表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮魔人の冒険譚 ~仇探しのついでに仕事を始めた結果、周囲から一目置かれるようになっていました~  作者: シノヤン
パート4:浸食

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/171

第62話 情状酌量の余地

 粗末なコンクリート造りの壁に目立つ落書きを眺め、ベクター達は足音を響かせて階段を昇る。三階へ辿り着くと、小休止代わりにフゥと一息だけついてジムの入り口と思われるドアを掴んだ。手動のドアを横に開けて中へ入ると、緑のマットが床一面に敷かれており、受付ではだらしなさそうに男が一人で雑誌を読んでいた。奥にはトレーニングルームも見える。


「いらっしゃい。もしかして新規での入会っすか ? 」


 男が雑誌を隠しながら鬱陶しい口調で話しかける。肩から肘にかけて掘られた刺青をこれみよがしにチラつかせており、それなりには鍛えているようでTシャツの上からも広背筋と増幅筋の盛り上がりが目立っている。頭部の右側には剃り込みを入れており、鼻に付いているピアスが照明で光っていた。


「最近、腹の肉がつまめるようになってな。そろそダイエットをしたいんだけど、何しろこの手の施設とか…初めてなもんでね。見学って出来ないか ? 」

「ああ、いいっすよ」


 バレバレな噓だった。自宅の地下にトレーニング用の部屋を設けてるのもそうだが、それ以前に彼の風貌を見て「メタボを気にしているトレーニング初心者」と思う間抜けがいるのだろうか。ムラセはもう少し上手い嘘をつけば良いのにと顔に出さず呆れてしまう。


「ただ見た感じ、十分いい体っぽいすけど…」

「ああ、その~…」

「うちの…お、お兄ちゃん最近引退して怠けっぱなしなんです~…元々、傭兵で…あはは…」


 当然の如く受付に怪しまれてベクターが内心焦った直後、ムラセは咄嗟の思い付きで嘘に脚色を加えた。


「ああ、意外とあるらしいっすよね。仕事辞めた途端太っちゃうって」

「そ、そうなんだよ…食べる量は変わらないのに家にばっかいると体が鈍るぞってコイツが五月蠅くてさ~…」

「まあ、暇なんでのんびり見てってください。スタッフもいるんで何か気になる事があれば聞いてくれてもいいっすよ」


 思いの外あっさりと信じてくれた受付に通され、次の部屋と歩き出した時にムラセはベクターの左腕を小さく小突く。


「…何だよ」


 いつもと違って袖を降ろし、手袋をしてレクイエムを隠している左腕を引っ込めながらベクターが言った。


「もう少しマシな事言えなかったんですか ?」

「…後で言うつもりだったし」

「絶対嘘だ。言葉に詰まってたじゃないですか」

「うるせえ」


 小声で反省点を探る一方、中に入れてしまえばこっちのもんだと二人は気を引き締めた。部屋に入ると小奇麗なトレーニングマシンやダンベルラックが並んでおり、数人程ではあるが、恰幅の良い男達がいた。部屋の入り口から見て左奥の隅には別の部屋へと続く扉があるが、関係者以外立ち入り禁止と書かれている。やけに頑丈そうな扉だった。


「見ない顔だな」


 近くのベンチに座っていたスキンヘッドの男がベクターへ話しかけた。


「ただの見学希望だよ」


 ベクターが話に付き合っている最中、ムラセは扉の近くにいる別の男を見た。トレーニングはおろか、休憩をしているという様子もない。一瞬、こちらを睨んできた男からムラセはすぐに目を逸らした。どうやら近づかれるのを嫌がっているらしい。見渡す限りにいるのはベクターと話しているスキンヘッドの男と、扉の近くに屯している見張りらしい男。それとダンベルやマシンを弄っている者が三人ほどいる。


 受付にいる男を含めれば六人程度ではあるが、このうちの何人が関係者なのかが問題だった。真面目に推理しようと考え始めた直後、どこかでぶつかる様な音が聞こえる。それと同時に物が倒れ、何かが割れたような音もくぐもった形で聞こえた。


 全員が反応し、それがどこから来たのか分からないベクターとムラセは一瞬硬直する。しかしすぐにそれが壁越し、つまり扉の奥に存在するのであろう別の部屋から聞こえたのだと、急いで扉を開けて消えていく見張りらしい男を見て悟った。周りの者達も一斉にそっちの方向を見ており、ほんのわずかの間だが沈黙が訪れる。全員がグルなのかもしれないと、ムラセは足が震えそうになる。


「結構デカい音したが大丈夫かな ? 」


 ベクターがようやく口を開いた。


「ん、ああ…まあ大丈夫だろ」


 スキンヘッドの男は面倒くさそうに言い返す。


「でも心配だね。何であんな必死な顔して行ったんだろうとか、考えたりしない ? 」

「いいや全く」

「俺は考えちゃうかな。あの扉の先に、そんな顔色変えて様子を見に行っちゃうような物が置いてるのか~ってさ。風の噂で得た話だが、客の出入りが無い寂しいジムがこのスラムのどこかにあるらしい。しかし不思議な事に利益自体は出ているそうだ。何でも酒の力を借りなきゃ口外出来ない様な仕事、それのおかげでやっていけてるんだと。寧ろ、既にそっちが本業になってたりして」

「…この場所がそうだとでも言いたげだな」


 ベクターの話にスキンヘッドの男が反応する。それと同時にそこらで屯していた者達も顔を二人の方へ向けた。その視線は温かい物ではなく、明らかに警戒心を孕んでいる。


「おいおいおいおい。そんな総出でイライラしなくて良いよ。ここの事だなんて一言も言ってない。そんな態度取られちゃ、何か心当たりがあるのかって疑っちゃうぜ ?」


 案外怒りっぽそうだと感じたベクターは、上手くいけば勝手に馬脚を露わしてくれるのではと挑発を続けてみる。受付にいた男も物音が気になって部屋へ来たが、ベクターと対峙しているスキンヘッドの男と目が合った瞬間に合図を送られた。そのまま扉を閉めた後に静かに鍵をかけると、ベクターよりは弱そうだと判断したのかムラセの背後へと近づく。そしてコッソリと手にスタンガンを忍ばせた。


 背後からの気配に警戒していたムラセは、スタンガンを取り出された事に気づくとすぐに後ろを向く。こちらへ突き出されるスタンガンをすぐに躱し、脇腹へ肘打ちを入れる。苦痛に喘ぎながら受付の男が崩れ落ちてのたうち回ると、周りにいた者達も立ち上がって近づき始める。


「今の動き、素人じゃねえな。何者だお前ら ? 」


 スキンヘッドの男が動揺を見せながらドスの利いた声で尋ねる。


「ごめんな、受付のお兄さん。嘘ついちゃった」


 ベクターは顔を向けることなく跪いている受付の男へ呼びかけた。


「引退した傭兵って事で誤魔化したかったけど、俺って現役バリバリだし、傭兵どころか金の額次第で基本的に何でもやっちゃうし…ダイエット目的でここに来たわけでも無い。また来るかは分からんが、次からは正直に話すよ」

「何が言いてえんだ ? 」


 申し訳程度の懺悔をするベクターへ男はさらに凄んで見せる。


「ちょっとした頼み事を引き受けて来た…人への義理を欠いたらどうなるか教えてやれ、って内容でな」

「チッ、エルフに関われば碌な事にならねえって言ったのに…」


 拳を鳴らしてベクターが言うと、男は舌打ちをしながら呟いた。


「差別か ? 人権団体に頼んで社会的に抹殺してもらっても良いんだぞ ?」


 そこへさらにベクターが煽りを入れる。少しだ黙った後に男がいきなりパンチを入れると、ベクターはその拳を掴み、ジワジワと握力で破壊しようとする。


「なっ…⁉」

「筋肉付ければ心に余裕が出るって言った奴誰だよ。全然ダメじゃねえか」


 驚愕する男を余所に、ベクターは苦言を呈しながら左腕で軽く吹き飛ばす。床を転がされた男は「こいつらをぶっ殺せ ! 」と怒鳴り、周りの人間が応じた事で戦いが勃発した。襲い掛かろうとする者達をベクターは片っ端から殴り倒すか蹴り飛ばし、久々の喧嘩に対して大喜びするかのように笑う。


 ムラセは自分に再び掴みかかろうとする受付の男を殴り倒したが、直後に別の男にタックルをかまされてしまう。そして、そのままダンベルラックへと叩きつけられた。肘打ちをかますが、男は苦痛に顔を歪めながらムラセの首を掴む。


「このガキ…‼」


 男がそう言って首を絞める手に力を込める最中、ムラセは何とかして比較的軽いダンベルを掴むと、それを男の脇腹へと叩きつける。項垂れながら手を放し、床に倒れる男へとどめを刺そうとしたが躊躇いが生じてしまい、ムラセは狼狽えた。


「どうせ敵だ、デーモンと同じ ! 殺さない程度なら何やっても良いんだぞ ! 楽しめムラセ ! 」


 様子が見えたらしいベクターは叫びながら激励し、掴みかかる相手を再び殴り飛ばした。ムラセは迷った末、比較的丈夫そうな背中をダンベルで叩いて倒すと、すぐに素手へ切り替えて戦いを続けようとする。


 一方、ベクターは対照的な様子だった。バーベルで殴ろうとする者もいたが、それをレクイエムで防ぐと余裕そうに微笑んで見せる。レクイエムを使って受け止めた事でへし曲がってしまったバーベルに驚愕する男を胸倉を掴み、壁を覆っている鏡の方へ投げ飛ばして叩きつけると、音を立てて連鎖的に鏡が崩れ落ちる。そのまま顔面を踏みつけ、次の獲物はどいつだと辺りを見回した。


 ムラセも拳を構えて近づく男達の肉体へパンチを叩き込んでいく。ほぼ毎日行われるベクターからの指導としごきは、想像以上に彼女を戦士へと育て上げていた。もしかすれば彼は自分に協力などする気は無く、後継者を欲しているのかと不安を感じる一方で、自分が確かに強くなっているという驚きもあった。いずれ目的が食い違えば独立をした方が良いのだろうかと考えつつ、迫りくる相手へムラセはひたすらに応戦する。


 そんな調子で少し騒がしくなったジムを路地裏から眺めつつ、魔方陣によって召喚した椅子に座り、同じく召喚したテーブルとティーセットでリーラは見物を始めていた。


「楽しんでるわね~…」


 呆れも混じる一方でお転婆な家族を見つめる様な眼差しで眺めていると、近所に住んでいるらしい子供が彼女へと寄って来ていた。


「おばさん何やってんの ?」

「おばさんじゃなくてお姉さんって呼んで。でも、正直な子は好きよ…キャラメル欲しい ?」

「欲しい!!」


 少年が元気に返事をすると、リーラは微笑みながらキャラメルの入った箱を手渡す。よく見れば他の子ども達も建物の陰からこちらを見ていた。


「俺もお菓子欲しい !」


 やがて一人がひょっこり出てくると、中々図太い子供だとリーラは少しだけ感心した。最初に話しかけた子供はさながら生贄だったのかもしれない。


「あら、様子見をしてたのね。ズルいけど賢い…まあいいか。ガムでいい?」

「うん !」

「わ、私も欲しい !」

「僕も ! 出来ればポテトチップス ! 」


 どうやら危害は加えられないどころか、お菓子が貰えると分かった子供たちは雪崩の様に押し寄せ、遂には欲しい菓子の催促まで始めた。


「そ、そう… ?ガムね…はいどうぞ。えっとね…ポテトチップスは無いからトルティーヤチップスでいいかしら ?あ、オッケーなんだ…はい、あげる…薄味だけど」


 止めどなく溢れ出る要求に戸惑いつつも、リーラは次々と菓子を魔方陣で召喚しては子供達へ渡す。やがて騒ぎに気づいた数人程の大人が大急ぎでこちらへ走って来た。


「おい、お前達何やってるんだ⁉リーラさん、すいません !子供たちが…」

「良いのよ。これぐらい元気な方が逞しく育つわ。そうだ…ほら、残りは皆で分けて」

 

 大人達が我が子の無礼を謝罪するが、リーラは気にしてないと言い放って召喚できるだけの菓子を召喚する。そして好きに食べてくれと言っている内に、ベクターから片付いたと合図を送られた彼女は、そのままジムに向かって呑気に歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ