第77話 落ち着け
「恐らく標的はかなりの手練れ。雑兵どもじゃ話にならないだろう。だが…これはお前が言い出した事だ」
「ええ、分かっています」
リゾート内のとある施設にて、一人の男が電話を使って何者かと会話していた。相手は女性の様だが、威圧感のある声からは厳粛な雰囲気が感じ取れる。
「私の予想としては一人でも倒せれば褒めてやりたい所だが、本気でやる気か ?手助けも無しに」
「ようやく恩を返せる時が来たんです。この力があればあんなチンピラ程度、いくらでも捻りつぶしてやります」
「まあ頃合いを見て我々も向かう。しかし忘れるな…大見得を切ろうとしてドジを踏む間抜けなど庇ってやる義理も無い。その時は全てお前に責任が被さる事になる。せいぜい健闘を祈るぞ、シライシ」
彼女の切り捨ててくるような言葉を最後に通話は途切れ、男は息巻く様に気合を入れながら受話器を置いた。
――――手分けによる調査を決めてしばらくした後、ベクターはホテル内からバツが悪そうに出てくる。想像以上に手掛かりがなかった事に若干落胆していた。
「カジノ探すかあ…」
呟きながら歩きだし、施設が立ち並ぶ通りを見物がてら観察していた時だった。入り口のゲートが見える方向からこちらへ向かって来る人影がある。二人組、それも武装をしている様子は見られない。それどころかやけに値段のかかりそうなスーツとドレスを身に纏っている男女であった。
「ジェシー ! どこにいるんだ !」
「お願いだから出て来て ! パパとママが――」
メガネをかけた男性とやけに化粧の濃い女性が叫びながら周囲を見回している。しかし、女性の方がベクターと目が合うや否や声を止めた。彼女にしてみれば、フードを被ってガスマスクを身に着け、物騒な得物を携える血まみれの男が視線の先に立っている。そのうえ目が合ったとなれば動揺せずにはいられなかった。
「く…来るな !」
間髪入れずに男性の方が拳銃を取り出し、震える手でこちらへ向けてくる。事情がありそうだと判断したベクターはオベリスクを仕舞って彼らに接近しようとした。
「おいアンタら…」
「く、来るなと言ってるだろ ! 目的は何だ ! 金か⁉」
「いやだから別に――」
強盗や追剥ぎ、或いはさらにタチの悪い殺人鬼として見られているのか、ベクターが宥めようとする前に発砲音が響いた。胸元に命中して血が滲むものの、間もなく肉体の治癒が始まった事で傷が塞がってしまう。
「あのなあ…」
効かなくても痛い物は痛いんだぞと、苛立ちの混じった本音を心の中でぶちまけつつベクターはズシズシと詰め寄った。男性はその間もとち狂ったように引き金を引き続けていたが、やがて弾が尽きてスライドが後退したままになってしまう。
「ま、待ってくれ… !」
「おい、だから話を――」
「いやあああああ !いやあああああ !」
「あのな――」
「頼む ! 妻だけは見逃してくれ ! 私はどうなっても良い !」
慌てて拳銃を投げ捨てて命乞いを始める男性と、悲鳴を上げながら彼を引っ張る女性のやかましさや煩わしさに耐えつつ、ベクターは落ち着けようと呼びかけるが全く聞き入れてもらえない。遂にしびれを切らしたベクターは、二人に対して力の加減もしつつ平手打ちをかました。
「ギャーギャーうるせえんだよ、雛鳥かお前ら。これで落ち着いたろ」
「あ、ああ…すまない」
ベクターに咎められた事で冷静になったのか、二人は頷きながら返事をする。それを確認したベクターは「よし」と呟いた後、男性の方を見てから反対側の頬にも平手打ちを入れた。
「何で私だけ二回も…」
「散々ぶち込んだ癖にそれ言うか ? とにかく目的は金じゃないんだ…ああいや、最終的にはそれ絡みの話だが。ここに来た目的は人探しで、アンタらは質問に答えたら俺とはそのままお別れ、オッケー ?」
「わ、分かった」
ベクターが簡潔に事情を説明して協力を求めると、二人もオドオドしながら承諾する。
「シライシって奴を知らないか ? ここにいるって聞いたんだが」
「もしかして、オーナーの事じゃないかしら…このリゾートの。たまにカジノにも顔を出してたわ」
ベクターの質問に対して、女性が恐る恐る答え始める。
「たまにって事は、アンタらは結構ここには来てるのか ?」
「ええ、それなりには」
引き続き答えてくれるが、表情や態度には焦りが見える。先程の言葉といい、誰かを探しているのかもしれないとベクターは判断し、さっさと話を切り上げようとした。
「成程。どこに行けば会えそうとかってのは流石に知ってたり… ?」
「それならフードエリアだ。ここから反対側の方にある飲食店が集まっている場所については知ってるだろう ? そこの奥に邸宅を構えてるらしい」
「仕事場に家って…まあいいや。迷惑かけたな、じゃあこれで…」
「ちょっと待ってくれ ! 」
知りたかった事について一通り聞けたベクターは、そのまま一礼してから立ち去ろうとする。しかし男性がすぐさま呼び止めると、ウンザリした様な顔をマスクの下でしながら渋々振り向いた。
「頼みがあるんだが、聞いてもらえないか ?」
「え ? あーダメダメ。そういうのはちゃんとアポ取ってからにしてくれ」
男性が何やら頼み事をしようとするが、ベクターは構ってる余裕などないとして再び背を向ける。彼がいる地点の反対側にあるフードエリアにはムラセが向かっており、自分も加勢に向かおうとしていた矢先であった。
「よし分かった、報酬も払うぞ ! 現金で百万だ」
「…聞くだけ聞こう」
しかし欲望には勝てなかった。そそくさと引き返して二人の元へ戻ったベクターは、早速どういうわけかを聞き出そうとし始める。
「娘を探してるんだ、はぐれてしまって…」
「何だ…俺に頼る必要無いだろ。てか、わざわざ置いて逃げた癖にまた探しに来たのか ? アンタら絶対恨まれてんぞ」
「仕方が無かったのよ。人でごった返してたんだもの…ホント、何でこんな事に」
事情を知る事は出来たが、勝手にしてくれと言わんばかりにベクターも断ろうとする。しかし女性がぼやきながら愚痴を語っている内に、原因を作った事に対する罪悪感が僅かに湧いてしまう。
「はぁ…ちょっと待ってろ。仲間に連絡入れるから」
まあこの程度の仕事ならば良いかと、ベクターはしょうがなく無線のスイッチを入れた。
――――リリスとイフリートはリゾートの西側を占めているアミューズメントエリアへと足を踏み入れていた。彼らも例外なく返り血にまみれており、先程まで何をしていたか容易に想像がつく。
「すっげー‼」
リリスは妙にはしゃいでいた。巨大なジェットコースターや観覧車を始めとしたアトラクションで辺りは埋め尽くされ、そのどれもが色彩豊かなライトによって光り輝いている。嬉々とした様子で辺りを見回している彼女へ聞こえるよう、イフリートは馬鹿馬鹿しいと溜息をついた。
「ったく、ガキかよ…」
「私より年下の癖に何言ってんの ? お、地図あるじゃん ! ねえねえ、どれから乗る ?」
「遊びに来たわけじゃないだろバカ姉貴。行くぞさっさと」
案内図を見て期待に胸を膨らませる彼女を置いて、イフリートはそそくさと歩き去る。そんなノリの悪い性格だからいつまで経っても彼女が出来ないんだろとリリスは悪態を尽きつつ後に続こうとした時、どこからか泣き声が聞こえた。
「ひぐっ…ひぐっ…パパー ! ママ― ! どこなのぉー !」
犬のぬいぐるみを抱きかかえ、泣きじゃくりながらアトラクションを区切る柵の近くを少女が歩いている。最初は放っておこうとしたものの、やっぱり気になって仕方がないとリリスは面白半分に近づき出し、止めようとしたイフリートも追いかける形で少女の方へ向かう羽目になった。




