第92話 我が道を行く
五日後、待ち合わせの場所として駅の入り口を指定されたベクターは、夜の九時に指定された地点へ向かう。そのままコウジロウによって手配されたらしい部下と、彼らが護衛をしているリムジンへと案内された。非常に落ち着いた照明が灯っている車内には、黒を基調とした長い座席が用意されている。
「お久しぶりです」
コウジロウは座ったままベクターへ話しかける。オベリスクを仕舞っている専用の武器ケースを彼の部下達に渡して乗り込んだベクターは、何か返事をするわけでも無く向かい側の席へと腰を下ろした。
「何か言う事があるだろう」
コウジロウの隣に座っていたザガンが謝辞が無い事に対して不満げに言った。いざ並んで座っている光景を見ると、やはりコウジロウとの体格差が浮き彫りになっている。
「視察したいって言ったのは事実だが、俺はそっちの提案について検討してやってる立場だぞ。礼を言う筋合いはない」
なぜ自分が頭を下げてやらなければならないのか。ベクターは断固として媚を売るつもりは無い事をアピールする。わざわざ数日間も答えを待ってくれていた辺り、恐らくコウジロウにとって自分は替えが利くというわけでも無いらしい。ならば尚更そちら側が気を遣うべきだろうと相手側の善意に乗っかり続ける気でいた。
「口を開けば嘗め腐った様なことしか言わんな貴様は…どんな教育を受けて来たんだ」
「悪口とイタズラは堂々としろってのが親父から教わったモットーでな。そういう性分だと思って割り切ってくれ」
ザガンも思わず苦言を呈するが、ベクターは父親による教育の賜物であるとして受け入れる様に言い聞かせる。いくら興味深い人材だからとはいえ、こんな品性の欠片も無さそうな木偶の坊と仕事などしたくはない。ザガンは溜息をついて首を横に振った。
「それとよ、もし俺に菓子やら出す時は和菓子とかやめてくれ。嫌いだから。ドーナツが良い。ジャム入りでな」
「…検討しよう」
どうせ組む事なんかこれっきりになるだろうが、今後も関係を維持するつもりである事をアピールし続けなければ。そう思ったベクターはお茶請けの菓子に対する不満を吐露し始める。心なしかザガンの返答は若干元気が無かった。
「そうだ、お酒でもいかがですかな ? 祝杯というには気が早いかもしれませんが、せっかくいらしてくれたのですから」
「悪い。仕事中は酒は飲まないんだ…コーラとか無いのか ?」
「申し訳ない。生憎車内には…」
「マジか。上級国民って奴はコーラを飲まないのな」
こだわりが強いのだろうか。いずれにせよ考慮しておいた方が良いだろうと考えを巡らせるザガンだが、その後すぐに始まったコウジロウとのやり取りを見てから「子供舌野郎め」と心の中でベクターを罵倒した。
――――やたらと乗り心地の悪い装甲車の中で、ヘッドホンを耳に付けてからリリスは音楽を聴いていた。リズムを取る様に小さく太股を叩いている彼女だったが、やがて隣でムラセに小突かれて慌ててヘッドホンを外す。今回行う仕事の最終確認を始めようとしていた。アーサー、アメリア、デュークの三人は彼女を凝視している。
「やるなら真面目にやってくれないかしら」
「お節介どうも。私ルーティーン大事にする主義だから」
アメリアが彼女に注意をするが、リリスは説教など聞きたくないのかおちゃらけた態度で言い返す。
「大体あなたの格好は何 ? ドラッグパーティーにでも行く気 ?」
アメリアはそのままリリスの全身をくまなく見てから服装について文句を言い出す。とりあえず確保できるだけの装備で身を固めているシアルド・インダストリーズ側の人間やジョージ、ミリタリージャケットやジーンズなど一応頑丈そうな服を身に纏っているムラセに比べて明らかに肌の露出が多い。革のジャンパーを纏っている上半身はまだしも、下に関してはショートパンツにタイツと明らかに状況にそぐわない。
「何って、普段着 ? コッチの方が身軽に動けるし」
「なるべく交戦は避けていくが、その…もう少し安全な物を着ていた方が良い。それに道中の衛生環境も…」
「分かってる分かってる。下水道通るんでしょ ? だから長めのブーツ履いてんの」
「ほとんど意味ないぞ、たぶん」
リリスは普段着の方が良いとして譲らないが、彼女の事を良く分かっていないアーサーは少々心配そうにしていた。
「大丈夫だって信用しなよ。何なら一人でも良かったぐらい」
「絶対余計な事しかしないだろ君…」
リリスは強引に話を切り上げて自分一人でも十分だったと豪語するが、ベクターに負けず劣らずの単細胞且つ楽天家な部分を不安視していたジョージが隣で愚痴を漏らす。
「まあそこまで言うなら…よし、これから進むルートと目的の確認をする。まず最初に下水道の入り口付近で車を降り、そこから徒歩で侵入。そのまま警戒しつつ目的地へと向かう」
間もなく到着するらしく、時間を確認してからアーサーは改めて説明を始める。
「警戒 ?」
「ああ。目指すのは第一実験場だが、俺達の目的は併設されているサーバールーム及び資料室だ。地下を進んでいく必要があるが、情報を聞く限りだと半魔を中心にした私兵部隊がいるらしいな。それ以外に警備を配置している可能性も否定できない…下水道からの侵入も想定されているかもしれん。待ち構えているつもりで行く必要がある」
ジョージが気になった単語を復唱すると、アーサーも危惧している点について解説を始めた。
「特に警戒しなければならないのは、コウジロウ・シライシの側近であるザガンという女だ。アレに出張られると流石にマズい。もっとも…実験場に留めておいてくれる囮役が今回はいるわけだが。顔を隠すにせよ真正面からの交戦になってしまえば、俺達の存在ばかりかバックに付いているウチの会社にまで飛び火しかねないからな」
「成程…最悪の場合はベクターに暴れてもらって注意を引き付けさせるってわけか」
アーサーの解説にジョージが相槌を打っていた時、車が停まって到着した事を運転席にいたセドリックが知らせてきた。武器の具合を確認し、ガスマスクを身に着けてから全員が車から降りて周囲を確認する。汚らしい色の水が浅く溜まっている用水路が近い。
「用水路へ向かおう」
アーサーが小さく声を出し、車を叩いてからいつでも出せるように回しておけと指示を出す。そのまま全員で用水路まで下り、下水道への入り口を発見する。二手に分かれてから両脇に構えると、アーサーが懐中電灯で中を照らす。そして付近に何も無い事を確認してから背後で見守っているリリスとムラセを除く全員が慎重に突入をしていった。当然、ムラセ達も後に続く。
「そういえばさっきベクターさんと何話してたんですか ?」
彼らの後に続いて進み、ジョージの近くに寄ったムラセが不意に質問をする。出発する前、ベクターが彼を呼びつけて何やら相談をしていたのを彼女は目撃していた。
「え ? ああ…秘密って言いたいところだけど、何てことない。しくじるなよとか言われただけだよ。激励だってさ」
「…それ、本当ですか ?」
「う、うん」
ただの励ましを貰っただけという彼の答えに対し、嘘はついてないかとムラセが問いただすと僅かにジョージは言い淀んだ。絶対自分達に知られない程度に何かするつもりだとムラセは勘付き、何を吹き込んだのだろうかと考えながら先へと進んでいく。




