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第18話 憐れみ

「…リストブレードを作動。これより戦闘を行う。付近にいる兵士をこちらへ回すように言ってくれ。それまでは何とかヤツを引き付ける…」

『ラ・ヨローナをタイマンで殺しちまう化け物を相手に単身とは…死なないでくれよ』


 アーサーがリストブレードの準備をして、後方に控えている兵士へ伝達する。その間は一人で何とかするというアーサーの無謀さに兵士は呆れていた。通信が終わり、アーサーは改めてベクターへ向き直る。ところが彼はオベリスクを地面に突き立て、丸腰の状態になっていた。


「…今度は何の真似だ」

「何って…他にもハンデ付けて欲しいのか ?」


 間合いへと近づいて来たベクターは、戸惑うアーサーへとぼけた様に聞き返してくる。自分は完全に嘗められているのだと、体の内側が熱くなるのをアーサーは感じた。


「あ、じゃあこうしよう。昔見た漫画でやってたんだが、手を使わないでお前と――」


 ベクターが新しい提案をしかけた直後、アーサーがリストブレードで斬りかかってきた。それを横へ躱したベクターは、彼の脇腹へ強烈な蹴りを見舞う。咄嗟に反応したは良いが、防御もままならずアーサーは吹っ飛ばされてしまった。


「…足だけで相手してやるよ」


 ベクターがカポエイラの様に軽快なステップを踏みながら言った。一方でアーサーは、想定以上のダメージを食らった体を何とか立て直す。装甲越しとはいえ、まるで砲弾を至近距離から当てられたような衝撃によって内臓が揺さぶられていた。どう考えても人間に出せる力ではない。


「一体何なんだお前…!?」

「借金持ちで、女好きのしがないハンター。因みに今は独身」


 驚きを隠せないアーサーに対して、ベクターは身の上を少し語ってから手で挑発をする。アーサーも意地になって再び攻撃を仕掛けるが、ノロいとでもいうかの如く躱されてしまう。


「そんな重い体じゃ動けないだろ。カッコいいから着ていたいって気持ちは分かるが、脱いだらどうだ ? 」


 さらにベクターは煽る。それに逆上して向かって来るアーサーの攻撃に合わせて蹴りで弾き返し、隙だらけになった所を狙って頭部へ飛び蹴りを放った。大きく飛ばされた挙句、無様に地面を転がされたアーサーはこのままでは終われないと再度立ち上がろうとする。しかし、アスラのシステムが警告音によって戦闘の続行が困難である事を知らせて来た。


『聞こえるか ? 人工筋肉を維持するための電気回路が損傷したみたいだ。冷却装置も壊れているせいでオーバーヒートが起こっている』

「クソ… !」


 兵士によるアスラの損傷を聞かされたアーサーは悪態をついた。そんな彼を遠くから見ていたベクターは、突き刺さったままのオベリスクを背負ってから彼に近づいていく。


「壊れたのか ? とりあえず頭の部分だけでも外しとけ…おお、中々の男前」


 とりあえず新鮮な空気でも吸わしておこうと、火花が散っている装甲の頭部を取ってやるとアーサーの顔が露になる。平均よりは確実に良いであろうアーサーの顔を見て、ベクターは無邪気に褒めた。そのままこちらの話を続けようとした時、不意にどこかから視線をベクターは感じたが気のせいだろうという事で敢えて無視した。


「目的は知らんが、あの子は俺の依頼人でうちの職場の研修生なんだ…今の所は。 お前のボスに伝えておけ。これ以上関わって来るんなら全員皆殺しにしてやるってよ。今日の所は俺からの情けだ」


 ベクターはそこまで言ってから背を向けて車へと戻って行く。


「この借りは必ず返してやるからな !」

「そっか。まあ、頑張れよ」


 アーサーが恨みと屈辱感を込めながら叫ぶが、ベクターは何食わぬ顔で励ましてそそくさと退却する。その様子を廃墟になっているビルから眺めている一匹のデーモンがいた。全身が岩の様に固い殻に覆われ、翼を生やしているソレは顔全体を覆う複眼で声を上げることなく凝視していた。




 ――――帰りの車内、首にガーゼを宛がったムラセが隣に座っているベクターを恨めしそうに見ていた。


「その、すまなかった」


 ベクターが申し訳なさそうに頭を下げるが、涙目になっているムラセの心情が変わる事はない。


「相手を脅すためって言うから、覚悟はしてたけど…もう少し手加減してくれると思ってたんですよ!?」

「いやほら…向こうに演技だと思われたくなかったからつい、熱が入ったっていうか…な ?」

「じゃあ、殺してみろって言われたらどうする気だったんですか!?」

「……」

「考えてなかったんですね…」


 いくら何でもやりすぎじゃないかと怒るムラセに、ベクターは凄味を出すための演出だったと言い訳をし続けていた。だが被害に遭ったムラセからすれば、とてもではないが演技とは思えなかったのである。


「しかしアイツを見逃してよかったのか ?」


 暫くすると、運転をしていたタルマンが話を遮って尋ねて来た。


「とりあえず、こちらの言い分を伝えておくように釘を刺したつもりだ。また懲りずに来る事があれば、次は死体になってもらう」


 先程のタジタジになっていた態度から一転、真剣な顔つきでベクターは語った。その気迫に少しムラセが圧されていた時、シェルターの入り口付近で兵士達が揉めているのを目撃する。少しすると、立て続けに銃声まで聞こえてきた。


「…またか」


 ベクターが窓から眺めながら呟く。彼の視線の先には、銃殺された数多の移住希望者の死体が地べたに這いつくばっていた。


「お疲れ様です」


 タルマンが通行手形を見せると、敬礼をしてから兵士が中の監視所へ連絡を通す。そしてゲートを解放した。そのまま一直線に進んで監視所へと着いた一行だったが、そこでも何やら騒がしい。子供を連れた女性が監視所の職員に詰め寄っているらしかった。


「お願いします ! 主人について何か報せが来てませんか!?」

「どうか落ち着いて…気持ちは分かりますが我々ではどうにも――」


 女性は掴みかかりながら必死に夫の行方を案じているらしかった。その光景に出くわしたムラセはふと、自分の胸にざわつきを覚える。その状況に臆することなく車から降りたベクターは、手続きを行うために監視所へ向かった。


「戻ってきたのか…流石だな死神」

「どうも。ほらビール代…ところで彼女は ?」


 出発していた時と同じ兵士が出迎えてくれた。彼に比較的高値で取引できるデーモンの素材をベクターは渡し、他の職員達と揉めている女性について尋ねる。


「狩りに出発した旦那が戻って来ないんだとよ。前に言っていた帰還してないハンターの事だ…たぶんな」


 兵士も少し胸糞悪いのか大変気まずそうに語る。すぐに手続きを済ませたベクターだが、不意に女性が必死な姿で自分の元へと駆け寄った。


「失礼、ハンターの方ですか ?」

「まあ、一応は」

「主人もハンターなんです ! でも、もう何日も戻っていなくて…何か心当たりがあれば…」


 泣きそうになりながら尋ねて来る彼女の背後では、子供が遠慮がちに隠れながらベクターを見ている。ふと孤独だった自身の幼少期をベクターは思いだす。育ての親が死に、物心ついた頃には一人で生き抜こうと必死に藻掻いていた忌まわしき過去であった。


「御主人は茶髪でしたか ? 」

「…はい !」


 ベクターは唯一心当たりのあったハンターの特徴について語り出した。そう、自分達の目の前でラ・ヨローナに殺された例の男である。


「少し小太りで、顔に泣きボクロがあって…髭を生やしている ? 」

「そうです… !」


 彼の特徴が見事に一致していたのか、女性は頷きながら微かに顔を明るくした。しかしベクターが目を反らした事で、最後の希望は泡沫の様に消え失せてしまった。


「そんな…嘘よ…」


 ベクターに縋りついていた女性は、とうとう地面にへたり込んでしまう。そして顔を上げることなくすすり泣いた。子供は自分の父に何が起こったのかを実感できていないのか、ひたすらに黙りこくって母親の背中を呆然と眺めていた。


「失礼」


 ベクターは一言だけ残してから母親の前から動き、装甲車へ向かって来る。悲しみに暮れている親子を痛ましそうに見ているムラセに「こんな事もあるさ」と囁き、トランクを開けて死んだハンターの遺品であるバックパックを開いた。中にはそれなりに多くの素材やコアが残されている。


 暫く見つめていたベクターだったが、やがて自分達の荷物を開けてラ・ヨローナのコアを取り出し、それを彼のバックパックに詰めこんだ。彼がゴソゴソとトランクで何かしている姿をムラセはうっかり見てしまったが、敢えて何も言わなかった。


「これを…彼が持っていた装備です」


 戻ってきたベクターは静かに言いながら、遺品であるバックパックを女性に渡す。そして何を言うわけでも無く立ち去って再び車へ乗り込んだ。彼に続いて乗車したムラセは、ハンターとは本当ならばいつ死んでもおかしくない職業である事を痛感させられていた。


 ベクターのせいで感覚が麻痺しかけていたが、本来ならばあの様な光景など珍しくも無いのだろう。そう思う一方で、誰かが命を賭して動かねばどうしようも出来なくなっているのがこの世界の実情だという事も理解し始めていた。




 ――――その後、リーラの元へ戻ったベクター達は手に入れた素材を彼女に渡した。


「…思っていたより収穫が無かったのね」


 しかしリーラは何か不審に思っている事があるらしく、意外そうに言いながらベクターを見る。


「だが手術代くらいなら賄えるだろ ?」


 あっけらかんとした態度でベクターは答えるが、やはりリーラは彼を怪しんでいるらしい。訝しそうな目で彼を見ながら差し出された素材を触っていた。


「ラ・ヨローナの素材はあるのに、肝心のコアが無いのはどうして ? コアを切り離してから素材の回収をするのがハンターのやり方…あなたが持って帰る途中で無くすようなマヌケじゃないって事は私も良く知っている」

「あーっと…たぶん、ほら…帰る前に同業者と一悶着あってな。それで火事場泥棒的な…うん、たぶんそれだ」


 普段の彼の仕事ぶりからして大事な資金源を無くす筈が無いとリーラは問い詰めるが、ベクターは言い淀みながら彼女へ弁解をした。


「…まあ、これだけあるなら足りるでしょうね。医者はすぐに手配する」

「マジか、ホント助かるぜ…何か急に催してきたな。ちょっとトイレ借りるよ」


 しかし、資金に問題は無いとしてリーラは約束通り自分も動いてやると伝える。ベクターは彼女に礼を言ってから安心した様にトイレへと向かった。それをタルマンと一緒に見送っていたムラセだったが、リーラが自分の肩に手を置いている事に気づく。


「彼、嘘ついてるでしょ ?」

「…どうですかね」


 リーラからの問いかけに対してムラセは愛想笑いと共に茶を濁したが、コアが無くなった理由は薄々勘付いていた。それから間もなく、とある女性が売りに出したラ・ヨローナのコアが業者に買い取られ、四億ギトルという価格が付けられるという事態が発生してしまう。

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