最終話 魔人と呼ばれた男
二か月後、ノースナイツの復旧が進んでいない事もあってか、シアルド・インダストリーズは引き続きハイドリートを拠点としていた。
「あーもー ! 何でオルディウス殺しちゃうんだよー-!!色々使えそうだと思ったのにー !」
研究室でマークがごねていた。トレーニングを終えたらしいアーサーがビックリしながら見ている傍ら、仕事に追われて徹夜していたらしいルキナがマグカップを持って入ってくる。もう片方の手には二枚ほどハガキを携えていた。
「あいつらから便りが来てる」
「お、ようやくか…ってこれは⁉」
ルキナにハガキを渡されながらアーサーも内容に目を通した。一枚目はクリスマスカードであり、初めて交戦した際に撮られていた自撮りの写真が使われている。
「そういえば言ってたなアイツ、ポストカード作ってやるって…」
「真夏だけどね今」
「面倒くさくなったんでしょ。たぶん」
初めて遭遇した際に言っていた約束を律儀に守ったことに驚く一方で、マークとルキナは季節はずれにも程がある点を指摘しつつ、その杜撰さに呆れていた。続いて二枚目のハガキには集合写真が貼ってあり、恥ずかしがりながら両手でピースをするムラセ、彼女と肩を組みながら親指と小指を立てて舌を出してるリリス、とりあえず仏頂面で座ってるリーラ、二人ではしゃいでいるジョージトタルマン、両端で仁王像の如く立っているイフリートとザガン、そしてど真ん中で爽やかな笑顔と共に中指を立てているベクターの姿があった。
「かいしゃつくった :ベクター」
「今後ともよろしくお願いいたします:ムラセ」
「投資しろ:イフリート」
「まあよろしく:リーラ」
「初回の依頼は特別三割引き:タルマン」
「俺はこっちで頑張らせてもらいます:ジョージ」
「お仕事何でもしちゃうぞ☆:リリス」
「勝手に就職させられた:ザガン」
ご丁寧に各々からのメッセージまで書かれている。それを微笑ましそうにアーサー達は眺めていたが、流石に荷が重すぎたのではないかと今更になって不安も感じ始めていた。
――――揺れる装甲車の中、床に寝そべっているファイ達を眺めながらフロウが座っていた。その隣にはリーラも座っている。
「本当にノースナイツの商売は諦めるんか ?」
「うん、当分復興の目途が立たないし…だから場所を移して、また一からやり直す」
フロウに対してリーラが仕切り直す事を伝える。その最中、彼女の薬指に指輪がはめられている事にフロウは気づいた。宝石などが付いているわけでは無く、非常にシンプルな作りである。
「ベクターともやり直すんか ?」
にやけながらフロウが尋ねると、リーラは少しだけ頬を赤らめる。
「べ、別に。こうしておけば目の届く範囲で監視できるでしょ ? サボり癖あるしアイツ」
「ま、納得しとるんならええわ」
リーラが少し狼狽えて釈明をする。その姿を愉快そうに見ていたフロウだが、煙草を取り出そうとしたらリーラに止められてしまった。
「その…煙草はなるべく、さ」
「…当ててもええか ? 子供出来とるやろ」
「あ~、えっと…」
「あんのガキ…いてこましたろか。いつや ? いつアイツと仕込んだん ?」
「ノースナイツ奪還作戦の前夜。ちょっと、良い感じの雰囲気になったもんだから…」
そんな申し訳なさそうなリーラの事後報告を聞き、フロウは呆れかえるばかりであった。そんな会話の最中、とあるシェルターに二人は辿り着く。まだノースナイツが健在だった頃、シアルド・インダストリーズが開発を進めていた廃墟であった。とは言っても既にシェルターとしての機能は一通り揃えており、その新たなシェルターの指揮と管理を任されたのが他ならぬベクター達であった。腕っぷしを信頼しての事らしい。
「おーい ! 二人ともー !」
装甲車から降りるや否や、眼鏡を掛けているジョージが駆け寄ってくる。
「ヘルメス・コーポレーションだよ ! うちの私設部隊に装備を提供してくれるって !」
「ホントに ? でもどうやって ?」
これからベクターの元に向かうつもりという事もあってか、歩きながらジョージはリーラ達に報告をする。目が輝いていた。
「それがさ、イフリートの奴が直談判しに行くって言って…そしたらアッサリ契約書貰って帰って来てさ。どうやったのかは知らないけど…とにかく、ひとまず防衛や派遣に使う武器の供給の目途は立ち始めてる。だけどまだまだ問題は山積み。車両も含め、未だに兵器や装備の大半は鹵獲やスクラップを改造したものがほとんど。人員や戦力についてもベクターを始めとしたデーモン組で九割占めてる状態なんだ。彼らが行動できないって時のためにある程度は賄えるようにしないと」
そんなことを言っている内に、彼らは訓練場へとたどり着いた。グラウンドでボコボコにされた訓練兵達が地面で伸びており、その中央では新米らしい兵士が同じく痛めつけられてヨロヨロになった状態で構えていた。そんな彼に目の前にはサングラスをかけたリリスが立っている。タンクトップにカーゴパンツといった組み合わせだった。
「お、偉い偉い。田舎の母さんも喜んでるよきっと」
「ハァ…ハァ…よ、よろしくお願いします!!」
根性を見せてくる兵士に対し、リリスがほめる一方で再び手合わせをしてほしいのか挨拶を大声でした。そしてリリスが構えた所で殴り掛かるが、あっさりと受け止められた上でみぞおちに拳を撃ち込まれて悶絶する。
「みぞおち殴られた感触、ちゃんと覚えときなね。はーい、じゃあ今日はここまで ! 全員ちゃんと休むこと !」
彼の介抱をしながらリリスは全員を立ち上がらせ、訓練を切り上げて解散させる。そしてジョージ達の元へと手を振って歩いてきた。
「君を教官にした事を滅茶苦茶後悔してる」
ボロボロなまま宿舎へ向かう兵士達を見たジョージが思わず言った。
「ていうか、あなた魔界に帰るって言ってなかった ?」
リーラがふと疑問に思った事を聞くと、リリスはタオルで顔を拭きながら少し寂しそうにしていた。
「一回戻ったよ。だけどオルディウスが死んだ上に、本来なら後釜になる筈だったベクターが魔界に行く気ないじゃん ? お陰でまた空っぽの玉座巡って大荒れしてたんだよね。穏健派だった連中も、自分が王になれるんならって事で殺し合い始めてさ。魔界の体制がどうの、人間との共存がどうのなんて、偉そうに言ってたけど…結局、どいつもこいつも自分が支配者になりたかっただけだった。加勢してくれなんて言われたけど、何か馬鹿馬鹿しくなっちゃって。てめえらで勝手にしろって事で戻って来た」
「平等や正義をこれ見よがしに掲げる奴っちゅうんは、おぞましい本性や目的を必ず隠してるもんや。しゃーない」
リリスが事情を言うと、フロウも同情したのか教訓を伝える。その直後、シェルターで引き取っているらしい孤児達を引き連れたイフリートが現れた。
「何だ、もう来てたのか」
同伴していた他のスタッフに子供達を預けながらイフリートが言った。
「ああ。今からベクターのところに顔を出そうと思ってた」
「それなら丁度いい。ムラセとタルマンもそこにいる筈だ…お、あれは…」
今後の予定について話し合っていた時、シェルターの正面ゲートが開いてバイクに跨ったザガンが入ってくる。近場にバイクを止めてから降りると、こちらへ手を振ってるジョージを見つけてから歩み寄ってきた。
「お疲れさん、”調査員”。どうだった ?」
「まあまあだ。ひとまずベクターに会いたい。土産もある」
リリスが話しかけると、ザガンは簡単に答える。そのまま全員で歩いてシェルターの中央にある廃病院を回収して作ったらしいアジトへと向かっていく。看板が玄関には掲げられており、”ヘルブレイド”と書かれていた。
「あの子も入ったんか ?」
ザガンの後ろ姿を見つつ、フロウは一緒に歩いているリーラに尋ねた。
「行く当てが無いなら一緒にってベクターが言ったら、最初は嫌がったらしい。オルディウスの件はあくまで利害の一致で動いていただけだし、これ以上協力してやる理由も無いってさ。おまけに自分たちのエゴで人間巻き込んで、さんざん犠牲にしてしまってるから今更仲良く一緒に住む資格なんて無いからって散々断ってたけど、ベクターが失うには惜しいからって結局頼み込んだ。今は”特別調査員”って事であちこち出張してもらってる。ガミジンとかいうデーモンが研究してた異次元の移動や、魔界の情勢について調べておきたいんだって」
リーラがザガンに関する経緯を話す傍ら、施設内の孤児達がザガンに挨拶をしたり駆け寄ったりしているのが見えた。「また後でな」と言いながら、優しげな表情で彼女は子供達の頭を撫でている。
「まあ…今じゃ二週間に一回は戻って来てるけど」
なんとなく理由を察しつつも、一行はそのまま社長室を目指していく。
――――その頃、ムラセは大量の書類を脇に抱えながら社長室の前に立っていた。
「ベクターさーん、いますー ? 勝手に入りますよー ?」
ノックをした上で忠告をした後、ドアを開けて入っていくとデスクに腰を下ろしていたベクターは漫画を読んでいた。その隣には休憩がてら顔を見せに来たらしいタルマンもおり、二人して漫画を凝視している。
「おい、めくるのが早えよ」
「おっと悪い」
タルマンが慌てて言うと、ベクターも一言謝ってからページを戻す。夢中になってる二人に呆れつつ、ムラセは近づいて行ってから音を立てながら書類を机の上に置いた。
「サボらないで下さい」
少し怒りながらムラセは言ったが、ベクターは不服そうな顔をしていた。
「サボりじゃねえ。息抜きだ。しっかし…どうしてつまらん奴の書く漫画ってのはエリートや陽キャを噛ませ犬として描くんだ ? コンプレックス滲み出すぎだろ」
「逆に聞くが…才能あって、金持ってて、イケメンで、強くて…ってそんな奴が活躍する話なんか面白いか ?」
「お前バッ〇マン馬鹿にしてんのか。怒るぞ俺」
ムラセそっちのけで漫画談義を始めていた時だった。声が聞こえたかと思うや否や、他の者達も部屋に入ってくる。リーラに関しては予想通りサボっていたベクターを見て溜息をついていた。
「ほら~、リーラさん怒ってるじゃないですか」
「わかった真面目にやるよ…ったく。社長ってこんな忙しいもんなのか。仕事を秘書や部下に押し付けて、脱税と経費で豪遊できると思ったのに」
ムラセに言われたベクターは、愚痴を言いながらも渋々仕事を再開する。相変わらず見通しの甘い奴だとリーラは困り果てていた。
「それにしても…どういうつもりや ? お前が会社作るなんて」
フロウが尋ねると、汚い字でサインを書いていたベクターの手が止まる。やがてペンを置いてから天井を見上げた。
「誰もやらねえなら俺がやるってヤツかな」
少し笑ってからベクターは言った。そのままベクターは全員に顔を向ける。
「デーモンだろうが半魔だろうが人間だろうがエルフだろうがドワーフだろうが関係ねえ。守らないといけないと思ったやつは全力で守る。俺に協力してくれる奴も含めてだ。まだまだ現世にとっては脅威の多い状況…必ず犠牲者も出てくるし、行く当てがなく救いを求める奴らだって出てくる。そんな奴らが真っ当に生きられるように手助けしたい。俺が今日まで何度も助けられてきたみたいに」
ベクターがそう言うと、ムラセ達は納得したように頷く。リーラも少しだけ笑ってから再びベクターと目線を合わせた。
「で、実際は ?」
「相手ぶん殴ってるだけで食っていける楽な仕事がこれしか思いつかなかった」
「だと思った」
少し怪しんだリーラが改めて聞く。そして案の定すぐに本音をベクターが吐露すると、相変わらずだと皆で笑っていた。しかし突然サイレンが鳴りだし、デーモンの接近を報せ出す。
「あまり強くないな。俺だけで良い…ちょっと行ってくる」
気配を感じ取ったベクターが鼻で笑い、ムラセの肩を叩いてから出ていく。そして兵士達をかき分けながらシェルターの外へ出てみると、デーモンの群れが接近しつつあった。首を鳴らし、背負っていたオベリスクを掴む。そしてバルバトスへと変身してから、デーモン達の元へとベクターは突っ込んでいった。これが彼にとっての新たな日常の始まりである。
そんな彼の活躍は、やがて現世と魔界の双方で知れ渡っていった。人ならざる者でありながら、人としての心を持ってしまった一匹の怪物が、弱き者達を守るために殺戮を繰り広げていると。そんな彼をデーモン達は”魔人”と称し、いつまでも恐れ続けたという。