第78話 みっともない
「グスッ…パパとママ…もういないのかな…」
「もしかしたら今頃探してるかもよ ?最後に会った場所覚えてる ?」
親とはぐれたらしい少女へ事情を尋ねながら、リリスは彼女の頭を撫でた。どうも逃げている最中に人混みで離ればなれになり、どこかにいないものかとリゾートのあちこちを歩き回っていたらしい。そんな少女は、疲れているのかへたり込んでから再びぐずり始めてしまう。
「さっきまで一緒に楽しくしてたんでしょ ? 大丈夫、愛されてるんだから探しに来てくれるって。私なんか弟出来た直後に親に殺されそうになって捨てられたんだよ ?」
「慰めになってるのか ? それ」
何やら物騒な過去を交えてリリスは彼女を落ち着けようとし、イフリートは効果があるようには思えないと疑問を口に出した。地べたに座り込み、チェック柄のスカートの裾やぬいぐるみを弄りながら少女は反応する事も無く泣き続ける。
「チッ、いつまでそうやってるつもりだ …泣き喚いていれば誰かが助けてくれると思うな。さっさと立て…ウボァ ! 」
いつまで経っても動こうとしない少女に辛辣な言葉が投げかけられる。他人が助け舟を出してくれるまで待とうとするような嘗めた根性が気に入らないと、イフリートは悪態をついた。しかし、直後に立ち上がったリリスによって彼のみぞおちに強烈なパンチがめり込む。
「物言い考えろよ脳筋亀頭野郎…あ~よしよし、ごめんね。あのハゲおじさん、最近カルシウム足りてないからイライラしてんの」
思わず怯んだイフリートへ暴言を吐き捨て、さらに落ち込んでいる様子の少女へリリスはフォローを入れた。丁度その時、無線から着信が入る。
「はいどーも」
『うわ、一発で出た』
声の主はベクターだったが、どうも意外だったらしく素っ頓狂な反応を示す。
「うわって何、うわって」
『どうせ遊んでるだろうし、すぐに応答してくれないと思ってたからな』
「…用件どーぞ」
信用の無さにリリスも不服そうな態度をするが、彼から理由を聞くや否や納得した様に押し黙った。そしてすぐに連絡してきた理由を問いただす。
『娘を探してるらしい奴らが今一緒にいるんだが、子供って見てないか ? 金髪でチェックのスカート履いてて…あと…ぬいぐるみを持ってるらしい。何か、絵本のキャラクターとか何とか…名犬アスガンだっけ ? 』
一緒にいる誰かから話を引き出しつつ、ベクターは途切れ途切れに情報を送る。どう見てもこの子だ。リリスは少女に目をやりながらそのように思っていた。
「…ねえねえ、そのぬいぐるみって名前あるの ? 」
「アスガン。今、”とれんど”なの」
ひとまずぬいぐるみについて聞いてみた所、ませた発言もしながら少女はリリスへ名前を伝える。これによって確信がより強固な物となった。
「聞こえる ? たぶん今一緒にいるわ」
『マジかよ』
軽いノリと共に現状を伝え、ホテルの付近で落ち合おうと二人は話し終えた後に無線が切れた。
「パパとママ、ホテルの方に来てるって。お姉さんたちと一緒に行こっか」
「ホント⁉」
リリスは少女に事情を伝え、自分達が付き添いとして向かってやると申し出る。また勝手に決めやがってとイフリートが口答えする間もなく、少女と共にリリスは歩き出していた。
――――自分以外が賑やかにやっている事も知らず、ムラセはレストランや屋台の立ち並ぶフードエリアの大通りを寂しく歩いていた。人の気配こそあるのだが、誰も出てこようとはせず全員が息を潜めている。時折、どこかの窓から視線も感じた。理由は言うまでもない。
「おい、来たぞ… ! 」
「音立てるなよ…殺されちまう」
複数人の不審者が暴れているという情報が出回った後、逃げ遅れた民間人は施設の中に隠れて外の様子を窺っていた。目を付けられれば殺されるかもしれない。しかし不審者の姿は見たいという危機感の無い野次馬根性によって、顔をこっそり覗かせる者達が後を絶えない。
「ん…何だろ ?」
派手な看板を掲げている中華料理屋を通り過ぎ、ムラセがそのまま歩き続けようとした時だった。大通りの果てに何やらギラギラとしている建造物が見える。訝し気な顔をして近づいてみると、インターホンまで丁寧に用意された豪邸だった。明らかに店ではない。しかし、やたらと派手な色合いや金銀の塗装が目立っており、もし自宅だったらこっぱずかしくて入る事も出来ないだろう。
「成金なのかな…」
偏見まみれの良からぬ考えを口走りながら、ムラセはインターホンを押してみる。軽快なチャイムはなるものの応答はなく、完全に玄関を覆い隠している鉄製のゲートが開く事も無かった。どうも怪しいと感じたムラセは、豪邸から背を向けて距離を置くと、一度連絡を取るために腰につけていた無線機へ手を伸ばそうとする。
その時、地響きがした。それも一度ではなく連続で、次第にその震動を大きくしながら。重量感のある足音のようにも聞こえるがそのテンポは速く、象か何かが走っているかのようにも感じ取れる。そして地響きによる振動音は、先程まで自分がいた門の近くにまで達しようとしていた。
すかさず振り向いた直後、砲弾か何かがぶち当たった様な音と共に鉄製のゲートが破壊されて吹き飛んでくる。咄嗟に前転をしてムラセが躱すと、破壊されたゲートは乾いた音を立てて通りを転がり、やがて甲高い金属音や火花を発しながら道の真ん中を滑って止まった。何とか受け身を取ったムラセだが、慣れない動きによる緊張のせいか、足腰そして手が若干震えている。
「よーし、まずは一人目だ」
門の向こうからドシドシと音を立てて男が現れた。ずんぐりむっくりといった肉体だが身長はかなり高い。容姿については…少なくともムラセの経験で言えば、下から数えた方が早いと思う程度の整い方である。たるみきった頬や顎肉、不揃いで清潔感の欠片も無い無精髭、整えてすらいないボサボサな髪など、嫌悪感の原因を挙げれば枚挙に暇がない。アンチルッキズムを崇拝し、他人の足を引っ張る事に余念がない嫉妬と怨恨にまみれた哀れな者達でさえ、彼の擁護など絶対にしないだろう。
「もしかして…シライシって…」
「ああ、そうさ ! 俺がシライシだ」
ムラセが恐る恐る聞こうとした時、先に男が大声をあげた。よく見れば彼の片側の眼は自分と同じ黄金色である。そして、そんな彼の足元に無線が転がっている事に気づいた。どうやら相手もそれに気づいたらしく、間もなくその体躯によって踏み潰されてしまう。
「これでお友達は呼べないぜ。まずはてめえを殺す ! てめえの顔面を台無しにして、生きたまま股から真っ二つに引き裂いて、背骨ごと頭引っこ抜いた後に他の仲間の前に放り投げてやるよ ! 」
凄まじい憎悪を抱きながらシライシは怒鳴り、勢いよく腕をかざす。すると、辺りから鉄くずや金属製のガラクタなどが集まり、次々と彼の両腕に付着していく。何かがマズいとムラセも怯えを感じつつも、”ゲーデ・ブリング”を発動して臨戦態勢に入った。




