第29話 暴力至上主義
――――ベクター達が話をしていた頃、一体のデーモンが荒野を練り歩いていた。筋骨隆々且つ巨大な肉体が体毛で覆われ、三日月が刺さっているのかと見まがう程の豪快な角を二本生やしている。
「はぁ…」
溜息をついた瞬間、凄まじいエネルギーを体内から放出し爆風が起きる。辺りが閃光に包まれ、それが収まると全裸の男が抉れた地面の中心に立っていた。
「まあ、こんなもんか…思ってたより寒いな」
巨漢は一度だけ身震いをしてから歩き出そうとしたが、周辺からこちらへ向かって来る生物の気配に気づいて足を止めた。
「…何だあいつ、イカレてんのか ? 」
「シャブでも使ったんだろ。アレやると、たまに気分が良くなって全裸になりたくなるしな」
付近で起きた異常を確認しに来たハンター達は、その奇怪な光景に唖然としていた。爆発でも起きたかのような地形、そしてそこに突っ立ている顔に刺青をした全裸の不審者。状況を把握しようにもどこから手を付けて良いのか分からない。
「よお。調子はどうだ ? 」
巨漢が唐突に世間話を切り出して来た。二人は思わず顔を見合わせる。
「…どうだって言われても…なあ…」
戸惑うハンターの内の一人が有耶無耶な形で答えてから相方に同意を求める。少なくとも良い気分ではなかった。
「そうか。もしかして、今日はいつもより寒い日とかだったりするのか ? 」
「今は冬だよ。それ以前の問題だろアンタの場合」
彼が頓珍漢な質問をしてくるため、ハンターも呆れながら回答する。世間知らずやアホと蔑むどころか一周回って不気味だった。
「服が欲しい」
「だろうな。だが生憎、持ち合わせが無いんだ」
「お前らが着ているじゃないか。寄越せ」
「…はぁ ? 」
巨漢は二人を見てから服を要求し始めたが、ハンターは当然そんな物は無いと突っぱねる。ところが彼は遠回しに着ている服をくれと言い出し始めた。やっぱりキチガイかと頭を抱えそうな思いになり、侮蔑を含んだ眼差しで不審者を見ながらとぼけてみせた。
「早くしてくれ」
「オイオイオイオイ。止まれハゲ頭、撃ち殺されてえのか」
巨漢がズカズカと歩き出して近づいて来ると、ハンターの一人がアサルトライフルを構えて警告をした。それでもお構いなしに接近するため、溜息交じりに引き金を引く。確実に命中している筈だが、何とも思っていないかのように血まみれになりながら巨漢は歩みを止めない。倒れるどころか膝を突く姿すら見せようとはしなかった。
「は…!?」
弾薬を撃ち尽くしたハンターの前に巨漢は立つと、即座に彼の頭へ力任せな勢いでパンチを入れる。首が吹き飛んで後方に停めていたバンにぶち当たると、ようやくもう一人は目の前にいる男の危険性を実感した。それと同時に、自分ではどうしようもない相手だという点についても瞬時に把握する。
「あ、あの…えっと…服、どうぞ…ハハ…」
そこからの媚びは大変早いものだった。即座に上着やチョッキ、ズボンなどを脱ぎ始めて不審者の前に差し出す。
「いや、お前のは小さいからいらん」
あっさり断られた。巨漢はそのまま死体から剥ぎ取って見様見真似で着ていく。何とか身に着ける事は出来たが、腕の太さなどが合わないのか、少々キツそうな様子だった。煩わしく持ったのか、上着の袖などを破いて力業でノースリーブにした後は楽になったのかご機嫌そうに肩を回す。
「フン…まあ無いよりマシか。オイ、お前」
そのまま巨漢は一睨みしながら生き残ったハンターへ呼びかける。生きた心地がしないまま、ハンターは黙って彼の方へ向き直るしか出来なかった。
「は…はい」
「探し物がある。この辺りで情報が集まる場所を教えろ。ついでに案内しろ」
「…ええ… ? 」
更なる要求に、ハンターはどうすべきかと困り果てる。図々しさに呆れたが、逆らえば相方と同じ末路を辿る事になるのは明白である。しかし案内をしたところでどうしようも無かった。保安機構を始めとした組織で管理されているシェルターへ入るには、住人である事を証明できる身分証か他のシェルターからの紹介状が無ければ入れない。
保安機構に保護されるという形で入る方法もあるが、職に就けなかったり定住権を得られなければたちまち追い出されてしまうのがオチである。ハッキリ言って自分に解決できる問題では無いし、そもそも解決してやる義理も無かった。
「知ってるのか知らないのか答えろ。すぐにだ」
面白半分に拾ったアサルトライフルを弄りながら巨漢は答える。弄るとは言っても、銃身を捻じ曲げたり部品を指で破壊したりなど、おおよそ人間に出来る範疇の行いでは無かった。
「知ってるのは知ってるが…」
「じゃあ連れてけ」
「いや、でも…」
「あ ? 」
「…分かった。準備するよ」
もし連れてしまえば不法侵入の片棒を担いでしまう。そうなれば自分の生活も危ういと感じたハンターはどうにか言いくるめようとするが、殺気を感じたせいで大人しく彼に返事をする。そしてそそくさとバンに戻って行った。
――――険しい顔をしたベクターに、ルキナは茶を一口飲んでから話を始めた。
「簡単に言うなら彼女は貴重なサンプルなの。今後のデーモン狩りの発展に繋がるかもしれない」
サンプルという言葉が気がかりだが、ひとまずかなり重要な存在である事は理解できた。ベクターは一度だけムラセの様子を見てから、表情を変えることなくルキナの方へ視線を戻す。
「まずどうして発展に繋がるのかを教えろ」
「人間が出来る事には限界があるからよ。あなただってよく分かってるんじゃないかしら ? その左腕や…それを使うあなたみたいな化け物じみた存在じゃないと、まともに上位種に太刀打ちすらできない。限られた人材に縋っておんぶにだっこじゃ、何かあった時に淘汰される。簡単にね。そこで半魔について気になった」
現在の人間が持つ戦力についての情勢を語り、ルキナは「ここまでは大丈夫か」と言いたげな風でベクターを見る。そして問題無さそうだと感じたのか、彼らの反応を待つことなく話を続行した。
「デーモンの遺伝子が混入する事で強力な力を持つ存在が生まれるのなら、どんな条件で、どういう人間なら適応できるのかを調べたいの。そこから人工的に半魔を生み出せる技術が確立出来れば、これまで以上に戦いも有利に――」
「そして技術や利権を独占して大儲け、だろ ? 阿漕なもんだな」
彼女が話が途中であるにもかかわらず、ベクターは魂胆が見え見えだとせせら笑う。
「当然よ。そんな事を無償でやる聖人君子がいるなら見てみたいわね」
「…考え方自体は嫌いじゃないが、その結果が人身売買ってのが引っかかる。それとサンプルと言ってたが具体的には何をするんだ ? 」
否定するどころか誇らしげに言い放つ彼女に対してベクターは部分的に同意する。そして皿に乗ってたアーモンドを数粒齧りながら次の話題へと移った。
「意外と疑り深いのね」
「人身売買やってる時点で疑うもクソも無いだろ」
「はあ…仕方ないでしょ。半魔なんて滅多に現れないんだから、力ずくで解決するしかないの 」
そんなルキナの言い分に、ムラセは少々憤りを感じた。そんな勝手な理由によって自分があんな目に遭ったと考えるだけで、これ見よがしに白く整っている彼女の歯をへし折ってやろうかという気持ちにさえなれた。確かに知人家族の元は快適とは言えなかったが、ベクターと会う事が無かった場合の人生など想像したくも無い。
「…それで、サンプルって具体的にこの子をどうする気なんだ ? 」
膝の上で拳を握る彼女を見た後、タルマンが改めてルキナに尋ねた。
「細胞は勿論、血液や髪の毛、内臓…ありとあらゆる部分を徹底的に調べ上げる。そこから他の半魔達との共通点を探って――」
「なあおい。共通点って…こいつ以外にも半魔を捕まえては同じことしてるのか ? 」
「…何か問題が ? 」
ルキナの発言に嫌な予感がしたベクターは再び話を遮って尋ねる。何度も話を中断させられた事に苛立ちを覚えつつ、ルキナは勿論だと言う様に答えてから茶を飲んだ。
「単刀直入に聞くが、もしお前に引き渡せばこいつは死ぬのか ? 」
「……あなたに何の関係があるの ? 」
「やっぱ死ぬんだな。ムラセ使ってワンチャン稼げるかと思ったが、聞くだけ無駄だった。ムラセ、タルマン…帰ろう」
ベクターは更に質問を続けたが、ルキナは教える必要はないとして回答を断ろうとした。つまりはそういう事なんだとベクターは悟り、ムラセ達に一言添えてから席を立つ。直後、頭に何かを押し付けられたかと思えば、発砲音が部屋中に響き渡った。間もなく、ベクターはテーブルへ突っ伏して頭部から血を流しながら動かなくなり、ルキナは彼を見下すように視線を送っていた。




