第37話 しつこい
「お、おい ! 何かが来るぞ!!」
兵士の一人が叫んだ。その場にいた者達が気を張り詰めるよりも早く、吹き飛ばされたイフリートが跳躍と共に舞い戻る。遥か先から建物や道路を壊しながら飛び上がり、ベクター達の目の前へ着地すると大きな陥没を道路に作った。何人かが踏み潰されたらしく周囲にはベッタリと血や腕が飛散している。
「許さん…‼この俺に膝をつかせおったな…‼」
「ダウンしたのはお前の根性不足だろ。もっと鍛えたらどうだ ? 見苦しいぜ、その土手っ腹」
ベクターはイフリートの腹を指差し、盛大に笑った。人間如きに不覚を取った力量不足を悔いれば良いというのに、なぜ逆恨みをするのかが理解出来ない。そう思いながら貶し始めるベクターをアーサーは不安げに凝視する。相手を刺激するという行為が碌な結果を生まない事を、彼は知っていた。
「…ぐぅう… !」
上体を曲げ、前に屈むようにしながらイフリートが唸る。先程ベクターが嘲笑していた腹が僅かに橙色の光を放った。それに呼応するかのように牙を剥き出しにした口も輝き出す。
「ん ? 」
絶望的に危機感のないベクターが不思議そうに眺めていた瞬間、イフリートはこちらへ顔を向ける。そして裂けるのではないかと思ってしまう程に口を開けた。そこから巨大な炎を吐き、竜巻の様に暴れながら周囲にある物を片っ端から壊していく。
「全員こっちへ ! 」
すぐに異変を察知したリーラがムラセ達を集め、魔方陣を出現させてから安全そうな場所へと移動できるように調整する。やがて騒動が起きている現場からは随分と離れたどこかのビルの屋上へと、一瞬のうちに移動してしまった。
「いてて…おい、ここは ? 」
「ウチの常連が管理している廃ビル。不動産やってるらしくてね…言い値でくれるって言われたから買っちゃった」
着地に失敗したタルマンが腰の心配をしつつ立ち上がって尋ねる。リーラは背伸びをした後に深呼吸をしてから説明した。
「まあ、ここまで来れば危ない目にも合わないわよ。ねえ――」
「おえええええええ…」
「おぼろろろ…」
振り返ったリーラが見たのは、盛大に吐瀉物を撒き散らしながら項垂れるムラセとジョージだった。
「ちょっと…掃除させたばっかなのに~…」
「瞬間移動魔法だっけ ? 慣れてないとああなるの分かってたろ。ったく…俺も気持ち悪い」
リーラが苛立ちを隠さずに言った傍で、タルマンは慣れない内は仕方ないと擁護する。しかし、すぐにふらつきながら四つん這いになり、盛大に吐いた。そんな彼を強めにしばき、リーラは遠くで立ち上る煙や騒音を窺う。やがて、大きな音を立ててシアルド・インダストリーズの本社が崩落していった。距離があるとはいえ、風に乗って微かに埃っぽい匂いが鼻に届く。当然ながら音や衝撃も伝わって来た。
「ベ…ベクターさんを、助けなきゃ…」
「あー、いいわよアイツは。どうせあの程度なら死んで無いだろうし。あなたが行った所でどうにかなるわけでも無い」
どう見ても平常ではなさそうなムラセが立ち上がるが、リーラは吐き捨てるようにベクターを放っておこうと言い出す。見殺しにするつもりは毛頭ない。あの男ならば確実に生き延びていると分かっているからこその態度だった。
「でも…」
「はぁ~…分かった。今度は吐かないでよ ?」
食い下がる彼女に対して、リーラは困ったように顔を背ける。そして仕方なく連れ戻しに行く事を決めると、ムラセと共に再び魔法陣を使ってその場から消え失せた。
――――倒壊したシアルド・インダストリーズの本社があった一帯は、瓦礫や鉄骨が積み重なる様に全てを覆いつくしていた。車のブザーや瓦礫が崩れる些細な物音が聞こえる。倒壊した建物の内部、鉄骨とコンクリートの破片の中からベクターの左腕が突き出た。そのまま周囲を掻き分けて体を出し、やっとの事で起き上がる事に成功した彼は服の汚れを払いながら溜息をつく。
「いやぁ~参った…ここまでするかね普通 ?」
うっかりオベリスクを手放してしまった事に気づき、色んな意味で高く付くぞと後悔していた直後、動物の足らしきものが瓦礫の間から出ているのを目にする。それを掴んで引っ張ってみると、ケルベロスがぐったりとした様子で引きずり出された。やがてケルベロスに稲妻が迸った後、光が肉体を包み込んでいつもの三体に分離してしまう。
「…」
「…かたじけない」
「クッソ、時間切れかよ ! 」
疲れたように寝っ転がるティカール、ベクターに対して礼を言うドイラー、そして体を震わして汚れを落としながら怒鳴るファイ。相変わらずの態度であった。
「なあ、ケルベロスって本当に魔界でも有名なのか ? それともお前らがポンコツなだけか ?」
「う、うるせえ‼昔の力を取り戻せれば… !」
見せ場も無くやられていた事を思い出したベクターが悪びれもせずに問いかけると、ファイが悔しさを声に滲ませながら言い返す。その時、ひび割れた建物の隙間からリーラ達が入り込んできた。
「あー…いたいた。ムラセちゃん、こっちこっち」
リーラが呼びかけると、間もなくムラセも後を追って駆けつける。そのまま不安定な足取りでベクター達と合流をした。
「皆、無事でよかった…」
「おう。お前もな」
ようやく無事が確認できたことで安心したムラセに、ベクターは笑いながらお互い様だと伝える。どこかゲロ臭かった。一方でリーラは三匹に近寄って怪我が無いかを確認している。
「とりあえずは問題無し、何があったの ? 」
「イフリートを怒らせたようでな…見境なく暴れ始めた」
リーラは一安心した所で質問を始める。それに対してドイラーが嘆く様に答えた。自身達の力不足をまだ悔いているらしい。
「ひとまず逃げるか。ここにいてもしょうがない」
ベクターがそう言って動こうとした時だった。再び建物の壁が吹き飛ばされ、イフリートが中へ侵入してくる。そして殺意を隠そうともしない眼光と共に彼を睨みつけた。
「やはりくたばっていなかったか…‼」
「おっと、マズい…」
おどろおどろしい声と共に話すイフリートにベクターは戸惑ったが、そこまで恨まれる様なことをしただろうかと若干引いていた。




