第20話 探し物
そこは、見渡す限りに水平線が広がる不思議な空間であった。空と地を分け隔てる境界を作っているのは、地面を覆いつくしている赤黒い鮮血である。一歩足を踏み込んでみれば、何か気色の悪い凹凸を足の裏で感じつつ、血の持っているむせ返る様な鉄臭さが体の中へ入って来てしまう。
空には青天などという概念があるはずも無い。黒曜石と見紛うような漆黒が広がるばかりである。星も見えず、あるのは禍々しい気配を放つ光の輪であった。その輝きは妖しく、見る者全てに激しい抵抗感と不安を抱かせる。
その浅い血の海に、石造を思わせる白濁とした体色のデーモンが立っていた。梟を彷彿とさせる鳥のような姿をしているが、片目が無い。巨大な洞穴の様にぽっかりと空いていた。もう片側には夥しい複眼を持つ眼球らしきものがはめ込まれており、それを絶え間なく動かして周囲の様子を窺っている。
「…戻ったか」
鳥の姿をしたデーモンが呟いた直後、背後から現れたのはベクターの様子を監視していた岩の様な殻を持つデーモンである。必死に鉱物を彷彿とさせる固そうな羽をばたつかせ、顔の片側に空いていた穴へと収まった。
「ふむ…ほお‼見える、見えるぞ… ! うん…これは… ?」
鳥型のデーモンは無事に両目が戻った事に歓喜し、先程以上に両目を激しく動かしながら何かを呟き続ける。その動きは、最早首から上だけが痙攣しているようにも見えた。
「アモン…何やら楽し気だな」
背後から声が聞こえた。冷たく、耳に纏わりついて来る声に反応した鳥型のデーモンが振り返れば、積みあがった数多の生物の髑髏によって作られた巨大な玉座があった。そこに座る三つ目を持つ巨人は、全身を覆う頑強な鎧をまとっている。
「我が子が遂に見つけた様です。逆賊共によって持ち出された禁断の兵器…”レクイエム”の在処を。しかしその状況と来たら…信じられないでしょうが使役されている。しかも人間如きに」
アモンという名のデーモンは相変わらず頭部を震わしながら言った。
「そういう事か……ただちにレクイエムを奪い、その所有者とやらを始末しろ。野放しのままでは厄介だ」
「仰せのままに」
巨人が静かに告げると、アモンは異論を唱えることなく応じてどこかへ飛び去って行く。再び孤独が訪れた巨人は、玉座に肘をついて静かに目を閉じた。
――――自宅の地下に備えた簡易的なトレーニングルームにて、ムラセは汗を拭きながら座り込んでいた。
「成り行きぃ!?」
「うん。密輸船から物資を盗もうとしたら偶然お前がいた。それだけ」
器具に囲まれた殺風景な空間にムラセの声が響き渡ると、ベクターがその通りだと彼女に伝えた。どうして自分を助けようと思ったのかというムラセからの疑問に対して、ベクターは「別に奴隷を助けたくてやったわけではない」とアッサリ答えてしまったのである。
「ていうか物資の盗難って犯罪ですよ!?犯罪 ! 」
「だって密輸品だぜ ? 連中だって正規で手に入れたわけじゃないんだ。つまり保安機構に駆け込まれる心配もない。肝心の品物が奴隷って部分に関しては計算外だったけどな…ほら、正直に話しただろ。終わり終わり ! 続きが聞きたかったら後でしてやる」
どういう経緯で犯罪を犯したのだろうかと困惑するムラセだったが、ベクターは話を切り上げてトレーニングの再開を促した。自分と働く以上、ある程度の心得は身に着けておいて欲しいという考えから、彼の指導の下でムラセは本格的に鍛錬を行うようになった。
そのトレーニングの傍ら、普段の仕事がどの様な物なのかについても説明を受けたが「仕事が来なければ基本的に週休七日」という意味の分からない発言によって、彼はついて行ってはいけないタイプの人間なのかもしれないとムラセは後悔し始めていた。
「おーい、二人共 ! 」
トレーニングを再開しようと動き出した時、地下の入り口からタルマンの声が聞こえる。
「飯が出来たぜ」
「おう。すぐに行く」
タルマンから食事の用意が終わった事を告げられた二人は、トレーニングを早めに終わらせてリビングへと戻って行った。昼食は皿にパンが一切れ乗っているだけという何もないよりはマシと言えるものである。当然、マーガリンすら置いていない。
「…ベクターさん。いい加減、安定したお金を確保出来るようにしませんか ? 」
「やっぱり思った ? 」
流石に食生活を心配し出したムラセは提案するが、ベクターも同じことを考えていたらしい。
「そうなるとやっぱりギルドに入るのが一番無難か…よし、飯が終わったらすぐに出発」
パンを貪りつつ、ベクターは立ち上がって上着を探し始める。食べ終わって無かったムラセは慌てて水で流し込みながら準備を始めた。
――――ノースナイツの第五エリアに存在する「ハンター連合本部」は、シェルターを拠点にしているハンター達の集会所となっていた。連合には多くのハンターギルドが加盟しており、関係者達が毎日の様に依頼や仕事仲間探し、そしてスカウトに勤しんでいる場所へとタクシーを使ってベクター達は訪れる。
「さて…今日はひとまず見るだけだ」
「見るだけって、ギルドには入らないんですか ? 」
「それは向こうの条件と出方次第。気に食わなければ帰る」
そうしてベクターは呑気に、且つ今日の予定を簡単に伝えてからムラセとタルマンを待たずに建物へと向かって行った。




