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第19話 ウェルカム

「こりゃまあ派手にやられたな…」

「…悪い」


 どうにか無事に帰還できたアーサーは、修理用のドックで損傷したアスラの点検を行っているマークへ詫びを入れた。


「何言ってるんだ。凄い事だと思わないか ? この会社が持つ知識や技術の全てを結集させ、作り上げたアスラでさえ太刀打ち出来ない…そんな奴がいるんだぞ ! まだまだ成長の余地があるって事じゃないか ! 」


 しかしマークは昂揚感を言葉に出し、武者震いと共に率直な感想を述べ始めた。てっきり歯が立たない事に悔しさを見せるか、絶望に打ちひしがれるものだと予想していたアーサーは面食らったように目を見開く。


「こうしちゃいられない ! すぐに改善点や問題点をまとめないと…アーサー、早速だが色々と聞かせてくれ。”死神”との交戦…ぶっちゃけ、どうだった ?」


 早口で今後すべきことを連ねながら、マークは死神と呼ばれるハンターとの戦闘について気づいた点を挙げる様に促す。


「…交戦、か。戦いですらなかったよ」

「というと ?」

「弄ばれた。奴は丸腰、おまけに足技だけで渡り合ってきてな…遊び相手とすら思われていなかったんだ」


 その時の様子を自嘲気味に語っていたアーサーだったが、想像以上に差がある事が分かったらしくマークも考え込んでいる様子だった。


「壁は考えていた以上に高いし分厚いんだな…アスラを使ってて何か問題は ?」

「装甲自体が重いせいで体を動かすのが辛い。耐久性や防御も考慮しているんだろうが、あそこまでデカいとスムーズな動作はほぼ不可能だ。それと正直、人工筋肉の補助も心許ないな…もう少し出力を上げて欲しいが出来るか ? 」

「…可能ではあるが、そうなると今度は制御が大変だぞ。最大出力でテストした事があるんだが、なんせ脳が記憶している以上の身体能力を操る羽目になるんだ…怪我をするわ、設備を壊すわ…そのためのリミッター。アンタも慣れるのに相当苦労しただろ ? 」


 アーサーとマークはその様にして意見を交換し合い、アスラの改善を推し進めていこうとするが、不意に背後からルキナが現れて差し入れを二人の前のテーブルに置く。


「現場主義とは ! さしずめ狙いは好感度アップか ?」


 差し入れとして置かれたドーナツを手に取ってからマークが言った。


「あら、素直な労いの気持ちよ。それよりアーサー、半魔の確保…ダメだったみたいね」

「ご丁寧に伝言まであるぜ。『これ以上関わって来るんなら皆殺しにしてやる』だとさ」


 ルキナが語り掛けてくると、アーサーも気まずそうにベクターからのメッセージを彼女に伝える。


「本当ならすぐにお礼参りでもするつもりだったけど…この様子じゃ考え直さないとダメみたいね。ひとまず部下に偵察と半魔の捜索をさせておくわ」


 意気消沈しているアーサー、そして修繕が行われようとしているアスラの傷み具合を見ながら彼女は苦笑いと共にそう言った。死神などと大層なあだ名は付けられているが、所詮は人間という固定観念を覆すべきなのだと一同は確かに悟っていた。




 ――――ムラセの手術は無事に終わり、彼女はリーラの店の一室で眠っていた。発信機の所在を辿ってくるかもしれないという事もあってか、当然ベクターは彼女に付きっきりである。


「う…ん」


 唸りながらムラセは静かに目を開けた。ぼんやりと光が差し込んでいるようだったが、何かが照明を遮っているらしく大きな影が自分を覗き込んでいる。


「よお ! 目ぇ覚めたか姉ちゃん ?」


 涎を垂らしながらファイが無邪気に圧し掛かっていた。そして意識を取り戻した彼女に大声で話しかけてくる。


「ヒッ !」

「…そ、そんな怖がるなよ…ごめん」


 怯えてしまったムラセを見たファイは、そんなつもりでは無かったと謝罪して大人しくベッドから離れる。赤と黒を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だったが、その隅ではベクターが新聞を読んでいた。


「やっぱり、あげなきゃ良かったな…アレ」


 何かとてつもない後悔をしているのか、苦々しい顔で広げた新聞を睨んでいた。しかしムラセに気づいてからは、彼女に笑顔を向けてテーブルへ新聞を放り投げる。そのまま椅子ごとベッドへ近づいて来た。


「見つけた発信機は既に壊してある。この部屋はリーラの店の地下にあってな…そう簡単に入って来れる場所じゃない。いざって時のために抜け道も用意されてるんだ」

「そうそう ! 何といったってこの部屋は、オメエとご主人が夜の――」


 ベクターが現在の所在地を彼女に伝えていると、ファイが話に割って入ろうとして来た。よほど人に聞かれたくない話だったのか、ベクターはすぐさまファイの口を手で鷲掴みにすると、小声で「二度と口が利けねえようにしてやろうか」と脅して事なきを得た。


「さて…タルマンがそろそろ交代に来てくれるんだが、改めて確認したい。本当に俺と仕事をする気があるか ? 断るなら、今が最後のチャンスだ…安心しろよ。どんな答えを出そうが文句を言うつもりはない」


 彼の問いに対してムラセは少し黙った。この土壇場に来て迷いを感じていたのである。確かに危険な仕事であり、死のうと思えば簡単に命を投げ捨てられる職場である。しかしベクターの人並み外れた強さ、そして基準は分からないが、時折他者へ見せる優しさに惹かれつつあった。何より別の目的を達成するにあたって、裏社会であれば情報を集めやすいかもしれないと彼女は考えていた。


「…雇って欲しかったのには、もう一つ理由があって…」

「ん ? 」

「父を…探してるんです」


 突然、ムラセが隠していたもう一つの理由を告げる。ベクターはいきなりどうしたんだと不思議そうに反応した。


「家族はいないんじゃなかったのか ?」

「母は病死して、父はそれより前に失踪しました…もしかしたら裏社会で働いて、情報を探れば何か分かるかもしれないって思ったんです」


 どうやらそれなりに複雑な事情があるらしいと、ベクターは顎に指を当てて考え込む。一方で部屋の隅にいファイは「もしかして俺、出しゃばらない方がいい感じ ?」などと至極どうでもいい言葉を並べ立てていた。


 ベクターの考えとしては金銭面を考慮しなければ断る理由も無かった。少なくともムラセの護衛という部分については、彼女を狙っている敵側から動きが無い内は警戒を続けなければならない。そのため近くにいてくれた方が好都合である。また、彼女の親という事は何かしらの形で上級クラスのデーモンと接触している可能性も否定できない。つまり、彼自身の目的についても進展が期待できた。


「…俺はさ、ずっと仇を探してるんだ」

「ベクターさんが… ?」

「ああ。ガキの頃、親がデーモンに殺された。あの時は逃げる事しか出来なかったが今は違う…連中を狩っていれば、必ず仇にたどり着ける。そして報いを受けさせてやりたいんだ。半魔であるお前の親となれば、強力なデーモンに遭遇していた可能性があるって事だろう ? どんな形でも良いから、デーモンに関しては俺も情報を集めたい」


 向こうが腹を割って話してくれたのだからと、ベクターは自分の身の上話をムラセに聞かせる。そして彼女に顔を近づけて再び笑った。


「死ぬ気で働いてもらうが、俺と組んでみるか ? 」

「…はい ! 」


 彼の言葉にムラセは決意を固めたのか、ハッキリとした声で返事をした。直後、タルマンがドアを開けて部屋へとやって来る。


「飯を持って来たぜー ! 」

「お、待ってました」


 食事の入った紙袋を抱えたまま叫ぶタルマンに、ベクターは嬉しそうに目を輝かせた。渡された紙袋にはケンズキッチンと書かれたロゴが大きく印刷されている。


「ほら嬢ちゃんにも。手術で体力使っただろうし栄養付けないとな !」

「ありがとございます…あの、これって ? 」


 渡された品物はハンバーガーらしかったが、パテが妙にどす黒い。若干甘い香りのするソースがたっぷりと塗られており、キャベツとマヨネーズも入っていた。自分の知っているハンバーガーに比べてだいぶ粗雑で、気色悪い仕上がりになっている。


「インセクトバーガー、照り焼き風味。まあ食ってみろよ。安いけど意外と美味いんだ」

「……え ? 」


 その名前によって、ムラセは怪しげなパテを構成する材料が何なのかを理解する。そんな彼女の事はお構いなしに、平気そうな様子で食べながらベクターは勧めて来た。手荒い洗礼だとムラセは気分を悪くしたが、やがて勢いよくバグバーガーへ食らいつく。食用肉の様なジューシーさはない。固くなったすり身に近い食感のパテに、甘ったるい照り焼きの味が纏わりつく強烈な一品であった。

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