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殺戮魔人の冒険譚 ~仇探しのついでに仕事を始めた結果、周囲から一目置かれるようになっていました~  作者: シノヤン
パート5:追憶と対峙

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第88話 死神の起源 終

 誰もいない薄暗い部屋でベクターは一人吊り下ろされていた。顔が腫れてるだけでなく自殺防止のために猿轡を付けられており、体には痣や切り傷が出来ている。爪も剥げてしまい、剥がれた事で丸見えになっている赤い肉が見えていた。肉体に直接付けられた鎖やフックによって、止めどなく血が溢れて体やズボンを濡らす。そんな中でもベクターは目を閉じ、苦痛しかない中で休息を取ろうと仮眠を行っていた。痛みが和らぐわけではないが、少しでも体力を温存する必要が彼にはあった。


「信じられん。コイツ寝てやがるぜ」


 ドアが開き、二人の男が入って来るや否や一人が驚いたように言った。そして跪いて首を垂れているベクターの腹を、有刺鉄線を巻きつけたバットで殴打した。バットによる衝撃で内臓が揺さぶられ、有刺鉄線によって皮膚が引っかかれるような形で裂ける。たまらずベクターも呻きながら目を開け、彼らを睨んだ。


「起きたか ?」


 男が見下しながら話しかける。


「…はぁ…おかげさまで」


 声を出すのも辛くなり始めていたベクターだが、何とかして弱みをみせまいと返事をする。


「しかし馬鹿な奴だ。縁を切った相手どころか、取引をしようとしていたらしいウチの奴らも裏切るとは…一体何がしたい ?」

「刹那主義でな…あのクソババアの孫を人質にさせてやろうと取引を持ち掛けたら…デカい態度が癪に障った…それだけだよ」


 フロウに自分を売り渡すよう持ち掛けた後は、恐ろしい程スムーズに事が進んだ。「縁を切った男が自分の孫娘を売り渡そうとしたが、突然”ボルテックス”の構成員をその場で殺害。隠れていた所を自分達が捕らえた」という体で、身柄を引き渡されたのである。演技なのか本気でやっているのか分からない威力でしばき、痣を作って体を拘束した自分を引き渡しながら「死体の写真でも送ってくれや」とのたまっていたフロウの事は今でも記憶に残っている。


「取引についてだが…なぜウチの連中が誰もその事を知らなかった ? 話ぐらいは通す筈だが」

「死んだ奴らに聞けばいいだろ…言ってたぜ。『従順なフリしてれば疑う素振りすら見せない間抜けばっかり、そんな奴らの下じゃ先が長くねえ』ってよ。成り上がりでも狙ってたんじゃないか ?」


 疑問に対してベクターが小馬鹿にしながら答えるものの、二人は顔を見合わせて呆れるように溜息をつき、首を横に振っていた。やはり本気で信じてはいないらしい。


「フン…まあ良いさ。嘘ならそれを元手に揺するだけだからな。問題は…今言った動機が事実であれ何であれ、お前がウチのボスにとっての大事な家族を殺っちまったって事だ。あの人はちょうど今この場所に来ている。お前が苦しんで死ぬ姿を間近で見たいとさ」


 バットを持っていた男が現在の状況について少し語ると、ベクターは思わず顔を上げた。しかし、先程から黙っていたもう一人の男がすぐさまナイフを取り出し、ベクターの首を掴んで牽制する。


「その前にリハーサルをしておきたいって、ソイツが聞かなくてな…なーに一回だけだ」


 小さい笑い声と共に声が聞こえた直後、冷たく固い何かが肌に触れ、皮膚に食い込んでくるのを感じた。


「うあああああああああ‼」


 ベクターの叫び声も意に介さず、男は皮膚に滑り込ませたナイフをせわしなく動かす。下手に動けば鎖に繋がれた皮膚が千切れてしまうため、ベクターは抵抗する事も出来ない。一方で男はというと、まるで魚でも捌いてる様な手つきで横腹の皮膚の一部を削ぎ取り、灯りで照らして眺めていた。


「じゃあ、また後でな」


 バットを持っていた男は冷静に見つめると、吐き捨てるように言ってからベクターに背を向ける。ついでに念のために見張っておけと、ナイフを持っている男に告げてから靴音を立てて外へ行ってしまった。残された方はと言うと、舌を噛んで自殺などしない様にキツく猿轡をかませ、部屋を出てから扉を閉めてその付近で待機をし始めた。


 横隔膜が動くのと連動して赤黒く膨れる脇腹に目をやりつつ、腕や体中の痛みをベクターは味わう。ところがその表情は決して絶望などしておらず、寧ろ高揚さえ感じられるものであった。これだけの仕打ちをされれば、やり返した時はさぞかし気持ちが良いだろう。そんな期待さえ彼は抱いていたのである。


 人気が無くなり、静かになったのをきっかけにゆっくりと顔を上げて腕や背中に刺さっているフックや、くっ付いている鎖を引っ張ってみる。当然激痛が走ったが耐えられない程ではない。しかし騒ぎにならないよう声を押し殺すだけでなく、迅速に事を済ませる必要があった。


「うぐぅ…あぁっ… !」


 数分した頃だろうか。扉の近くに立っていた男は中から呻き声や、鎖が揺れてぶつかり合う音を耳にした。同時に何かが割れる音まで聞こえ、不審に思った男は小窓から中の様子を窺おうとするが何も見えない。電球が割られていた。急いで部屋の中に入り、腰につけていた懐中電灯を取り出して真正面を照らす。しかし目に入った光景を前に戦慄するしか無かった。


 懐中電灯が照らしたのは先程自分が投げ捨てたベクターの皮膚、そしてキィキィと音を立てて揺れている鎖である。繋がれていたベクターの姿は無い。鎖やフックには血や肉などがこびり付いており、どうやって脱出したのかが手に取るように分かった。電球も割られているのは、解放された後で自分の姿を見られない様にするためだろう。


 奴はまだこの暗闇のどこかにいる。男がそう思った直後、斜め後ろの暗がりから血濡れ状態のベクターが飛び出した。背後から掴みかかり、男の首に腕を回すと抵抗させる暇も無く首をへし折る。すぐさま身に着けていた拳銃やナイフを奪いとり、息を荒らげながらベクターはその場を後にした。


 その頃、”ボルテックス”のボスであるエド・ウーフィンは殺された甥の写真を撫でながら専用の客室で待っていた。付近には恰幅のいい男達が佇んでおり、何があっても良いように辺りに屯している。


「例のガキは地下室にいます」


 彼の接待をしていた老人が言った。


「…家族にさえつまはじきにされていた俺を、唯一慕ってくれていた」


 写真に写る甥を愛おしそうに眺めながらエドは話す。


「薬や酒をいつもねだる悪ガキでな。手に入れられるものは何でもくれてやった。俺の下で働く様になってからもだ…可愛い奴だったよ。手柄をあげてやると言って、フロウとかいう情報屋の縄張りに近づいたばかりに…」


 エドは何か込み上げてくるものがあったのか写真を置き、そのまま老人の方を鋭い眼光で睨んだ。


「生きたまま皮を剥ぎ、死なない程度に肉を削げ。それが済めば手足を切って達磨にし、玉と目を潰し…最後は首を切り落とせ、俺の目の前でだ。そいつの死体を見せしめにして戦争を始める」


 エドが老人に命じて立ち上がった時だった。建物のどこかがやけに騒がしい。次の瞬間、部屋の灯りが突然消える。外から差し込んで来る街灯やネオンの灯りの中では、辛うじて人影が動く姿程度のものであった。立て続けに聞こえてくるのは銃声、悲鳴、何か重い物が叩きつけられる鈍い音…そしてそれらが次第に近づきつつある現実が、体を震わせ始めた。


 やがて銃声や人の声がしなくなると、何か金属で出来ている物を引き摺りながらこちらへ向かって来る足音がある。エドは奥へと後ずさり、取り巻きの護衛達もドアの前で震えながら銃を握りしめていた。


 突然、ドアが吹き飛んだ。凹んで倒れ伏したドアを踏み越えながら現れたのは、体中に傷を作り、どこかで調達したらしいスレッジハンマーを担いでいるベクターである。皮肉な事に自分達がカチコミや処刑、拷問に用いていた道具であった。


 思わず一人が発砲し、腹に命中するが平気そうな顔をしてベクターは近づいてからハンマーで横顔を殴りつける。倒れた相手へそのまま何度も何度も振り下ろし、他の全員が見守る中で徹底的に体を壊した。恐怖のあまり他の者達も撃ち始めるが、笑顔を絶やさずにベクターは受け止め、体から血を迸らせながらゆっくりと確実に撲殺していく。そして護衛達が動かなくなった頃、エドと彼に付き添っている老人の方をゆっくりと見た。


「ひっ… ! ま、待ってくれ ! 私はただ、アイツに雇われ――」


 咄嗟に身代わりとしてエドに突き飛ばされた老人は責任転嫁と命乞いを始めるが、横からハンマーを振り抜かれて壁に叩きつけられる。即死だった。


「はなっから嘘で誤魔化せるとなんて思って無かったよ。どうせ吹っ掛ける気だったんだろ ? 戦争」


 ベクターは近づきながら問いかけるが、エドはどうすれば良いのか分からなくなっているらしく壁際へと追い込まれつつあった。


「分かった。謝ろう…何がいけなかった ? あのババアに目を付けたからか ? お前と一緒にいた女に手を出そうとしたからか ? そうだ、詫びには何が欲しい ? 金か ? なあ、頼む…」

「じゃあ全部だ」


 必死に和解を試みようとするエドに対し、ベクターは無慈悲に言い放ってからハンマーを捨てる。そして彼の顔面をいきなり殴った。




 ――――現在


 ひとしきり話した後、フロウはボンヤリと電球を見つめる。一同は全員押し黙っていた。


「それで…どうなったんだ ?」


 思わずタルマンが口を開いた。


「アイツを引き渡して二日ぐらいしてからやな…”ボルテックス”が戦争したくてウズウズしとるっちゅう話は前々から聞いとった。やから引き金になると思ってリーラやベクターに手を出したんやろうって、簡単に想像もついた。どうせベクターは無事じゃ済まんやろうし、こうなったら弔い戦や云うて準備を進めてたら、アイツ血まみれで帰って来たんや」

「ふんふん、それでそれで ?」


 鼻で笑いながらフロウが事の顛末を語り始めると、いつの間にかポップコーンを作っていたリリスが続きを急ぐようにせがむ。完全に楽しんでいた。


「ウチの肩に手置いて『後始末頼む』とか言うて、セドリックに引き摺られて医者の所に連れていかれたわ。保安機構の連中が後で情報くれたんやけど恐ろしいもんやった。”ボルテックス”が根城にしていた表向きは廃ビルって場所があったやけどな…そこにいた構成員は全員皆殺し。大半は頭を鈍器でカチ割られてるか、体を徹底的にぶっ壊されてたらしいで。当時のボスやったエド・ウーフィンは顔面が倍以上に腫れあがった状態で割れた窓に首ぶっ刺されて死んでたんやと」

「その頃から片鱗あったんですね…色んな意味で」

「まあな。他にも仰山あるんやけど、何か一つ言われたらこの事件や」


 話を聞いていたムラセは、今のベクターの破天荒さや滅茶苦茶ぶりが既に自分とほぼ同じような年齢の時に開花していたという事実に慄いた。フロウも彼女に同調し、他にも色々あるぞと全員に知らせる。


「それ以降、ノースナイツのスラムを狙う奴らはほとんど現れんようになった。み~んな噂するようになったんや。”あそこには死神が棲みついとる”言うてな。全く…恩返しなら少し手段を選んで欲しかったわ。対抗勢力が無くなったお陰でシノギはデカなったけど、流石にあれは心臓に悪くてかなわん」


 フロウは喋りながら煙草を吸おうとしたが、無いのを思い出して少ししょぼくれる。


「恩があるとはいえ、そこまでアンタのためにしたのか ?」


 なぜそこまでするのだろうか、イフリートも気になって仕方がないらしく彼女へ尋ねた。


「ここからはリーラに聞いた話なんやけどな。あの子も昔、似たような質問したらしいわ。そしたら、親が死んでウチに拾われた事に恩義があるのは勿論やけど、ウチやリーラが酷い目に遭うかもしれないのが嫌やって答えたらしい」


 フロウは再び質問に答え始める。前者の理由に関してはともかく、後者についてはさらに興味深かったのか全員が静かに聞いていた。


「どういう事です ?」


 ムラセも思わず反応してしまう。


「自分の好きな人や大切な人が無様な姿晒すっちゅうのは、アイツ曰く一番辛いんやと…親しいからだけやない。そんな人と一緒に居続ける事に惨めさを感じてしまうようになる。あのまま真正面からやり合えば縄張りだけやなくて、ウチが世話している人達にも被害が出る。下手すりゃ負けて、ウチやリーラが今後どうなるか分からん…やから、一か八かに賭けて敵の親玉ぶっ殺したんやろうな。『馬鹿だから難しい話は知らないし理解も出来んが、自分にとって大切だと思った人くらいは元気でいて欲しいし守りたい』…ウチに直接言うのはこっぱずかしいとかで、リーラにだけコッソリ教えたらしいで」


 そんな内緒にするべき話を共有している時点でどうなのだろうか。一同が心の中で突っ込んだが、いつものベクターからは想像できない言葉を耳にして奇妙な満足感があった。


「何て言うか、ベクターのヤツ信頼してるんだな…彼女の事」


 リーラには打ち明けたという点が気になったらしいジョージが呟く。


「早いうちに親が死んで行く当てが無くなってたもん同士や…放っておけなかったというか、共感する所もあったんやろ。ウチとリーラの間を取り持ってくれたのもあの子やった…『家族の仲なんて死んだら手遅れだぞ』とかほざいとったわ。その辺のノロケ話聞きたかったら後で聞いてみればええ。答えてくれるかは知らんけど」


 だいぶ疲れたのか、あるいは煙草が無くてモチベーションが下がっているのか分からないが、フロウは話を切り上げて細かい事は本人たちに聞いてみろと提案してみる。そうしたいのは山々だったが、先程の話の影響もあってか下手な事をしたら自分達も散々な目に遭わされるのかと、一同はほんのりと不安を抱きつつベクター達の帰りを待ち続けた。

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