第81話 お見通し
結局、案内されるがままベクター達は老人について行った。誰一人として喋る事なく車に乗せられ、連れていかれたのは酷く古風な木造作りの屋敷である。武家屋敷を彷彿とさせる正門をくぐり、石畳を歩いて行った先の邸宅へと案内された一同は、中庭の良く見える渡り廊下へと差し掛かった。
「ソメイヨシノか…」
ふと庭に植えられていた樹木と、そこに咲いている花へ目をやったベクターが呟く。
「現存する数少ない木を買取って栽培させたものです。お気に召しましたか ?」
老人が首を少し動かして背後にいるベクターへ問いかけた。
「悪いが花を愛でる趣味は無くてな。それに桜は好きじゃない」
招かれてるのだからお世辞の一つや二つでも言ってやればいいのにと、老人を除く他の面々がベクターを凝視する。そんな視線を浴びながらベクターは不愉快そうに周囲を見回した。
「どうしてです ? あんなに綺麗なのに」
取り繕う様にしてムラセが尋ねる。
「花なんてどれも綺麗だろ。それとも何だ、パッと咲いてパッと散る…儚さと潔さが良いみたいな事言うか ? 俺は見苦しかろうが、泥水啜ってでも生き延びたい主義だ」
「ハハハ、 これは手厳しい」
言い訳もしないし、詫びるつもりなんか無いぞとベクターは持論を述べる。それに対して老人は起こる様子も見せず、余裕そうに笑いながら彼のつんけんした態度をそれとなく受け流していた。
「次に余計な事をほざいたら、舌を引っこ抜いて貴様のケツ穴にぶっ刺してやる」
そのまま歩き出した時、ベクターの横にいたザガンはコッソリと肩を掴んで静かに言い聞かせてくる。
「やってみろよ。その前にてめえの胴体と首が泣き別れになるぞ」
笑みを崩さないままではあったが、ベクターもまた張り合う様に彼女へ脅しをかける。火花を散らすかのように少し睨み合ってから歩き出す二人を見たムラセ達は、ポカンとした表情をしつつ全員で顔を見合わせてしまう。
「アイツってやたら喧嘩売りたがるよね。私にはしなかった癖に」
「悪い癖なんです。突っかかって来る人が嫌いらしくて」
口々に話していた彼らだったが、足を動かすように催促された事で慌てて追いかけていく。ようやくついた応接間にはガラスで出来たテーブルが置かれており、向かい合う様にして長いソファと一人掛け用の椅子が並べられている。
「どうぞこちらへ」
老人が招き入れると、ベクター達も無言のままソファへと座る。座り心地自体は悪くない上に全員が座れる大きさである。敷かれた絨毯にギリギリ収まる程の物であり、自分達のためにわざわざ運び込んだのかもしれないと推測した。
「さて、自己紹介が遅れましたな。コウジロウ・シライシと申します。以降お見知りおきを…」
用事があるらしいザガンがどこかへ出て行った後に、老人は会釈をして話しかけてくる。
「俺はベク――」
「既に存じ上げていますので結構です。ベクター・J・モーガン様、それにアキラ・ムラセ様とジュリア・ロバートソン様…そしてブルース・エドワーズ様で宜しかったですかな ?」
「…一体どこまで知ってる ?」
約二名が偽名を使っているとはいえ全員のフルネームを答えあげるコウジロウを訝しそうに見つつベクターが尋ねていると、ザガンがトレーに乗せて何かを運んできていた。人数分のお茶、そして小皿に盛られたきんつば焼きである。
「どうぞ口も寂しい事でしょう。私の部下が厳選した品です」
それぞれの前に置かれた茶と菓子を指し示してコウジロウは微笑みかける。そしてチラリとザガンの方を見た。なぜか彼女も一呼吸してから気を引き締めるように胸を張っている。
「案ずるな。毒は入れてない」
「その言葉を信頼できる程の仲か ? ついさっきに会ったばかりで」
ザガンもすかさず安心して欲しいと言うが、ベクターは口にするつもりは無いと遠回しな物言いで二人に伝える。信用できないという最大の理由もあるが、何より彼は和菓子が好きではなかった。どうやら凄まじい偏見があるらしく、「風味もへったくれも無い砂糖の塊じみた甘さしか取り柄の無い菓子」という固定観念が脳裏にあった事も手を付けたくない理由だった。
怒っているわけではなさそうだが、なぜかザガンは彼をじっと見ていた。心なしか肩を竦めた様にも見える彼女を無視し、ベクターはムラセ達の方を見るが思わず呆れたような声を上げたくなってしまう。目に飛び込んだのは「うっま…」などとほざきながら齧った菓子を興味深そうに眺めるリリス、遠慮気味に茶を啜るムラセ、そして食べ終えて空になった器の前で腕を組んでいるイフリートの三人の姿であった。
「いらないなら貰って良い ? それ」
警戒心が無いのかと口が開きかけた直後、リリスが躊躇いなくベクターの皿へ手を伸ばそうとする。しかし、すかさず威厳たっぷりにザガンが呼び止めた。
「…欲しいなら持ってくるぞ」
「やった。お願いしまーす」
少し声を明るくしたザガンが補充も出来ると言い出し、リリスも即座に彼女へ皿を渡す。そのまま再び部屋を出る彼女を尻目に、ベクターは溜息をついて話を続けた。
「よく調べ上げてるみたいだが、具体的にどの程度 ? 知っているのは名前だけか ?」
「仕事柄、近辺の情報にはくまなく目を光らせておかないといけない立場でして…名前だけではございません。これまでの経歴、私生活についてもある程度は」
改めて質問を問いただしたベクターに、コウジロウも笑って答え始める。
「経歴ねえ…」
「ええそうです。ベクター・”ジェイコブ”・モーガン、年齢は三十二歳。身長百八十六センチ、最近体脂肪が増えた事を気にしているそうで。髪の地毛は元々黒だったが、知人の勧めによって現在は赤…特にワインレッドの染料を好んで使っている」
「え ?」
突然、コウジロウはベクターを見ながら語り始める。突然どうしたのだろうかと困惑したのは勿論だが、その内容が合っている事もベクターに大きな動揺を与えた。
「かつてはエルフの女性と婚約し、同棲までしていたが浪費癖とギャンブル好きが原因で四年前に破局。現在は借金の返済も兼ねてビジネスパートナーとしての関係に留まっている。職業はデーモン狩りを専門としたフリーの傭兵だが、破天荒な上に計画性も無く暴れる事が多い。そのせいで敵味方問わずに損害をもたらす事態が絶えず、評判は賛否真っ二つに分かれている。そういった人柄が災いし、基本的には汚れ仕事を回さ――」
「分かった。この話は一回やめよう、な ? しなきゃならない話題が別にあるだろ ?」
このままでは普段使ってる下着の種類や気に入っているA〇女優の名前まで暴露されかねないと判断し、ベクターは平静を装うふりをしながら急いで止めに入った。他三人は口々に人間の屑やら生きていられる事が不思議やらと好き放題に感想を呟いている。その間にザガンも戻って来たのか、リリス達の前に菓子を盛った皿を置いてコウジロウの背後に立った。
「では、本題に入りましょう。と言っても聞きたい事があるのはあなた方では ? 」
やはり揶揄うつもりだったらしく、コウジロウは声に出して笑ってからベクターへ用件を尋ねる。無駄に恥をかいてしまったと気まずく思いながら、ベクターは自分達がハイドリートへ訪れた目的を頭の中で思い返した。
「あちこちのシェルターで人身売買や臓器密売を目的とした犯罪が多発していてな。依頼で調べている内にシライシって苗字が出て来たおかげで、こうして訪問する羽目になった。単刀直入に聞くが、手引きしているのはアンタか ?」
ベクターが事の経緯をかいつまんだ上で最初の質問をぶつけると、軽く頷きながらコウジロウは少し考え込んだ。たじろぐどころか驚く素振りすら見せず、まるで想定の範囲内とでも言うかのような余裕さを醸し出している。
「どうしたものか。正解でもあり、不正解でもあるというのが適切かもしれません。どうか誤解なさらなずに。茶を濁したいわけではなく…実を言うと、私の一存で行っている事では無い」
コウジロウはどうも要領の得ない回答をしているが、誤魔化そうとしているわけではなく複雑な事柄であると伝えてくる。
「いずれにせよ肩入れはしているわけだ。アンタの一存ではないって事は、他にもその話に乗ってる奴がいると ?」
どの道共犯者である事には変わりない事が分かり、顔つきを険しいものにしたベクターは彼の発言の中で気掛かりだった箇所について指摘した。再び首を縦に振りながらコウジロウは茶を啜って口を開く。
「その通り。このハイドリートだけではありません…世界の各地に私と契りを交わした者達が大勢います」
「デーモン狩りが産業として定着する前…つまりシェルターを基盤とした生活環境を整えていた頃ならまだしも、今じゃ人攫いは旨味も少ないと聞いたぞ。何が目的で人間を集めている ?」
「つまるところ必要な犠牲です。私の息子や、彼が従えていた兵士達をあなた方も既にご覧になったのでしょう。先程仰っていたデーモン狩り産業は、今や次の段階に進もうとしている。その成果が彼らというわけです」
コウジロウの声は少しづつではあるが、静か且つ厳正なものへと変わっていく。ここから先の会話によっては、自分達の出方も変える必要があるとベクターは肝に銘じて耳を傾けていった。
「一般的な話として、組織に属して傭兵を目指す場合の費用がどれ程のものかは御存知で ?」
コウジロウは突然訪ねて来た。
「企業に属するとなれば訓練や生活に必要な物資も最低限は支給されるんだろ。少なくとも数百万ギトル分は前借出来るそうだな…その分たっぷりと搾り取られるが衣食住は保障してもらえるし、兵士としての育成も肩代わりしてくれる」
「よく御存知で、しかし問題はその育成という部分です」
ベクターが知っている限りの知識で語ると、コウジロウもそこに話の核があるとして立ち上がり始める。
「文句を言われる事も多いシステムですが、企業としては資源の無駄遣いしかしない食い扶持を増やしても意味がない。故に徹底的な訓練を積ませ、実戦に耐えられる程度の人材を育成する必要がある。ではそうして訓練を積んだ兵士達がどれほど役に立っているか…」
縁側から先に広がっている庭園を眺めながら語っていたコウジロウだが、話が途切れた直後に溜息をついて振り返る。そして呆れるように首を横に振った。
「残念な事に、せいぜい雑魚の後始末に使える程度です。インプの様な下級とされる個体一体につき一人の兵士が、スプリンターの様な中級には最低でも三人が討伐に当たるとされています。数年間必死に鍛え上げても、その辺に転がっている有象無象に殺される確率の方が高いのです。ラ・ヨローナのような大型のデーモンが現れた日には、災害として扱われる程だとか。あなたの様に、突然変異でも起こしたと錯覚させるような者でなければ対処しようのない事態で世界はまだ溢れている」
コウジロウが残念そうに兵士一人当たりが持つ戦力とデーモンの戦力を比較している間、なぜかリリスは得意げな顔でベクターを見た。人間を見下しているというよりは、単純に自分の勝ちだと誇っているかのような無邪気さが垣間見える。
「人間の持つ英知や力とやらは太刀打ちが出来ていないのが現状。ならばどうするかと我々が考え、取り組みだした計画があるのです…”再臨”と我々は呼んでいます」
コウジロウの口から飛び出た”再臨”という言葉に一同は反応をする。ここまでの会話からして疑問に尽きない要素は多いままであるが、早くも彼が目的を口にし始めた事が却って怪しさを際立たせていた。打ち明けた事に対して見返りを求めるか、それとも秘密そのものが嘘であり別の何かを隠しているか、この胡散臭い老人に関しては両方もあり得るとベクターは疑い始めていた。




