第64話 身から出た錆
一箱目のピザがちょうど半分無くなろうとしていた時、息を切らしてトレーニングルームへ何者かが駆けこんできた。イフリートへ使ったものと同じ束縛用の魔法によって拘束された従業員たちを見て青ざめたその男は、恐る恐るリーラとベクターの方へ顔を向ける。
「リ…リーラ…」
「ノスダ、一週間ぶりね。ピザ食べる ? あなた好きでしょ」
震える声で口を開くノスダという男は、このジムのオーナーだった。生え際が後退しつつある髪に哀愁が漂い、少し痩せこけた顔をしているその男に対してリーラがピザを勧める。
「え、遠慮しておく…その男は ? 」
「私が臨時で雇った鉄砲玉兼ボディガード。奥の”隠し部屋”にもう一人いる」
事務室の方へ行くベクターを見てノスダが不安を隠せない様な声色で聞くと、リーラも説明をしつつこのジムが隠し続けていた秘密について言及した。
「誰か来ました ? 」
様子が変わった事に気づいたらしいムラセが事務室まで出向いていた。
「ああ。今から話をするみたいだが…誰も外に出すな。少し、手荒い真似をする事になりそうだ。見たくないだろ ? 代わりにやるってんなら別だが 」
「や、やめときます…」
ベクターが酷く暗い調子で指示をすると、それに気圧されたムラセもドギマギしながら返事をした。軽く笑みを浮かべて「頼んだぞ」と一言だけ伝えたベクターは、そのままリーラの方へと戻る。
「それで、どうするの ? 」
先程までの気の抜けた雰囲気は鳴りを潜め、ベンチに腰を掛けていたリーラは落ち着いた声で脅し始める。
「待ってくれ。その…違うんだ。経営に行き詰ってたのは本当で、だから、そんな時に話を持ち掛けられてな…いずれはちゃんと知らせる予定だった。だけど、どうしても忙しく―――」
「私の質問聞いてた ? 」
とにかく口を回さなければと、ノスダは弁解のため躍起になっていた。しかし、苛立ちが僅かに含まれたような荒っぽい口調でリーラはそれを遮る。さあ恐喝の始まりだぞ。ベクターは心の中でそう思いつつ、目の前で繰り広げられる二人の成り行きを見守る。
「涙なしには語れない事情だとか、あなたの私に対する懺悔だとかを聞きに来たんじゃない。どうするのかって聞いたはずだけど…もっと分かりやすく言ってあげようか ? どう落とし前を付けるの ? 」
「それは…その…」
「人身売買の斡旋と臓器の密売…そんな真似は許さないなんて、偽善者じみた説教をするつもりはない。気に入らないのは、あなたが私に隠れて勝手に儲けてた事。新しい仕事をする時は一声私にかける…確かに教えた記憶があるのに、どうしてかしらね」
縮み上がってしまっているノスダへ、リーラは淡々と責められている理由を説き続ける。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかと、ノスダは自分の不手際を棚に上げて被害者意識を高めていった。
「どこの誰と取引をしていたか…それも後で聞かせてもらうけど、まずは今後の身の振り方を考えないと。少なくとも今まで滞納していた分のみかじめ、私への借金…この辺はまず払ってもらう。少なくとも今日中…そうね、五時間以内。その上で今後収入があれば、そのうちの五割を私が貰う」
「む、無茶苦茶だ…」
「皆そうしてる、だから私も出来る限りは皆を助けてあげてる。あなただけ特別扱いじゃ、他の住民に示しがつかないの」
許すための条件をリーラは提示したが、尚も食い下がるノスダに愛想が尽きそうになる。そして最後の手段に出ようと背後にいるベクターの方を見た。「死なない程度にお願い」という、この手の仕事でいつも彼女から言われる要望を伝えられ、気が進まない様子ではあるがベクターは近くにいた男の首を掴んで引き摺って来る。
「こんだけグルになってやってるんだ。こいつらと仲は良いんだろ ?」
ベクターは引き摺りながら喋った。ああそうだとノスダは口にしかけたが、直後に男を床へ投げ捨て、片側にのみプレートを取り付けたバーベルをベクターが持ってきた事で青ざめる。リーラも魔法を使い、うつ伏せ状態の男の手足を操って無理やり大の字に広げさせる。何が起こるのかを予期するのは難しくない。
一瞬、物音ひとつしなくなった空間でノスダがリーラの方を見た直後だった。ベクターは無言でバーベルを振り下ろし、男の右足首へと叩きつける。強い衝突音が響き、間髪入れずに男の悲痛且つ情けない絶叫が部屋にこだました。
「一言よ。『払います』と、そう言うだけで彼らは助かる」
リーラの要求を最後に再び沈黙が訪れる。右足首を破壊された男が助けを乞おうとした時には、バーベルに取り付けられたプレートが左足首も破壊した。ノスダは胸が張り裂けそうな程に早まる動悸を押し殺し、払うべきかそうじゃないかを必死に考える。まとめて払うにしても数千万は下らない。そんな額を今から用意するのは流石に難しく、かといって払えなければどうなるか分かったものではない。そう言っている間にも鈍い音が響き、続いて僅かな呻き声が漏れる。
「早くしろ。この場にいる全員、人の手を借りなきゃ糞も出来なくなるぞ」
ウダウダと考えている間にベクターの声が聞こえ、再びバーベルが振り下ろされる。両手足が完全に破壊され、皮膚から突き出た骨や肉の間から血が溢れ、ゆっくりと床に広がっていく。男はひたすらにノスダを睨んでいた。
「…最低でも四発だ」
ベクターは周りに聞こえるよう呟き、一旦バーベルを投げ捨てた後に次の見せしめを連れてこようと歩き出す。他の者に比べて格段に取り乱し、泣きじゃくっている見張りの男が何となく癪に障ったため彼にしようと足を踏み出した時だった。
「あ、兄貴…」
顔に痣を作っている受付の男の細い呟きをベクターは聞き逃さなかった。横切ろうとしていた彼の前で止まり、静かに彼を見下ろす。ノスダの方を見ていた受付の男はベクターの視線に気づき、すぐに何かを悟ったように震えた。
「あいつの舎弟か何かか ? それとも…」
ベクターが重々しくも興味ありげに聞き出すが、男は怯えるばかりで答えようとはしない。
「待て。そいつは…やめてくれ」
絞り出すのがやっとな様子でノスダが声を発した。しかし、ベクターはそんな彼を無視して最初に目を付けていた見張りの男の方を睨む。
「おい、お前の事だよ」
彼の呼びかけにビクリと体を震わせて見張りの男は反応した。
「運が良かったな」
ただ一言、ベクターは彼へ言い放った。そして受付の男の足を掴んで引き摺りながらノスダの近くへと持って行き始める。
「やだ…うわああああ ! やだ ! やめてくれ ! 兄貴 ! 兄貴 ! 助けて ! やだ !」
泣き叫ぶ声も虚しく、リーラによってうつ伏せのまま大の字に束縛された男はノスダへ助けを乞い続けた。ベクターは男の手へバーベルを近づけて距離感を掴む。そして手が破壊されるまでのタイムリミットが迫っている事を見せつける様に、ゆっくりと振り上げた。
「分かった ! 払う ! 払うから… ! 」
ベクターが振り下ろした瞬間、ノスダが叫んだ。寸前の所でベクターが勢いを止め、自身の手の数センチ上にあるプレートを見た男は失禁してしまう。
「良い兄貴を持ったな」
皮肉っぽくベクターが言い残してからバーベルを投げ捨てる。リーラもいつの間にか誓約書とペンを取り出しており、ノスダの目の前に投げ捨てた。
「すぐにサインして」
「も…もし、約束を守れなかったら…」
「今更聞く必要ある ? 」
吐き捨てるような口ぶりのリーラへ、ノスダは万が一の事態について質問をしたがあっさりと言い返されてしまった。震える手でようやく名前を書き終えたノスダから誓約書を強引に受け取り、リーラは確認をした後で懐にしまう。
「最後にもう一つ。部屋に隠していた手紙や領収には受け渡す相手の名前が無かった。あなたは誰と取引をしていたの ? 」
リーラの問いかけにノスダは再び黙ったが、背後にいるベクターからの圧に押されて深呼吸をしてから口を開く。
「分からない…ただ、取引を持ち掛けて来た奴らがどこにいるかは知っている」
「どこ ? 」
「ハ、ハイドリートだ」
「…え ? 」
ノスダからの問いにリーラは少し驚いたように顔を彼へ向けた。
「リーラ、何か知ってるのか ? 」
僅かとはいえ動揺している彼女も珍しいと、ベクターはすぐに彼女へ問いただす。
「多少はね。この後って時間空いてる ? 話がしたい」
リーラもすぐに返事をしてから真剣な表情でベクターを誘う。軽く頷いたベクターを見た彼女は、魔法を使ってアタッシュケースを召喚する。
「今回の報酬よ。ムラセちゃんに持たせればいい ? 」
「察しが良くて助かる…ムラセ ! 」
アタッシュケースの中身をリーラが告げると、ベクターも感謝の意を示してからムラセを大声で呼ぶ。
「…うわっ…お、終わったんですか ? ていうか、これ…」
「まあな。こいつを持って先に帰っててくれ。少し急用が出来た」
ドアを開け、何が起きたのか尋ねずにはいられない痛々しい光景にムラセはドン引きし、そんな彼女にベクターはアタッシュケースを手渡しながら指示を出した。




