用意している銃火器の確認をし始めた。
――――暗い下水道を進むアーサー達は周囲に警戒しながら進んでいくが、これといって脅威になりそうな物が現れないせいで少し緊張が解け始めていた。そして別の水路との間に設置されている錆びた鉄格子の前へ辿り着く。
「鉄格子があるな…デューク、バーナーはあるか ?」
アーサーの指示に応じ、デュークは荷物を漁り始める。しかし彼が取り出すより前にリリスが鉄格子へ近づき、格子をへし曲げて難なく通れる程度のスペースを確保して見せた。
「…道具の大半いらないかもな」
相変わらずの正面突破ぶりにジョージが呆れ果てた様子を見せる。そのまま全員で通り、しばらく進んでいくが風景の変化に乏しい下水道を歩き続けるのは中々退屈なものであった。
「…隊長、誰かがいる」
不意にアメリアが呟いた。前方の暗闇に、ほんの僅かではあるが小さい明りが灯っている。懐中電灯のようだが、光の大きさからしてかなり離れている。アーサー達は周囲に浮いているゴミ溜まりや、通路の陰で身を低くしてから銃を構える。そして、必要とあらばいつでも攻撃を行うつもりで見守った。
「…頑張って、もうすぐで出られるから…」
「うぅ…無理…もう…」
「でも動かなきゃ… ! すぐに奴らも…」
二人組らしく、女性と思わしき人影がもう一人に肩を貸して必死に連れ歩いていた。そんな二人をどうにか視認しようとムラセが少し動いた瞬間、足を滑らせてよろけてしまう。体が水にぶつかる音や、それによって浮いているゴミなどが擦れ合って音が小さく鳴った。
「そんな…嘘でしょ⁉」
肩を貸していた女性は音によってアーサー達の気配に気づき、持っていた拳銃を向けて叫んだ。
「待て、落ち着いてくれ ! 全員武器を降ろせ…今すぐにだ !」
彼女たちを宥めるためにアーサーは大声で話しかけ、続いてジョージを始めとした銃を構えている者達に交戦する意思はない事を示すように怒鳴った。そのまま小さく手を上げ、二人に向かってゆっくりと近寄る。灯りに照らされた姿を見た二人は、少し落ち着きを取り戻したのか慎重に全員の顔を窺う。
「大丈夫だ、何もしない…紋章に見覚えがある。まさか財団か ?」
「あなた達は違うのね…てっきりもう…」
「ああ、財団とは関係ない…随分と慌ただしいが一体何があった ?」
アーサーが敵意の無さをアピールすると、肩を貸していた女性もようやく拳銃を降ろした。彼女もまた兵士らしい装備に身を包んでいる。そして彼女の隣で苦しそうに息をする女性を見たデュークは、その体に不釣り合いな程に膨れている腹を目撃し、なぜまともに動く事さえ辛そうな様子なのかを悟った。
「妊娠してるのかい ? その子…」
「あ、ホントだ。DVする彼氏から逃げてるみたいじゃん」
デュークが恐る恐る尋ねる傍らで、相変わらずな様子でリリスは呑気にボヤいた。しかし、妊娠をしているらしい女性と目が合った瞬間に朗らかだった表情が僅かに険しくなる。片目のみが変色して緑色の妖しげな光を持っており、半魔である事をすぐに察知した。
「半魔で妊婦ねえ…訳アリって感じ」
リリスが困惑を垣間見せた直後、遥か遠くで水の音に混じって足音が聞こえた。それも一人や二人ではない。
「ねえ、お願い ! 見逃してもらえないかしら ? このままじゃ私達…」
音を聞いた女性の兵士は切羽詰まったように頼み込む。パニックになりつつあるのは勿論だが、何かを恐れているようでもあった。




