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第165話 復活の狩人

 深遠で何が起きているか知る由もない地上では、シアルド・インダストリーズによるセフィロトの除去作業が行われようとしていた。


「ああ…ああ。こちらも既に設置を終えた。すぐに離脱する。合図を送り次第、目標に向かって攻撃を始めろ」


 アーサーが無線で報告をしている間、兵士達は忙しなく動いてセフィロトの根やその周囲に大量の爆薬を設置する。とにかく搔き集められるだけのありったけであった。


「よし、すぐに離脱するぞ。このままだと俺達も巻き添えを食らう」


 報告を終えたアーサーはリーラ達に指示を出す。ようやくかと思ったものの、少し不満げな様子で彼女達も動き出す。そして全員で飛行艇の方へと向かい出した。


「正直、俺たち要らなかったよな」


 タルマンが寂しそうに銃を弄りながら口を開く。


「安全に越した事無いでしょ。こういう時は特に…ああ、そうだ。いい加減元に戻って。そのままじゃ飛行艇乗れないから」


 ケルベロスを引き連れたリーラもそう言ってから、ケルベロス達の変身を解こうとする。暴れる機会が無く、ガッカリしていたケルベロスはしょんぼりしていたが、突然身の毛がよだち始めた。すぐにリーラからそっぽを向き、恐ろしい形相で唸りつつ辺りを見回す。


「ちょっと、どうしたの ? 」


 リーラが戸惑う一方で、アーサーは自分に届いた緊急連絡に耳を傾ける。


『上空より、未確認の大型デーモンの出現を確認…既に登録されている大型、通称”リリス”と交戦中です !』

「まさか……これからすぐにセフィロトから離脱する。爆撃の準備を直ちに行え !」


 自分の会社が抱えるデータベースに載っていないデーモン、それが何者なのか薄々勘付いたアーサーはすぐに指示を出して飛行艇に向かう。そんな報告を聞いていたリーラは魔方陣を出現させ、ケルベロスに飛び乗ってからその中へと消えて行った。




 ――――その頃、ノースナイツから遠く離れた荒野に魔方陣が出現し、激しい閃光と共にリリスとオルディウスが出現した。必死に彼女を掴んでいたリリスは、魔方陣から現れるや否やそのままオルディウスを投げ飛ばす。ひとまず着地をしたオルディウスに対して、リリスは衝撃波を纏いながら再び接近し、強烈な速さで拳を打ち込んでいく。


「思い出したぞ」


 最初こそ防戦一方だったオルディウスだが次第に彼女の速さに慣れたのか、顔面に向かって来た拳をあっさりと掴んでしまった。


「何の力も持たない弱卒だった貴様が…よくぞここまで鍛え上げたものだ」


 リリスが力ずくで振り払おうにも、オルディウスに掴まれてしまった手はビクともしない。骨もミシミシと嫌な音を立て始めていた。


「うらぁっ !」


 リリスは頭突きをかますが、オルディウスはそれでも握力を緩める事はしない。


「良い根性をしてる。伊達に鍛えてないな」


 そう言いながら更に力を強め、リリスの拳を破壊しかけた時だった。突然頭上に魔法陣が現れ、そこからケルベロスが飛び掛かってくる。奇襲に勘付いたオルディウスは、リリスを片手で振り回して彼らにぶつけてまとめて吹き飛ばす。


 ケルベロスに乗っかっていたリーラは、リリスがぶつかる直前に別の魔法陣を作って瞬間移動を行う。そして、地上に降り立った後にまとめて転がっていくケルベロスとリーラを見ていた。


「ごめん…」


 罪悪感のあまり申し訳程度の謝罪を呟くが、すぐに視線は目の前にいる鎧を纏った髑髏のデーモンへと移った。自分が戦ってどうこうなる相手ではない。それだけは理解出来たが、呆然とするあまり体が動かない。直後、巨大な火球が飛来してオルディウスに直撃する。


「ほう、貴様も来たか」


 自分達が現れた魔法陣から少し遅れてイフリートが姿を現したのを目撃し、オルディウスは嬉しそうに声を出す。イフリートはすぐにデーモンの姿へと戻り、角に炎を灯らせて体から稲妻を迸らせた。そして自身に出せる最高の出力で口から光線を放ち、大地を溶かしながらオルディウスを焼き払おうとする。


「ふん」


 オルディウスは鼻を鳴らし、障壁で身を守りながらイフリートへと接近し出す。そして至近距離から光線を受け止めている間に、両手に氷を纏わせた。そのまま障壁を解除したかと思いきや、わざと光線を体で受けながらイフリートの首根っこを抑える。そしてもう片方の手で彼の顔を掴み、ジワジワと凍らせていった。光線はおろか、発火さえも出来なくなったイフリートは焦って藻掻くが、オルディウスは増々凍らせる速度を速めていく。


「中々効いたぞ。噂通り優秀で安心したよ」


 破損した鎧を魔力で修復しつつオルディウスは語るが、そんな最中に別の魔方陣が彼女の背後にコッソリと現れた。そして鎖の付いたクナイがその中から二本飛び出し、貫通した後にオルディウスの腕に巻き付いてしまう。


「ようやく出られた…」


 魔界から帰還したザガンはデーモンの姿に戻った状態で姿を現した。全ての魔方陣をくぐっては片っ端から敵を殲滅していったらしく、自慢の装甲が傷だらけになっている。


「喜ばせてくれるな、つくづく」


 鎖を掴んで引っ張って来るザガンに対し、オルディウスは彼女との再会に感激しつつ踏ん張って抵抗する。その傍らで今度は腕に業火を纏い出した。その炎の熱で鎖やクナイを消し炭にして、ゆっくりとザガンの方へ振り向く。


「そう怖い顔をするな。会えて嬉しいよ」


 ザガンの姿を見たオルディウスは嬉しそうにしていたが、彼女は迷わず突撃してくる。そして片腕を鋼で覆った巨大なガントレットへ変形させてオルディウスへ攻撃を仕掛ける。


「死体になってくれるんなら、もっと喜んでやる」

「相変わらずの荒さだ。実力を見込んで、せっかく生かしてやったというのに」


 攻撃を受け止められても尚、ザガンは恨みを込めながら言い放つ。オルディウスは軽快そうに返しつつ、彼女の攻撃を両手で受け止めていた。


「誰が貴様なんかに従うか…‼」


 ザガンが積年の恨みを爆発させようとする中、氷を蒸発させる勢いで溶かしたイフリートが立ち上がって咆える。間もなくリリスとケルベロスも近寄って来た。


「一、二、三、…四。もっと連れて来ても良いんだぞ。必要なら待っててやる」


 周囲にいる敵意を抱く者達を数え、オルディウスは少し落胆をしたかのようにトーンを下げて話しかける。自分も頭数に入れられてる事を面倒にリーラが思っていたが、直後にムラセが魔方陣から現れた。オルディウスを囲むようにして立っているイフリート達と、それを遠くから不安げに見つめているリーラが目に入り、どうすれば良いのかを考えた後にオルディウスの方へと向かう。


「ムラセ…ベクターとファウストはどうした ?」


 イフリートは尋ねるが、俯いて目を合わせようとしないムラセを見てすぐに悟った。リリスも同様に彼女の姿を見た上で、改めてオルディウスを睨んで首を鳴らす。


「混血とはいえ、やはりよく似た雰囲気だな」


 顔を向けこそしないがムラセの存在に気づいたオルディウスは呟く。それに呼応するようにムラセは巨大な化身を召喚し、自身もゲーデ・ブリングを腕に纏わせて構えた。その時、数席の飛行艇が現れて周囲を旋回し出す。その内の一隻からアーサーが飛び降りて来た。


「関係者の避難が完了した。待機させていた攻撃機でセフィロトへ向かって空爆を行ってくれ。直ちにだ」

『了解』


 アーサーが無線で連絡を取りると、間もなくどこからか高速で飛行艇が接近する。そして予定されていたセフィロト付近の座標に到達した直後、ハッチを開けて無数の爆弾を投下した。




 ――――ベクターが目を覚ますと、何も無い真っ暗な空間で寝そべっている事に気づく。立ち上がってみると体が軽く、疲労感なども嘘のように消えていた。特に驚いたのが自身の左腕である。レクイエムが無くなっている上に生の腕が生えており、右手で触ってみると温かい感触が伝わってきた。


「遺書でも書いとくんだった」


 先程まで何が起きていたかを鮮明に覚えていたせいか、ベクターはここがどこなのかを察した様に言った。これから三途の川でもわたって天国か地獄にでも行くんだろう。少なくとも、自分は前者では無いだろうが。


 動かずに周りを見ているが何も起きない。それに痺れを切らしたベクターは少し歩いてみる。何も無い筈の空間だったというのに、暫く進む内にいつの間にか土の上を歩いていた。そのまま探索を続けてみると、無造作に転がっている岩や瓦礫だらけの道路へと出てくる。


「これって…」


 その見覚えのある光景にベクターは驚いていたが、そんな自分の目の前を一人の少年が歩いていた。間違いない。幼かった頃の自分である。


「うっ…ひぐっ…」


 傷だらけになり、泣きべそを掻きながら彼は歩いていた。もう誰も助けてくれないかもしれないという当時感じていた孤独さを思い出し、痛ましさを感じる一方で懐かしさもある。すぐに追いついたベクターが試しに触れようとした直後に少年は消えた。やがて見覚えのあった景色は消え、今度は目の前に狭苦しい通路が現れる。石造りの通路には血が滴っており、道しるべの様に奥の方へと続いていた。


「走馬灯にしても長いな。ダイジェストにしてくれりゃいいのに」


 この後の展開なんて分かっている。ベクターが呆れがちに進んでいくと、これまた古びた小部屋へと辿り着いた。部屋一面に呪文らしき文字がびっしりと書き込まれ、中央には物々しい装飾の台座が置かれている。そしてその上には金属で出来た様な鈍い光を放つ真球が置かれていた。そしてまだ分かりし頃、それも片腕を失って血を流しながら見とれている自分の幻影がどこからか現れる。


「あーあ、触んない方が良いぞ」


 ベクターはそう言ってみるものの、幻影は静かに真球へ触る。そして何も無い事を確認してから素早く取り上げた。罠でも仕掛けられてないかと身構えるが、特に何も起きなかった事に安堵したのも束の間、真球が変形してアメーバのように動き出す。そして無理矢理無くなった左上の切断面にくっ付き始めた。絶叫する自分の姿を見つつ、確かにあれは痛かったなどと懐かしんでいる内に当たりが暗闇に包まれていく。


「さあ、次は何だ ?」


 最早何が来ても驚くつもりは無いのか、ベクターは余裕そうに言い出す。そんな矢先、靴で水気のある何かを踏みつけたような気がした。


「おっと…」


 気になったベクターが足元に目をやると、何の液体で辺りが満たされている事に気づく。深さはさほど無く、せいぜい靴底を濡らす程度であったが違和感がある。鉄臭い。


「うわぁ、マジかよ」


 そのまま歩き出し、その先に待っている光景を見たベクターはその鉄臭さを持つ液体が血である事に気づいた。辺りには埋め尽くすように生物の内臓でびっしりと埋め尽くされており、それらか血や体液が溢れ出していたのである。ガスまで充満しているせいで先程までとは違う臭さまで充満していた。段々と形の残った死体まで現れており、それらの顔を見ている内に自分が殺して来た者達の死体である事を理解する。


「…あれか ? 懺悔でもしろってやつだな。 絶対嫌だぞ」


 捻くれた態度を取りつつ、ベクターは気持ち悪がりなら死体を踏み越えていく。人間やデーモンを問わず溢れかえっている死体の先には、見知らぬ人影が立っていた。人影であるというのは輪郭で分かるのだが、イマイチ詳細は分からない。妙に丈の長いコートらしきものを羽織っており、帽子を深く被っているせいだろう。


「オイ、死神か何かか ? 俺の判決はどうよ ? 天国行かせてくれるんなら有難いが」


 ベクターが気安く話しかけるが返事はない。


「どう思った ?」


 ようやく人影が発したその声にベクターは凍り付く。驚くほど自分と似ている、というよりは完全に同一の声であった。


「何だ…お前 ?」


 ベクターが恐る恐る尋ねると、人影はゆっくりと彼の方を向く。至近距離だというのに、周りの暗さと本人の周りを漂う靄のせいでやはりどんな姿かが分からない。


「こんなに殺して…悪びれもせず生きて来たってのに、何であそこで日和っちまったのやら、なあ ?」


 人影は話して来るが、態度や仕草までそっくりなお陰で非常に不思議な気分であった。全てを見透かされている様な気がしてならず、下手に嘘で取り繕えば指摘されて小馬鹿にされるのだろう。間違いなくそういう事をしてくると根拠も無いのにベクターは確信していた。


「答えろよ、どうなんだ ?」

「ムラセの事か ?」

「他にあるかよ」

「そりゃ…昔の自分を少し思い出したからだ。あそこで殺してしまったら、マジで取り返しのつかない事になるって感じて、それで手を止めた。何より、怖かったんだ。昔みたいに孤独を感じる事も少なくなってきたってのに、逆戻りしそうでな」


 人影が話してきた。それに対して戸惑いつつもベクターは答える。いつものように悪ぶってやろうと思ってた筈だが、なぜか本心を打ち明けてしまっていた。


「俺としてはあそこで容赦なくやっても良かったんだがな…お前の意思だったんなら仕方ない」


 人影は聞こえるようにボヤいた。


「お前本当に誰だ ?」

「誰かさんの片割れだよ。だけどずっと見てたぜ、近くでな…まあ、それももうすぐ終わりだ」

「お前、まさか――」

「言ったろ、片割れだって。俺達二人…元に戻る時が来たんだ。拒否しても無駄だぞ。お前の親父が余計な事しくれたんでな……はぁ、もう少し自由を謳歌したかった」

「…悪かったな」


 正体を示唆する人影を最初こそ怪しんでいたベクターだが、やがてどう足掻いても無駄だと分かったのか大人しく応じた。


「最後に聞きたいんだが、完全に力を取り戻したら何するんだ ?」


 再び背を向けた人影が唐突に尋ねた。


「色々あるさ。謝罪に反省、俺が勝手に暴走してやからしたんだ。こんな言葉使うとは思わなかったが、ちゃんと責任持ってケツを拭かねえとな。そのためにまずは…こんな騒動の原因作りやがった俺のお袋をしばき倒してやる」


 ベクターが決意表明をしている間、人影は腕を組んで聞いていたが全て聞き終えてから彼に近寄って行く。そして強く両肩を叩いた。


「最高だ。おまけに分かりやすい。よし、それじゃ…そろそろここでお別れだ」


 最後にそう言い残した後、人影は靄となってベクターの体へと吸収されていく。やがて視界が真っ白になって行った、




 ――――傷跡が残っているものの、肉体の治癒が終わったベクターの体を尻目に枯れた枝の様な体となったファウストはその場に跪いた。もはや自分の体を支える事さえ難しくなっていたが、それでもベクターの生存を確認しなければと必死に彼の様子を観察する。


 僅かに左腕のレクイエムが動いた。ゆっくりとベクターは目を開け、自分が深淵の血だまりに仰向けで倒れている事を把握する。気だるげに体を起こし、ふとレクイエムを見つめた。


「おい」


 呼びかけてみるが反応はない。やはりそういう事かと分かり、ベクターは少しだけ笑った。そして違和感のあった右腕へと目をやってみる。レクイエムとは違う見た目ではあるが、新しい異形の腕が生えていた。オルディウスを彷彿とさせる鎧の様な装甲を身に纏っており、手の甲には瞼を閉じている目のような物が埋め込まれている。


 そのままゆっくりと立ち上がったベクターは汚れてしまった自分の体を暫し眺めるが、やがて血だまりに写っている自分の顔へ注目した。両目の色が変異している。


「つくづく似た者同士ってわけか」


 エメラルドの様な緑でも、黄金色でも、ましてやこれまでの様な紅でもない。オルディウスと全く同じ紫色の瞳が輝いていた。

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