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第156話 共に

「え~っと…おほん。オルディウス様はあなたの事をお探しですよ」


 軽く咳払いをした上でアモンが再び話しかける。後で取りに来れば良いという事で、ひとまず路肩へバイクの残骸を片付けていたベクターは思わず彼の方を見た。


「そんな言葉で釣って罠に嵌めようって魂胆だろ。詐欺師ですらもう少し工夫するぜ」

「なるほど手厳しい。良いでしょう、それでしたら私の方からお呼びし…おっと、その必要はないようですね」


 疑うベクターを否定する事も無く、内心面倒くさい奴だと思いつつもアモンはオルディウスをこちらへ呼ぼうと提案をしかける。が、すぐに見知った気配に勘付いて話を中断した。彼の背後にはどこからか魔方陣が現れ、そこからオルディウスが姿を見せる。そして彼女がベクターとの距離を詰めていく中で周りの雑魚たちも怯え切ったように後ずさりをしており、中には服従心を見せているつもりなのか跪いて様子を窺っている者達さえいた。


「久しいな」


 目が合ったオルディウスは言葉を投げかけるが、ベクターはすぐには返事をしなかった。というよりは出来なかった。蛇に睨まれた蛙とはよく言うが、そんな生温い表現では済まされない。これまで警戒した方が良いと思える程度の強敵には幾度となく出会って来た。しかし今回ばかりはそんな今までの敵達と比較する余裕さえ無い。彼女の佇まい、冷淡な口調、そしてこちらを見る視線。その全てが、「お前なんかいつでも殺せる」と自分の本能に訴えかけてる様だった。そしてそれが容易に行える相手だという事は、周りの惨状や周囲の様子から手に取るように分かる。


「…会った記憶は無いが ?」


 心の内を見抜かれたくなかったベクターはどうにか言い返す。


「無理もない。最後に会ったのは赤子の時だったからな」


 オルディウスはそれもそうかと割り切り、再び魔方陣を出現させた。そしてもう一歩だけベクターに近づく。


「話をしないか。積もる物があるだろう、色々とな…私もお前に用がある」


 唐突な誘いだった。自分を殺すつもりだと思っていた相手からの誘いを前に、当然だがベクターは混乱しつつも彼女の意図を探ろうとする。


「何を急に――」

「”はい”か”いいえ”だ。それ以外は認めん」


 だが質問をしようとした直後、すぐに強い口調でオルディウスはベクターを牽制する。ここで断ればどうなるかなど火を見るよりも明らかである。最早オルディウスの話に乗る以外、ベクターに選択肢は残されていなかった。




 ――――ベクターが突入する十分前、東側の外壁が見える高台にはムラセとファウスト、そして後方支援をするために緊急で設けられた野営地があった。飛行艇もいくつか待機しており、偵察や上空からの攻撃が行えるように動作の最終確認をしている。


「結局、仲直り出来なかった…」


 シェルターを睨むファウストの隣に立ったムラセは、ベクターとの関係の修復が叶わなかったことを悔やんだ。元はと言えば自分のせいだが、今だけは和解して協力できるようにしておきたかったのである。しかし、ベクターも自分を避けているのか結局これといって話も出来ずにいた。


「お前達と仕事するくらいなら俺は降りる…なんて、言われなかっただけ幸運だ。全てが片付けば、また話が出来る」


 ファウストは落ち込む彼女を励まそうと前向きな観点を示す。少し頷いてからムラセは黙り、暫くするとファウストの方を見た。


「ちゃんと聞けてなかったけど、父さんが私と母さんの前からいなくなる時…ちゃんと理由打ち明けたの ? 何で自分が出ていかないといけないのか」


 ファウストが自分達の元を去った時、母はどんな反応をしたのか。ムラセはそれが聞きたくてしょうがなかった。普通なら怒られ、憎まれ、嫌われても仕方がない愚行だが、母がそれを許していたのが不思議でならない。


「それは…何と言えば良いか。提案をしたのはユキからだった」

「え、ホントに ?」

「風の噂によってオルディウスが魔界で力を強め、現世を狙っているという話が現実味を帯びてきた時に私は迷い続けていた。家庭を持ってしまった以上、ここでお前達を見捨てるわけにもいかないだろう。だが、オルディウスを野放しにしてしまえばどうなるか分かったものじゃない…ユキは、そうして私が悩んでいたのに気が付いていた。だから決めあぐねていた私の背中を押してくれたんだ…だが、まさか病気だったとは」


 ファウストが真実を打ち明けると、ムラセは目を丸くした。そのままファウストも消息を絶つまでの経緯を話すが、最後に妻が抱えていた秘密について悔やむように言及する。


「母さん、元々体が丈夫じゃなかったでしょ。それで私を養うために無理してたのが祟って、誰も助けてくれなかったし。言いたくないけど、余所者と結婚して、子供まで作ったのが気に食わないって、皆がそうだった。絶対父さんを探すべきだって言ったけど…いつか帰って来る時まで私を守るって約束した手前、父さんにはこんな姿見せたくないって言ってた」


 誰も助けてくれず、自分のために果ててしまったユキの事をムラセは暗い表情で語る。世界にとってのピンチが訪れようとしていたのは分かるが、正直な事を言えば家族の窮地に助けに来てくれなかったファウストへの恨めしさが無いわけでは無かった。


「すまなかった…だからこそ償いをしたい。こうして残ったお前だけでも、ちゃんとこれからは平和に暮らせる様に尽力するつもりだ」

「なら生きて帰ろう。それで今度はちゃんと傍にいてくれるだけで私は嬉しい。そうだ、全部終わったら仲直りしてさ…どっか旅行とか行こうよ。ベクターさんと三人で」

「許してくれると思うか ? ベクターが」

「何とかなるよ、きっと」


 そんな風に今後の事について話していると、背後が少しだけ慌ただしくなる。


「ベクターが突入したそうだ。かなりの量を相手してくれながらシェルターに向かっている」


 慌ただしくなっている兵士達の間を掻き分けながら来たザガンが言った。その言葉に二人は気を引き締め、緊張しつつも飛行艇の方へ向かっていく。




 ――――ムラセ達が話をしていたのと同時刻、リリスとイフリートは反対方向の地点からシェルターにのんびりと歩みを進めていく。


「正面はベクター、東側にはファウスト、西側が俺達、北側はシアルド・インダストリーズの傭兵共がやってくれるそうだ…何でこんな事になったんだろうな」


 無線で状況を確認していたイフリートが不意に呟く。


「旅は道連れ世は情けってやつでしょ。食わせてもらった分は返す、そんだけ」


 首を鳴らし、肩を回しながらリリスは答えるが、イフリートは相変わらず仏頂面なままであった。


「おまえは気楽でいいな。結果次第じゃ、魔界での俺達の居場所なんか無くなっちまうぞ」

「その代わり新しく居場所出来たでしょ、こっちで。そこそこ食える物があって、酒があって、私達の事を好きでいてくれる人がいる…これ以上最高な場所ある ?」


 オルディウスに勝てる気がしないのか、イフリートは少々弱腰だがリリスの方はやる気に満ちていた。それほど彼女にとっては魔界という場所が嫌で仕方が無かったらしい。


「それとも、アンタは私の事嫌いだったりすんの ? お姉ちゃん泣いちゃうよ ?」

「別にそんな事は言って無いだろ…ただ、生き延びられるんなら魔界に戻るのも悪くないんじゃないか ?」

「自由も尊厳も捨ててあの女のケツの穴舐める生き方なんざ嫌だね。それに…見殺しにしちゃうと後味悪い友達出来ちゃったしさ」


 それぞれが思いを語っていると、無線からベクターが突入したという合図が入る。了解と言って無線を切ったリリスがニヤリと笑ってからイフリートを見た。


「引き返すんなら今の内。別に止めないよ~…ま、私は行くけども」

「まさか。相変わらずでほっとした所だ…こうなったらとことん付き合ってやる。家族だからな」

「…アンタのそういう何だかんだで付き合い良い所、私めっちゃ好き」


 リリスが改めて覚悟を決めてる事を伝え、イフリートもそれに同意する。そして互いに稲妻を体に纏わせ、臨戦態勢に入りながらこちらへ向かって来るデーモンの群へと共に突撃していった。

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