第39話 対話と強要
「やった…ベクターさ――」
ムラセは安堵と満足感に溢れた様子でベクターを呼ぼうとするが、当の本人は肩を抑えて何やら切迫した顔をしていた。「少し待ってくれ」とジェスチャーで示してから、右手でダラリと力が抜けた様に垂れ下がっている脱臼した左腕を掴む。そのまま一気に押し込んだ瞬間、ボクンという音がした。
「っあ~…何とかなったかな。癖にならないと良いが…」
具合を確かめる様に肩を回し、ベクターは今後に悪影響が無い事を祈っていた。しかしムラセに気づくとすぐに手を振って彼女の元へ近づいていく。
「よくやったと言いたい所なんだが、今のはなんだ ? 」
「…わ、私もよく分かんなくて…すいません」
「あー、いや。別に謝る程でも無いんだが、ちょっと気になってな…知らないんなら良いや」
ムラセが見せた奇妙な力の正体については、彼女自身も知らなかったらしく気まずそうに詫びを入れられた。別に構わないとベクターは笑いながら誤魔化したが、彼女が目を離した瞬間にどこか陰のある不安げな表情を浮かべる。そんな事は知りもせずにムラセは駆け付けていたリーラ達のもとへと走って行った。
「皆さん、無事だったんですね ! よかった~」
「お、おう…」
ムラセが手短な場所にいたファイに抱き着き、頭や喉を撫でながら無事を喜ぶ。しかし、ファイは先ほど感じた強烈な魔力が彼女から発せられたものであると分かったせいか、酷く気まずそうな反応を見せた。一方リーラは、遠くで倒れたままのイフリートを睨んで何かを考え込んでいた。
「…そうだ」
そこから閃いたらしく、一言呟いてから歩き出す。
「どうした ? 」
「色々知りたい事あるんじゃないかしら ? あいつを捕まえとけば色々聞き出せるかも」
「成程…”アレ”をやるわけだな。気を付けろよ」
通りすがりにベクターと会話を交え、自分が行おうとしている事を遠回しに伝えるとベクターもそれを察した。そのまま彼に見送られるまま、彼女はイフリートの前に立つ。
「…リーラさん、何するつもりなんだろ」
「見れば分かるよ…同情するぜ」
不思議そうにするムラセへ答えるファイは、身震いしながら顔を背ける。直後、複数の魔方陣を出現させたリーラが、それらを変形させてイフリートの手足へ巻き付けた。なけなしの力で抵抗しているが、鎖のような姿になった魔方陣はビクともしない。
「私程度にすら成す術無しなんて、こっぴどくやられたわね…束縛」
イフリートに向けて手の甲をかざしていたリーラは、同情しつつも呪文を唱える。魔方陣による締め付けがかなり強くなったのか、イフリートは呻き声を上げていた。動けなくなったのを確認したリーラはさらに接近し、あろうことか彼の目を尖っているロッドの先端で一突きにする。血が溢れ出すと同時に、彼女はロッドをさらに深く突き刺した。
「ああ…やりやがった」
絶句するムラセの隣で、ファイはイフリートの悲鳴を聞きながら言った。暫くするとリーラはロッドを引き抜いてから移動し、もう片方の目も同じように刺して潰した。何かをぶつぶつと唱え、彼女が握りしめているロッドは紫色の光を帯びている。そして最後に手をイフリートの額にかざすと、彼の肉体全体が同じ色の光に包まれていく。
そして全裸ではあったが、ベクター達と初めて遭遇した時の様に人間の姿へと変貌していた。最後の仕上げとして鎖の姿になった魔方陣が目の周りに纏わりつき、やがてファイ達が身に着けている物と同じ包帯へと変身する。
「…終わり」
少し顔色を悪くしながらリーラは仕事を終えたとイフリートの傍を離れる。ベクターはようやく終わったかと、座っていた自動車の残骸から立ち上がった。
「隷属化の魔法か…いつ見ても恐ろしいね」
「あら、手間はかかるけど意外と簡単よ ? …試してあげよっか ? 」
「いや、このままの関係で良い。少なくとも今は」
彼女が使った魔法についてベクターは肝を冷やすが、彼女は挑発するように近寄ってくる。そんなリーラを軽く押しのけてからベクターはイフリートの方へ向かって彼を担いだ。
「帰るんだろ ? あんまり長居しても面倒だ」
ベクターの声を皮切りに、リーラは頷いてから移動用の魔方陣を作り上げる。そのまま全員が集まった後に、一瞬でその場から姿を消した。
「いや、やはり大事なのは手数だ ! 万が一でも攻撃が外れたらどうする ? 隙だらけになるんだぞ ! 」
「そりゃおめえ人間相手ならそれで済むだろうが相手はバケモンだぜ ? やはり火力こそが全てだ ! 現に見ろ ! 俺の相方は見事に使いこなして渡り合い、今やちょっとした有名人だろうが」
「あんな例外と有象無象を一緒にするな ! データを取れデータ ! 」
屋上へ帰還した頃には、タルマンとジョージが屋上に座り込みながら武器類に関する互いの拘りについて議論を交わしていた。考え方が真っ向から対立しているらしく、考慮する余地も与えない程に両者が言葉を浴びせ続けている。
「…打ち解けているの…かな ? 」
「さあな…おーい戻ったぞ」
困惑するムラセに適当な相槌を打ってからベクターはタルマンを呼ぶ。笑いながら手を振る彼とは対照的に、ジョージの顔は青ざめていた。
「お、おいアンタ ! 何で…連れて帰って来たんだよそいつ ! 」
「うるせえ。てか誰だお前」
イフリートによって散々な目に遭わされていたジョージが動揺していたが、ベクターは随分と辛辣にあしらった。
「おいおい、ベクター。こいつは大事な証人って奴だぜ。その化け物をシェルターに招き入れたのは他でもないこの野郎だ…おいおい睨むのは早いだろ。おまけにシアルド・インダストリーズの運営しているギルドで傭兵をやっているらしい。今回の騒動の責任をあいつらに丸投げ出来るかもしれねえ」
タルマンが間に割って入ったかと思いきや、利己的な理由から保護しているという本音をぶちまける。話を聞いていたベクターは一度だけジョージを冷めた顔で見た後、疲れているのか首を鳴らした。
「ひとまず隠れる。現状の把握は勿論、イフリートだっけ ? こいつに知っている事を全部喋ってもらわなきゃな」
近くで吐いているムラセの背中を擦りつつ、ベクターは今後の予定は簡潔に伝える。そして重そうにイフリートを担ぎなおして非常口から出て行った。




