第30話 どうしてこうなった
「え…」
「おいベク――‼」
「二人をお願い」
困惑するムラセ、そして何が起きたのかを把握して動こうとするタルマンの二人はすぐさま彼女の命令によって部下達に拘束された。血を流しながらテーブルに突っ伏している彼を見下ろし、ルキナは背後に立っていたアーサーを見る。彼が手にしていた拳銃に込められていたのは、五十口径のマグナム弾であった。
「何でこんな事を…!?」
「もう少し物分かりが良い人だと思ったけど、期待外れね」
ムラセは声を振り絞って聞こうとするが、ルキナは彼女を無視して倒れているベクターへ悪態をつく。
「タルマンさん、だっけ ? その子をどうするの ? 今の状態なら決定権はあなたにあるわ」
彼女はそのまま取り押さえられているタルマンへ話しかける。先程の話し方とは大きく異なっており、明らかに勝利を確信しているような余裕に溢れていた。タルマンは躊躇っているのか首を横に振り、一度だけ深呼吸してから彼女へ顔を向ける。
「その前に聞かせてくれ…もし要求を吞んだら俺はどうなる ? 」
「口外しないことを条件にここから帰してあげる。報酬も払う…そこらの凡人じゃ一生を費やしてもお目に掛かれない額。安心して、約束は守る」
タルマンがベクターの様子を少し窺ってから彼女へ問うと、ルキナも淡々と条件を述べた。しかし、どこまでその言葉を信じて良いのか彼には分からない。契約書を書かせるわけでもあるまいし、先程の会話に出てきた情報が事実であれば、自分に不利な証拠になるものを残せるはずも無い。つまり証人の存在などもってのほかだろう。
「…邪魔になりそうな奴を殺し、掌の上でどうとでもなりそうな奴に選ばせるか…悪くない考えだ。ミスがある事を除いては」
タルマンが口走った。戦う意思が無いように見せかけて不意打ちをするなど、定番中の定番である。目的が手早く達成できるのであればやらない手はない。しかし、想定外の事態を考慮した上で行わなければならない。彼女の様子からして、そのようなリスクは考えていなかったか、或いは成功したと確信してどうでも良くなっているかであった。
「…ミス ? 」
こちらの質問に答えようとはしない彼の態度を不愉快そうに思いつつも、ミスというのが何を意味するのか不思議に思ったルキナが言った。
「人間の範疇で物事を考えすぎだぜ」
タルマンから言葉が発せられた直後、血濡れになったベクターが突然起き上った。物音に思わず振り返ったルキナ、一部始終を見ていたアーサーや他のボディーガード達は絶句してしまう。
「頭が割れる様に痛いよ~…なんちゃって。ハハハハ…………おーい、笑うかツッコミ入れるとこだぞココ」
風穴の空いた頭部を触りながら出血の具合確かめ、ベクターは振り向いてから冗談交じりに言った。「割れるどころか穴が開いてる」といった風なツッコミを期待していた彼だったが、周囲が想像以上に引いていたせいで少し拗ねたい気分に陥った。
「あちゃ~、貫通してるんだな。銃声凄かったが、マグナム弾か ? 」
そのまま何食わぬ顔で近くの全身鏡の方へ向かったベクターは、傷跡からどのような道具を使用したか推察していた。当然、誰も答えるはずも無く沈黙し続けている。
ベクターが起きた頃、シアルド・インダストリーズの警備室の窓が割られてベクターの左腕だった生物が外へ飛び出した。保管されていたケースさえも破壊して出て来たソレは、警備員達の追跡を振り切りながら自分を使役していた主の場所を気配で探り当てる。やがて大体の位置が分かると、鉤爪のように変形させた足で窓や壁に貼り付いて昇り始めた。
「うぉっ!オイ待てって」
我に返ったアーサーがすぐさま引き金を引いて再び撃った。ベクターはそれを隠れながら躱し、落ち着く様に促す。
「別に悪さしたわけじゃないだろ。ただ部屋を血で汚して立ち上がっただけだぜ…っと来た来た」
そんな追い討ちをかけられるような事をした覚えは無いと愚痴を言った矢先、窓に張り付いている珍妙な生物を見つける。何を隠そう、変形している自身の左腕だった。そのまま窓を割ったかと思えば、室内に入り込んでベクターの左腕があった箇所へ飛び付き、再び腕の形へと戻る。指先や手首の動きを確かめながら愛おしそうにベクターはそれを眺めた。
「お前だけは期待を裏切らないなホントに」
ベクターはそう言いながらムラセ達を捉えているボディーガードへ近づく。左腕が光り、それに呼応するかの如く再生していく頭部がひどく不気味だった。ルキナやアーサーは黙って彼の動向を見守る事しか出来ず、何が起こるか分からない恐怖に駆られ、対処する余裕さえなくなっていた。
「放してやってくれないか」
ベクターの頼みに対して、即座にボディーガード達は応じて二人を解放する。
「よし、じゃあ帰ろうか」
「え…でも出口はあっち…」
そのまま二人を連れて帰ろうとするベクターだったが、なぜか窓の方へと向かって行った。ムラセは思わず指摘しかけるが、それより先にベクターが腕を掴んで引っ張る様に彼女とタルマンを連行する。
「じゃ、さっき話した通り。この話は無しで…次またオレの前に顔を出したら会社ごとぶっ潰すからな。二人とも、ちゃんと掴まってろよ」
ベクターはその場にいたシアルド・インダストリーズの者達を脅した後で、二人に対して体へしがみ付く様に言った。二人が言ったとおりにすると、ベクターはそのまま窓の割れている部分から外へ飛び下りていく。その姿をただ見送っていたルキナは、アーサーに肩を叩かれた事でようやく平静さを取り戻す。
「考え直した結果、不意打ちをする羽目になって…その顛末がこれか」
「…あなただって賛成した癖に」
「お前が駄々をこねたからだろ…」
二人はそうしていがみ合う様に責任の有無を問い続け、自分達が敵に回した存在が想像以上に強大である事を思い知らされた。
――――その頃、ゲートの前で手続きを済ませてバンに再び乗ったハンターは、助手席に我が物顔で座っている男を恐る恐る見た。
「…もう外していいよ。ガスマスク」
バンを走り出させてから話しかけると、男は静かにガスマスクを外してハンターの顔を見る。
「名前は ? 」
「…ジョージだよ。あんたは ? 」
男はいきなり聞いてきた。なぜ答えなきゃならないんだと嫌がってはいたが、断れば殺されるかもしれないと仕方なくハンターは名乗る。そして逆に男へ聞き返した。
「ふん…俺の名はイフリート」
「…え ? 」
男がイフリートであると名乗った瞬間、ジョージは何かの冗談だろうと鼻で笑いたくなった。かつて現れたらしい恐るべきデーモンの名前だが、なぜそんな名前を名乗っているのかが分からない。もし本名であるなら、是非とも親の顔が見てみたいとさえ感じた。
「出来れば本名を聞きたいんだが…」
「言っただろうイフリートと…俺を馬鹿にしてるのか ? 」
「あ~いや、すまない。忘れてくれ…マジでヤバい奴じゃねえかよ…」
そのままバンを運転しながら冗談半分で言ってみた所、癪に障ったらしく男は睨んでくる。ジョージは謝罪をする一方で、聞こえないように小声で愚痴を言ってからノースナイツの中心へ向かってバンを走らせた。




