第34話 卑怯とは言うまいね
「おい、ブツを寄越せ」
ベクターは三つ首のうち、右端の頭がオベリスクを咥えている事に気づき、近寄って軽くどつきながら催促をした。お礼の一言でも述べてくれるかと思いきや、想像以上にぶっきらぼうな態度を取られた事で、ケルベロスは三つ首揃って露骨に不機嫌な唸りを上げる。そのまま口に咥えていたオベリスクを吐きつけるように床へと放った。
粘り気のある唾液とおぞましい臭いにまみれたオベリスクを掴むと、握力によって柄に染み渡っていた唾液が手を濡らす。鳥肌が立ちそうな気色の悪い気分を味わっているベクターだったが、当のケルベロスは「文句あるか」とでも言いたげな様子で唾を吐いていた。咥えていた際に機械オイルが入り込んだのか、口の中が不快だったらしい。おまけに何かを求めているかのようにこちらを睨んでいる。
「…どうも」
ベクターが一言だけ礼をするとようやく機嫌を直したのか鼻で笑った。そのまま周囲にある設備を破壊しながら、吹き飛ばされた壁の向こうへ走っていくケルベロスをベクターは見送り、目の前で起きた一連の出来事に対して呆気に取られていたアーサーへ目を向ける。
「帰るか応援でも待ってな。お前じゃ荷が重い」
肩を叩きながら颯爽と歩いていくベクターの背中に、アーサーは酷く苛立ちを覚える。しかし、自分が向かった所でどうにかなる相手なのだろうかという迷いが生じ、それ故に彼の発言を真っ向から否定するという事も出来ずにいた。
「あいつは頼りにならなそう…ま、良いか。行こうムラセちゃん」
遠巻きにアーサーを戦力外だと判断したリーラは、ムラセに呼びかけてそのまま外へ出て行こうとしたが、ジョージが銃を構えて立ち塞がっていたせいで足を止める。
「何、捕まえる気 ? そんな事してる状況じゃないのが分からない ? どうなってんのよ、おたくの会社の優先順位」
「その前に説明しろ ! あのデカい犬っころはなんだ!?どこから来た!?あんたが操っているのか!?」
「それ後からじゃダメかしら ? 」
「どうせ逃げる癖に何言ってんだ ! ひとまず…その…棒を置け ! 棒を ! 」
若干パニックになっているのか落ち着かない様子で牽制をするジョージをリーラは諭してみるが、やはり聞き入れてもらえなかった。下手に動いて射殺されてはかなわないとムラセ達も手を上げていた時、リーラが指示通りに床にロッドを放り投げる。直後、空いていた片方の掌に小さな魔方陣を作り出したかと思えば、ジョージの頭上とロッドを放り投げた床にも同じ模様の魔方陣を出現させた。
そして床の魔方陣にロッドが呑み込まれたかと思った次の瞬間、ジョージの頭上にあった魔方陣からロッドが出現した後に落下し、彼の脳天に命中した。視界がチカチカと火花が散る様に点滅し、頭痛を堪えながらジョージが正気を取り戻した時には、リーラの拳が自分の頬を捉えていた。そのまま膝蹴りまで食らわされた挙句、拳で喉を突かれてしまう。頭痛、眩む視界、そして呼吸困難と立て続けに起こった災難に悶えるジョージに対して、リーラはロッドを片手で掴んでからトドメに後頭部へ叩きつけた。
「喧嘩売るとしても、次から相手を選ぶべきね」
そのまま成す術なく倒れたジョージへ蔑むように言い放ち、リーラがそそくさと歩いていくのをムラセは若干引きながら見ていた。
「ベクターもそうだが、ああやって何でもかんでも暴力で解決するようになったら人として色々終わると思え」
そんな彼女の背後に立っていたタルマンは、背中を軽く叩いてそう言った。間もなく「聞こえてるわよチビおやじ」という声が聞こえ、溜息交じりに二人はその場を後にする。
一方、吹き飛ばされて一階に備えられているカフェに叩きつけられていたイフリートは、思いの外動かしづらくなった体を起こそうとする。しかし、すぐさま突撃してきたケルベロスに噛みつかれ、抵抗する間もなく建物の外に放り出された。通りかかっていた自動車の側面に背中から激突し、運転手を押し潰しながら横転する。すぐさま立ち上がると、建物の外壁を突き破ってケルベロスも道路へと飛び出して来た。
状況を把握しようとした野次馬達が硬直した事によって一瞬だけ沈黙が訪れた後、一人の悲鳴を皮切りに騒ぎが起こった。人々が逃げ惑う中、遅れて建物から出てきたベクターが周りの野次馬を突き飛ばしながら向かうと、上半身に来ていた服を破り捨てるイフリートの姿があった。ケルベロスはその姿を見ながら何かを警戒している。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうし…ん ? 」
ケルベロスに向かってビビってるのかと冷やかしを入れようとするベクターだったが、イフリートがこちら睨んでいる事に気づいて止めた。殺気だけではない。明らかに何か奥の手を隠しているかのように感じられた。それをケルベロスは恐れていたのかもしれない。
「まさかとは思うが一人と一匹…まあいいや。二人掛かりは卑怯だなんて言わないよな ? 見苦しいからやめた方が良いぞ」
ベクターはケルベロスの足を擦りつつイフリートを小馬鹿にする。しかし、それに対して彼が返答として見せたのは笑顔であった。
「なあに、良い準備運動になった」
そう言った直後、イフリートは雄たけびと共に爆発を引き起こした。辺りに熱風と黒煙を撒き散らし、やがてそれらが晴れる頃には先ほどの人間の姿とは比べ物にならない巨体が大地に立っていた。巨大な二本の角を生やし、体毛が微かに炎で包まれている。そして背中から生えている炎で作り上げられた無数の腕が蠢いていた。
「第二ラウンドとでも言えば良いか ? 」
「生憎、審判はいないけどな。泣き喚こうが誰も助けに来ないぜ…本当に一人で良いのか ?」
「群れるのは臆病者の雑魚がする事だ。俺には必要ない」
先程とは打って変わってしゃがれた、しかし腹に響く様な低い声でイフリートが呟く。どこかで覚えたらしい単語を口にしつつ得意そうになっている彼に、仲間を呼んでも良いんだぞとベクターは挑発するが、イフリートは至極冷静に切り返してみせる。
「友達出来ない奴って皆そういう事言うんだよなあ…よしワンちゃん、数の暴力ってやつがどれだけ怖いものか教えてやろうぜ」
再びオベリスクを肩に担ぎながらベクターが言うと、それに応えるようにケルベロスも三頭同時に唸り声をあげた。




