第32話 駆使
「待ってくれ…まずは現場を――」
ジョージは動き出そうとするイフリートを制止したが、胸倉を掴まれると近くにあったトラックへと投げつけられる。車体が凹むほどの勢いで叩きつけられた後、地面に倒れ伏した彼はやっとの思いで体を起こして彼らの方を見た。
「人間のフリして入り込んだわけか。他のと比べて頭は悪くないらしい」
その力や佇まいからして人間ではないのだろうとベクターは察知し、背後で警戒している二人へ話しかける。しかし実の所は、オベリスクをはじめとした装備が無いおかげで戦う気になどなれる筈も無かった。
「人間のガキに使役されているとは聞いたが…話は本当だったか」
「こう見えても三十前半だぜオッサン」
左腕に気を取られているイフリートに、ガキ扱いされた事が少々嫌だったらしいベクターが反論する。人によっては十分子供扱いではないだろうかと、ムラセがどうでも良い事を思っていた直後、イフリートが近くの自動車を掴んでぶん投げて来た。
咄嗟に交わした三人だったが、飛んできた来た自動車はガラス張りだった一階の窓を突き破って建物内へと転がっていく。破片が飛び散り、つんざく様な悲鳴や逃げ惑う人々の足音が外にまで響いて来る。会話からして轢かれるか、押し潰された者達もいるらしかった。
「…何でだろうな。全く可哀そうだと思えねえや」
「お前には良心ってものが無いのか ? 」
「何もしてくれない奴に見せる程、俺の良心は安くない」
一度後ろを振り返ってみはみたが、先程された仕打ちを根に持っていたベクターはざまあみろとでも言いたげだった。流石に連帯責任にするのはあんまりだろうと思ったタルマンも反応したが、すぐにベクターは言い返して彼を黙らせる。
そうこうしている内にベクターの近くへ寄って来ていたイフリートを前に、ベクターは二人に離れてくれと手で促した。そして左腕を振りかぶって一撃を入れようとするが、受け止められた挙句に捻りあげられる。
「ほう、ここまで出来るものか」
「なっ……‼」
心底驚いたように呟くイフリートにリアクションを取る事も間に合わず、ベクター顔面を殴り飛ばされて中に転がったままの自動車の方へ吹っ飛ばされた。自動車に体がぶつかり、自動車を引っくり返しながら彼もまた床に転がる。下敷きにされ、骨が砕かれた死体が血みどろになって床に伸びていた。所々の皮膚から骨が突き破っているのも痛々しさに拍車をかけている。
「…借りるよ」
近くで倒れていた警備員から銃を拝借し、弾薬が装填されている事を確認してから接近してくるイフリートへ撃ち続けてみる。当然効くはずもなく、胸倉を掴まれてから人型のモニュメントへと投げられた。大理石でできていたらしいそれは、ベクターが激突した事で真っ二つに折れるように破壊され、辺りに粉末やらを撒き散らしながら崩れてしまう。
「レクイエムを俺に引き渡せ。見逃してやるぞ」
イフリートが要求を伝えながら近づいて来る。ベクターは知るかそんな事と思いながら折れたモニュメントの半分を掴み、力いっぱい叩きつける。しかしあっさりと塞がれた挙句、首を絞められながら左腕も掴まれてしまう。体格の差もあってか上手く抵抗が出来ない。
「あまり無駄な時間を使わせるなよ ? 」
「…いやだね」
イフリートの脅しが耳に入ったがベクターはお断りだと告げて左腕をすぐさま変形させる。そしてグリフォンに使ったものと同じ、威力を調整した殲滅衝破を発動した。吹き飛ばされたイフリートだったが、同時にベクターも反動で柱へと叩きつけられる。
「クッソ…肩が外れそうだ… ! 」
腕を抑える事もせずに無茶な体勢で撃ったせいか、肩の関節に響いたが文句は言ってられなかった。そうしている間にもイフリートは平然と立ち上がってこちらを睨んでいる。ちょうどその頃、タルマン達も建物内に入ってベクターの方へと向かっていた。
「嬢ちゃん、この電話番号にかけてベクターの使ってるオベリスク…ああいや、剣でいいや。剣を持ってくるように言ってくれ。頼んだからな」
「え ? あ、ええと、はい ! 」
そう言い残してタルマンは装備を取りに行くために警備室へ走っていく。残されたムラセは受付に滑り込んでから、数回の打ち間違えの末にようやく通話にこぎ着けた。
「どちら様 ? 」
「えっと、こ、こ、これって誰の電話番号ですか ? 」
「…聞いてるのは私なんだけどね。リーラよ。少し落ち着いて。音が凄いけどどういう状況 ? 」
突然の電話へ応対するリーラは、若干焦っているせいで落ち着きのないムラセを諭した。
「あの、ベクターさんの、何か、その武器を持ってきてくれって…剣を‼」
「はいはい、場所は ? 」
「シ、シアルド・インダストリーズ…うわっ ! 」
居場所を伝えたのを最後に連絡が途絶え、面倒な事態になっているとリーラは溜息交じりに嫌そうな顔をする。そして億劫な様子で立ち上がってから、床でじゃれている三匹の方を見た。
「ご主人、どうした ? 」
「出かけるわよ。準備して」
ファイが飛び起きながら尋ねると、帽子を手に取ってから呆れ笑いと共にリーラは命令する。三匹は嫌な顔一つする事なく、身震いや背伸びをしてから部屋を出て行く彼女の後へついて行った。




