第60話 節約
「生物の分野で言う所の相利共生…持ちつ持たれつの関係なのかもな」
「どういう事 ?」
クロノスとの戦いから一週間が経過していたある朝、マークは集まったサンプルや映像資料の山から顔を出して話を始めた。やけに酸味の強いコーヒーをカップへ注ぎながら、息抜きがてら訪れていたルキナもそれに反応する。
「あの人型のデーモン達は、例の大型の中にいれば苦労する事なく餌にありつける事を学習し、棲みついた事で環境に適応したのかもしれない。確信を持つにはまだ情報が少ないから断言はできないが、あれだけの大きさであれば自分にとって有害な生物を飲み込んでしまう事も少なくないだろう。咀嚼をしている様子も無かったしな。そういった体への脅威や負担を排除してくれる上に、消化の手助けをやっていた可能性がある」
「外敵の排除は察しが付くけど、消化の手助けっていうのはどうやって ? 」
「その…体内に送り込まれた物質を彼ら自身がまずは捕食し、糞尿としてその場に排出する…後は分かるだろ ? 大型デーモンはそれを消化し、自らの糧にしているって事だ」
「つまりスカトロ ? 冗談キツイ」
少し躊躇いつつ説明を行うマークに無言で仰天し、ルキナは砂糖やコンデンスミルクを少し入れたせいで濁っているコーヒーを不意に見た。その茶色と黒で構成された濁った液体は、マークの説明を聞いてしまったせいで良からぬ連想を彼女にさせる。苦言を呈しつつ乱暴にカップを置き、ルキナは付近にあった安物の椅子に座り込んだ。
「ところがこれを悪趣味な生態として片づけるのも惜しい。ほら、部隊が回収した分とアスラの装甲に付着していた分を合わせた排泄物のサンプルだ」
マークはそう言いながら厳重に密閉されているカプセルを取り出してみせる。中には湿り気のありそうな茶色い物体が詰まっていた。
「調べてみると含まれているのはミネラルや鉄分、それとタンパク質…人型のデーモン達が捕食したものだろうな。驚く事にその栄養価はほとんど損なわれていない。凄いと思わないか ? 」
「何が ? 」
「味はともかく、食事として摂取するには十分な質の栄養を持ち合わせているって事だよ。食べたものからほとんど栄養を摂取せずとも体に支障をきたさない…それぐらい彼らの代謝は優れている」
気まずそうな表情で聞き続けるルキナの事などお構いなしに、マークは更に熱弁を続けた。
「彼らの肉体のメカニズムを分析していく事で資源の問題を解決できるかも。そんな際どい事をする奴がいるか知らないが、例えば彼らの肉体を再現した臓器や義体を作り、サイボーグ手術で導入して肉体のエネルギー効率を向上させ、反芻を行えるようになったとすれば食料不足をある程度は改善――」
「それはやめとこう。いや、ホントに」
「あ、そう…」
突拍子もないアイデアを前にしたルキナは、少なくとも自分は絶対にやりたくないという意思の下で却下した。申し訳なさそうにする一方で不服そうにマークは視線を送る。
「まあ、それはさておき。エネルギー効率の向上については色んな分野への応用が期待出来る。アスラもそうだが、魔力を原動力にしている装備や機材は燃費の悪さが問題視されていてね。現にオーバーヒートを起こしちゃったし。もっと情報を集められれば研究も捗るんだが…」
そこまで言ってからマークは椅子を軋ませて天井を見上げた。
「…また現れてくれねーかな。あのデカいやつ」
「やめてよ。部隊出動させる費用って馬鹿にならないのよ ? 」
クロノスの再来を渇望するマークにルキナが呆れていると、研究室のドアが開いてアーサーが入って来た。片手に小さい紙袋も携えている。
「本社の再建設に伴う周辺地域への支援をするって聞いたぜ。マスコミからは金を払って責任から逃げようとしてるって叩かれてるが」
「ほっとけば良いわよ。どうせやらなくても文句言われるし」
アーサーに対してルキナは不貞腐れた様に首を横に振った。
「無能と貧乏人ってのはいつの時代だって石を投げる相手を探してるもんさ…所で何持ってる ?」
マークも付け足すように愚痴を零しつつ、アーサーの持っていた紙袋に興味を示す。
「ああ、様子を見に来たついでに差し入れだ。腹減ってないかと思って」
資料の束を慎重にどかし、紙袋を机に置きながらアーサーが言った。
「へぇ、気が利くのね。中身は ?」
「カレーパン」
ほんのりと温かい紙袋を触ったルキナが興味本位で聞くと、アーサーはその中身を告げた。マークは礼を言いながら取り出して齧りつき、中に入っているカレーの具合を見る。一休みをしようにもその色と見た目が、研究から気持ちを切り離すことを許さなかった。
――――部屋の隅どころか、至る所に大きめの埃が目立ち始めているリビングにて、ジョージは誰のものかおおよそ察しが付く請求書を睨んでいた。
「どうした ? 」
顔を洗って来たらしいタルマンが呑気そうに尋ねて来る。見れば分かるだろうに他人事で済ませるその態度が尚の事ジョージを苛立たせ、そして困惑させた。
「どうしたじゃないだろ ! 何だよこれ、借金返済の催促に税金の滞納、ここ最近は光熱費すら払って無いじゃないか ! 全部合わせて億越えてるんだぞ⁉」
「仕方ねえだろ金ねえんだから」
怒鳴るジョージを前に、平気そうにタルマンは言いながら自分の仕事場へ向かう。どいつもこいつもなぜこう楽観的なのかと頭を悩ませている時、寝ぼけたような態度をしたイフリートと金属製のタンクを担いだリリスが二階から降りて来た。
「朝から頑張るねえ…ってあれ、ベクターとムラセいないの ? 」
「何か連れてかれたよ。臨時の仕事があるからってさ。ところで何を飲んでるんだ一体 ? 」
二人の姿が見えない事に疑問を抱くリリスへジョージは答えるが、それと同時に彼女がタンクに短めのホースを刺して怪しげな物を飲んでいる事に気づくと、碌な事にならないと分かっていながら敢えて尋ねた。直後に仕事場からタルマンが戻って来る。
「おい、誰かガソリンのタンク見な…か…」
仕事に使うガソリンの所在を聞こうとした瞬間、お目当ての物をリリスが抱えている上にこちらを見ながら飲んでいる姿をタルマンは目にした。
「おい、お前何飲んでんだ⁉」
「だって酒無いし、似てるの飲むしか無いじゃん ? 」
「だからってガソリン飲む奴がいるかバカ ! さっさと返せ ! 商売道具だぞ !」
「あと一口、一口だけでいいから」
「クソッ、力が強ええ…イフリート、この馬鹿を抑えろ ! 」
「ほら、姉貴…その辺にしとけ」
「そんな~」
「嘘だろ、コイツ半分以上飲んでやがる… ! 」
朝から騒ぎながらガソリンの奪い合いを始めるタルマン達をジョージは煩わしく思う一方、「見てる分には楽しいものだな」と現実から目を背けたい一心で眺めていた。




