第27話 お邪魔します
「…やっぱり戻りませんか ? 絶対罠ですってこれ」
仕事から帰った次の日、シアルド・インダストリーズ本社の前で立ち尽くしていたベクター達だったが、ムラセが怖気づいたように言った。
「ていうか、私服で良かったのか ? てっきり正装とかするもんかと…」
タルマンは自分達の服装を見ながら違う部分について心配をしているらしかった。建物を出入りする社員達は不思議そうに生活感漂う普段着姿の彼らを見ており、正直どこかへ隠れたい気持ちで一杯だった。
「知った事かよ。ていうか、スーツなんか買う余裕が無いだろ」
二人の間に挟まれていたベクターは、無精髭を少し弄りながらどうでもいいと言い切る。そして遠慮も無しにズカズカと歩き出して建物へと入って行った。
「ようこそシアルド・インダストリーズへ。今日はどのようなご用件でしょうか ? 」
エントランスの中央にある受付では、非常に清楚で、髪を短くまとめている女性のエルフが出迎えてくる。その向こうにはゲートが設置されており、警備用の装置だと考えられた。
「おたくの社長に呼び出された」
「かしこまりました、面会ですね。お名前を窺ってもよろいでしょうか ? 」
「…ベクター」
ぶっきらぼうに用件を伝えるベクターだったが、受付嬢は嫌な顔一つせずに笑顔で応対する。初対面での会話では怪訝そうにされるか怖がられる事の多かった彼にとって不慣れな出来事だった事もあり、少し同様しながらベクターは名前を教える。名前を聞いた彼女は、何やら名簿の様なもので確認を済ませた後にどこかへと連絡を入れる。少ししてから現れたのはガタイの良い黒服の男達だった。
「ようこそ御出でくださいました。早速ですがこちらへ…身体検査を行わせていただきますので、こちらのゲートをくぐってください」
設置されているゲートを三つほど使い、言われるがままに三人はくぐっていく。すぐに小さめの音量で警告音が鳴り、赤いランプが点滅した。
「申し訳ございませんが、金属類があればこちらでお預かりさせていただきます」
そのまま男たちが申し訳なさそうに要求してくると、タルマンは溜息交じりにジャンパーの内側、ショルダーホルスターから拳銃を取り出して渡した。ムラセも同様に彼らの指示に従って拳銃を渡す。
「…何だよ。俺は何も無いぞ」
「そちらの手袋を外していただけないでしょうか ? 」
ベクターは不機嫌そうに言い返したが、手袋を外すように言われて渋々それを取った。異形の左腕が露になると、周りの者達も珍しそうに眺める。
「義手だよ。流石にこれは――」
「そちらの装備についてお話は聞いています。危険物という扱いになりますので外していただければ…」
情報は既に行き渡っているらしく、ベクターは困った様にムラセ達を見る。そして左腕を軽く小突いた。何をするつもりなんだろうとムラセが見ていた直後、左腕が変形を始めていく。そしてベクターの体から離れたかと思えば、水気のありそうな音と共に床へ落ちる。やがて変形が終わって小動物の様な姿になると、四本の足の様な物を生やしてから具合を確かめるように動き回り始めた。
「おい、こっち来い」
周りのどよめきも意に介さずベクターが呼びかけると、左腕だった何かは彼の元へ駆け寄って来た。スニーカーに体を擦りつける仕草から、慕っているかのようにも見える。
「戻ってくるまで大人しくしとけよ」
左腕が無くなったベクターは彼を拾い上げながらそう言った。それに対して「分かった」とでも言う様にその物体は小さく鳴き声を上げる。
「よし。ほら、お望み通りだぜ」
「え…あ、はい…」
ベクターはそのまま近くにいた警備員に引き渡した。戸惑いながら返事をした警備員はその奇怪な何かを受け取ったが、ジメジメとした感触が手袋越しに伝わってくるため、ひどく不快な気分になってしまう。
「あれって外せるんですか…!?」
「そういえば言って無かったっけ ? うん、出来るよ」
驚くムラセに対して、ベクターが簡潔に説明している内にエレベーターへ案内された。そのまま最上階まで上がった後、言われるがままに奥の執務室へと向かわされる。中に入ると、スーツ姿のアーサーが気まずそうな顔でこちらを見ており、奥の窓から外の景色を見ているルキナがいた。
「…こんな形でも、また会えるなんて思ってなかった」
ルキナがふと嬉し気に呟いた。
「こういうかしこまった場所は苦手なんだよ。早く話を済ませてくれ」
部屋の環境に目を光らせつつベクターは無愛想な返答をする。その無礼な態度にアーサーを含めたボディーガード達は少々動揺を見せた。
「ホント、可愛げのない人。あの時と同じ…久しぶりね」
そのまま振り向いてから彼に笑顔を投げかけたルキナだったが、ベクターはきょとんとした様子で突っ立ていた。
「えっと、すまん。誰だっけ ? 」
「それ言っちゃいけないやつだろ…」
ベクターが素直に白状すると、背後でタルマンが小言を漏らした。一方で当のルキナは、思っていたのとは違う反応が返って来た事に呆然としてしまう。
「…ホントに覚えてない ? 」
「全く」
「じゃ、じゃあホラ ! これなら分からない!?」
ベクターの対応からして嘘はついていないとルキナは悟り、こうすれば思い出してくれるかとズボンの裾をまくる。そこにあったのは機械仕掛けの義足であった。ムラセとタルマンは、一体何がどうしたのか。或いはベクターがまたやらかしたのかと妙な不安を抱いた。
「ほら、”腰抜けの足手まとい” !もう思い出せるでしょ ! 」
彼女が発した「腰抜けの足手まとい」という言葉と髪の色、そして義足によって何かに気づいたらしく、ベクターはハッとした様に改めて彼女を見る。
「…もしかして、ロベルトの娘か!?あの時の!?」
ある人物の娘である事をベクターが告げると、彼女は顔を明るくして再び笑う。誰の目から見てもベクターの言った事が正解であるというのが分かった。




