第86話 死神の起源 その1
――――十三年前
「すいません……もう来ませ…ブハァッ !」
急激に増えた居住者の影響もあって荒れていたノースナイツの第八エリア、その一角にある酒場の前でガラの悪い男がいたぶられていた。彼の仲間と思われる他の取り巻き達は、見える範囲の歯を全て叩き折られているか、何かで頭を殴打されて血を流したまま倒れている。店の入り口から続いている血痕からして、叩きのめされた後に連れ出されたのだろうと人々は察知するも、止めに入る者などいるわけが無かった。
「財布出せ、全員」
ベクターは黒髪を掻き、先程蹴り上げた男に向かって言い放つ。男は泣きながら頷き、動かなくなっている仲間達の体を弄って薄っぺらい財布を差し出した。目の前にしゃがんで乱暴にひったくったベクターは、中にある紙幣を抜き取って数えた後に財布を投げ返す。
「しけてんなホント…」
こんな場所へ来る人間の懐事情などたかが知れている。分かってはいたが、やはり寂しい物であった。
「その刺青、お前ら”ボルテックス”だよな ? おたくの連中がこの辺りに来るなら、ウチに許可取れってルール忘れてんのか ? 」
男の腕に彫られている竜巻と雷をあしらった刺青を見たベクターが威圧するように尋ねる。そんな時、酒場の入り口から恐る恐る店主が現れた。
「ベ、ベクター君…」
「ああ、オヤジさん。もう終わったから大丈夫。結構派手に騒がれたらしいね ? 遠慮せずにもっと早く連絡しなよ。ついでにこれ、彼らから迷惑料だってさ」
片付いたのか確認を取る店主にベクターは仕事が完了したと告げて、先程巻き上げた金を手渡した。気が付けば男たちは、体を引き摺るようにして逃げ出している。
「ありがとう。アイツら、最近この辺りの店にずっとちょっかいを掛けて来てるんだ。そうだこれ…今月分の」
「お、どうも。それじゃ」
そのまま酒場の店主から今月分のみかじめ料を受け取ると、ベクターは笑顔でその場を立ち去っていく。全て、なんて事は無い日常の一環であった。ある時は義務を果たそうとしない怠惰的な債務者を追いかけ回し、ある時は風俗嬢の相談に乗って迷惑な客に制裁を加える。第八エリアを始めとしたスラムの店や人々の様子を、番犬として見張り続ける日々であった。
「ただいま~」
その日は早めに仕事を切り上げ、フロウが構えている自宅兼仕事場へと足を運んでいた。目的は当然、回収したみかじめ料の受け渡しと暇潰しである。
「あら早かったんやな」
「兄貴、お疲れ様です !」
フロウが奥に位置する専用の机で水たばこを嗜みながら反応する。それと同時に、目の前にあるテーブルに隣接しているソファに座っていたエルフが立ち上がり、ベクターに向けて出迎えの言葉を投げかけて来た。
「おう、おつかれセドリック。ライター貸してくれるか ? 煙草吸いたいけどオイルが無くなった」
ベクターは若いエルフに向かって話しかける。そして、今月のみかじめ料が入っている分厚い封筒をフロウに向かって投げた。彼女が難なくキャッチして金額を確認している間、ソファに座ろうとしたベクターは向かいにフォードが座っていた事にようやく気付く。
「なんだ、お前もいたのか汚職警官」
「情報欲しいからって事で来てやったんだぞ。それに汚職とは失礼な…正義と平和のために手段を選ばないってだけさ」
「テロリストみてーな事言ってんじゃねえよ。最近どうなんだ ? もうすぐ初デートなんだろ ?」
ベクターは尋ねながら座ると、セドリックから借りたライターで煙草に火を付ける。フォードは少し照れくささを見せつつ、緊張してるかのようにドギマギとしていた。
「とりあえず食事をと思ってさ。イタリアンの店を取ったんだ」
「まあそれが安牌だな…一応忠告しとくが、間違えても脈ありだなんて思うなよ。最初のデートってのはただの様子見だからな。出方を間違えれば簡単に捨てられる」
「そ、そうなのか ?」
「そりゃそうだろ。お前がどこぞのスターよろしく蓄えも地位もあって、お友達にマウント取れるような奴なら喜んで付き合ってくれるだろうさ。だけど現実はそうじゃない。お前は試されてる側だぞ…忘れるなよ、リスペクトが大事だ」
フォードに心得を語っていたベクターだったが、不意に咳払いが聞こえたせいで話を中断する羽目になってしまう。フロウがこちらを見ており、話を切り出しても良いかとでも言いたげだった。
「仕事の話をさせてもらえるか ? …たぶんそろそろやな」
時計を見ながらフロウがそう言った時、外で車が停車する音が聞こえた。そのままフロウの手下に守られ、トランクを片手に携えた一人の女性が入って来る。エルフだった。
「…よう来たな」
立ち上がったフロウは彼女へ近づき、静かに話しかけたが反応は無い。澄ましたような表情を浮かべており、いかにも高飛車を気取っている風だった。
「二階に部屋を用意しとる。必要なもんがあったらウチの若い奴らに頼めばええ」
「…そう」
中々の待遇を思わせる発言を前にしても、素っ気なく女性は返事をしてからそそくさと階段を上がって行った。
「クール系美人って感じか。俺、嫌いじゃないかも」
どうやらお気に召したらしく、セドリックは少し惚気ながらベクターに話しかける。
「言うとくけど、手ぇ出したらチ〇ポぶった切ってもらうで。ベクターに」
「何で俺なんだよ…今のは誰だ ?」
「はぁ…リーラ、ウチの孫娘や」
脅しをかけるフロウにツッコミと質問をしながら、ベクターはコーヒーを飲み始める。ところが彼女が明かした事実を耳にした途端、思わず吹き出してしまった。
「結婚してたのか⁉」
「ずっと昔や…でも、倅には家出されてもーてな。その倅が良いトコのお嬢様とくっ付いたお陰で出来たらしいわ。そしたら二人とも病気でくたばって…財産やらを根こそぎ親族連中に盗られた挙句、たらい回しにされとったんやと」
どっと疲れが出たのか、フロウは再び机に戻ってから事情を話し始める。
「だから引き取ったってわけか」
「言葉を選ばずに言うなら、押し付けられたっちゅうのが正しいかもしれん。ベクター…アンタに頼みがあるんやけど、聞いてくれるか ?」
経緯は大体飲み込めたのか、ベクターは頷きながら空になったカップを弄繰り回す。そんな彼を見つめていたフロウだったが、突然いつもとは違う申し訳なさの漂う様子で頼みごとをして来た。
「ストレスやらで色々塞ぎ込んどるらしいんや。お世話係とは言わんけど…時間がある時に、あの子の話し相手になってやってくれんか ?」
「ええ~マジかよ。俺、赤の他人だぜ ? 心開いてくれるか ?」
「…頼むわ。どうもウチは避けられとるみたいや」
面倒を見るなど正直やりたくなかったベクターだったが、これまでに無い程の落ち込みと躊躇いを顔に出しているフロウの顔を見た事で、段々と断れなくなりつつあった。
「まあ、世話になってるしな…分かった分かった。時間がある時は顔を出す」
結局、引き受けたベクターは立ち上がって背伸びをする。そんな話の一部始終をこっそり聞いていたリーラは、馬鹿馬鹿しいと考えながら部屋の家へ入って行った。




