第74話 失態
「ちょっと~‼酒が足りないわ ! 追加で持ってきて頂戴 ! 五本くらい !」
「はーい ! 追加でオーダー頂きました~‼」
やたらと暗い内装の店へ入り、これまた酒を飲んで騒ぐこと以外何も考えて無さそうなスタッフ達に連れられて席に着いた二人だったが、一時間もしない内にベクターは暴走し始めた。リーラのツケだというのを良い事に店の酒を高い順で持って来て欲しいと頼み、一度で良いからシャンパンタワーが見てみたかったと催しを始める。ここまでならばあぶく銭を余韻に使う頭の足りない成金という扱いで済んだのだが、自分でタワーを完成させてこそだと名乗りを上げてボトルを片手に注ぎ始めたのである。
色彩豊かな照明やスポットに照らされ、女装したニューハーフがグラスのタワーに酒を注ぐというその姿は、良くも悪くも人目を引いた。他の客はその付け上がった彼の姿に嫉妬や憎悪を抱き、金をばら撒いてくれるという点で従業員にとっては福の神とも言える様な崇拝の対象と化していた。
「そーだ ! そこの席に座ってるお嬢ちゃん ! アンタも注ぐの手伝って頂戴 ! お礼に一本奢るわよ !」
「マジィ⁉おじさん最高すぎるんですけど ! 」
遂には他の客を誘って余興に身を投じ始めるベクターだったが、決して欲望に身を任せていたわけではない。ムラセがこの手の祭りに率先して参加するタイプではない事は明白。そういった孤独さを醸し出す芋臭い女というのは、男にとって絶好のカモである。所々体は貧相な彼女だが、決してルックスは悪くない。そうなればバレバレな優しさをアピールするために話しかけ、隙あらば持ち帰ってやろうとする思考回路が下半身に付いてそうな下衆が食いついてくれるとベクターは睨んでいた。
友人がこうしてはしゃいでいるとあれば話の種にもなる筈であり、確実に言い寄る輩がいると確信を抱く。そこに乗じて、ムラセに色々と聞き出して貰えるのであれば御の字だった。それはそれとして、他人の金で豪遊をするという無上の贅沢に身を任せていたかったというのも事実である。
「ハハハハ ! 面白い子だね、君の友達」
「じゃじゃ馬って感じの人なんです…いっつも」
接待をしていた体格のいい従業員がムラセに話しかける。気まずそうにムラセも応じる一方で、どうにかして情報を聞き出さなければと話題を必死に探していた。
「ところでムラセちゃん、凄く腕とか、全体的に体が引き締まってるけど…何かスポーツとかやっていたの ?」
「い、一応…趣味で運動を。でもアルスさんも凄いですよね。服の上からでも分かりますもん」
「やっぱり ? こういう仕事だから見栄えは大事だと思って、最近ジムへ行くのにハマっちゃっててさ。特に胸を鍛える時は――」
対応をしていたアルスという青年と話をしている時、ムラセは以前にリリスが言っていた「体格が良い男はとりあえず体を褒めてみろ。高確率で頼んでないのに筋トレの話を始めるから」という教訓を思い出していた。本当にベラベラ喋り出すんだと驚きつつ、ちゃんと鍛錬を積めるのは何にせよ凄いものだと感心する。
「大変そう~。でも、やっぱりお金かかるんじゃないですか ? それだけ色々するんなら」
本心から思っているわけではないが、ムラセは心配をするかのように彼へ話しかけてみる。
「でも、お客さんが喜んでくれるなら張り切っちゃうよ」
「へえ、カッコいい ! そう言われると…もっと頼んじゃおうかな。頑張ってカッコよくなってもらわなきゃ。それにしても、これだけ大きい店だと、やっぱり来る人達も皆大物ばかりとか ?」
「アハハ、それは間違いない。こないだもどこぞのお偉いさんが来てたよ…もっとも、そういう人はオーナーが接待をするんだけどね」
おだてられて調子に乗ったのか、アルスは店の事情についても話し始める。なぜハニートラップや美人局という仕事が未だに無くならないのかムラセは身を以て実感し、そしてしばらくは注文もしながら他愛もない雑談に花を咲かせていた。
そんな様子をタルマンはクラブの向かい側にあるビルの屋上で盗み聞きしていた。仕込んだ盗聴器と通信を行うための親機を弄り、ムラセとベクターの盗聴器から流れる音をメモとして走り書きをしながら整理していく。大半はどうでも良い騒音や世間話であったが、不意に流れたオーナーがどこぞのお偉いさんに接待をしているという話にタルマンは思わず反応した。
「ムラセの方に動きがあった。どうもオーナーが怪しい…どこぞのお偉いさんに接待をしてるそうだ」
タルマンからの伝言が耳に仕込んだ通信機越しで聞こえたベクターは、すぐに自分が元いた席の方を見る。
「ムラセちゃ~ん ! それとお兄さんも来て ! そうそうそうそう…早く早く」
ベクターが呼ぶと、新たに運ばれて来たグラスのタワーに二人が集まった。複数あるタワーは当然だが全て空のままである。まとめて一緒に注いじゃおうとはしゃぐベクターがアルスに向かってシャンパンのボトルを渡し、ムラセの肩を掴んで絡むように自分の方へ引き寄せた。
「さっきの男をアフターに誘え。予定の場所へ連れて来るんだ…無理だったら力づくでやる」
小声でベクターが相打ちをすると、何事も無かったかのようにムラセへボトルを渡す。普通に飲んだ方が美味しいのに、こんな事して何が面白いんだと感じるムラセだったが、空気を読んで合図と共に頂上のグラスからシャンパンを注いだ。そこからさらに時間が経過し、ほとぼりが冷めた頃に二人はマッドオウルを退店する。手筈通りにムラセの傍らにはアルスが立っていた。
「じゃあ、これから少し出かけてきます」
「もう羨ましいわ、若いって…了解。先に戻っとくから楽しんでらっしゃい」
思っていたより上手く行った事に動揺するものの、ベクターは名残惜しそうに手を振って街の中へと消えていく。そして二人が歩き出したのを見計らって道路の向かい、建物の間にある路地へと入り込んだ。そこに設置されているやけに新しいゴミ用のコンテナへ入り込むと、数分後にはいつものフード付きのジャケットや迷彩柄のズボンに身を包んだ姿で出てくる。
「…二度とハイヒールなんか履きたくないね」
どうしてあんな物を使いたがる奴がいるんだと呆れつつ、痛そうに足を抑えてベクターはビルの屋上めがけて鉤爪状にしたレクイエムを伸ばす。そのまま一気に登り切った後、熱心に携帯用のコンピュータを見つめているタルマンへ忍び寄った。コンピュータはすぐにカモフラージュできるように、アタッシュケースを開いたような見た目となっている。
「状況は ?」
タルマンと同じように座り込んでからベクターは尋ねた。
「盗聴器でもあり、発信機でもあるからな…見てみろ。これで動きが分かる」
「オッケー、じゃあここに来るまで待つだけって事か」
画面に映し出されている地図と、子機から発せられているムラセの位置情報を確認した二人は獲物を連れてくるのを待ち続けた。
――――三時間程過ぎた頃、ムラセが向かって来ていると分かったベクターはタルマンと共に出入り口の陰へと身を隠す。やがて、靴の音を立てて入り口から現れたムラセとアルスは、風当たりの良い柵の近くへと向かう。
「良い景色…」
短髪が風で揺れるのをムラセは抑え、手すりに掴まってから街を一望していた。
「すいません、色々付き合わせちゃって」
「平気だよ。大事なお客さんの頼みだから」
「優しいんですね…そうだ、街の事で少し聞きたいんですけど良いですか ? 明日も観光するつもりなんです」
「勿論。意外と住んで長くなるし、何でも聞いてくれよ」
聞きたい事があるというムラセに、客の頼みならばとアルスは快く応じる。背後からベクターが接近しつつあるとも知らずに。
「何でも教えてくれるなんて嬉しいね」
「え…」
わざとベクターが存在に気づかせるような発言をすると、アルスも思わず反応した。しかし、すぐに取り押さえられると首を掴まれて持ち上げられる。ムラセはタルマンから渡された紙袋を持って物陰へ向かい、間もなく動きやすい身なりに着替え終わった状態で再び顔を出した。
「オーナーがお偉いさんに接待をしてたそうだが、何者だ ? それか…ジャクソンだっけ ? 直接聞きたいから、あいつの居場所を教えろ。今は店にいるのか ?」
首を絞めながら尋問を始めた時、出入り口が開いて数人程の男が現れる。手にはバットやナイフといった凶器を携え、明らかに穏やかではない。
「つけられてた…」
「道理で簡単にアフターに誘えると思ったよ…まあ気を落とすな。よくある」
投げ捨てるようにしてタルマンにアルスを預けたベクターは、ムラセを励ましてから拳を鳴らし暴漢たちへ近づく。二人に比べれば、武器を持っていようと所詮は素人である。間もなく鎮圧され、ボロボロにされた凶器と共に地面へ突っ伏す羽目になっていた。
「よし。話を戻すが――」
「待て、分かった…ここから先にオレンジ色の看板が目印のモーテルがあるんだ…いつもそこに気に入った客の子を連れ込んでる」
一通り暴漢たちを片付け、ベクターが話を切り出そうとする前にアルスは情報を吐き始める。何だ、話の早い良い子じゃないかとベクターも満足げに彼の肩を叩いた。
「協力どうも。アイツらにも伝えておいて欲しいが、他の誰かに何か聞かれたら”うっかりこけました”って伝えるよう言ってくれ。俺達には会ってないし、何も見てない。な ?」
「は、はい…」
「オッケー」
大人しく答えてくれた事に感謝し、この場で起きた事を口外しないようにベクターは釘を刺す。そしてアルスが応じた直後、彼の頭めがけて頭突きをかました。そのまま崩れ落ちたアルスを眺めたベクターは額を擦りつつ、タルマン達を連れてその場を後にする。
――――周囲を警戒しながら到着したモーテルの通路にて、ベクターは部屋の鍵を指で弄りながら歩く。その背後には襲撃を恐れてソワソワしているムラセとタルマンもいた。やがて番号が一致する部屋の前へ着くと、ベクターは鍵を静かに挿し込む。そしてロックを解除すると勢いよく部屋へ突入した。そんな彼らに待ち受けていたのは、今にでも女性二人へ飛び掛かろうとしているジャクソンの情けない姿である。
「ちょ、何よ⁉」
「な、お前は…‼」
狼狽えるジャクソンへ近づいたベクターは、問答無用で顔面を殴り飛ばし、蹴り上げてから床に座らせる。タルマンにはドアを見張らせ、ムラセには騒がないよう女性たちを説得させた。
「ここの管理人さん良い人だな。チップあげたら簡単に合鍵くれたよ…インタビューごっこしようぜ。返答次第じゃ、顔で食っていくのは諦めた方が良いかもな」
椅子に座ったベクターが話すと、慣れない苦痛に顔を歪めながらジャクソンは首を縦に振る。
「さっき襲われたんだが、お前が仕向けたのか ? 」
「ああ、命令があって仕方なく」
簡単に白状してくれることに張り合いの無さを感じつつも、ベクターはタルマンへメモを取る様に合図をする。
「ふ~ん…最近、どこぞのお偉いさんと仲良くしてるらしいが、そいつについて知ってる事を全部話せ。出来る限りで良い 」
「仕事仲間の紹介で相手しただけなんだ 。確か名前はシライシと言っていた…く、詳しい事は言えない…俺も良く分からなくて。本当だよ ! ただ、今後次第じゃ資金を援助してくれるって言うから…他にも仕事を色々回してくれるらしい。 刺客を差し向けるように頼んだのもソイツだった」
「顔がバレてるって事か…そいつはどこにいる ?」
「このシェルターの北部。一番デカいリゾートがある。大型のカジノが併設されているんだ…そこに行けば会える筈だよ。嘘は言ってない !」
一通り話を聞き終え、回り道にも程があるとベクターは頭を掻いて溜息をついた。
「最後に、この辺りは色々と変な噂が立っている施設が多いそうだ。オーガズゲートとかいう闘技場が人身売買に加担してるって話は聞いた事あるか ?」
「勿論だとも、シライシを紹介してくれたのもそこのオーナーだった。そこだけじゃない ! 他にもわんさかある…」
「…成程。よし、これでおしまい。今しがた起きた事は他言無用。破った場合は…まあ、もう一回店に顔を出すよ」
最後に質問に対しても、ジャクソンは縋る様な声で駆け足気味に答える。キーパーソンとなる存在が示唆され、ジョージ側の情報次第だと考えつつもベクターは念のために警告をする。そしてジャクソンを脅し代わりにもう一発殴ってから立ち去った。




